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■特集 社会恐怖(社会不安障害)

●日本における不安障害の系譜―対人恐怖から社会恐怖まで―
高橋徹
 巷間用いられていた「対人恐怖」が用語として採用されて医学的研究が森田正馬によって始められてから70年になる。対人恐怖に悩む青年たちは,恐怖症者の常として自分の病癖を人に悟られないように暮らしていることもあって,森田学派の研究者を除けば一般の精神科医が診る機会は少なく,対人恐怖は大方の注目をひくことなく,精神医学教科書の類でもほとんど触れられぬまま過ぎたが,1960年代に,社会文化精神医学の領域で注目され、また,対人恐怖と地続きな奇異な症候群―自己臭恐怖症や思春期妄想症など―が記載されるに及んで,精神病理学研究の分野でも注目されるようになり,対人恐怖の多面性が次第に明らかにされてきた。
Key words: taijin-kyofu, social phobia, fear of eye-to-eye, confrontation, fear of emitting body odors

●社会恐怖(社会不安障害)の診断―Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)の有用性を含めて―
朝倉聡 傳田健三 小山司
 社会恐怖(社会不安障害)の診断について,DSM-VからDSM-Wに至るまでの変遷を研究の進展と併せて概観した。わが国の対人恐怖との関係では,緊張型対人恐怖は,ほぼ社会恐怖(社会不安障害)に一致すると考えられる。自己臭恐怖,自己視線恐怖あるいは醜形恐怖などの確信型対人恐怖については,DSMによる診断では複数の診断カテゴリーに分類されると考えられるが,これらが同一の診断として確立してゆくためには,わが国からも実証的な研究が必要と考えられた。また,社会恐怖(社会不安障害)の臨床症状や治療反応性の評価に使用されることの多いLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)日本語版の信頼性および妥当性の検討結果から,LSAS日本語版はわが国でも使用可能と考えられることを示した。今後,国際的に比較可能な評価尺度でわが国の症例についても検討してみる必要があると考えられた。
Key words: social phobia (social anxiety disorder), taijin-kyofu, diagnosis, Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)

●社会恐怖と対人恐怖症の比較―森田療法の視点から―
中村敬 久保田幹子 塩路理恵子
Key words: social phobia, taijin-kyofu-sho, Morita therapy, DSM-(III)-R, DSM-(IV)

●Social phobiaと対人恐怖の比較―比較文化の視点から―
岡野憲一郎
 本稿ではsocial phobiaと対人恐怖との違いを文化的な背景から論じた。対人場面で恥を体験することへの恐れは文化を越えて共通であり,それが欧米でもsocial phobiaの高い発症率が報告されるようになった背景にあると考えられる。その意味では従来対人恐怖を日本文化に特徴的な障害とみなした見解は修正を余儀なくされ,むしろsocial phobiaに比較して対人恐怖に特徴的な他害恐怖や自我漏洩症状を,日本文化との関連から論じるべきであろう。それらの症状は,非言語的なコミュニケーションに大きく依存するわが国の文化を背景にしている。他方ではsocial phobiaに特徴的な被害意識やパフォーマンスに付随した恥への恐怖は,言語表現や行動が前提とされる欧米文化と密接に関連しているという見方を提示した。
Key words: social phobia, Taijin-kyofu-sho, shame, egorrheal symptoms

●広場恐怖の本態―社会不安障害との異同―
竹内龍雄
 広場恐怖も社会不安障害も,不安のため社会的な場面を避けて引きこもる傾向を示す点で共通しているが,広場恐怖はWestphal以来パニック発作(パニック障害)と密接な関係がある点に特徴がある。社会不安障害もパニック発作を起こすことがあるが,状況結合性の発作であり,広場恐怖(を伴うパニック障害)の場合のように予期しないパニック発作の繰り返しはない。また回避を起こす不安の焦点はパニック発作(またはパニック様症状)であり,通常,社会的場面以外の多くの状況が対象となる。広場恐怖と社会不安障害との鑑別診断には,パニック発作の型と不安の焦点の違いを鑑別点とするDSM-Wの記述が有用である。パニック発作と広場恐怖の関係については,パニック発作の生物学的発症機序と広場恐怖をその二次的発展と見る米国学派と,それに懐疑的な欧州学派の対立があるが,心理療法(exposure法)が有効な点については両者の意見がほぼ一致している。
Key words: agoraphobia, panic disorder, social anxiety disorder, differential diagnosis

