■特集 多剤併用療法を考える―新世代薬剤の登場を受けて (I)
●多剤併用療法を臨床薬理学から考える
大森哲郎
新世代薬が加わって薬物療法の選択肢が広がった。これを活かす道は抗精神病薬同士や抗うつ薬同士の調合ではなく,個々の薬物を単剤で用い,それぞれの特徴を最大限に活用することにある。併用は個々の薬物の特徴を失わせることが多い。また,併用療法には,効果や副作用の判定が困難となり,自分が行う治療と公表されている治療との比較ができなくなるという不可避的な欠点がある。選択した薬物療法が未治療より優れているということだけではなく,他の治療法と比べて少なくとも劣らないというレベルが要求されている時代である。一方で,単剤で治療しきれない症例はたしかに存在し,併用療法の潜在的な意義は少なからずある。この場合の絶対的な条件は単剤以上の臨床効果である。
Key words: antipsychotics, antidepressant, pharmacotherapy, polypharmacy
●抗精神病薬の多剤併用―わが国と諸外国との比較―
稲垣中
本稿では主として1990年以降の統合失調症治療における抗精神病薬の処方実態に関する調査報告をレビューし,最近の日本と海外の処方パターンを比較した。抗精神病薬の投与パターンは大まかに言うと,@単剤投与が絶対多数を占めるアングロサクソン型,A単剤投与が相対的多数を占め,単剤投与と2剤投与が絶対多数を占める欧州型,B単剤投与が少数派で多剤併用が主流である日本型,の3種類に分類できた。日本型の国の中でも3剤,あるいは4剤以上投与率がきわめて高いという点で,日本は特に異質であった。日本は少数派に属する日本型の国々の中でも,特に異質な処方パターンを有する国であると考えられた。
Key words: schizophrenia, antipsychotics, monotherapy, antipsychotic polypharmacy
●統合失調症患者における多剤投与の現状
助川鶴平 高田耕吉 坂本泉 土井清 林芳成 池成孝昭 岩田康裕 松下嘉彦 柏木徹
近年,統合失調症者に対する抗精神病薬の多剤併用薬物療法の弊害が指摘されている。われわれは2000年と2002年に鳥取病院に入院している統合失調症者の処方調査を行った。2000年と2002年の抗精神病薬の使用を比較すると,非定型抗精神病薬が使用されるようになっただけ処方選択の幅が広がっていた。多剤併用は,4〜5剤といった処方は減少していたが,2〜3剤の併用が増える傾向にあった。単剤処方の増加はわずかであった。しかし,2000年9月以降に初診した患者は,約半数が単剤処方であった。
また,2002年の処方調査の結果から,抗精神病薬数とchlorpromazine換算総投与量との関連を分析すると強い関連が認められた。続いて抗精神病薬数と抗精神病薬以外の薬剤数との関連を分析すると抗精神病薬数と抗パーキンソン病薬数,下剤数の間に有意な関連が認められた。
多剤併用が,様々な副作用をもたらしていることは明らかである。しかし,すでに多剤併用となっている症例では,併用薬数を減少すると,離脱症状や幻覚妄想の再燃などの危険がある。併用薬数を減少させる以前にchlorpromazine換算総投与量を減少させる必要があり,その具体的方策を検討中である。
Key words: schizophrenia, polypharmacy, antipsychotics
●統合失調症における多剤投与の成立過程について
加藤純 石垣一彦
統合失調症患者に対する抗精神病薬の多剤併用,大量療法の成立過程を調査するため,国立療養所琉球病院で1960年から1999年まで薬物療法を受けた患者18例(入院10例,外来8例)について薬歴調査を実施した。その結果,入院患者(予後不良例)では1960年には単剤治療が主であったのが,1965年頃から2剤投与が増加し,1980年頃から3剤以上を投与する,いわゆる多剤併用が著明となり,薬剤総数,向精神薬数,抗精神病薬数および総力価は年々増加し,1990年で頭打ちになっていた。外来患者(予後良好例)についても薬剤総数,向精神薬数,抗精神病薬数の増加がみられたが,入院患者に比して少数であり,抗精神病薬数の総力価は低力価で維持されていた。予後不良例では根拠の乏しい多剤併用,大量投与が経験的,習慣的に施行されている印象を受けた。今後,統合失調症に対する適切な薬物療法の指針や精神科リハビリテーションの併用等の必要性を感じた。
