認知行動療法のセラピストとして(その2)
ムーミンママとバカボンのパパ
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス
伊藤絵美
こんなふうに認知行動療法(CBT)を駆使することで日々のストレスと上手につき合えるようになった私ですが、40歳になるかならないかの時期に、「不惑」どころか、自分のこれからの生き方に大いに迷ったことがありました。仕事でもプライベートでも様々な問題が振りかかり、その全てに全力で対応したのでは身が持たないぞ、という事態に直面したのです。優先順位を決め、自分が何を大事にして生きていくか、それを決めなければ自分がつぶれてしまう、という危機感に見舞われました。そんなときに出会ったのが「スキーマ療法」というアプローチでした。これはCBTが発展した統合的なセラピーで、CBTが症状や日々のストレス体験を対象とするのに対し、生き方や人生の課題を対象とする非常に深くて広い心理療法です。
スキーマ療法は米国の心理学者ジェフリー・ヤング先生が構築しました。ヤング先生は、CBTの提唱者アーロン・ベック先生にCBTの教えを直接受け、まずはCBTのセラピストとしてニューヨークで活躍しました。が、ヤング先生の元には、症状や日々の問題というより、大きな生きづらさを抱え人生そのものにつまずいて苦しんでいるクライアントが大勢やって来ました。そうなると標準的なCBTでは太刀打ちできないことが少なくなく、そのようなクライアントを手助けすべく、ヤング先生はCBTを中心に据えつつも、そこにゲシュタルト療法や力動的心理療法などの理論や技法を加え、それらを統合してスキーマ療法を作り上げたのです。
人生とは偶然の連続だと常々私は思っていますが、私が自分自身の生き方を見直さなければならなかった時期にスキーマ療法に出会ったのも、本当に「たまたま」でした。ヤング先生が2003年に出版したスキーマ療法業界では「バイブル」と呼ばれている分厚いテキストを翻訳しないか、と某出版社にもちかけられたのです。そのテキストの分厚さにひるみつつ、一方で名前だけは前から知っていたスキーマ療法に多少の関心はあったので、「1章分だけ読ませてください。それから考えます」と回答して、スキーマ療法の理論や手法について詳しく解説してある第1章を読みました。読み始めてすぐに、「これは私自身のために必要な本だ!」ということがすぐにわかりました。
人はそれぞれその人なりの「生きづらさ」や「傷つき体験」を抱えています。人生や生活が順調なときは、それらの生きづらさや傷つき体験は息をひそめていますが(ただしあまりにも大きな生きづらさや傷つき体験を負わされている人は、常にそれらに苦しんでいます)、人生の節目になるとそれらは顔を出し、「この生きづらさをどうしてくれよう?」「この傷つき体験を抱えたままでどうやって生きていくのか?」といったことを自分自身に問いかけてきます。それらの問いかけを無視しながら何とか節目を乗り越えていくことも可能かもしれませんが、40歳という不惑の年齢で惑いまくっていた私は(当時は「アラフォー」という軽やかな言葉はありませんでした)、「ここでこれらをしっかりと見つめ、今一度自分の生き方をしっかりと考える必要が絶対にある、そしてスキーマ療法がその鍵を握っている、スキーマ療法が私を解決に導いてくれる」と確信しました。そしてその「バイブル」を訳しながらスキーマ療法を学びつつ、スキーマ療法を実践した私自身も、不惑の危機を無事なんとか乗り越えることができたのでした。あのときあのタイミングでスキーマ療法に出会えたことを、私は今でも深く感謝しています。
ちなみにスキーマ療法でいう「スキーマ」とは正確には「早期不適応的スキーマ」という名前を持ちます。スキーマとはもともと発達心理学や認知心理学の言葉で、「心の法則」「心の中の深い思い」「その人なりの信念」といった意味を持ちます。「早期不適応的スキーマ」は、簡単に定義すると「人生の早期に形成されたその人なりの思いや信念(すなわちスキーマ)で、形成されたときには適応的だったかもしれないけれども、後にその人を生きづらくさせるスキーマ」のことを言います。生き方レベルで何かを乗り越えたいとき、従来のCBTで扱う自動思考だけでなく、特に自らの早期不適応的スキーマを理解し、スキーマレベルの回復を図る必要がある、というのがスキーマ療法の基本的な考えです。
さてスキーマ療法の具体的な理論や内容については、興味のある方には書籍(たとえば拙著『自分でできるスキーマ療法Book1』『自分でできるスキーマ療法Book2』『スキーマ療法入門』)を参照いただくとして、ここではスキーマ療法で最も重要な「治療的再養育法」という考え方と技法に触れておくことにしましょう。
CBTでの治療関係は「協同的実証主義」などと言いますが、セラピストとクライアントが治療チームを作ってチームメンバー同士で協同しながら様々なワークを行うことを重視します。もちろん治療の責任はセラピストにありますが、その中で対等でフェアな関係を作っていく感じです。一方、その人の生きづらさや傷つき体験をダイレクトに扱うスキーマ療法での治療関係は、「治療的再養育法」といって、セラピストがクライアントを再養育するような関わり方をします。そしてクライアントの中に「安全で健全な養育者」のイメージを作って、その「養育者のイメージ」がクライアントの傷つきを癒し、クライアントを健全な方向に再養育できるようにもっていくのです。もっと平たい言葉で言えば、その人の中に、「その人を癒し、導いてくれる素敵なパパやママの存在」を作っていく感じです。セラピストとクライアントという治療関係の中でスキーマ療法を行う場合は、セラピストがそのモデルになればよいのですが、私のように一人でスキーマ療法に取り組む場合は、生身のセラピストがいませんから、代わりに「自分を癒し、導いてくれる素敵なパパやママの存在」のイメージを作る必要があります。私の場合、それが「ムーミンママ」であり「バカボンのパパ」のイメージでした。
ムーミンママのイメージは私にとっては「ザ・ママ」であり、悲しいときや寂しいとき、イライラしたときや機嫌が悪いとき、どんなときでも優しく受け入れ、抱きしめてくれる存在です。どんなときでも「いいのよ」「大丈夫よ」と言って、安心させてくれる存在です。一方、バカボンのパパのイメージは私にとっては「ザ・パパ」であり、いつだってドーンと構え、「これでいいのだ!」と私を認め、ときには背中を押してくれる存在です。そんなイメージに助けられ、再養育されながら、私自身のスキーマ療法は進んでいきました。さて、皆さんが治療的再養育法を自分でするとしたら、皆さんのパパやママはどんなイメージでしょうか? スキーマ療法に取り組まなくとも、それをイメージするだけでも結構癒されたり、気持ちが安定したりするものです。目をつぶって、どんなパパやママに登場してほしいか、イメージをしてみてください。もしご自分でスキーマ療法に取り組んでみたいという方がいらっしゃれば、ぜひ拙著(『自分でできるスキーマ療法Book1』『自分でできるスキーマ療法Book2』)をご参照ください。
(了)
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