こころの臨床ツアー3部作が完結しました:イギリスとアメリカを10倍楽しむ方法
東京大学総合文化研究科 丹野義彦
もうすぐロンドン・オリンピック
ロンドン・オリンピック開幕もあと2カ月となり、ロンドンという文字が毎日テレビや新聞で躍っています。ロンドンはいま活気にあふれています。ぜひイギリスに行きたいという方もいらっしゃるでしょう。
それに合わせたというわけではありませんが、『イギリスこころの臨床ツアー』を7月に星和書店から出していただくことになりました。前2著と合わせて「こころの臨床ツアー3部作」と呼ばせていただきます。
ロンドン編 『ロンドンこころの臨床ツアー』(2008年10月刊)
アメリカ編 『アメリカこころの臨床ツアー』(2010年10月刊)
イギリス編 『イギリスこころの臨床ツアー』(2012年7月刊行予定)
私がこの3部作を構想したのは今から10年前のことでした。その完結がちょうどロンドン・オリンピックの時期と重なったのはタイムリーでした。
地球の歩き方 こころの臨床版
本3部作は英米の「大学めぐり」と「病院めぐり」の旅行ガイドブックです。
イギリスとアメリカの主要都市をとりあげて、大学キャンパスを散歩し、臨床心理学や精神医学の臨床施設の歩き方を解説したものです。大学や病院を見学する際に役立つ情報(地図、交通手段、ホームページ、写真、歴史、見どころなど)をまとめました。また、大学や病院を能率よく回るために、その都市の地下鉄を利用して散歩するルートを提案しています。バスや列車を利用するのは面倒ですが、地下鉄ならすぐに乗りこなせるようになります。英語を使う必要もあまりありません。いわば心理学や医療関係者のための「地球の歩き方」です。
ロンドン編ではロンドンに絞って紹介しましたので、イギリス編では、もっと広げてイギリス全体について紹介しました。今回のイギリス編で取り上げたのは、オクスフォード、ケンブリッジ、ロンドン、ブライトン、カンタベリー、ノッティンガム、マンチェスター、
カーディフ、グラスゴー、ベルファストの10都市です。 観光や研修や学会などでイギリスやアメリカを訪れる方も多いと思いますが、その際に手に取っていただければ幸いです。
『こころの臨床ツアー』というタイトルは、星和書店の雑誌『こころの臨床 a・la・carte』から取ったものです。この雑誌に連載した記事がもとになって3部作ができたのですが、本家であるこの雑誌が休刊となってしまったのはたいへん残念なことです。一刻も早く復刊されることを祈っています。
大学を散歩してどこが面白いのか?
大学を歩いてどこが楽しいのかと思われる方も多いでしょう。たしかに日本の大学を観光しようという方は少ないでしょう。日本の大学では、キャンパスの正門で警備員さんがにらみをきかせており、見学者を嫌い、部外者を閉め出そうとします。
しかし、意外に思われるかもしれませんが、欧米の大学めぐりはとても楽しい娯楽と考えられています。ケンブリッジ大学やハーバード大学に代表されるように、英米の大学のキャンパスは、良い意味で観光地化されています。旅行ガイドブックのミシュランは多くの大学のキャンパスに★★★をつけています。
イギリスやアメリカのほとんどの大学は、誰でも自由に出入りできます。建物や庭園を美しく整備し、立派な博物館やレストランを作って、訪問者を歓迎します。建物も美しいし、緑も豊かで静かだし、キャンパス内はおだやかで治安もよく、一般に学生は礼儀正しく、ゆったりとした気分になるには大学歩きは最適です。実際にキャンパスをたくさんの観光客が歩いています。
こうした意外な楽しみを伝えたいというのが本3部作を書いた動機のひとつです。
バーチャル・ツアーにも対応しています
現地に行かなくても、インターネットで海外旅行を体験できる時代になりました。大学のホームページは大量の情報を提供していますし、写真やパノラマビューでキャンパスのバーチャル散歩ができる大学も増えています。グーグルのストリート・ビューを利用すれば、その地の映像がすぐに見られます。
本3部作でも、バーチャル・ツアーに対応するためにいろいろ工夫しました。私の研究室のホームページでは、3部作で使用したカラー写真や地図を公開し、紹介した大学や病院のアドレスのリンクも張ってあります(イギリス編についての情報は、7月頃に公開の予定)。
