日本精神医学史学会への誘い
L'invitation à la société japonaise de l’histoire de la psychiatrie
東加古川病院 高内 茂
本学会は今年で18年目を迎え、揺籃期から一気に成熟した感のある、精神医学及びその周辺のテーマに尽いて、真の意味での学際的(interdisciplinaire)な高度な内容の発表と議論を聴くことのできる他では得がたい学問の場(académie)である。
学会の詳細と此れ迄の発表演題やシンポジウムのテーマなどに尽いては学会ホームページを参照戴くとして、此処では私の本学会に纏わるあれこれを記すことにする。
1997年春、当時東京大学精神医学教室主任教授であった松下正明先生の発案で、全国の大学医学部、医科大学の精神医学(psychiatrie)および一部の神経内科学(neurologie) 担当教授が発起人となって当初より研究会ではなく、学会として発足した。
私は、松下先生は元来神経病理学者(neuropathologue)であると認識しており、研修医時代から日本神経病理学会での大先輩としてその精力的な活動に敬服していたのであるが、精神医学史という別の関心領域をお持ちであるとは露知らず、学会発足の発議書が送られて来た時には大いに驚いたものである。その後毎年欠かさず出席され、理事長という重責を果たされているばかりでなく、研究者としても積極的に演題を出され、シンポジウムに登壇されてきた。その学識の深遠広大なることは瞠目に価するものであり、教えを受ける喜びも多大である。
記念すべき第1回は東大安田講堂で開催された。当時、阪神淡路大震災の影響がまだ残っていた兵庫医大に在籍中の私にとっては、極めて残念なことに出席すること能わぬ事情があったのであるが、個人的には安田講堂には特別の思いがあったのである。即ち、1969年春に高校を卒業し、大学受験に臨まんとしていた我々に東大入試中止という大きな嵐が襲ったのである。描いていた人生の道を已む無く変更し、方向の転換を余儀なくされた友もいた。
個人的な興味は一貫してフランス精神―神経医学にあって、此れ迄お付き合いした先生方も多い。1979−1980年のパリ留学中にお世話になった故Raymond Escourol教授や今もお付き合いが続いているMichel Fardeau教授への学恩は計り知れない。特にFardeau教授には2005年の第9回本会(芦屋市)でお話戴いたことはまだ記憶に新しい。
フランス語との付合いは大学3年生の頃NHK教育テレビでのフランス語講座を視聴したことに端を発した。当時の講師はどちらも後に素晴らしい業績を残された丸山圭三郎先生(初級)渡邊守章(中級)先生であった。同時にラヂヲでは朝倉、福井両先生(いずれも当時東大仏文の現役教授であった。)の美しい発音を聞かせて戴いた。最近の語学講座はどうなっているのはか知らない。が、当時は極めて質の高い語学教育がほぼ無料のメディアを通じて我が国の隅々まで提供されていたと言える。
大学6年の春即ち昔の医学教育ではドイツ語のPOLYKLINIKの略語スラングのポリクリが始まると同時に、神戸三宮国際会館(震災で崩壊し後に新築された)でフランス語教室を開いておられた小林利夫先生の懇切な指導を受け、卒後3年目の秋に旧師村上仁先生と三好功峰先生の推薦状とともに願書を作成し、フランス政府給費留学生の試験を受け、合格することができた。
今振り返れば、素晴らしい先生方のご指導により今日に至っていることが改めて判る。
冒頭の誘いは「いざない」と読んで戴きたいと思う。それは村上先生が好んでおられたCharles BaudelaireのL’invitaition au voyageの捩りである事はお好きな方には直ぐにお判りであろう。
日本精神医学史学会の世界はluxe calme et voluptéに満ちている。
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