■特集 社会機能(social functioning)からみた統合失調症 (I)
1.概念の明確化
●社会機能のアセスメントツール
池淵恵美
現在のところ,社会機能の評価は標準化とはほど遠い状況にある。それは,社会で生活するための能力が多岐にわたり網羅的な評価が難しいこと,社会の規範や価値観が評価に含まれざるを得ないことなどが理由である。WHOの新しい国際障害分類(ICF)は,精神医療・保健・福祉で扱う健康上の問題を広く対象としており,身体構造と身体器官系の生理的機能,個人活動,社会参加の3層構造を想定し,障害の成因についての医学モデルと社会モデルとを統合したこと,環境要因と個人要因を取り上げ同時に評価を行うこと,標準的環境で示す最高能力と,現実の環境における実際の生活能力とを分けて記載するなどの特徴があり,社会機能評価の一つの方向性を示している。ICFと異なり,一般的なアセスメントツールは限定した対象や目的を想定して開発されているため,使用に際し留意が必要である。選択の際考慮すべき事柄を挙げ,その後具体的なアセスメントツールを紹介した。
Key words: schizophrenia, social functioning, assessment tools, ICF, disablity
●社会機能のいくつかのアスペクト
山根寛
統合失調症に伴う社会機能の支障は個人差が大きいが,環境,特に人的環境の影響を受けやすいこと,発症に伴い必要な生活上の経験ができていないために見られる機能の支障も多いことが特徴である。統合失調症の社会機能の評価・リハビリテーションにあたっては,こうした環境の影響,疾病に直接起因しない問題などの把握が必要である。また,ひとを含めた補助機能をうまく使い生活に大きな支障がないようにする自律という視点で評価することも重要である。統合失調症に対するリハビリテーション,生活支援にあたり,社会機能を「日常の活動や社会への参加に機能する能力social functioning abilities」と定義し,生活維持機能,作業遂行機能,対人機能,コミュニケーション機能,移動機能,などに分類し,その内容や障害因子を示した。
Key words: social functioning ability, schizophrenia, psychiatric rehabilitation, activity limitation
●認知障害と社会機能―認知機能と社会機能の概念的関連について―
小林恒司 丹羽真一
統合失調症患者では注意の維持,ワーキングメモリー,実行機能などの認知機能が障害されていることが知られている。認知障害は精神症状,および行動特徴,社会生活上の機能などの問題との関連において基本的な障害と考えられている。われわれは先に認知障害と社会機能との関連について調べ,(1)実行機能,記憶機能障害,注意機能が社会機能障害の予測因子になること,(2)disabilityの意味合いに近い複合的な社会機能である一般的な生活機能や対人機能は認知障害との関わりが深く認められるという結果を得ている。今回,われわれの研究以降の認知障害と社会機能について調べた論文についてまとめ,われわれの得た結果が検証されるかを調べた。結果としては(1)については検証されたが,(2)については必ずしも検証されなかった。より特異的な認知障害と社会機能との関連を調べるためには,より要素的な認知課題を設定することが重要であると考えられた。
Key words: daily living, social skill, vocational function, cognitive impairment, schizophrenia
●前頭前野と社会機能
加藤元一郎 秋山知子 鹿島晴雄
社会的に適切な行動を選択するには,複雑な推論が必要であることは言うまでもない。しかし,社会的行動は情動や動機づけによっても制御されている。社会的認知に関して,注目されている脳領域は,扁桃体,紡錘状回,上側頭溝領域,前頭葉眼窩野である。紡錘状回と上側頭溝領域では社会的信号の知覚が,扁桃体と前頭葉眼窩野ではこの信号についての判断が行われていると考えられる。特に眼窩野の機能は,行動の選択や意思決定に関与する情動,すなわち行動を制御する情動的な信号と強い関連をもっている。
Key words: prefrontal lobes, orbitofrontal region, amygdala, social cognition, social behaviour
2.精神病理学的視点
●現象学的・人間学的にみた統合失調症の社会機能―「全体性の喪失」という視点から―
大饗広之
