症状・痛み ・ 苦しみの最近のブログ記事

 
(前の記事からの続き)

○危険性の評価と入院必要性の判断
 入院の必要性を決める際に、臨床家は、自殺の危険を重く捉えることと、患者自身が自殺念慮を耐え抜く力を高めることの、バランスを取るのが必要です。
 自殺の意図があるかないかは、多くの場合、患者自身が明確に区別できるものです。

 BPDの自殺念慮と自傷行為は、耐えがたい精神的状況を乗り切り、解放されたいという死に物狂いの願望から生まれたものです。
 それは生き続けるための努力です。

 それを認め、安全に対処するよう支援できれば、頻回の入院を避けられます。
 必要のない入院を繰り返すと、患者は入院でしか自分の辛さを認めてもらえないと思い、入院するような振る舞いを見せるようになります。
 そのような患者の入院の意味を変えていくことが必要です。

 自殺企図を起こす極端に苦しい時期には、入院治療によって自殺企図を阻止したり、患者が落ち着くまで耐えることを援助できます。

○自傷行為のまとめ
 BPDで自殺を試みた人は、自殺の意図が両価的で、自殺企図のたびごとにその意図が変化しているでしょう。

 BPDの人には、自殺の意図のない自傷行為,自殺念慮,自殺をするといって脅す行動が見られます。
 自殺企図と自殺を意図しない自傷行為は全く別のものです。

 人を操作したり関心を集めるために自傷行為をするというより、このような行動を恥じ、隠すことが多く見られます。

 自傷のきっかけで最も多いのは、対人関係を失ったことです。

 自傷行為のプラスの作用としては、緊張を和らげる,辛い気持ちをそらす,精神的苦しみを目に見えるものにする,怒りの感情を行動にするなどで、統制できない感情をコントロールすることです。
 自傷行為によって精神的プレッシャーから解放されると言います。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

 
(前の記事からの続き)

 自傷行為の治療では、ふたつの臨床的課題があります。
 自傷行為を減らすことと、入院の必要性の判断を含む危険性の評価です。

○自傷行為を減らすこと
 患者の自傷行為の主観的な体験を包括的に評価し、患者に伝えることで、自傷行為を減らすために使うことができます。
 その際、自殺関連行動の次の側面が評価されます。

1.自傷行為のプラスの作用
 自傷行為は人を操作したり関心を引こうとするのではなく、感情統制,自己懲罰,自己確認といったプラスの作用を理解しいきます。

2.過去の自殺関連行動の意図
 過去の自殺関連行動の意図によって、死ぬ意図の有無が判断されます。
 この意図は、客観的状況からだけでなく、患者の主観的な報告によって確認していかなければなりません。

3.自傷行為の原因となる認知と認知過程
 患者は自傷行為に良い点があるという、歪んだ信念を持っています。
 辛い精神状態に対処するのは自傷行為しかないといったものです。

 それは認知的再構成によって修正することができます。
 臨床家と患者は協力して、感情の高まりがどのようにして外的なでき事に歪んだ認知をもたらすか、理解していきます。

4.自傷行為の影響
 自傷行為を強化するような影響を知り、強化のパターンを変えて、適切な行動を促していきます。
 患者が意図した影響と意図しなかった影響を区別し、対人関係を改善する契機となります。
 

 弁証法的行動療法や認知行動療法では、自傷行為の衝動や歪んだ認知の修正を試みます。
 弁証法的行動療法では、患者の感情や経験を有効なものと認める「有効化」と、価値判断をしない介入によって、感情統制機能の強化と自己非難の緩和も目標とされます。

(次の記事に続く)

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

 
 BPDの人は、自分には価値がないという深い感覚が込み上げて、感情にもてあそばれ、失望と拒絶に耐えられなくなっています。
 彼らはそれを自覚して受け入れるのが極めて苦手なのです。
 自分自身の反応に対して非常に批判的で、自己の「無効化」と自己批判が生じます。

 認知的にも、誤解されている,誰も自分のことを気にかけてくれない,自分はどこか欠けていると感じています。
 彼らは不快感を認識して言語化する能力が未発達です。

 このような経験,感情,信念は、自分が悪いという感覚に通じていきます。
 自分の価値を認識してもらうため、他者に強く頼ろうとします。
 感情の統制を欠いているので、対人関係にすぐ失望して、低い自己評価への攻撃と感じてしまいます。

 彼らは、自分を動揺させた原因と自分自身の両方に対して、制御されない怒りを感じて半狂乱になります。
 自分が悪いという感情,自分への怒り,自己非難が、自殺や自傷行為につながっていくのです。

 自己統制モデルでは、自傷行為と自殺関連行動にふたつのプラスの作用があると考えられます。
(1)自分に身体的な傷をつけること
(2)自己、特に感情を統制し、心のバランスと幸福の感覚を回復する

 患者は耐えがたい感情,思考を制御できないことに、自己非難を伴っています。
 これは極めて惨めで、例え数時間でも永遠に終わらないように感じられます。
 この気持ちを変えるために何かしなくてはならないという強い欲求が高まり、自殺企図や自傷行為が生じるのです。