Key words: schizophrenia, polypharmacy, drug-dependent-treatment, drug history
■研究報告
●鍼治療とmianserinが奏効した頸部ジストニアを生じたうつ病の一例
分野正貴 柳生隆視 谷万喜子 入澤聡 鈴木俊明 木下利彦
うつ病の治療経過中に頸部ジストニアを発症し,両症状が遷延していた症例を経験した。交通事故を発端に抑うつ状態となり治療を受けていたが,clomipramine内服を契機に,両手首の不随意運動,さらには頸部ジストニアが発症した。その後,薬剤変更や調整が試みられたがジストニアは改善せず慢性化し,動揺する抑うつ状態,さらには,入退院を繰り返していた。本症例の精神・神経症状に対して,mianserinによる薬物療法と鍼治療を実施した結果,抑うつ状態の改善とともに,頸部ジストニアが軽快した。本剤は,抗コリン作用が弱く,ノルアドレナリン神経機能の亢進,セロトニン神経伝達の抑制といった薬理学的特性を有する。このような薬理特性と鍼治療による東洋医学的接近が,遷延するうつ状態と頸部ジストニアに有効であった。特に,難治性ジストニアに対する治療には決定的方法に乏しいことから,本症例の治療転帰および手技について詳述した。
Key words: cervical dystonia, spasmodic torticollis, acupuncture, mianserin
■臨床経験
●Quazepam投与中に肝機能増悪を認めた一例
岩田正明 植田俊幸 廣江ゆう 前田和久 吉岡伸一 川原隆造
Quazepamはトリフルオロエチルベンゾジアゼピン系の睡眠薬で,ベンゾジアゼピン1受容体に対する選択性が高いことで知られ,1999年から本邦でも臨床使用されている。今回われわれは,うつ病患者の不眠に対しquazepamを追加投与し,肝機能の増悪が疑われた64歳の女性例を報告した。Quazepamの副作用の報告の多くは精神系であり,これまで肝に対する副作用の報告は少ない。本症例ではquazepamは不眠の改善には有効であったが,肝機能検査値の悪化の関連因子となったと考えられ,quazepam投与時における肝機能検査の必要性を示唆した。
Key words: quazepam, benzodiazepine, hepatotoxicity
●高齢者のせん妄に対するquetiapineの使用経験
吉宗真治 黒田重利
せん妄を呈した70歳以上の高齢者5例に対し,quetiapineを使用した経験について報告した。2例は低用量のquetiapineの使用で投与開始日からせん妄症状は消失し,特に副作用もみられなかった。1例では50mg/日でやや過鎮静がみられたが減量により副作用は消失した。また50mg/日の使用で過鎮静となり継続投与ができなかった症例,精神運動興奮がむしろ増悪した症例が各1例ずつであった。高齢者のせん妄に対するquetiapineの作用として,効果の発現が速く少量で効果が得られ,高齢者で特に問題となる副作用がほとんどないなどが特徴と思われ,せん妄に対して使用する価値の高い薬剤と考えられた。
Key words: quetiapine, delirium, geriatric patients
●遅発性ジスキネジアなどの錐体外路症状への漢方の効果的運用について
春田道雄 喜多等 岡田萬之助
錐体外路症状,特に,oral dyskinesiaなどの遅発性ジスキネジアは,一般に難治とされ,実際の臨床現場において西洋薬を駆使してもなかなか改善しない場合が多い。遅発性ジスキネジアの患者7人に漢方薬の三黄瀉心湯を投与してみた。実証傾向の患者ほどよく奏効し,虚証傾向の患者では効果的なものと,あまり効果の見られないものとが認められた。三黄瀉心湯の方剤としての証は実証向きなので遅発性ジスキネジアの治療効果にも正の相関が見られた。したがって,実証傾向の遅発性ジスキネジアの患者には,まず三黄瀉心湯を投薬してみる価値があると思われた。また,最近臨床の現場で使用されているMARTAと三黄瀉心湯との相違点と類似点を取り上げて,それぞれの長所,短所を考察した。
