■特集‐精神科医のメンタルヘルス
●精神科医の精神健康の治療的意義
中井 久夫
精神科医の精神健康に影響する因子として、まず老化における治療的連続感覚の衰退、意志、決断の衰退、これと関連して新患を診ることの是非、老いの否認の危険を挙げ、その一方、転移・逆転移の穏和化を挙げた。次いで種々の原因による医師の心身の余裕の喪失、休診、病気、睡眠不足、孤立、死、家庭不和、職場不和を述べ、ダグアウトとしての「医局」、「わかち合いの会」、ホビーの意義に触れた。それから、精神科医の自尊心のあり方に触れ、精神科医が陥る悲観主義の錯覚であることを指摘した。しめくくりとして同時代の精神医学が精神科医の精神健康に及ぼす影響について記した。
Key words: psychiatrists, mental hygiene, influence on their practice, ageing, environmental factors, pessimism spiral
●諦めが肝心 ‐蛸壺生活24年の経験から‐
生村 吾郎
Key words: outpatient clinic, burn out
●総合病院精神科医のメンタルヘルス
佐藤 茂樹
総合病院精神科は、総合病院自体の多忙さの中にあって一般科と同様に仕事量の多い職場である。精神科自体が一般病院内では十分に理解されておらず、総合病院精神科医はidentityの確立自体を仕事としなければいけないという側面もある。総合病院精神科医のストレスは仕事量の多さと他とのコミュニケーション機会の多さにあり、消耗しやすく、自己不全感を伴いやすく、他方万能感は満たされにくい。「ひとり医長」など孤独のたたかいを余儀なくされる場合もある。「燃え尽き」やすい職場といえるが、情報を交換しあったり、仕事の意義を確認するなどチーム自体を支える工夫や、なによりのストレスの源泉である少ない医療スタッフの増員を求めていくこと、外部の理解者を増やしていくことなどが総合病院精神科医のメンタルヘルスの保持の上で重要である。
Key words: general hospital psychiatrist, busy, solo practice, burn out, clinical team
●職場の構造と精神科医のメンタルヘルス ‐精神科単科病院の立場から‐
吉岡 眞吾 舟橋 龍秀
精神科単科病院(以下単科病院と略す)に勤務する医師のメンタルヘルスを考察するにあたり、単科病院の医師のストレスになっている問題について検討した。それは単科病院の持つ歴史的な問題に大きく関わっている。その中では我が国の精神医療が入院治療を中心に進められてきたが、その背景に医療法特例に見られるような施設基準の緩和と診療報酬の低い評価による低医療費の医療が行われてきたことと、精神医療の対象が社会防衛的側面まで拡張されていることの意味が大きい。これらによって単科病院の内包する矛盾が大きく特徴づけられ、単科病院が本来治療の場として望まれる条件の実現を阻害する要因ともなっている。次に非自発的医療などに関しても我々が提供すべき役割を提示することを通して、その未到達性の中に単科病院の医師のストレスを探りたい。
Key words: mental hospital, psychiatrist, stress, involuntary inpatient, compulsory admission
●患者の自殺に精神科医はどう対処すべきか
高橋 祥友
どれほど経験を積んでも、治療にあたっていた患者に自殺されることほど、精神科医として深刻な打撃を受ける出来事はない。本論では、患者の自殺を経験した精神科医が経験するさまざまな心理的な反応に焦点を当てる。さらに、それに対してどのように対処すべきか私見を述べたい。医師は決して全能ではない。全力を尽くして自殺の危険の高い患者の治療に当っても、必ずしもその努力が報われる場合ばかりではない。しかし、我々が死からしか学べないことがあるとするならば、それから目を離さずに謙虚に学ぶ姿勢こそが大切だろう。さらに、患者の自殺によって深刻な心理的な打撃を受ける遺族や他の患者に対しても十分な心理的なケアをする必要性についても触れる。
Key words: suicide, psychiatrist, psychological response, cluster suicide
●犯罪被害者カウンセリングと治療者のメンタルヘルス
小西 聖子 金田 ユリ子