●社会不安障害の生物学的基盤
飛鳥井望
 社会不安障害は,最近の疫学研究の結果では,7〜13%の生涯有病率が報告されており,したがって一般人口中においてもしばしば見られる病態である。社会不安障害の病態には,社会文化的要因とは別に,生物学的基盤の存在が示唆されており,小児期に始まる一種の慢性神経発達障害として捉え直すことの重要性も指摘されているほどである。諸研究の結果,これまで主にノルアドレナリン系,セロトニン系,ドーパミン系の機能異常の可能性が報告されてきた。社会不安障害の自律神経系症状の発現にはノルアドレナリン系機能異常の関与を,また不安症状の発現にはセロトニン系機能異常の関与を想定することができる。さらに線条体におけるドーパミン系機能低下は,脳内報酬系と関連して,他者との社会的な繋がりに対する危険と利益の評価システムの機能障害を意味している可能性もある。
Key words: social anxiety disorder, social phobia, neurobiological mechanism, neurotransmitter, neuroimaging

●社会不安障害と他の疾患とのcomorbidity
三澤仁 加藤温 笠原敏彦
 社会不安障害のcomorbidityについては,1985年までほとんど研究されていなかった。その後研究が始まったが,現在のところ研究はまだ初期段階と言わざるを得ない。その中で現在わかっていることは,社会不安障害患者の5名中4名はcomorbidityを伴い,その内容として大規模な疫学研究でも臨床研究でも,社会不安障害以外の不安障害や感情障害がまず挙げられ,薬物依存症がこれに次いでいるということである。摂食障害や,人格障害などとの共存性はまだ十分検討されていない。また,comorbidityを伴う患者の問題点として,彼らは伴わない患者より,一層強く生活に支障を感じ,治療を求め,自殺企図を行う傾向があることが指摘されている。これらの結果は,社会不安障害という疾患を再認識する材料となり,さらなる研究の必要性を喚起するものである。
Key words: social phobia, comorbidity, anxiety disorders, affective disorders

●社会恐怖の治療―薬物療法
松永寿人
Key words: social phobia (SP), pharmacotherapy, selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs)

●社会恐怖に対する認知行動療法
金井嘉宏 坂野雄二
 社会恐怖に対する治療法としては,短期的な治療効果は薬物療法が優っているが,長期的な予後という観点からは,認知行動療法(CBT)が薬物療法よりも有効であるということがメタアナリシスの結果として示されている。  本論では,社会恐怖に対して有効であると指摘されているCBTの技法として,@心理教育,A恐怖状況に対するエクスポージャー,B認知的再体制化,Cリラクセーショントレーニング,D社会的スキル訓練という5つの技法を取り上げ,その原理と実際について概説を行った。また,社会恐怖に対するCBTの実際を症例検討を通して論述した。
Key words: social phobia, cognitive behavior therapy, exposure, anxiety management, cognitive restructuring

●社会恐怖の治療―森田療法
黒木俊秀
 社会恐怖の亜型である赤面恐怖は,有名な「根岸症例」にみるように,伝統的な森田療法の主要な適応の一つであった。北西の解釈によれば,その治療過程は,森田に抱えられ,支持されることを通じて,自己愛的な万能感があらわとなる第1段階と,それを突き放し,現実的な問題に直面化させる第2段階より成り立っている。これを支えるのが,入院森田療法の大家族的治療構造であった。このことに注目した内村が提唱する核家族的な治療構造を基盤にした新しい森田療法のアプローチにヒントを得て,現在,筆者が行っている青年期の社会恐怖症例に対する家族療法的な外来森田療法を紹介した。今日,森田療法に向いている症例とは,家族との深い情緒的な関係に包まれて自己愛が満たされるような人たちである。子どもの不安も万能感も受け止められる基盤が家族のなかに形成されてくると,恐怖突入や不問のような森田療法本来の技法を活かすことも可能と思われる。
Key words: Morita therapy, erythrophobia, narcissism, family therapy, plunge into fear