 それよって感情統制機能を回復し、その後で気分が良くなります。
 従って、自殺企図の後に入院しても何の役にも立ちません。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本

(次の記事に続く)
 

自殺関連行動の伝統的モデル

 
 メディアが描く自殺に至るパターンは、BPDの人に当てはまるとは限りません。
 うつ病の人は何らかのストレスや喪失体験のあと、絶望や孤立を経験し、生きるに値しないと感じて、自殺企図に走ります。
 その試みが失敗すると、動揺するのが通例です。

 このような伝統的な自殺行動のモデルは、BPDの人には当てはまりません。
 BPDの人は多くの場合、自殺企図と自傷のエピソードを同様に語ります。
 自殺企図の後、気分が良くなったと感じる傾向があるので、自傷行為と同じく感情統制機能があると考えられます。

 あるBPDの女性は、大切な人に強い怒りを感じると、罪悪感を覚え、自己嫌悪が生じると言います。
 その状態から逃れるため、自分の体に痛みを与えたり、薬を過剰に服用したりし、辛い感情からの解放感が得られました。
 彼女は、自分の状況に対処するために自分が何かをしたという気持ちになり、「コントロールが戻った」感覚を経験したのです。

 その結果、恐怖感や孤独感が減って、死にたい気持ちが消えました。
 自殺企図の悪い影響は残りませんでした。

 このように、うつ病の自殺関連行動の伝統的モデルとは明らかに異なります。
 BPDの人の自殺関連行動には感情統制機能があるのです。

 BPDの人は自殺を図った後に気分が良くなるので、自殺企図によって人の関心を引いたり人を操作しているという、誤った結論を導く恐れがあります。
 BPDの自殺関連行動には、そのリスクと管理方法を判断するために、別のモデルが必要です。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自傷行為という体験

 
 対人関係での喪失体験が、それが現実でも想像でも、自傷の引き金となります。
 その体験の解釈(認知)において自責や自己非難が生じ、統制が失われて、自傷行為が起きます。
 激しい辛さが、解離によって感覚麻痺に陥りますが、辛さも感覚麻痺も耐えがたいプレッシャーなので、自傷行為によって解放感を感じたり、感情のバランスを取り戻します。

 痛みを感じると自傷行為をやめる人もいます。
 血を目にすると悪い感情から解き放たれたと感じて、自傷行為が止まる人もいます。
 自傷が不快感を緩和すると言われますが、これは自己懲罰による罪悪感の解放など心理的要素と関係があります。

 ひとつの痛みが別の痛みによって解消するという、生理的メカニズムがあります。
 自傷行為によってエンドルフィンが生じ、痛みを緩和するとも考えられています。

○認知と認知的要因
 自傷行為を行なう人は、自傷行為に良い点があると信じ込んでいますが、これは「歪んだ認知」です。

 彼らは、感情的苦痛より身体的苦痛なら耐えられると思い込んでいます。
 ネガティブな感情を取り除くのは自傷しかないと信じ、それで自分をコントロールできると信じています。

 怒りのために自傷行為する人にとっては、怒りを人に向けるのは悪いことで、自分を傷つけるほうが良いことなのです。
 自分を罰したい人は、自分が苦しんでしかるべきと信じています。

○解離,自傷行為,痛みの経験
 自傷行為の最中に痛みを感じない人は、うつ,不安,衝動性,心的外傷,性的虐待など、障害が重いと考えられます。
 無痛感覚は、神経感覚的要因と心理的要因の両方に関係があるともされます。

○生物学的要因と神経認知的要因
 自殺企図者はセロトニン機能が低下し、衝動性と攻撃性が高まることが知られています。
 また、ストレスに対する神経内分泌系の過剰反応によって自傷行為が起こり、コルチゾンの分泌が高まっています。
 自傷行為をする人の脳脊髄液の中では、脳内麻薬物質の濃度が変化し、痛みの調整に重大な障害が起きているとうかがえます。

 以上のことから、全ての自傷行為に生物学的基盤があると言えるでしょう。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自傷行為の理由とプラスの作用

 
 一般に、自傷行為は人の関心を集めるため,人を操作するためにすると思われています。
 しかし自傷行為は隠されることがしばしばで、患者は自傷行為を深く恥じていることがよくあります。
 自傷行為を図る前には、患者はほとんど孤立しています。

 自傷行為の意図とその影響は区別すべきです。
 患者は感情に圧倒され、人に与える影響を気付いていないことも多いのです。

 けれども結果的に人の注目が集まると、元々感情の統制が目的だったのに、得られる関心が望ましくなり、自傷行為がやめられなくなることはあり得ます。

 以下は、患者から報告される自傷行為のプラスの作用です。

・感情統制
 極度の感情の緊張がほぐれて気分が良くなるように感じられます。

・注意をそらすこと
 精神的苦痛を紛らわすために行なわれることがあります。
 患者は自己陶酔に類似した体験として自傷行為に没頭します。

・自己懲罰
 激しい羞恥心,後悔,自分が疎外されているという、耐えがたい状態からの救いになるのです。

・精神的苦しみの具体的な確認
 目に見える証拠もないのに、自分が恐ろしく感じているのは信じがたいことです。
 傷痕やあざは自分の精神状態を具体的に証明するものになります。

