相手を知るということ
産業カウンセラー 林暁子
コラム執筆の依頼を受け、拙訳書『愛する人がうつ病になったときあなたはどうする?―実践的・共感的支援ガイド―』のあとがきに書ききれなかった内容でも書こうかと呑気に構えていましたが、改めてメールマガジンのバックナンバーで各先生方がご自身のご専門と絡めた非常に興味深いコラムを執筆なさっているのを目の当たりにし、頭を抱えてしまいました。というのは、訳書中に登場する、とあるロックスターに関連する話題だったので、こんなに卑近なテーマにして良いものだろうかと考え始めてしまったのです。
そこで今回は私が従事している場面でよくあるやり取りからお話をしたいと思います。
現在、主に従事している就職支援関係の現場でよく尋ねられるのは、カウンセラーはどんな仕事なのか、どうしたらなれるのかといった質問です。元々人気のある職業ですし高い関心を得られていることは喜ばしいことですが、誤解が多いという印象が強いです。特にキャリアカウンセラーは比較的敷居が低い印象が強いせいか、将来的に挑戦したいという希望を持つ方が多いようです。
他人の人生を左右する責任
キャリアカウンセラーが行うのはキャリア開発・形成の支援、具体的なところで言えば相談を通じて今後の方向性を定めたり、応募書類の添削や面接対策等を通じてクライエントが就職するまでのサポートが現状としては大多数だと思います。そのため臨床心理士と異なり専門的な知識を身につける必要もなく、健康な人を相手にするので気軽だというイメージが多いようです。
ですがちょっと待って欲しいのです。生活の必要に迫られたり、社会参加したいと考えれば、たとえドクターストップが掛かっていたとしても就職を希望する人がいるのです。つまり共通項はあくまで「就業を希望する」ということだけで、その他の要素についてはあらゆる人が該当する相談場面なのです。そのためメンタルヘルスのみならず基本的な心理学的知識に詳しくないカウンセラーが対応を誤り、トラブルが生じることもままあります。精神疾患の基礎知識を持たず、クライエントから自己申告があった際に病名から想起されるイメージ(例えば統合失調症の妄想等)が先行してクライエントの現状をきちんと把握できない同業者も残念ながら見受けられます。
クライエントをきちんと把握できない、対応を誤るということは本来より良い方向を進むはずだったクライエントを人生の分岐点でカウンセラーがミスリードするということになりかねません。他人の人生を左右するという非常に重い責任があることを常に自覚しなければ、厳しいようですが存在意義はないと言っても過言ではないでしょう。その意味ではキャリアカウンセラーは必ずしも敷居が低いものではなく、臨床心理士や医療従事者と同じくらい責任の重い職業なのです。
相手の気持ちを汲み取る
様々な場面で思い出す幾つかの言葉があります。学生時代数えるほどしか授業を履修する機会がなかったのですが、馬場禮子先生の一言がその中でも一番忘れられません。大分昔のことなので正確な表現までは覚えていませんが、確かこんなことをおっしゃったと思います。
「(臨床心理・カウンセリング等は)人を助けたいという気持ちだけではできない。出歯亀根性がないとできない」
あまり良い表現ではないかもしれませんが、趣旨としては奉仕的精神だけでは成り立たず、窃視的と表現できるほどの関心をクライエントに対して持ち、相手を理解しなければならないということだと私は理解しています。主訴が同じものであっても、その人によって状況も気持ちも異なります。相手を理解すること・相手の気持ちを汲み取ることは非常に重要です。このことは私がメインで用いている解決志向療法でも「知らないと言う技法」として知らない姿勢とはセラピストが強い、純粋な好奇心を持っていることを伝える態度と行動である(Anderson&Goolishian, 1992)として重要視しています。
「誰かを励ましたい。そのことで役に立ちたい」という気持ちからカウンセラーに関心を持つ若い方もいらっしゃいますが、励ますことが本当にクライエントにとって必要なことなのかは相手を知らなければ判断できないことです。励ますことがもし逆効果だったらどうなってしまうのでしょうか。そこまでの視点が必要となります。
もちろん専門家でなくても相手を知ること・相手の気持ちを汲み取ることは大切なことです。うつ病に限らず愛する人の力になりたいと思った時、相手の気持ちを汲み取ること、つまり相手の気持ちを忠実に描写することは、相手が感じていることを理解し尊重をしていると相手に伝える方法なのです。
愛する人の言葉に耳を傾けた際、どんな気持ちでそう言っているのかをちょっと考えてみる余裕を持ってみませんか。きっとその後のやり取りはいつもとは変わってくるのではないかと思います。
〈文献〉
Anderson, H., & Goolishian, H. (1992) The client is the expert: A not-knowing approach to therapy. In S. McNamee & K. J. Gergen (Eds.), Therapy as social construction (pp25-39). London:Sage.
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