■特集 身体関連症状の診分け―治療戦略― (II)
●うつ病の心気・身体関連症状
阿部 隆明
うつ病で訴えられる身体症状には,主に自律神経症状を介した客観的な症状と,うつ病固有の心気症状として把握される主観的な症状がある。前者については,仮面うつ病や軽症うつ病を引き合いに出して心身症との関連も論じた。後者については,軽うつ群と不安焦燥群に大きく分類できることを指摘したうえで,吉松の心気症の定義を導きの糸に,うつ病の精神病理とその多様な心気症状との関連を考察した。その際,心身の不調はうつ病の自律神経症状に基づくこと,身体症状への病的なとらわれは,うつ病において生きられた身体(Leib)が物体化され病者が肉体(Krper)に閉じ込められることに由来すること,疾病恐怖は不安焦燥の出現と関連があることを指摘した。他者への訴えに関しては,うつ病者の依存性の表現であることを踏まえ,頻回愁訴や偽ヒステリー症状,転換症状を取り上げた。最後に治療のポイントについて触れた。
Key words: depression, somatic symptoms, hypochondria, anxiety, conversion
●漢方の観点から診る心気症状
下田 哲也
心気的症状は漢方を表看板にしている筆者の医院でも多く扱うもので,漢方医学(中医学)的治療法がかなり効果的と感じられるものである。本稿では中医学的立場から心気的症状の診方を述べる。そのために,まず陰陽五行論や二次的病理産物といった中医学的思考法の基本を概観した。さらに西洋医学的には「不定愁訴」とくくられるであろう問題も,中医学的文脈では診断上重要であることを述べ,そういった中医学的診察の場自体が,精神療法的効果を持ちうる可能性に言及した。ともに「全人的」であるべき精神科医療と中医学に通底する性格にふれ,両者を統合すること,すなわち中西医結合的〜中医学理論に西洋医学的治療手段を取り入れる方向で,より豊かな医療を提供しうるとの私見を述べた。
Key words: hypochondriac symptoms, traditional Chinese medicine, yinyang five-element theory, psychotherapeutic effect
●リエゾン精神医学でよくみる心気・身体関連症状
堀川 直史 山崎 友子
心気・身体関連症状を訴える患者の診療は,リエゾン精神科医にとっても重要な問題である。文献を調査し,(1)心気・身体関連症状のために精神科医に紹介される患者の比率が紹介患者全体の2〜4割に達すること,(2)疼痛が最も多いが,そのほかにも多様な身体症状が紹介理由になっていること,(3)心気・身体関連症状を示す身体疾患患者には高い頻度で精神疾患が生じ,身体表現性障害と抑うつや不安などの感情の変化を主要症状とする精神疾患に2分されることなどを述べた。さらに,心気・身体関連症状を示す身体疾患患者について,(4)症状評価の難しさ,(5)心気・身体関連症状と患者への情報提供,治療関係,社会的援助などの関連,(6)治療における留意点などを考察した。
Key words: somatoform symptoms, somatization, hypochondriasis, medically ill patients, cosultation-liaison psychiatry
●麻酔科を併診する疼痛性障害症例
岡島 美朗 福田 博一
疼痛性障害は他科の診療を経て精神科に紹介されることが多いが,その典型の一つとして麻酔科を併診した三症例を提示した。症例1は疼痛が生活上のストレスによって消長し,性格も循環気質に近く,抗うつ薬が効果を示すことや,受療行動に問題がなかったことからうつ病スペクトラムに属すると考えられた。症例2は当初疼痛とともにさまざまな問題行動が見られたが,治療過程で心的葛藤が明らかになるとともに疼痛から抑うつへのシフトが見られ,転換機制が働いていたことが想定された。症例3は疼痛自体よりも身体へのこだわりが目立ち,治療によっても心理的問題が顕在化せず,長期にわたるさまざまな精神科治療によっても疼痛と機能障害は改善しないままに,多くの医療機関の受診を繰り返した。疼痛性障害の治療にあたっては,身体的検索を十分に行うとともに,こうした多様性を考慮することが必要であると考えられた。
Key words: pain disorder, depression, conversion mechanism, bodily preoccupation
●醜形恐怖
濱中 聡子 宮地 英雄 宮岡 等
日本では醜形恐怖症状を妄想とも恐怖とも評価しがたい症状ととらえ,重症対人恐怖,思春期妄想症などとの関係で論じることが多いが,DSM-IVには身体醜形障害と妄想性障害,身体型という二つの診断名がある。醜形恐怖症の診断においては他覚所見との関係,醜形妄想との関係,他の精神疾患の合併などに注意する必要がある。特徴的な症状に視覚のゆがみがあり,この知覚のゆがみとして包括しうる症状は身体関連症状全般で注意すべきである。精神療法にも薬物療法にも反応しにくく,さらに本症に特異的な問題として美容形成外科手術を求める者や手術に満足できなかった者への対応がある。
