どうにかして変わってほしい相手には
臨床心理士 中島美鈴
どうにか変わってほしい相手はいませんか。わからず屋の上司や同僚でしょうか。いつも同じことで喧嘩を繰り返している家族でしょうか。そっけなく冷たい態度になった恋人でしょうか。なかなか言うことを聞いてくれないお子さんでしょうか。マナーの悪い赤の他人でしょうか。
カウンセリングには、こうした人間関係の悩みが多く持ち込まれます。中でも、家族や親友、職場の人間関係は、そう簡単には逃れることのできない固定した比較的長く続く間柄です。
私はただいま、我が子の育児に奮闘中です。いわゆるママ友と話し込むのは、「子どもが危ないっていうのにローテーブルの上に上がろうとして困る」などの子どもの話題や、夫や両親などとの家族の話題です。
かくいう私の1歳になりたての息子も好奇心の塊。どうしても自分で歩いて好きなところに行きたいと、手をつなごうとする私の手を振り払い、危ないからと進路を変えようものなら、道路に転がり手足をばたつかせて大泣きです。昔、同様にスーパーのお菓子売り場で買ってほしいと泣き叫ぶよその子を見たことがありました。「あんなふうには育てまい」とひそかに思っていたのですが、まさかわが子がそうなるとは……。一体どこでそんな技を覚えてきたんだと最初は呆然としました。その他も生後すぐからのベビーカー拒否にチャイルドシート拒否、ベビーチェア拒否、離乳食拒否、夜泣きなどなど、まさに相手に「変わってほしい!」の連続の育児生活です。
さて、私の専門とする認知行動療法では、こうした「相手に変わってほしい」という悩みには、「自分を変える」ことで解決を目指します。自分を変えるといっても、自分の全人格を変えるような大きな変化ではなく、相手に対する認知(考え方、ものの見方)や行動を変えて対応するのです。決して相手を思い通りにコントロールすることはしません。というより、できないのです。
……と、頭ではわかっているのですが、変わってほしい相手が家族などの親しい大人である場合や、ちょっと分別のついてきた子どもである場合には、なかなかそう冷静には受け止められないものです。私ももちろん、睡眠不足と抱っこ疲れの日々の中、どうにかして自分の最低限の健康を守るためにわが子にせめて「寝てほしい!」と睡眠や生活リズムのコントロールに必死でした。
そんな育児まみれの日々の中、またある2冊の本を改めて読み直しました。夫との関係で悩むママ友に薦めるためです。その本には、相手をコントロールできないことを認めること、相手に影響を与える程度ならできること、相手ではなくこちらのものの見方や行動などを変えることが大事なのだということが書かれていました。改めて読み返すと私の心には以前より強く響きました。相手を変えるのではなく、自分が変わる。そのあたりの視点の切り替えを丁寧に実に全体の4分の1ものページを割いて解説してくれているだけでなく、具体的なコミュニケーションのあり方まで紹介してくれているのが拙訳書『人間関係の悩み さようなら』です。もう一冊は、相手に対するコントロールや責任など境界線の持ち方について詳しく書かれた『境界性パーソナリティ障害=BPD はれものにさわるような毎日を過ごしている方々へ』です。
「そうか、いくらこんなに小さいわが子といえども別々の意思を持った人間。コントロールすることをあきらめるのだ。少なからずいい影響を与えられたらいい……そんなスタンスで関わろう。一生ごはんを食べないわけではないし、一生ベビーカーが必要なわけではないし。そりゃ、食べるのがいいに決まっている。それが正しい。でもこの正しさだけでは相手には通じないんだな」
そう思えました。また、まだ話す年齢ではないわが子と少しでもコミュニケーションをとりたくてベビーサインを使い始めました。こうしてちょっとでも大泣き以外の方法でやりとりができたらと思ったのです。
それから3カ月ほどして、わが子は、気づくといつの間にかすべての課題をクリアしていました。ベビーカーに乗せて泣かなくなったときに、私は奇跡が起きたと思いました。ごはんを残さず食べるようになったとき、感動して抱きしめました。生まれて初めて朝まで寝てくれたとき、わが子が息をしているかどうか心配したほどです。道路を歩くときに自分から手をつなごうと小さなおててを差し出してくれたとき、この子は別人になったのではないかと驚きました。散歩の最中に「お花が咲いてる」「のどが渇いた」「滑り台で遊びたいから手伝って」「もっと食べたい」などの要求をベビーサインで伝えることができるようになったわが子は以前ほどたくさん泣かなくなりました。
単なる時間がたったことによる子どもの成長の結果かもしれません。少なくとも私の努力だけではどうにもならない課題たちでした。たかが1歳の子どもを相手に認知行動療法?と怪訝な顔をされる方もいらっしゃるかもしれません。この先、きっと功を奏さない課題もたくさんあるでしょう。相手を変えることが最終目的ではないからです。それでも、人間関係の現状を少しでも変えたい皆様、読んでみる価値のある2冊です。
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