統合失調症の社会機能障害は,現象学的にみると,「社会」や「自己」ないしは「他者」が,前反省的なレベルで「全体」として開示されないということに対応しており,そのことは個々の認知機能の障害に先立つ基礎的現象としての一義性を持つと考えられる。「自然さの喪失」(Blankenburg),「ひねくれ」(Binswanger),「生ける現実との接触の喪失」(Mincowski)といった種々の人間学的概念も,要素的障害の寄せ集めとしては至りつくことができない「全体性の喪失(あるいは盲目)」をそれぞれの形で表現していた。このような観点は現行の認知心理学とは相容れない,人間学独自のパラダイムのなかで初めて可能になるものである。社会機能をめぐる議論が,統合失調症の臨床において実効をあげてゆくためには,認知心理学的パラダイムのみに偏らず,人間学的観点を含めた様々なパラダイムが共存しうる場を確保することがまず必要であろう。
Key words: schizophrenia, social functioning, phenomenological psychopathology, `totality'
●統合失調症の下位分類と社会機能
古橋忠晃
1980年以前から,統合失調症の下位分類と社会機能の間に何らかの関連性を見い出そうとする研究はあった。1980年代以降,DSM-Vの登場,さらには欠陥症候群という概念の登場を経て,統合失調症の下位分類という考え方よりもむしろ,統合失調症の症候をいくつかの群に分ける「症候の群化仮説」が主流となり,この群化仮説をもとにして,いくつかの群が社会機能の障害と密接な関係にあるということが指摘されるようになった。こうした潮流を踏まえ,特に因子分析によって抽出された「関係の障害」「解体症候」が社会機能障害という事態を直接反映していることについて論じた。
Key words: schizophrenia, social functioning, subtype, deficit syndrome, disorganization
●社会機能からみた広汎性発達障害と統合失調症の比較―「心の理論」と社会機能障害―
早川徳香
広汎性発達障害と統合失調症の社会機能障害の内,特に対人関係の障害に焦点を絞り,「心の理論」仮説の視点から,両者の対人関係障害の比較を試みた。まず,自閉症の一次的障害としての心の理論障害仮説を展望した。次に,統合失調症の心の理論障害仮説を紹介した。両疾患に共通して心の理論の障害は存在するが,障害の発現時期に主な相違があった。また,心の理論に関連する脳画像研究の知見から,心の理論と前頭葉との関係に触れ,さらに「社会知能」の概念と,これに関与する「社会脳」での広汎性発達障害と統合失調症の障害部位の違いについても手短に紹介した。最後に,「社会知能」には,心の理論と実行機能の二つの機能が関わっており,両疾患における,これらの機能障害の相違から,両疾患の社会機能障害のあり方が異なるのではないかという見解に触れた。
Key words: theory of mind, social functioning, pervasive developmental disorder, schizophrenia, executive function
●統合失調症の社会機能と「他者」
鈴木國文
統合失調症の社会機能障害について,これを認知障害の結果としてとらえる視点と,この疾患の本態と関係づけてとらえる視点とを対比する形で論じた。まず,社会機能障害の出現に関する最近の知見にふれた。第一に,社会機能障害は発症に前駆する時期にすでに出現するという知見を挙げ,社会機能障害が必ずしも疾患の結果ではないことを指摘した。第二に,この社会機能障害と病前における「認知」および「知覚」の主観的変容感との関係を論じた。第三に,多数例研究が示す慢性期における社会機能障害と他の症候との関連について論じた。その上で,症例を2例挙げ,他者との関係と発症,そして慢性化との関わりの実例を示した。最後に,「他者」という視点を導入することによって,発症過程と慢性期における社会機能の変化を,どのようにとらえることができるかについて,ClerambaultおよびLacanの理論を援用しながら論じた。
Key words: schizophrenia, social functioning, Other, Lacan, disability
■研究報告
●Paroxetineによって口腔内違和感が改善した一症例
鈴木馨 和田信 小山博史
27歳女性で頭痛,肩こり,頸部痛,口腔内違和感を主訴とする症例を経験した。総合内科や口腔外科を受診したが器質的異常は認められなかった。総合内科受診から9ヵ月して精神科医に紹介された。外見上抑うつ的所見はほとんど認められなかったが,生き生きした印象にやや欠け,抑うつを念頭において診察すると食欲不振,倦怠感,気力低下のようなうつ症状が確認された。主観的抑うつ感に乏しく身体症状が主体の仮面うつ病と考え,paroxetineを2週間で20mg/日まで漸増投与したところ,口腔内違和感が著明に軽減し,気力もかなり回復した。3週目から同剤30mg/日で維持したが,初回投与から6週間で頭痛,肩こり,頸部痛も軽減した。数ヵ月のうちに活動性も回復し,家事ができるまでになった。近年このような口腔内違和感に抑うつを伴う症例に対しfluvoxamineの有効性を示す報告があるが,paroxetineでの有効例は未だ提示されていないので報告する。
Key words: oral complaints, depression, SSRI, paroxetine