醜形恐怖症状を含む身体関連症状は精神医学と身体医学の接点であり,精神科医が身体科の医師と適切に議論できるかどうかは医学全体の中の精神医学に対する評価にも関係するであろう。
Key words: dysmorphophobia, body dysmorphic disorder, delusional disorder, cosmetic surgery
●口腔内異常感・舌痛症の心気・身体関連症状
高向 和宜
医療の中で口腔内領域は日々の生き甲斐に大きく関わってくるため,患者の歯科医療に対する要求水準の高さは,他科の医療と比較にならぬほどに高く,繊細でもある。このため歯科医療では,感覚的に満足できないという臨床場面に遭遇し対応困難となることがある。このような要求水準のきわめて高い一群に精神科的疾患の患者も含まれている。実際に一般歯科診療中に口腔内の頑固な愁訴で歯科医療機関を転々とする患者に出会う機会が多くなっている。歯科医療は患者に対して可能な限り短期間で治療を完結し咬むという本来の喜びを回復させることを目標にしている。しかし,性格的に問題があったり心理的誘因が大きく関与している患者に対して,歯科医として情熱と熟練した診療技術を携えて治療的挑戦を挑んだとしても,時に挫折感を抱き疲労困憊することがある。そこで口腔内異常感を訴える患者に対しての対応は,歯科医療という構造の中で対応するよりも,心療内科,精神科との連携で行う方が治療的といえる。
Key words: oral dysesthesia, glossodynia, oral psychosomatic disorder, liaison psychiatry
●児童・学童期の心気・身体関連症状
吉川 徹 本城 秀次
小児の精神疾患では言語的に表現されるような精神症状が前景に立つことが少なく,症状が身体に現れることも多い。不登校の児童では身体症状を伴うことが普通であるし,うつ病,不安障害などでも身体症状がよく見られる。小児の身体表現性障害の報告も多い。身体症状を呈する小児では身体的,発達的な要因や心理的,環境的要因など多要因が関与しており,病態も多様である。診断,治療にあたっても言語的なアプローチが困難であるため時間を要し,特別な配慮が必要となる。本稿ではこのような視点から,児童,学童期に身体症状を主訴ないし主要な訴えの一部として受診するケースを想定し,診断の問題を中心に一般的な対応も含めて検討を試みた。
Key words: childhood, somatic complaints, school refusal, depression, somatoform disorders
●老年期の心気・身体関連症状
守田 嘉男
身体の衰えは加齢に伴って急激に現れる。これに老年期特有の複数の心労が加重する。心気の病態は年齢を問わず共通するが,愁訴は型にはまり未解決の葛藤を抱える。老年期に必然に起こる家族内力動の変化や生活習慣の変更に柔軟に適応できない状況がある。ここでは2症例を呈示し共通の病態について検討する。まず病前性格として誇りの高さと依存性の両面がみられ,それでも壮年期までは維持できていた家庭内の平衡が構成員の入院,離散で崩れると患者は無力となり心気への執着状態に陥る。通院治療は停滞し治療者には逆転移の危険がある。2症例とも入院治療が有効であった。その理由として,入院により治療の主導権がとりやすくなり患者は入院の取り決めに従わざるを得なくなること,時間が与えられ身体愁訴の各々に対応でき精神療法と家族療法が容易になることを指摘した。また薬物療法の注意事項について述べた。
Key words: hypochondriasis, hypochondriacal disorder, clinical characteristics in the aged, strategies of therapy, prognosis
■研究報告
●成人期アスペルガー障害の緊急措置入院例
井口 英子 神尾 陽子
アスペルガー障害の成人患者の緊急措置入院例を経験した。アスペルガー障害は青年期・成人期になってから初めて事例化し診断される場合も多いとされるが,本症例も幼児期から独特な対人的障害と問題行動があったにもかかわらず,今回入院するまで適切な診断や治療や助言を受けていなかった。また本症例は通常の外来受診からの入院という形でなく,警察を介しての緊急措置入院という形で医療につながった点が特徴的であり,それゆえ今回の入院中に適切な診断をし今後の治療につなぐことができたことは意義深いと思われる。本稿では,本症例の診断に至るまでの過程を追い,若干の考察を加え報告する。
Key words: Asperger’s disorder, involuntary admission, adult, differential diagnosis
●大量下剤乱用の入院治療中に窃盗癖が生じた摂食障害の一例―内的対象関係における排泄と摂り入れの具体性をめぐって―