Key words: tardive dyskinesia, tardive extrapyramidal symptoms, Kampo therapy, Ji-shou, Sanou-shashin-to
●塩酸donepezilによりbehavioral and psychological symptoms of dementiaが軽快したアルツハイマー型痴呆の4症例
谷川真道 城間清剛 古謝淳 田村芳記 宮里好一
アルツハイマー型痴呆(Alzheimer’s disease:AD)で多くみられる徘徊,物盗られ妄想(被害妄想),不穏などの精神症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)の改善に塩酸donepezilの単剤療法が著効した4症例を経験した。欧米においてacetylcholin esterase(AchE) 阻害薬のBPSDに対する有効性について多くの報告がみられるが,本邦においては未だ少なく向精神薬などの併用療法が多い。BPSDはADの中核症状から二次的に出現するのではなく,生物学的な発現機序の可能性も考えられており,認知機能障害と分ける必要性を述べている説もある。われわれの報告も塩酸donepezilによりADの中核症状には変化はみられずBPSDが改善した4症例であり,BPSDの改善にアセチルコリン系の賦活作用の関与の可能性が考えられた。しかしBPSDの発現機序に関し,未だ十分に解明されておらず,今後さらなる検討が必要であると思われた。
Key words: donepezil hydrochloride, acetylcholine, acetycholinesterase inhibitor, Alzheimer's disease, behavioral and psychological symptoms of dementia (BPSD)
●入院中に肺血栓塞栓症を合併した統合失調症の一例
室井秀太 佐伯吉規 小杉真一 清水輝彦 秋山一文
統合失調症の急性期のため入院中に肺血栓塞栓症を合併した一症例を経験した。症例は23歳,女性で,緊張病性興奮のため,約2週間,身体抑制の上,抗精神病薬による薬物療法中に,突然胸部不快感を訴え,直後に心肺停止の状態となった。蘇生術で回復し,精査の結果,肺血栓塞栓症と診断された。精神科医療における突然死の原因の一つに肺血栓塞栓症が挙げられ,その原因として抗精神病薬によって血栓が誘発されるという説,精神症状によって二次的に肺血栓塞栓症が生じやすくなるという説がある。また,近年のエコノミークラス症候群の報告からは,精神科医療における身体抑制によっても肺血栓塞栓症が誘発される可能性も示唆される。よって,症状に見合った薬物療法や,成人病等の肺血栓塞栓症の誘引となる身体疾患への注意,日常からの十分な運動,身体抑制を行う際の抑制帯や服装への注意,定期的な体位変換といった配慮が精神科医療において必要と考える。
Key words: schizophrenia, the complications, pulmonary thrombosis, sudden death
〔精神科治療:私の小工夫〕
●不機嫌状態を呈するてんかん患者への治療対応
渡辺裕貴
てんかん性不機嫌の患者は意識障害を伴っていないのが原則であるため,その対応の際にはどのような処置を行うにせよ,患者にきちんとした説明を行うことが必要である。てんかん性不機嫌はてんかん発作関連の生物学的機序を基盤として起こるが,その内容には患者の社会的に置かれている状況が色濃く反映されるため,真摯な態度をもって,その訴えに耳を傾けることが後々の治療関係によい結果をもたらすことがある。不機嫌症状が強い場合は,てんかんの発作機序を抑制する目的でdiazepamを使う場合と,沈静の目的でmajor tranquilizerを使う場合とがあり,患者の病状により使い分ける。てんかん性不機嫌を反復する場合は,抗てんかん薬の薬物治療の内容を見直す必要がある。
Key words: epileptic dysphoric episode, blood concentration of antiepileptic drugs, epileptic psychosis