●思春期発病統合失調症患者における高校就学援助の意義―高校を中途退学した2症例の比較検討を通して―
武田隆綱
筆者は,高校就学援助を行ったが,高校を中途退学した思春期発病統合失調症の2症例を経験した。症例1は中学校2年生時に発病し,適応が不良であった。高校進学に向けて援助が行われ高校に進学できた。高校入学後も適応が不良で,二度の留年を経て中途退学になった。その後は専門学校に進学したが,適応できず中途退学し,しばらく転職を繰り返したが,現在はパート就労で長期にわたって安定している。症例2は中学校1年生時に発病し,次第に適応が不良になった。高校進学に向けて援助が行われ高校に進学できた。高校入学後も適応が不良で,中途退学になった。その後はしばらく大学入学資格検定試験に執着し,現在は通信制高校に在学し就労していない。両症例の経過を分けた要因として,要求水準や柔軟性の違い,高校中途退学に至った過程の違い,性格の違いなどが挙げられた。また統合失調症患者と高校就学との関連や就学援助の意義や目標について簡単に触れた。
Key words: schizophrenia, adolescence, senior high school, assistance of school attendance, university entrance qualification examination
■臨床経験
●デイケア通所者の通所前後における生活能力および入院日数の変化―外来のみの都市型クリニックにおける検討―
川出英行 福智寿彦 村手恵子 伊東安奈 鳥井美紀 兼本浩祐
入院病床を持たない外来のみの精神科クリニックにおけるデイケアの効果を,デイケア入所前後のLASMI(精神障害者社会生活評価尺度)と1年あたりの入院日数の変化から検討した。対象は平成14年4月現在,デイケアに登録していた通所者のうち,通所期間が半年以上になる94名である。生活能力は各対象者が当院デイケアに通所を開始した時点でのLASMIと平成13年10月より平成14年3月の間に評価したLASMIを用いた。その結果,LASMIにおけるD(日常生活),I(対人関係),W(労働または課題の遂行),E(持続性・安定性),R(自己認識)各サブスケール得点においてデイケア通所開始時と通所後では有意に改善が見られ,デイケア通所後はデイケア通所前に比較して1年あたりの精神科入院日数が有意に減少していた。これらの結果からデイケアの役割と今後の課題について考察した。
Key words: psychiatric clinic, psychiatric day care, Life Assessment Scale for the Mentally Ill(LASMI)
●Milnacipran投与により頭痛が著明に改善した2例
佐々木信幸 黒澤茂樹 佐々木竜二 小澤寛樹 齋藤利和
Milnacipran投与によって頑固な頭痛が改善した2例を報告した。症例1,72歳,男性。40年前の脳出血後に頭痛が始まる。Milnacipran 50mg/日の投与で,1週後から改善が認められ,6週後には頭痛は完全に消失した。症例2,74歳,女性。3年前の脳動脈瘤のクリッピング手術後から頭痛が始まる。また,頭痛と同時に全身のしびれと痛みも訴える。Milnacipran 75mg/日の投与で,2週後には頭痛とその他の訴えが消失した。これら2症例の共通点と他の症例報告から,milnacipranの効果が期待される一つの群として,@高齢者,A器質的な背景を有する,B精神症状よりも身体症状を主訴とする,C身体症状に頭痛・頭重感が含まれる,が抽出された。また,片頭痛の原因にノルアドレナリン系の関与が指摘されており,milnacipranの頭痛に対する効果と合わせて,ノルアドレナリン系が何らかの形で,頭痛の発現,あるいは制御に関与している可能性がある。
Key words: milnacipran, SNRI, noradrenaline, headache, mild depression
●Haloperidolが有効であった解離性(転換性)障害の二例
林美朗 益田大輔 日根野浩史
解離性(転換性)障害にhaloperidolが有効であった二例を経験した。一例は遷延する転換症状に加え,解離症状を呈した症例,もう一例は多重人格障害を思わせる症例である。入院治療に際し,精神療法・環境調整と並行してhaloperidolを使用したところ,徐々に症状の軽快を認めた。用量としては12〜18mgが必要であった。
解離性(転換性)障害に著効を示す薬物療法の報告は少ない。しかしこれらの症例は,haloperidolが有効であることを示唆しているように思われる。本研究では,これら解離性障害や転換症状(失声)へのhaloperidolの有用性について報告した。
Key words: dissociative disorder, aphonia, multiple personality disorder, haloperidol, pharmacotherapy