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■特集 伝達物質の放出機構

●開口放出をめぐって 「「歴史的概観「「
 久 野  宗
 開口放出は細胞内の小胞膜と細胞膜が融合した結果、小胞内物質が細胞外へ放出(分泌)する過程と定義される。このタイプの放出の概念は、神経伝達物質の量子的放出を説明する「シナプス小胞仮説」として最初に導入された。この仮説では、伝達物質の最小放出単位量(量子)があらかじめシナプス小胞に存在し、この内容物がall-or-noneに放出すると仮定する。シナプス小胞がシナプス間隙に開口している形態像は示されたが、神経刺激によって放出される伝達物質の量子数と小胞開口数の相関性の証明はまだ得られていない。この証明に向けて、急速凍結freeze-fracture法、放出に伴う膜の電気的容量変化の測定法、アムペロメトリーによる放出の測定法、小胞放出に伴う蛍光物質の取り込みの測定法が開発され、現在、これらの手法の併用により仮説の証明が試みられている。
key words : quantal release、vesicular hypothesis、amperometry、vesicular membrane recycling、membrane capacitance increase

●伝達物質放出におけるCa2+ の作用とCa2+ 緩衝能による調節
鈴 木 直 哉  河 西 春 郎
 シナプスでの伝達物質放出は細胞内カルシウムイオン(Ca2+)でスイッチされている。しかし、神経前終末内の平均Ca2+ 濃度は伝達物質放出の高速なスイッチングを説明しない。これに対してCa2+ チャネル近傍にチャネルの開閉にほぼ同期して出現する高濃度Ca2+ ドメインという概念は、放出の高速オンオフスイッチをよく説明できる。シナプスにおいて放出をトリガーするに必要なCa2+ 濃度は150μM程度と報告されてきたが、最近の中枢シナプスの報告では10〜25μMと一桁程度低いことも報告されている。シナプトタグミンというシナプス小胞に存在する蛋白質は伝達物質放出のCa2+ 要求性をよく説明し、Ca2+ センサーの第一候補である。一方、伝達物質放出にはCa2+ ドメインの形や寿命、空間平均としてのCa2+ 動態を決定する内在性のCa2+ バッファーの関与が重要であることもわかってきた。
key words : synapse transmitter release calcium ion Ca domain Ca buffer

●神経伝達物質放出の調節機構と高次神経機能
佐々木卓也  織 田  聡  三 好  淳  高井義美
 神経伝達物質の放出はシナプス小胞がシナプス前膜にドッキングして融合することにより引き起こされる。このシナプス小胞輸送の制御には、他の小胞輸送と同様、SNARE系が必須である。我々の見出したRab3A低分子量G蛋白質やDoc2は、SNARE系とは異なり、シナプス小胞輸送に必須ではないが、他の制御分子と相互作用してシナプス小胞輸送の過程を厳密に調節していることが明らかになりつつある。これらの調節分子の作用機構が明らかになるにつれて、SNARE系だけでは説明できなかったシナプスの可塑性、ひいては記憶や学習などの高次神経機能の分子機構が理解できるようになってきている。
key words : neurotransmitter release LTP long term potentiation Rab3A Doc2 SNARE

●シナプス開口放出におけるSNARE蛋白質の機能
山 口 和 彦  平 田 快 洋  金 子 貢 巳
 シナプス開口放出において、シナプス小胞膜やシナプス前膜に存在するSNARE(SNAP receptors)蛋白質(VAMP、syntaxin、SNAP-25)が重要な役割を果たしている。これらの蛋白質はcoiledLcoilモチーフにより形成される疎水性ドメインにより結合しSNARE複合体を形成する。開口放出の分子メカニズムについて、NSFによるATP依存性のSNARE複合体の解離が膜融合前に生じる、と仮定するSNARE仮説と、SNARE複合体の形成により膜融合が生じ、SNARE複合体の解離は膜融合の後生じる、と仮定するジッパー仮説が提案されている。これらの仮説を検証する実験系にはイカ巨大シナプス、ショウジョウバエ神経筋シナプス、哺乳類培養神経細胞シナプス等がある。しかし、ATPの役割、Caの機能等、重要な過程について未解明である。シナプス開口放出の素過程と個々の分子機能を詳細に検討する必要があるだろう。
key words : synaptic exocytosis SNARE neurotransmitter release membrane fusion
docking

●シナプスにおける接着分子の機能
杉 野 英 彦
 脳には莫大な数の神経細胞が存在する。これらは複雑に多様化し、高度に組織化されている。こうした莫大な数の細胞の多様化と組織化は免疫細胞でも存在しており、以前より神経系と免疫系の類似性が指摘されている。免疫系細胞での多様化と組織化は、イムノグロブリン遺伝子群やT cell receptor遺伝子群のDNA再編成(rearrangement)により始まる。同様の多様化のメカニズムが脳で使われているのならば、神経細胞同士での接着(神経回路網形成)において使われていると考えられる。最近CNR(Cadherin related Neuronal Receptor)ファミリーの染色体上におけるゲノム構造や相手方受容体等が明らかにされた。この結果CNRファミリーは、免疫系細胞でのイムノグロブリン遺伝子やT cell receptor遺伝子に相当するのではないかと推測された。脳の進化は哺乳類において著しく特に終脳部において顕著である。さらに大脳皮質領域の増大も著しくヒトにおいては急激な進化が見られる。これらの領域においては神経回路網のいっそうの多様化・組織化が必要と考えられる。CNRはこうした領域の中でも大脳皮質、嗅球、海馬等のシナプスで強く発現するカドヘリン様接着分子であることを考える時、多様化したシナプスの形成に関わる分子である可能性がさらに強く示唆される。
key words : Cadherin CNR Cadherin related Neuronal Receptor Fyn synapse DNA rearrangement

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