チャイナプラスワン
関西福祉大学教授/元外務省医務官 勝田吉彰
このたび、編集部から急なリクエストをいただきました。コラムの執筆。〆切は4日後! この超唐突なリクエストが舞い込んできた背景には、執筆時点で連日TVを賑わせている映像〜荒れ狂う中国人の暴徒たち〜があるようです。あれを見て私の顔を思い出す人々は幾人かいて、久しぶりのお便りをいただいたりします。前々職が外務省医務官、スーダン・フランス・セネガルを経て北京に流れてきて「こころの臨床アラカルト」誌に駄文を書き連ねたり注)いくつかの学会で中国ネタをプレゼンしたりしてきた身としては、暴れる中国人の映像を見て勝田の顔を思い出す……という思考回路は苦笑しつつ甘受せねばならないのでしょう。
中国各地の事態については現地からいくばくかのメ−ルが来るものの、背景は複雑で4日後の〆切りには間に合いそうもないので、ちょっとひねって「チャイナプラスワン」のお話を。これは最近の経済誌を開くと時折登場する言葉ですが、中国に進出した日本企業にとって様々なチャイナリスク(映像の光景はそのほんの一部。賃金高騰の人件費増の方がもっと大きな要因か)から、中国とは別に(あるいは中国から撤退して)もう一カ国に進出しようという動きです。その対象国はインド・インドネシア・ベトナム・ミャンマ−・マレ−シア・バングラデッシュあたりになります。今後、これらの国々への流れは一層強まるでしょうから、駐在する日本人の数ももっと増えます。円高を背景にますます増える海外在留邦人、そのメンタルヘルス問題は今年から精神神経学会でもシンポジウムが持たれるようになり、出版や雑誌の特集を通じて上海や北京で直面する駐在員の呻吟は世間に知られるようになってきました1)2)3)。チャイナプラスワンの国々では、イスラムの影響や熱帯病含む感染症流行等より広汎なストレス要因もあり、それを支える我々メンタル業界としても知っておかねばならない事がこれから増えてゆきます。
さて、このチャイナプラスワンの国々で今一番の注目株、ミャンマー。ちょうど先週行ってきたところでした。国民の大多数が上座部仏教(小学校で習った「小乗仏教」という言葉は“上から目線”の好ましからざる表現です。頭の中からdeleteして置き換えましょう)を信奉するこの国では現生での行いが来生に大いにかかわってきますから、盗らない騙さないの素朴な国民性は素敵です。残念ながら前政権時の人権状況から欧米諸国の経済制裁をうけて半鎖国状態のようなシチュエーションにありましたが、昨年から状況が劇的に変わり、これからこの国に住む日本人数が激増しそうです。2011年の邦人数は541人。対してベトナム9313人、インドネシア12469人。“不自然な重し”がとれた今、近隣国にものすごい勢いで追い付いてゆきそうなこの国、私もそこに住む同胞のメンタル支援体制を考えているこの頃です。
ヤンゴンの街を歩いて、ほど良いスローさ、痒いところに手が届くような人々の親切さに包まれていると、この国に取り憑かれ通いつめる人々――我々業界人にとってはなはだ口にしにくい単語ですが「ビルキチ」と称するそうです――が多数出てくるのも実感です。でも、これから急激な経済発展を経て、今の「みんな清く貧しく」から「富める者と置いてゆかれた者の格差」になったとき、現在の中国のようなギスギスした空気が漂うのか否か、非常に気になるところではあります。
さらに、イスラムの掟が日常に根づくインドネシアやバングラデッシュなど、我々を温かく迎えてくれる個性派ぞろいの国々、皆さんもぜひ一度足を運んでみてください。
ヤンゴン Witoria General Hospitalにて講演、記念品をいただくの図。
注)ドクトル外交官世界を診る(星和書店)として刊行.
1)異国でこころを病んだとき.鈴木満編(筆者は中国の項担当).
2)上海メンタルクライシス ―海外日本人ビジネスマンの苦悩―.小澤寛樹編著,長崎新聞新書.
3)勝田吉彰:中国における邦人のメンタルヘルス.グローバル経営,2010年11月.
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