理解してもらえない「カサンドラ愛情剥奪症候群」
〜 悲劇の予言者、悩める「カサンドラ」が減ることを願って 〜
西城サラヨ
わたしにとって『マンガでわかるアスペルガー症候群&カサンドラ愛情剥奪症候群』の出版は、大きな苦しみであったと同時に、勇気がいるものでした。
そもそも「カサンドラ愛情剥奪症候群」とは、最近注目されてきている言葉です。「カサンドラ症候群」「カサンドラ情動剥奪障害」などいろいろな言い方がありますが、簡単にいうと、アスペルガー症候群の夫と情緒的な相互関係が築けないために妻に生じる、身体的・精神的症状を表すものです。
アスペルガー症候群は発達障害の一つですが、拙著のとおり、現在では健診や教育活動のなかで発見されることが多くなり、支援が行われるようになりました。しかし、現在、成人となり職場で働いている人や家庭生活を営んでいる人たちのなかには、自らがアスペルガー症候群とは気づかないままに、「どうして同僚や妻、子どもは自分に不満を言うのだろう」と悩んでいる人も多いと思います。また、すでに自らが「アスペルガー症候群」であることを自覚したうえで、コミュニケーションを模索している人もいると思います。ですから、「アスペルガー症候群」の人を傷つけるつもりはもちろんなくても、その障害をもつ人との家庭生活のなかで苦しんだ自分のことを書けば、イヤな思いをする当事者もいるかもしれません。新たな苦しみや批判を生むのではないかと不安にもなりました。
わたしは、夫を責めるつもりもありませんし、自分を責めることもしないように、努めて冷静に書こうと思いました。しかし、もちろん、自分がうつ状態に至るまでの過程や、当時の状況を吐露することは、当時の自分の苦しみを思い出すことになりました。忘れたいほどの苦しい記憶をプレイバックしなければならず、辛い作業でもありました。
それでも最後まで書くことができたのは、もしも自分と同じように悩み苦しむ人が他にもいるならば、“少しでも心を軽くしてあげたい”“勇気づけてあげたい”と思ったからです。
その結果、現在では、この本の出版をきっかけに、同じように悩んでいる方々の存在を知ることができ、いくらかでも誰かの力になることができ、わたし自身も救われたと感じています。
先月のことになりますが、「Moon@札幌」(アスペルガーの配偶者を持つ女性のための自助グループ)から講演のお誘いをいただき、参加者の皆様から直接お声を聞く機会を得ることができました。参加者の皆様は、わたしと同様にこれまでの家庭生活のなかで、夫との関係に悩みながらも、懸命に社会生活を送っている方々ばかりでした。夫とコミュニケーションが図れないことによって、「家族ってなんだろう」という違和感や、「家族なのに伝わらない」という孤独感を感じながらも、それを周囲に打ち明けられないまま家族や社会の一員として生きてきた立派な方々でした。
講演会では『マンガでわかるアスペルガー症候群&カサンドラ愛情剥奪症候群』では触れられなかった「家庭内でしか見えない問題(性生活や離婚への経緯)」「家族の背景(姑・舅に理解してもらえない)」「互いの心の動き(わたしが○○と思っていたとき、夫はこう思っていたのかしら)」など、具体的なエピソードをお話しさせていただきました。参加者の皆様のなかには、話に共感して心を開き涙ながらに聞いてくださった方や、生きることへの勇気につながったという方もいらっしゃいました。
わたし自身は、夫が「アスペルガー症候群」であることに気づくことができず、重いうつ状態に陥り入院することになってしまいました。一般的には、わたしのうつ病発症という事態は“夫婦で乗り越えた”という絆につなげることができる出来事なのだと思います。しかし、結果的には、夫はアスペルガー症候群の二次障害を引き起こしてしまい、離婚に至りました。
夫婦にとって(とくに子どもがいる場合は)、お互いを信頼し合い助け合いながら良好な家族関係を築けることが理想なのだと思います。少しでも、自分がアスペルガー症候群であることに気づき特性を知ろうとする人が増えるだけで、そして、少しでも妻(パートナー)が理解できるようになれば、苦しんだり悩んだりする人が減るのではないかと思うのです。
※「カサンドラ」というネーミングは、ギリシャ神話のアポロンの愛を拒絶したカサンドラが、アポロンの呪いによって、自分の予言を誰にも信じてもらえなくなった逸話によるといわれています。
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