■研究報告

●口蓋垂軟口蓋咽頭形成術の閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸症候群に対する治療効果とその適応に関する研究
今井兼久 井上雄一 難波一義 周藤裕治 樋上茂 石田雅栄 樋上弓子 新井平伊
 中咽頭部閉塞の存在する15名の閉塞性睡眠時無呼吸低呼吸症候群(OSAHS)症例に対して口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(UPPP)を施行し,本治療の効果と術前後の睡眠時上気道MRI所見を調べるとともに,臨床背景,MRI上の閉塞範囲,睡眠時食道内圧指標を有効群と無効群の間で比較することにより,UPPPの適応について検討した。UPPP有効群と判断された症例は7名(46.7%)で,術後の有意な多回睡眠潜時検査での入眠潜時の延長は有効群にのみ認められた。有効群と無効群の間で,治療前の無呼吸低呼吸指数(AHI),MRI所見での閉塞範囲,肥満度には差がなかったが,食道内圧値は反応群の方が有意に小さかった。また肥満症例では,術後の肥満度の減少率とAHIの減少率が有意な正の相関を示した。  以上の結果からみて,中咽頭部閉塞例においても,食道内陰圧の小さい症例を選んでUPPPを施行し,手術とともに減量を促すことが,良好な治療成績を得る上で重要であると考えられた。
Key words: obstructive sleep apnea, uvulopalatopharyngoplasty (UPPP), obesity, esophageal pressure, upper airway MRI

■臨床経験

●集団療法としての絵画療法の効果―音楽併用の有無およびぬりえ・写生の比較―
甘庶裕美 岩満優美 堀江昌美 岡本朋子 林美和 北村径子 平等公子 山本幸枝 三島幸子 西井美恵 大川匡子 山田尚登
 絵画療法は様々な治療効果をもたらすことが報告されている。当科ではその治療効果を得るため,“ぬりえ”を音楽をかけながら実施する方法をとってきた。しかし,それが当科の特徴である急性期,あるいは病状が等質でない患者集団においてふさわしい方法であるか否かは定かでない。そこで,“ぬりえ”に新しく“写生”を加え,絵画療法実施前後における参加患者の気分状態を調査した。また,絵画療法中にかける音楽の影響について分析し,絵画療法の方法について検討した。その結果,描画活動は気分状態を肯定的に変化させること,さらに絵画療法中に音楽をかける意義が確かめられた。また“ぬりえ”自体にリラックス効果があり,“写生”は“ぬりえ”と比較して“緊張”や“動揺”を与えやすく,このような否定的感情は音楽により緩和されていた。今後は,音楽の併用により,“ぬりえ”と“写生”による集団絵画療法を実施していきたい。
Key words: art therapy, group therapy, mood, music, non pharmacological treatment

●非定型抗精神病薬による抗うつ薬補強療法
仲谷誠
 本邦では精神病症状を伴ううつ病にrisperidoneを投与した報告は認められるが,精神病症状を伴わないうつ病に非定型抗精神病薬を投与した報告はきわめて稀である。本論では,paroxetineの投与によっても改善しない精神病症状を伴わない大うつ病エピソードの患者と,trazodone投与中に抑うつ症状の悪化した精神病症状を欠く大うつ病エピソードの患者について,それぞれ抗うつ薬にrisperidoneないしolanzapineを併用し,著明な効果が得られた経過を報告した。これらの非定型抗精神病薬の併用は,効果の発現がきわめて速やかで,数日から少なくとも2週間で著明な改善が認められた。このように,非定型抗精神病薬は,単に精神病像を伴ううつ病に対するだけではなく,精神病像を伴わない難治性のうつ病に対しても抗うつ作用を強化することによって奏効する可能性が示唆された。
Key words: depression, atypical antipsychotics, risperidone, olanzapine

