■特集‐女と男‐精神科臨床における性差 I
●精神障害の性差分布
小 林 聡 幸
精神障害の性差を年齢との相関のもとに概観した。男性ホルモンによる男性脳への分化が、小児期においては神経発達障害を基礎に持つ精神障害の罹患率を男性において押し上げ、生殖年齢においては、女性ホルモンの分泌が分裂病などから脳神経を保護する一方、周期的な女性ホルモンの変動はストレスに対する脆弱性を高め、女性のうつや不安の罹患率を増大させている、と考えられる。逆に、閉経後の女性ホルモンからの離脱が女性の痴呆罹患率を高めている。他方、男性ホルモンは、アルコールなどの薬物から脳神経を庇護する傾向がある。もちろんそこに心理社会的な意味でのライフサイクルの影響が重畳し、例えば摂食障害が著しく女性に多いのは、主として心理社会的な側面から考える必要がある。非常に大雑把な見通しだが、若年では男性が精神疾患に対して脆弱であり、高齢になると女性のほうが脆弱となる、といえる。
Key words: mental disorders, sex characteristics, sex hormones, life cycle stages,
prevalence
● 分裂病の発病時期と症状、経過における性差
恩田 浩一 加藤 敏
分裂病の性差に関する確立した知見として、男性が女性よりも初回入院時年齢が低いこと、高齢発症例に女性が多いこと、女性の方が予後良好といった点が挙げられる。エストロゲン仮説はこうした性差を説明する有力な理論であるが、臨床像をエストロゲンのニューロンに対する「保護作用」だけから単純に解釈することは困難であって、経過と予後の違いには治療内容も含めて様々な心理社会的要因が複雑に影響し合っている。自験例(1976年から1988年までの13年間に自治医科大学附属病院精神科に入院し、DSM-Wの診断基準を満たす男性70例、女性68例)について初診時年齢、初回入院時年齢を比較した結果では、ともに女性の方が若干高かったが有意差は認められなかった。しかし20歳台に男性が多く、その前後で女性が多いという分布差が認められた。精神病理学的観点からは、分裂病女性における現実世界連関性について言及した。
Key words: schizophrenia, gender difference, estrogen, psychopathology, late
onset schizophrenia
●男性分裂病と女性分裂病の薬物療法における差異
三村 將 上島 国利
精神分裂病の薬物治療における性差を概説した。精神分裂病の発症や症状形成にはエストロゲンをはじめとしたホルモン因子が関与しており、このホルモン因子とドパミン神経伝達との関連が薬物療法にも影響する。閉経前の女性では抗精神病薬の用量が男性や閉経後の女性よりも少なく、薬物への反応も良好である。また、女性では薬物代謝が緩やかなため、抗精神病薬を中断しても再発しにくく、急性ジストニアなどの急性の副作用も少ない。遅発性ジスキネジアに関しては、高齢女性と若年男性に多いと考えられる。最近の非定型抗精神病薬の副作用に関する性差も注目されており、今後、この点を踏まえて積極的に至適薬剤を選択し、患者のQOL向上を目指すべきであろう。精神分裂病の薬物療法は患者の社会的予後のなかで位置づけられる必要があり、心理社会的観点からみたジェンダーとしての性差を意識した、個別的で多彩な治療プログラムの作成と実行が重要である。
Key words: gender, sex, schizophrenia, pharmacotherapy, treatment
● 分裂病と女性化
小 出 浩 之
Freudが取り上げた有名なシュレーバー症例には「神の女」になるという女性化妄想が明確に認められる。病相を3期に分けると、第1期は急性精神病状態で、ここでは女性化というテーマは見られない。第2期は「肉体を娼婦に陥そうとする計画」という性的迫害妄想が結晶化し、第3期に至ってその計画の首謀者が「盟友」と思っていた「神」であることが判明して「神の女になって、シュレーバー人類を生む」という誇大妄想が成立する。
分裂病体験は圧倒的な力を持つものであり、患者の自我は受動性の立場に置かれる。それが、自我への迫害と多くの患者には体験されるが、受動性は女性性の本質的要素である(Freud)としたら、女性への推力(Lacan)は分裂病にとって構造的な現象であると言うこともできる。
シュレーバーの妄想の「神」は彼の父親である。この父親は象徴的父を演じており、彼にとって立法者であると同時に享楽者であった。この神(父)の前で自我を守るためには「神の女」という特別な女性になる他はなかったのである。
Key words: Freud, S., Lacan, J., paternity, soul-murder, Schreber
●移住と女性うつ病
江 畑 敬 介
女性は男性に比べて新しい環境への適応力があると信じられている。しかし海外移住者に関する報告を見ると、ほとんど例外なく女性は男性よりも精神障害の発生率が高い。とくにうつ病が男性よりも高率である。その原因を明らかにするために、カンボジア難民女性1例と中国残留女性孤児1例を症例提示した。それらの症例を分析すると、女性うつ病の発症には、女性の心理行動学的特徴、すなわち「空間的に密着する傾向」(Mitchelle,
G.)、「包含する機能」(Jung, C.G.)、「同一化を求める」(Neuman, E.)等が深くかかわっている可能性を示唆した。
Key words: immigration, depression, feminality
● 男性摂食障害の病態の特徴と治療
加茂 登志子