http://park.itc.u-tokyo.ac.jp/tanno/
本書を読まれる際には、ぜひこのリンクも活用ください。
なお、7月12日(木)には、3部作の完結を記念して、池袋のジュンク堂でトークショーが行われる予定です。ご参加をお待ちしております。
注意:ジュンク堂では、トークショーの予約はまだ行っておりません。
ジュンク堂へのお問い合わせはご遠慮ください。
詳細が決まり次第、星和書店のホームページにて告知いたします。
ガイドブックでは見えない英米の顔
本3部作は、旅行ガイドブックとして楽しんでいただければそれで目的を果たしたことになるのですが、もうひとつの側面として、大学と病院という視点からイギリスやアメリカの社会を浮き彫りにするという目的があります。大学や病院を主役として語るうちに、大学や病院が育った舞台装置としての社会が見えてきました。
例えば、ロンドンで地下鉄のベーカーストリート駅でおりて、シャーロック・ホームズ博物館を見たり、次のセント・ジョンズ・ウッド駅でおりて、ビートルズの「アビーロード」を見たりするのはロンドン観光の定番です。
しかし、その2つ先の駅まで足を伸ばして、フロイト博物館やタビストック・クリニックを見学する人は少ないかもしれません。実際にフロイト博物館へ行くと、周囲はとても閑静で清潔な高級住宅であり、フロイトの精神分析の客層が富裕層であることを実感できます。
また、文学好きの人は、ロンドン南部の「ロンドン漱石記念館」を訪ねて、夏目漱石の留学の軌跡を辿る方もいらっしゃるでしょう。しかし、その近くに有名なモーズレイ病院や精神医学研究所があることは、ガイドブックには載っていません。
実際にモーズレイ病院を訪ねてみると、「あの有名なモーズレイ病院がこんなに小さいのか」と驚かれるでしょう。イギリスの精神科医療は、病院医療から地域医療(コミュニティ・ケア)へと大転換をとげました。日本にいると、精神科病院のビルはまだ巨大であり、「脱病院化」とか「コミュニティ・ケア」といってもピンときません。しかし、イギリスに行くと、脱病院化を目で見て実感することができます。イギリスの精神科病院はどんどん小さくなり、町中のふつうのマンションがコミュニティ・ケアの施設となっています。
さらに、モーズレイ病院へ行ってみると、周辺が荒廃した地域であることが肌で感じ取れます。病院の周りの壁は落書きだらけ。イギリスの「地域医療」が治安対策の一環でもあることが理解できるでしょう。
本3部作では、観光ガイドブックには書いていない情報を実際に足で稼いで集めました。
「内向き志向」を超えて
本3部作にはひとつの仕掛けがあります。本書はイギリスやアメリカの臨床心理学や医学の歴史の入門書としても読めるように工夫したのですが、歴史を辿ることによって、現在のイギリスやアメリカの臨床心理学や精神医学の最先端を伝えようと思ったからです。それらは、認知行動療法の興隆、エビデンスにもとづく実践の定着、職業としての臨床心理学の確立という3つにまとめられます。つまり、日本では主流の精神分析学、世界の心理療法の流れの中ではすっかり時代遅れになっていることがご理解いただけると思います。
若い学生や研究者で海外に長期留学する人が減っています。こうした「内向き志向」を克服するためにも、若い方はぜひ海外に目を向けていただきたいと願っています。
東京大学の総長が「秋入学」を提案して世間の話題になっています。しかし、入学時期をずらすという表面的なことで大学の国際化が果たして実現できるのでしょうか。もっと若い方が海外体験をしやすくするような方法を考えることが大切なのではないでしょうか。
若い方が海外に行けない理由の第1は財政的な援助が少なくなったことであり、第2は海外についての情報不足があげられるでしょう。インターネットが発達したとはいえ、海外の大学についての情報は意外に少ないものです。本3部作によって、ひとりでも多くの方に、海外の心理学や医学に興味を持っていただけることを願っています。
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