●非定型抗精神病薬投与にて,awakenings後の抑うつ状態を呈した統合失調症の1例
山本健治
 Risperidone(以下RIS)やolanzapineをはじめとした新規非定型抗精神病薬が,統合失調症患者の認知機能を改善し,退院や就労など社会復帰の可能性が増している。統合失調症患者の生活・治療の場の主体が外来や地域社会に移行し,早期退院や社会復帰の必要に迫られる現在,彼らが充実,安定した社会生活を送る上で,十分な認知機能の改善によってもたらされている恩恵は計り知れない。今回われわれは,RIS投与後awakenings現象を生じ,結果として現実検討能力が改善したことに起因すると思われる二次的な抑うつ状態を呈し,olanzapine追加投与にてさらに抑うつ状態が遷延したが,従来型抗精神病薬への置換にて速やかに状態の改善した統合失調症と思われた1例を経験した。診断については,初診時診断はセネストパチーが適当と思われた。しかし,7ヵ月後には体感異常を呈する身体部位は特定できず不明瞭となった。10ヵ月後の入院時には自発語も少なく,感情鈍麻,無為自閉の状態を呈した。この状態は,抑うつ気分や悲哀感,重苦しさを感じる訴えや雰囲気はなく,数種類の十分量,十分期間の抗うつ薬投与にも無反応であった。以上の臨床経過より,ICD〓10の診断基準に従えば,F20.8「その他の統合失調症,体感異常型」が妥当と思われた。しかし,発症が46歳と比較的高齢であること,うつ病の最重型といわれるコタール症候群においても,身体・行動を含めたあらゆる存在の実在性を否定する内容の妄想を生じることがあり,精神病症状を伴ううつ病の可能性も完全には否定できないと思われた。awakeningsを含めた認知機能改善に伴う変化は,患者の病前性格,自我機能,社会適応・生活能力等数多くの因子に左右される。次々と新規非定型抗精神病薬が上市される昨今,早急な認知機能の改善が患者の総合的な回復と等価ではないことを自戒させられた症例であった。本症例のように認知機能改善に伴う精神・行動の変化に患者本人が適応できず,かつ十分な精神療法的支持や環境調整でも対応不能な場合は,認知機能改善効果を優先する新規非定型抗精神病薬よりも,「社会や自己に対するある種の鈍感さ」を保つ従来型抗精神病薬による薬物治療が少なくとも,緊急,短期的には有用である場合があると思われた。
Key words: olanzapine, risperidone, cognition, awakenings

●抑うつ状態を主体とした統合失調症に対する塩酸perospironeの効果
和気洋介 原田俊樹 氏家寛 山田了士 黒田重利
 塩酸perospironeの投与により改善がみられた抑うつ状態が主体の統合失調症4例を報告した。3例では自責的で希死念慮がみられ,現実感が乏しく,離人感を伴っていたが,塩酸perospirone投与によりこれらの症状は軽快した。1例では抑うつ状態と幻聴や自発性低下が持続しており長期入院を余儀なくされていたが,塩酸perospironeの投与により抑うつ状態が改善し,作業療法に参加できるようになった。一時的に躁状態を合併したが,少量のzotepineを併用することで状態は安定した。また比較的社会性が保たれていた2例では,10mg以下の低用量でも効果がみられた点が注目された。統合失調症患者の生活の質(QOL)の向上には抑うつ状態の改善が重要と考えられており,抑うつ状態を主体とする統合失調症に塩酸perospironeは有用と考えられた。
Key words: perospirone, schizophrenia, depressive state, QOL

●Olanzapine投与により認知機能障害が改善した糖尿病合併アルツハイマー型痴呆の1症例
山本健治 原田研一 吉川憲人 鎌田隼輔
 新規非定型抗精神病薬olanzapineは,治療抵抗性症例など統合失調症患者における新たな薬物治療の可能性や副作用の軽減など,多くの臨床的有用性が期待されている。一方,olanzapine投与中の統合失調症患者が糖尿病性昏睡に陥り死亡したとの報告を契機に,糖尿病に罹患あるいは既往を有する患者へのolanzapine投与が禁忌となった。本報においてわれわれはolanzapine投与によって認知機能障害が改善し,かつ合併症の糖尿病のコントロールも良好であったアルツハイマー型痴呆の1例について報告する。現在,塩酸donepezilがアルツハイマー型痴呆に対する薬物治療の主流であるが,olanzapine投与によるアルツハイマー型痴呆の認知機能改善の可能性が示唆される。また高齢患者では糖尿病を合併している場合も稀ではなく,慎重な糖尿病治療下でのolanzapine投与の可能性について今後さらに検討していくべきであると考えられる。
Key words: atypical antipsychotic drug, olanzapine, Alzheimer's disease, diabetes mellitus, cognitive disorders