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■特集 社会機能(social functioning)からみた統合失調症 (II)

3.統合失調症の経過と社会機能の変遷

●統合失調症発症に先立つ社会機能の低下
西田淳志 原田雅典 三好修 岡崎祐士
 統合失調症の中核的特徴の一つとして,「社会機能の低下」がある。この社会機能の低下は,診断がなされる以前,すなわち患者の人生における早い段階から様々な形で認められることが知られている。本稿では,統合失調症の発症に先立つ時期,すなわち,乳幼児期から青年期までの各発達時期において認められる「社会機能」の異常について,これまでに行われてきた研究に関する文献的記載を中心に概観し,主にその発達過程における特徴の変遷について考察を行った。これまでの諸研究からは,社会機能に関するおよそ類似した発達的変遷が見い出されている。それらはMeehl(1962)をはじめとする統合失調症発症仮説におおむね合致するものであった。社会機能というきわめて広範な機能の異常は,病前の発達期において,生物学的に規定されている障害や,内的世界(自我)の成熟などと複雑に絡み合って表現されることが推測されている。
Key words: schizophrenia, social functioning, premorbid, development

●分裂病型人格障害と社会機能
林直樹
 分裂病型人格障害(schizotypal personality disorder:SPD)の社会機能の障害は,分裂病型陰性症状の一部として,その基本的な症状に数えられている。そしてそれは,SPD症状の中でも,統合失調症との遺伝的関連が特に深く,また,統合失調症の有力な発病予測要因でもある。さらにそれは,統合失調症の認知障害とも関連していることが報告されている。他方,SPDの治療では,その社会機能の改善が重要な目標とされ,特に集団療法の設定でそれに対する治療的介入が試みられている。しかし,治療関係の脆弱さや治療意欲の乏しさのために治療に問題が生じることは稀ではない。また,統合失調症の病前の社会機能レベルは,その経過の予測要因であることから,SPDの社会機能の障害に対する介入・治療は統合失調症の予防や予後の改善に貢献する可能性があることが指摘される。しかし,その効果を実証した研究は,まだ報告されていない段階にある。
Key words: schizotypal personality disorder, social functioning, schizophrenia

●統合失調症の初期症状に見る社会機能
針間博彦
 統合失調症の前駆期には学業や職業上の適応低下や引きこもりといった社会機能の低下が認められることがあるが,これらは非特異的であって統合失調症の確実な診断を与えるものではない。Huberら,Chapmanら,中安らは,この時期の患者は病識を有しており,体験を陳述する能力が保たれていることから,患者の主観的体験に焦点を当てることによってより緻密な症状記載を追求し,こうした症状を用いて統合失調症の顕在発症の前方視的研究を行っている。これらの初期症状は,欠損性の症状によって直接的に,また対処行動としての二次的反応を通じて,患者の社会機能に影響を与える。
Key words: schizophrenia, early symptoms, basic symptoms, social functioning


4.治療的視点

●統合失調症の社会機能と認知療法
原田誠一 原田雅典 佐藤博俊 松本武典 小堀修
 認知療法の適応を統合失調症に拡げる臨床研究が,1990年代から始められている。筆者らは,統合失調症の治療・リハビリテーションで認知療法が一定の役割を果たしうると考えており,統合失調症の社会機能に関しても独自のアプローチが可能ではないかという印象を抱いている。  本論では,まず認知療法の併用によって統合失調症の社会機能が改善したと思われる2症例を報告する。次いで,認知療法が統合失調症の社会機能の変化に関わる機序を述べ,スキーマの視点からみた統合失調症の治療・リハビリテーションについて考察する。さらに,「変化したスキーマの修正の有無」という観点を取り入れた「寛解状態〜不完全寛解状態〜精神病状態の区分案」を紹介する。最後に,「認知療法」と「認知障害」「認知リハビリテーション」の関係に触れる。
Key words: schizophrenia, social functioning, cognitive therapy, schema, psychoeducation

