子育て―親子の数だけ物語がある
臨床心理士 加藤直子
人の話を聞いても、自分の体験を振り返っても、「子育て」はなかなかの難事業だと感じます。
私は高齢で子どもを授かりました。その分、それなりの人生経験を積んでおり、余裕を持って子育てに臨めるのではないかと錯覚していました。まして、曲がりなりにも心理士という仕事に就き、親や子どもの心理について関心を持って勉強を重ねてきたつもり……。しかし、実際に親として子どもと向き合うと、こうも思うようにいかないものかと実感する日々の始まりです。
(こんな言い方をしても効果がないなぁ)と頭の片隅でわかっていながら延々と小言を繰り返す。
(こういう態度が子どものトラウマになったという話をどこかで耳にした)と思いつつ親の考えを押し付ける。
ちょっと振り返っても、なんとも不甲斐ない親ぶりです。にもかかわらず、そんな親であっても、子どもにとっては特別な存在なのでしょう。幼いわが子は、泣いたり、怒ったりしながらも、諦めることなく、まだ私を頼りにし、慕ってくれている様子があります。ならば、立派な親にはなれなくとも、少しでも楽しい子ども時代を過ごさせてやりたいと思うのも本心です。子どもを叱っている私の姿を身近で見ている人には信じられないことかもしれませんが。
そんな親の一人として葛藤する日々の中、星和書店さんからマイケル・P・ニコルスによる『わが子との言い争いはもうやめよう!』を翻訳する機会をいただきました。本書には、たとえばコフート派の精神分析家であるアーネスト・ウルフが健康な自己愛の発達について述べた文献が引用され、また、養育者による適切な調律が自己感の発達を促すというダニエル・スターンの考えや、直線的な因果律ではなく、円環的な思考法で問題解決を図るグレゴリー・ベイトソンの考えも紹介されています。このように広範な学問的基盤を背景に、ニコルスが本書で提唱しているのが「応答的傾聴」というスキルであり(「応答的傾聴」の詳細は、是非、本書をご参照ください!)、彼の豊富な臨床経験とユーモアをスパイスに、そのスキルを用いた各年代の子どもとの向き合い方を実践的に描き出しているのが、まさにこの一冊です。
実践的と言えば、第7章で取り上げられているタイムアウト法。欧米ではよく用いられているものの、日本ではまだあまり見聞きしないように思うので、ここでご紹介しましょう。
「タイムアウト」とは、かんしゃくを起こしたり、約束を守れなかったりした子どもに与える罰の手法の一つで、それまで過ごしていた場所から強制的に一定時間離れさせることを意味します。時間にして5分程度、子どもをそれ専用の椅子に座らせるか、部屋の隅の壁に向って立たせます。突然、異なる状況におかれ、自由を奪われた子どもは、自らのふるまいに対し罰が与えられたということを実感すると同時に、落ち着いた場所への移動によって冷静さを取り戻す機会を得ることになります。タイムアウトが終わった後には、なぜ、このような罰を与えたのかを親から説明し、さらに子どもの言い分に耳を傾けるというプロセスを取り入れる場合もありますが、子ども自身、罰を与えられた意味を十分に理解しているときには、そのまま日常に戻ります。タイムアウトによって罰は終了しているので、くどくど説教は重ねません。このタイムアウト法、子どもに冷静さを取り戻させるだけでなく、親の側もむやみに感情的にならずにすむという利点があります。
似たような罰として、“物置や押し入れに閉じこめる、外に閉め出す”というお仕置きを連想する方もいるでしょう。しかし、それでは、子どもによって、過度な恐怖体験になってしまう場合もあります。そのため、タイムアウトによる隔離は、極端に暗い場所や狭い場所、あるいは戸外ではなく、そのときに使用していない居室やバスルームが選択されます。3,4歳から10歳前の子どもに有効とされ、ペナルティとして幼いうちに導入することがより効果的と考えられていますが、このように早期に行動修正に関わるひとつの型を親子が共有することで、感情的な衝突はかなり避けられるのではないでしょうか。
自分の子ども時代があっという間に終わってしまったように、親として子どもと直接触れ合える時間というのはそれほど長い時間ではありません。しかし、親が子どもに及ぼす影響は永遠と言っても過言ではないでしょう。そうした期間を豊かに、大切に過ごし、居心地のよい関係を築いて欲しいという思いが本書には込められています。どの年代においても子どもが安心して外の世界にチャレンジできるような安全基地でありたいものです。あちこちヒビが入ったポンコツ基地であったとしても。
|