飛谷 渉
下剤乱用が,低体重の維持,過食による体重増加の防止という目的で使用されることはよく知られている。それらの意識的要素に加えて下剤乱用の無意識的意義を知ることは,治療を展開してゆくなかで重要である。今回1日に300錠という大量の刺激性下剤を乱用していた摂食障害症例の入院治療を経験した。症例は29歳女性で,診断は神経性食思不振症過食/排出型であった。治療経過中に一過性に万引きが出現し,その際特有の対象関係が明らかとなった。本症例では,下剤乱用が対象喪失に伴う恐怖や無力感という情緒への防衛として機能しており,内的対象とその対象との関係に伴う情緒体験を下痢による具体的身体的レベルで排泄するとともに,コントロール不可能な対象喪失の恐怖や苦悩を下剤の乱用による身体の不調(下痢,脱水)という形に置き換えて先取りし,自ら引き起こしたコントロール可能な偽-対象喪失へと転換させる機制であるということが示唆された。
Key words: eating disorder, laxative abuse, kleptomania, object-relation, masochism
■臨床経験
●Chlorpromazine服用中にparoxetineを追加投与し悪性症候群を呈した一症例―ドパミン・セロトニン不均衡仮説からの考察―
細島 英樹 武川 吉和 伊藤 導智 高橋聡一郎 鈴木 静男 大野 史郎
症例は反復性うつ病性障害で入院中の64歳女性。Chlorpromazine等にparoxetineを追加投与したところ,4日目より精神症状,高熱,自律神経症状,錐体外路症状が出現,高CPK血症と白血球増加も認められ,dantrolene,bromocryptineの投与等により改善した。本症例は悪性症候群,セロトニン症候群両方の診断基準を満たしていたが,病像としては悪性症候群により近かった。悪性症候群の発症機序として三つの可能性が考えられた。(1)ParoxetineのCYP2D6に対する阻害作用がchlorpromazineの作用増強をもたらした可能性。(2)Chlorpromazineのドパミン受容体遮断作用にparoxetineのセロトニン活性効果が加わり,ドパミン系とセロトニン系の不均衡が生じた可能性。(3)Paroxetineのドパミン受容体遮断作用がchlorpromazineに重畳した可能性。
Key words: paroxetine, selective serotonin reuptake inhibitor, neuroleptic malignant syndrome, serotonin syndrome
●様々な身体症状を訴え神経症と診断されてきた季節性感情障害の一例
松田 芳人 平野 均 渡辺 義文
現実逃避的,他罰的性格傾向を有し,多彩な身体症状を執拗に訴えることから,長期間にわたって神経症として治療されてきた季節性感情障害の一例を報告した。症例は53歳女性。35歳時より,冬季を中心に身体的不定愁訴が出現することを繰り返した。発症の要因として多忙な生活環境と本人の神経症的防衛機制が想定されていた。過眠,過食,体重増加は認められず,抗うつ薬などによる薬物療法は奏効しなかった。当科において2週間の高照度光療法(光療法)を行ったところ症状は短期間で消失し,光療法終了後には軽躁状態を呈した。季節性感情障害は定型うつ病に比較し診察する機会に乏しく,未だ専門家にも認知されているとは言い難い。本症例が神経症として治療されてきた要因を考察しながら,季節性感情障害の診断における若干の留意点を述べた。
Key words: seasonal affective disorder, light therapy, somatic symptoms, diagnosis
■資 料
●東京都精神科患者身体合併症医療事業に参加して―大学附属病院における精神科病棟の一役割―
山科 満 馬場 元 川又 大 井上 雄一 荒井 稔 新井 平伊
順天堂大学医学部附属順天堂医院では,平成10年度から「東京都精神科患者身体合併症医療事業」に受け入れ病院として参加している。今回われわれは過去3年間の活動を振り返り,実情を紹介し代表的な2症例を提示するとともに,問題点を検討した。同事業により当院に転入院した患者は3年間で計45例であった。その精神科診断は精神分裂病圏が80%を占め,身体疾患は多岐にわたっていた。大学病院精神科が身体合併症医療に積極的に取り組む意義は,高度医療を提供できることと,教育・研修の場として精神科研修医のみならず身体各科の医師,医学生らに精神科における身体合併症医療の重要性を啓発できることが挙げられた。問題点として,受け入れ件数が同事業全体の中では年間実績の3%程度にとどまっていること,入院が長期化する事例があり平均在院日数や新たな患者の受け入れに影響を与えていること,などが指摘された。
Key words: university hospital, medical psychiatry unit, psychiatric in-patients with physical illness