認知行動療法のセラピストとして(その1)
マカオでバンジー
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス
伊藤絵美
私は臨床心理士として認知行動療法(CBT)を専門にかれこれ20年以上、医療機関(精神科)、企業や大学の相談室、民間カウンセリング機関などで仕事をしてきています。認知行動療法とは、簡単に定義すると、「自らのストレスに気づきを向け、自らのストレスの問題を認知(頭の中の思考やイメージ)と行動(動作や活動)の工夫を通じてセルフケアするための考え方と手法」ということになります。CBTのセラピストは、CBTを習得し、まずは自らのストレスと上手につき合うために、CBTを使いこなせるようになっておく必要があります。生きていれば誰にでもストレスはあります。だからこそそれに気づき、うまくつき合えるようになっておく必要があるのです。そのために役に立つツールがCBTであり、それをクライアントや患者さんに提供するセラピストであれば、まずは自分自身に対して上手にそのツールを使えるようになっておかなければなりません(料理教室の先生は料理を教える前に料理が上手になっておかなければならないのと同じ論理です)。
そういうわけで私自身も、CBTのセラピストとして、自らのストレス体験にCBTを使いまくっており、日々、ずいぶんとCBTに助けられている実感があります。たとえば、CBTには「曝露(エクスポージャー)」という技法があります。これは自分が不安や恐怖を感じる対象や活動を避けるのではなく、「不安や恐怖をそのまま感じつつ、それらの対象や活動を体験しきってしまう」という技法です。高所恐怖の人であれば、盛大に怖がりながら、そして怖がっていることを否定せずに、むしろ恐怖を味わうぐらいの心持ちで、東京スカイツリーの展望台から下界を眺める、というのが曝露に該当します。パニック障害の人であれば、心身の不安緊張症状を怖れずに、むしろ「ウエルカム」ぐらいの構えでどーんと受け止め、パニック発作が起きた場所や起きそうな場所(電車やエレベーターなど)を避けずに、積極的にその場所に出向いていくことが曝露に該当します。「結構勇ましくて大変そうな技法だなあ」と思う方がいらっしゃるかもしれませんが、実際に勇ましくて大変な技法です。だからこそCBTのセラピストは自らも曝露を体験し、「勇ましくて大変だったけど、やってよかった」という曝露の効果を実感しておく必要があります。じゃないとクライアントさんに自信を持ってこの技法をすすめることはできませんよね。
そんなわけで、私は一時期、スタッフと共に、曝露を体験しまくりました。富士急ハイランドに行って絶叫マシーンに乗りまくる、スカイダイビングに挑戦する、毎年バンジージャンプをする、などです。曝露の効果は本当に大したもので、何度も乗っているうちにあれだけ怖かった「フジヤマ」という絶叫コースターも、最初は恐怖で足が震えた40メートル(マンションの12階の高さに相当します)のバンジージャンプも、今では全然平気です。あまりにも曝露の効果が出過ぎて全く怖くなくなってしまい、国内の40メートルのバンジーでは飽き足らず、一昨年にはとうとうマカオまで出向き、世界一の233メートルのバンジーにまで挑戦してしまいました。233メートルは未知の世界で飛ぶ直前はあまりの恐怖に手足が冷たくなってしまいましたし、飛ぶ瞬間は「もうダメだ!」と思いました。でも躊躇していると飛べなくなるのはわかっているので思い切って飛び込みましたが、思わず悲鳴を上げてしまいました。が、飛んだ直後、要するに200メートルほどフリーフォールで落ちているときは「解放感」に満たされ、なんともいえないよい気持ちがしました。
また私は人前で話すことが苦手で好きではないのですが(ものすごく緊張するんです)、学会発表や講演など、仕事柄そういう機会を避けて通ることはできません。そういうときも「これは曝露だ」「緊張したっていいんだ」「声と足が震えているけど、これでいいんだ!もっと震えてやれ!」と思うことで、何とか切り抜けられるようになりました。このようにCBTでは、曝露という技法を一つ身につけるだけでも、こんなふうに様々なことが体験でき、自分に役立てることができるのです。
他にもCBTには様々な技法があります。CBTの基本的な考え方を知り、種々の技法を身につけることで自分助けが上手になり、ストレスとうまくつきあえるようになっていきます。『認知行動療法カウンセリング実践ワークショップ』(書籍)と『DVD認知行動療法カウンセリング実践ワークショップ』は、セラピストがクライアントに対してどのようにCBTを効果的に導入するか、ということを具体的に示したものです。CBTのセラピストを目指す方には、ぜひCBTを通じて自分助けに励みつつ、その効果を実感した上で、臨床の場でCBTを安全かつ効果的に使っていただければと思います。
(続く)
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