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■特集 脳と眼球運動
●前頭葉での眼球運動制御
福島菊郎 福島順子
両眼視機能を備えた霊長類では視覚情報を適切に取り込むため,両眼の中心窩で視覚対象像を捕らえる。そのため正確な眼球運動が要求され,その随意的制御に前頭眼野が関わる。身近の空間をゆっくり動く視覚対象からの視覚情報を連続的に取り込むために,滑動性眼球運動と輻輳運動の両者が使われる。これらの運動は,空間での視覚対象に対する眼球運動であるため,視線(空間内眼球)運動として実行される。前頭眼野後部領域には,視線運動情報が再現されている。さらに,滑動性眼球運動と輻輳運動は,これまで独立の制御系として理解されてきたが,両信号の線形加算による統合が前頭眼野後部領域で起こっており,そこで三次元空間に最適ベクトルをもつ眼球運動信号が符号化されている。
key words: frontal eye fields, smooth pursuit, gaze, vergence tracking
●頭頂葉での眼球運動制御
竹村文 稲場直子 河野憲二
日常生活でわれわれが外界の物体を見るためには,網膜の中心窩で対象物をとらえ,網膜上の像のブレを防ぐ必要がある。このために,視野内に現れた興味を引く対象物へと視線を移動させる眼球運動(saccade and vergence eye movement)と,見ている対象物の網膜上の像のブレを補償する眼球運動(smooth pursuit eye movement, optokinetic response and ocular following response)が機能している。本稿では,このような対象物への視線の移動と静定化のために働いている眼球運動の発現に,頭頂葉が密接に関与していると示唆される最近の知見を紹介する。
key words: saccade, smooth pursuit eye movement, optokinetic response, ocular following response, vergence eye movement
●小脳による眼球運動制御
永雄総一 北澤宏理 首藤文洋
小脳は眼球反射(前庭動眼反射と視機性眼球反応)や随意眼球運動(滑動性追跡眼球運動とサッケード眼球運動)の学習制御に深く関与している。小脳皮質の神経回路には長期抑圧(LTD)というシナプス伝達可塑性が存在し,それが脳による運動記憶の生成と維持の神経機構の源であることが,眼球反射の適応をモデルとした実験系を用いて検証されてきている。本稿ではまず,小脳片葉の眼球反射の調節機構について解説し,さらに小脳が随意眼球運動の制御にどのように関与しているかを,神経回路網と学習の両観点から検討する。
key words: vestibulo-ocular reflex (VOR), optpkinetic response eye movement (OKR), cerebellum, long-term depression (LTD), adaptive learning control
●脳幹におけるサッケードと注視の制御
中馬越清隆 岩本義輝 吉田薫
対象への視線移動とそれに引き続く対象の注視により,われわれは外界の様々な場所から高解像度の視覚情報を得ている。本稿では,サッケード眼球運動と眼位保持の脳幹神経機構について最近の知見を紹介する。橋正中部にあるparamedian tract(PMT)ニューロンは,正確な眼球運動信号を小脳に伝えている。同部位不活性化により眼位保持障害と前庭バランス異常が起こることから,PMTニューロンは小脳による神経積分器動作の調節と前庭バランスの維持に重要な役割を果たすものと思われる。サッケードの最終指令は脳幹網様体のサッケードジェネレータで形成される。その構成要素であるオムニポーズニューロンの細胞内電位の記録から,サッケードジェネレータの内部にはバーストニューロンとオムニポーズニューロン間の相互抑制があること,上位中枢からの抑制入力がジェネレータ活動の引き金となることが実証された。
key words: brainstem, saccade, gaze holding, paramedian tract
●上丘による眼球運動制御
伊佐正
中脳上丘は眼球のサッケード運動などの指向運動を制御する中枢である。筆者らは最近上丘の局所神経回路の構造と機能をラットのスライス標本で詳細に解析し,さらにその結果をラット,サルの個体で検証した。その結果,長年問題であった視覚入力を受ける浅層から運動出力を投射する中間・深層へ向かう信号の伝達経路の存在が証明された。ただ,この経路の信号伝達はGABA作動性の抑制からの脱抑制やコリン作動性入力による促通などの修飾を受ける。また中間層には興奮性ニューロンの反響回路が存在し,GABA作動性抑制からの脱抑制が起きつつ興奮性入力が閾値を越えるとニューロン集団がNMDA型グルタミン酸受容体依存性にほぼ同期してバースト発火するという特性を持つ。したがって浅層からの視覚入力がある閾値を超えると浅層から中間・深層への信号伝達経路が活性化され,超短潜時のexpress saccadeが誘発されるということが明らかになった。
key words: superior colliculus, saccade, local circuit, modulation
●変性疾患と眼球運動異常
小松崎 篤
脊髄小脳変性症の眼球運動異常には多くのものが報告されている。近年,分子生物学的な進歩により,特定の遺伝子異常と眼球運動の異常の関連が報告されるようになった。ここでは,早期症状としての眼球運動異常を中心に取り上げた。特にSCA2を中心とした疾患においては,saccadeや眼振急速相など急速眼球運動の最大速度の低下は疾患の早期から出現することが注目される。また,SCA6またはその類似疾患では自発性下眼瞼向き眼振が出現しやすいが,そのもっとも早期の所見として頭位変換眼振検査による垂直性眼振の重要性を示した。一方進行性核上性麻痺では下方への急速眼球運動の異常が早期より出現するため早期診断への貢献が大きい。
key words: SCD, nystagmus, slow eye movement, positioning nystagmus test
●精神疾患の眼球運動異常
松浦雅人
統合失調症は視覚誘導性サッケードやその他の反射性眼球運動には異常はないが,滑動性追従眼球運動(SPEM),エクスプレスサッケード(ES),アンチサッケード(AS),記憶誘導性サッケード(MGS),探索眼球運動の異常が報告されている。感情障害の眼球運動異常は一致した所見が得られていないが,双極性障害でSPEM異常やAS異常が多く報告されている。うつ病では統合失調症に特異的な反応的探索スコアー異常はみられない。強迫性障害や注意欠陥多動性障害に特異的な眼球運動異常はないが,治療薬によって臨床症状の改善とともにES異常やASエラーが正常化するという報告がある。人格障害のなかでも統合失調型人格障害ではSPEM異常やASエラーがみられる。これらの精神疾患は自発性眼球運動制御に関与する前頭葉・基底核回路の機能障害が示唆されている。
key words: psychiatric disorders, smooth pursuit eye movements, antisaccades, momory-guided saccades, exploratory eye movements
●眼球運動の加齢
蕨建夫
加齢にともなう共同運動性眼球運動の変化の一般的な特徴として,反応時間の延長,運動速度の低下があげられる。しかしこれらの運動機能低下の一方で,加齢にともなう運動の不都合を補う機能としての可塑的機能による変化がある。さらに加齢がすすんだ場合には,脳循環障害などの老年病との区別のまぎらわしい機能障害を認め,また,病理学的変化の初期徴候がある。加齢変化は,このように単一の変化ではないことを念頭におくと理解しやすいと思われる。眼球運動の加齢変化の研究については,老年者の変化のみならず,乳幼児の眼球運動の発達を含めて眼球運動のメカニズムを追求する研究の方向があり,眼球運動の発達を含めて加齢変化としてとりあげた。眼球運動機能の加齢は,年齢に一致した視覚運動機能の発達と障害の過程に,環境に適応した可塑性変化が加わったものであると考えられる。
key words: aging, development, saccade, smooth pursuit eye movement, vestibulo-ocular reflex
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