・感情を制御すること
 患者は自傷をすると、でき事や感情を制御できると感じます。
 他者の行動やでき事から生じる苦痛を制御しようとします。

・感覚麻痺と離人感の緩和
 この働きを「現実回避」と呼びます。
 BPDの人は、感情的に過剰な負担を抱くと、感覚麻痺や離人感の状態に陥るかもしれません。
 自傷行為はそれを緩和させてくれる数少ない行為です。

・怒りのはけ口
 自分を傷つけることで、怒りの感情を行動に移すのは、他人に向けて怒るより安全で、罪悪感が生じにくいと感じられます。


 自傷行為のプラスの面として次のものがあります。
 感情的な辛さを具体的な辛さに代える(59%),自分を罰する(49%),不安と絶望感を和らげる(39%),感情を制御できると感じる(22%),怒りを表出する(22%),感覚麻痺や離人感の緩和(20%),人に助けを求める(17%),嫌な記憶を消し去る(15%)

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自傷行為の背景と定義

 
 自傷行為には2種類あります。
 ひとつは実際に死のうとする意図をもって行なわれるもの、もうひとつは自分にダメージを与えても死ぬ意図がないものです。

・自殺企図
 故意の自己破壊的行動で、少なくとも部分的に死を意図してなされるものと定義されます。
 しかし個人の主観的意図を知るのは難しいことです。
 事後の報告は、再解釈や行動の結果の影響を受けている可能性があり、自傷した時点の精神状態を表現していない公算があります。

 自傷行為の理由は様々で、しかも自殺の意図が曖昧なので不確かなことが多くなります。
 また、患者の意図の捉え方が歪んでいることもあります。

・自傷行為
 自殺の意思のない意図的な自己破壊行動と定義されます。
 BPDに極めて特徴的なものです。
 不安定になった感情を改善しようと企てられたもので、BPDの人はそれをはっきりと自覚しています。

・自殺関連行動
 自殺の意図のあるなしに拘らず、結果的に死に至らなかったいかなる自傷行為も含むものと定義されます。
 自傷行為およびあらゆる自殺企図がこの範疇に入ります。

○問題の頻度と重要性
 BPDの人の75%が自傷行為を行ない、50%近い人が少なくとも1回の深刻な自殺企図をしていると推定されます。
 さらにBPDの入院患者の80%が自傷行為を示します。

 自殺企図と自傷行為は、当人の中では別物であり、意図と方法が明らかに異なっています。

 自傷行為と自殺企図の両方を行なうBPDの人は、自分の致命率を低く捉える傾向があります。
 自殺の意図が曖昧でも、致命率が低いわけではありません。
 薬物の過剰服用は致命率が低いと思われがちですが、死ぬ意図が乏しいとは限りません。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より

文責・稲本
 

自殺関連行動と自傷行為

 
 BPDの自傷行為には、矛盾した逆説的な性質があります。

 自傷行為は肉体的・精神的にも並外れた苦しみを引き起こす一方、苦しみを和らげるために行なわれ、実際そのように体験されることが多いのです。
 肉体的な苦痛は、精神的苦痛よりまだ耐えやすいと言います。
 また身体的な傷は目に見え、精神的苦しみの具体的な証拠となります。

 患者は「身体を傷つければ、本当に自分を殺さなくてもすむ」とも考えます。
 臨床家は入院させなければと考えますが、この行動が当人に生き続ける「許可」を与えてるとしたら、入院は不必要で逆効果になりかねません。
 自殺企図の場合もそうです。

 このような誤った判断や誤解は、自殺可能性に対する過小評価と過剰反応という、BPDの自傷行為のもうひとつの逆説的側面に関わるものです。

 BPDの人は自殺念慮を抱きながら、自殺を意図しない自傷行為,自殺の脅し,致命的でない自殺企図を行なうことがしばしばあります。
 周囲がそれを「オオカミ少年の訴え」と見なすようになることもあります。

 そうして真の自殺の危険性を、過小評価もしくは無視するようになってしまいます。
 自傷によって周囲の関心を集めようとしているという、誤解が生じるのです。

 自殺関連行動は多くの精神障害で起こりますが、致命的でない自傷行為が些細なきっかけで繰り返されるのは、ほぼBPDだけのものです。
 そのため臨床家のなかにはBPDの治療を嫌がる人もいますが、残念な状況です。

 BPDの治療はいかにストレスが多くても、やりがいのある実りの多い経験になります。
 患者は慢性的な自殺念慮を振り払い、自傷行為をやめることができるようになるのです。

*「境界性パーソナリティ障害最新ガイド」林直樹訳(星和書店)より   

文責・稲本
 

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち症状・痛み ・ 苦しみカテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは診たて ・ 診断です。

次のカテゴリはスキル、セラピー、療法、検査です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

ウェブページ

home

家族会掲示板(ゲストプック)

家族会 お知らせ・その他

本のページ