犯罪被害者カウンセリングにおいては、通常の臨床治療とは異なる困難がある。この困難や問題を、(1)犯罪被害者に関わる場合に特有の、司法との関わりで治療の文脈を侵されるという問題や、治療の文脈に位置づけられない諸問題、(2)治療者個人の特質とはまた別に存在するトラウマ・ケアを行う治療過程において共感や感情移入することにより生じる避け得ない困難、そして、(3)治療者の有用性としての、治療効果や外部からの評価の問題、の3点から捉えて、精神科医やセラピストら治療者のメンタルヘルスについて述べた。
Key words: victims of crime, psychotherapy, secondary traumatic stress, compassion fatigue, vicarious traumatization
■研究報告
●離脱期けいれん発作を示したbromvalerylurea中毒の一例
佐野 譲 坂井 尚登
市販の睡眠薬依存症の女性1例について報告した。睡眠薬“ウット(Wutt®)”はブロムワレリル尿素を主成分とし、他にアリルイソプロピルアセチル尿素および塩酸ジフェンヒドラミンを含む合剤である。患者はしばしばウットを乱用し、多いときには1日12-24錠(ブロムワレリル尿素として1-2g)を服用していた。患者は4回入院したが、そのいずれにおいても入院直前または入院直後に全身けいれん発作を認め、種々の離脱期精神症状が観察された。脳波所見は入院直後の離脱期に高度異常を示し、けいれん発作の消失に伴って、急速な正常化を示した。けいれん発作ならびに精神症状と脳波変化の関係から、離脱期における脳機能状態について考察した。
Key words: bromvalerylurea intoxication, withdrawal convulsion, electroencephalogram
●Bromperidolの血中濃度と治療効果に関する検討
藤田 和幸 村上 浩亮 鈴木 滋
精神分裂病患者にbromperidol(BPD)を投与した際の、BPDとその主代謝物であるreduced bromperidol(RBPD)の血中薬物濃度および症状の変化に関する検討を行った。その結果、BPDの1日投与量と血中BPD、RBPD濃度との間に正相関を認めたが、40歳以上の群では血中濃度・投与量比の著しい個体差を認め、この相関は認められなかった。最終全般改善度(FGIR)とBrief Psychiatric Rating Scale(BPRS)は概して高い改善を示したが、これら改善度と血中BPD、 RBPD濃度との間に有意な相関は認められなかった。FGIRにて改善群と判定された症例は、BPRS評定においても高い改善を示し、FGIRにおける改善群と軽度改善群の差は、思考障害に対する効果の差と考えられた。良好な改善を示した症例の多くは、血中BPD濃度が12 ng/ml以下であった。既に、血中BPD濃度定量は臨床応用されており、それは精神分裂病の治療において有用なものと考えられた。
Key words: bromperidol, reduced bromperidol, plasma concentration, schizophrenia, TDM
■臨床経験
●措置入院適用に問題を残した2例
服部 功 東 孝博
ある地方都市で措置入院が考慮された2例を呈示し、当該例における措置入院適用上の問題点を吟味し若干の考察を加えた。一例は覚醒剤依存後遺症者で、近隣への迷惑行為に警察官が行った通報を行政側が不当に受理しなかった。また別の一例は精神分裂病者で、治療が十分なされないまま反社会的行動が繰り返されていたにもかかわらず、医療・行政が早期に治療的介入をなし得ず、その後他害行為に対し警察官通報が行われてからも行政は迅速な対応を欠き、問題行動の拡大を許してしまった。2症例とも適時・適切に措置入院に結びつけることができず、多くの反省点を含む。措置入院の濫用は戒められるべきだが、要件を満たしている事例については、法を遵守しながら患者に適切に医療を提供し、地域精神医療の充実に努めることが望まれる。そのためには措置診察が考慮された事例を改めて丁寧に検討し直し、従来の事例の反省を後の事例に活かしていく必要がある。
Key words: Mental Health and Welfare Law, involuntary admission by Prefectural Governor, application of the Law, problematic behaviors, the danger to injure him/herself or others