文化結合症候群としても位置づけられる摂食障害は、医学的疾患のなかで、最も性差の認められる疾患のひとつであり、その性差は主に社会的・文化的側面から生じると考えられている。そういった状況の中で摂食障害の男性例とは、稀少例というだけでなく、本疾患の原因や病態の全容をつかむ上でも重要なヒントを与えるものとして注目されてきた歴史を持つ。摂食障害の男性例は患者全体の概ね5〜10%と見積もられており、また、神経性無食欲症より神経性大食症のほうが男性例の割合が多いと考えられている。摂食障害は発症率に大きな性差が見られるものの、性以外の患者像や発症後の症状・経過・合併症など、障害としてのアウトプットにはほとんど性差は確認されておらず、男性例の治療も女性例と同様と考えられている。しかしセクシュアリティに関する報告では、同性愛者が約25%を占めると言われており、女性例と大きな相違が見られている。
Key words: eating disorder, anorexia nervosa, bulimia nervosa, male, sexuality
● 女性アルコール依存症者の特徴 ―特に中年、既婚女性について―
幸 地 芳 朗
兵庫県の3つのアルコール依存症治療施設の合同の患者調査より、女性症例57例について検討した。今までの報告以上に、特に40代、50代の症例で問題飲酒期間(事例化までの期間)が短縮されていることが明らかとなった。また既婚女性達は、内科等の一般科受診とほぼ同時期か、あるいは一般科受診をとばして精神科専門医療機関に受診する行動をとることが特徴的であった。その原因として、男性アルコール依存症の治療において問題となるイネイブリングが、女性症例の場合顕著でない可能性が示唆された。一次型の女性アルコール依存症でも、典型的な女性のライフサイクルを経過し、家庭内の慢性の葛藤が飲酒行動に深刻な影響を与えている場合が多く見られた。
Key words: gender differences, middle aged women alcoholics, reactive chronic
type alcoholics
●男性ヒステリーの今日的形態
荒 井 稔
性差の男性優位であるヒステリーとして分類される解離性遁走について、海外文献、本邦の文献の一部を検討し、解離性遁走のもつ今日的意義について検討した。本邦では、1980年代半ばから、システムエンジニアなどの多忙な就業者における解離性遁走の報告がなされるようになり、遁走の原因の一部として、多忙な就業環境が促進因子として作用している可能性が指摘できた。また、景気の低迷に伴い現在の就業環境が一段と厳しくなっために、中間管理職以上の就業者の責任は重くなり、これにともなって遁走する事例が散見されるようになってきている。解離性遁走では、遁走というエピソードに前駆して、身体的消耗という生理学的失調を背景とした意識変容ないしは意識狭窄という機序がみられることが多く、日本では稀であるが、この後に新しい同一性を獲得するという臨床経過がありうると考えられた。これから女性の社会進出とともに、女性の社会的責任が増加し、現在みられているような男性優位の性差が消失していく可能性もあるが、遁走の生物学的背景についてのより詳細な検討が必要だと思われる。
Key words: male hysteria, dissociative fugue, employee, cloudiness of consciousness,
biological basis
■症例報告
三相波を呈した散発性Creutzfeldt-Jakob病の1臨床例
武田 隆綱 飯島 英行 渡会 昭夫 国友 貞夫
筆者らは、発病初期に脳波上で三相波を呈した散発性Creutzfeldt-Jakob病(CJD)の1臨床例を経験した。症例は発病年齢60歳の女性。発病2ヵ月後に入院となり、発病4ヵ月後には失外套状態となった。発病初期には頭部MRIは正常範囲内であったが、発病3ヵ月後には全般性の脳委縮がみられるようになった。失外套状態となってから急速に脳委縮が進行した。発病初期には脳波で三相波がみられたが、失外套状態となってから三相波は消失し、典型的な周期性同期性放電(PSD)が出現するようになった。病勢が進行するとPSDは減少し、鋭波様の波形で散発するようになった。更に病勢が進行すると局在性の棘波が散発するようになった。その後はPSDや棘波は消失し、低振幅徐波が主活動となった。本症例の経験から、CJDの初期には三相波を呈することがあり、三相波を呈する疾患の1つとしてCJDも考慮する必要があると考えられる。
Key words: Creutzfeldt-Jakob disease, electroencephalography, triphasic waves,
periodic synchronous discharge
■症例報告
頑固な食行動障害にfluvoxamineが奏効した最重度精神遅滞を伴う非定型自閉症の1例
友竹 正人 中山 浩 大森 哲郎
頑固な食行動障害にfluvoxamineが有効であった最重度精神遅滞を伴う非定型自閉症の症例を経験したので報告する。症例は13歳の男性である。10歳までは食欲はむしろ旺盛な方であり、とくに著しい偏食もなく介助により普通食を摂取できていた。10歳過ぎからまず学校給食を食べなくなり、その後しばらくして、学校および家庭の両方でまったく食事を拒否するようになった。そのため、約3年間、経腸栄養剤のみを飲用していた。このような食行動障害について、こだわり行動と考えhaloperidol、pimozideを順次投与したが、併存して認められた常同行動および自傷行為は軽減したものの、食行動障害に対してはまったく無効であった。その後、fluvoxamineの投与を開始し、100mg/日まで増量したところ、2週間ほどで食行動障害は次第に改善され、普通食をきちんと食べられるようになった。最重度精神遅滞を伴った非定型自閉症児の強度のこだわり行動についてfluvoxamineによる治療の可能性が示唆された。
Key words: fluvoxamine, eating disturbance, mental retardation, atypical autism