●薬物療法―非定型抗精神病薬と心理社会機能,QOL―
中込和幸
 近年,統合失調症の治療ターゲットは,精神病症状から心理社会機能,QOLを含めた広汎な領域へと移行しつつある。従来の定型抗精神病薬に比して,認知機能の改善効果,陰性症状への有効性,錐体外路性副作用の発現率の低下,といったすぐれたプロフィールを通じて,非定型抗精神病薬は,心理社会機能や主観的なQOLを改善することが期待されている。現時点では,認知機能の改善に伴う心理社会機能の改善効果については,十分なデータは得られていないが,心理社会機能の改善は,認知機能の持続的な改善に加えてそれに伴う環境変化との相互作用によって得られる可能性があるため,より長期間にわたる研究が必要である。一方,主観的なQOLについては,主観的な副作用の軽減,抑うつ症状への有効性,を介した非定型抗精神病薬の有用性が示されている。今後,従来軽視されがちであった,こうした患者側からの評価を治療に取り入れていくことが望まれる。
Key words: schizophrenia, cognitive function, psychosocial function, quality of life(QOL), atypical antipsychotic drug

●リハビリテーション実践場面における統合失調症の社会機能
角谷慶子
 社会機能(social functioning)の評価は,通常リハビリテーションプログラムを作成する目的やその効果の判定のために行われる。しかしながら主に,障害者の生活をより健常者の生活に近づけるために行われていたリハビリテーションは,個人の幸福追求権の保障という,より幅広い概念にその目的が変わりつつある。後者の場合は当事者の問題ばかりでなく,価値観や希望,長所や環境の持つ強さも評価の対象とする必要がある。本稿では江畑のいう量的評価技法と質的評価技法の2つの観点から,統合失調症を中心とする精神障害者のリハビリテーションにおける社会的機能の評価の実際とその課題について述べた。
Key words: rehabilitation, schizophrenia, functional assessment, strength model, the right to pursue happiness

●SSTの理論的背景と社会機能
岩田和彦
 精神科リハビリテーションの中心的治療技法の一つであるSST(社会生活技能訓練)の理論を概説し,社会機能とSSTの関わりについて論じた。精神障害者が自立生活を営むためには日常生活技能・疾病自己管理技能・社会生活技能などの諸技能が必要であると言われている。SSTは認知行動療法の理論を援用し,社会生活技能を獲得するための治療である。基本訓練モデル,問題解決技能訓練,注意焦点付け訓練,モジュール,行動療法的家族指導(BFM)などの技法を含み,対象者の障害に合わせてソーシャルスキルを獲得できるように構成されている。その中でもわが国では基本訓練モデルが多くの臨床現場で導入されている。SSTの社会機能に与える効果は欧米を中心に研究が進んでおり,その有効性は広く認められるようになってきている。
Key words: schizophrenia, social functioning, social skills training, cognitive behavioral therapy

●良好な社会適応をする統合失調症患者の社会的役割と絆
加藤敏
 20年以上治療的に関わっている統合失調症の自験例をもとに,いかなる仕事,また人間関係のあり方が良好な社会適応をしているのか検討した。優秀な才能を活かし,高度な資格を獲得し,複雑な対人関係を回避できる職場で社会的な役割を担うことができる人や,多少の仕事上の問題はあっても,当人にみあった部署を用意してくれる許容度の高い職場で働ける公務員,また,理解ある夫や家族をもった主婦に,完全寛解といってよい経過をとる症例が目についた。分裂気質に代表される統合失調症患者に親和的な習慣性行動パターンが尊重される形で,何らかの社会的な役割を担い,治療者との関係を含め信頼できる人間的絆を築くことが,妄想性,ないし幻覚性の自閉的回路を断ちつつ慢性化病態を回避し,共同社会に開かれ,そこに根づく一つの方向と考えられる。
Key words: schizophrenia, rehabilitation, community, occupational therapy, social role

■研究報告

●身体的虐待と思春期の精神病理―愛着理論の視点から―
大西美代子 長沼佐代子 生田憲正
 今回筆者らは,臨床現場で見られる身体的虐待と思春期の精神病理との関連を,Bowlbyの愛着理論に基づき開発されたアダルト・アタッチメント・インタビュー(AAI)という愛着分類評定法を用いて検証した。父親による身体的虐待という成育歴を有する青年女子2名のケースを取り上げたが,両者は「愛着に関する心的状態(愛着分類)」,および現在の精神病理症状において大きく異なる結果を示した。重篤な精神病理発生には,被虐待経験そのものではなく,それらに関して「心的に未解決な(Unresolved)状態」が危険因子として介在することが示唆された。さらに,愛着分類に影響を及ぼす要因として,虐待を行っていない方の親の安全基地機能,虐待が行われた時期などが挙げられた。最後に,虐待を伴う親子関係の早期発見および介入という緊急課題について,愛着理論から得られる治療的示唆を示した。
Key words: physical abuse, psychopathology, adolescence, attachment theory

■臨床経験

●Paroxetineによる治療中に認められたSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)離脱症候群について
松本好剛 名越泰秀 福居顯二
 Paroxetineによる治療中に服薬中断によるSSRI離脱症候群をきたした3症例を経験した。1例は自己判断による中断,2例は通院中断による服薬中断であった。症状はめまいを中心とした平衡失調,感覚異常,嘔気等欧米ですでに報告されているものであった。  本症候群が重篤化することは稀であるが,患者にはこれまでに経験したことのない表現しがたい症状であり,抑うつ症状の再燃やパニック発作の再発と誤解して自信を喪失して欠勤したり,別の身体疾患と思い耳鼻科や神経内科を受診して時間的にも経済的にも損失を負うことがある。また治療者も熟知していないと基礎疾患の再発や再燃と見誤る可能性があることについて論及した。今後,本邦においても本剤の有用性から使用頻度はさらに増加するものと考えられる。その際本症候群についての患者への説明,教育の重要性,治療者が常に念頭に置くことの必要性が高まると考えられた。
Key words: SSRI, discontinuation, withdrawal, paroxetine

●高気圧酸素療法(HBO)が著効を示した間歇型一酸化炭素中毒の1症例―HBOの有効性とその評価の観点から―
今中章弘 日笠哲 三好出 大森寛 小早川誠 五阿彌勝穣 新野秀人
 症例は35歳男性。泥酔して車の中でエンジンをかけたままで2日間眠ったことがあった。その約1ヵ月後,外出して家がわからなくなりウロウロしているところを警察に保護され,K病院精神科受診した。失行,失語,見当識障害,記銘力障害を認めた。頭部CT,頭部MRIで両側淡蒼球の低吸収域を認め,神経内科に紹介となった。血液検査,髄液検査で異常を認めず,脳炎などの感染症や脱髄疾患は否定された。大酒家であったため,Werniche脳症やKorsakoff症候群を疑いVitB1大量療法が行れたが効果はなかった。徐々に見当識障害,自発性低下が進行し食事も介助で尿失禁も認めるようになった。画像所見から間歇型一酸化炭素中毒と診断され,当科に紹介入院となった。高気圧酸素療法が有効であった。SPECT,EEGなどの脳機能検査とMMSEなどの神経心理検査を経時的に検討し,臨床症状の改善とあわせて治療効果判定を行った。本症例より,本疾患における高気圧酸素療法の有効性とその評価について検討を行った。
Key words: interval form of carbon monoxide poisoning, Hyperbaric Oxygen Therapy (HBO), single photon emission computed tomography (SPECT), electro encephalography (EEG), Mini-Mental State Examination (MMSE)

■資料

●悪性症候群とその類似疾患・病態について―スペクトラム概念をめぐって―
秋元勇治
 悪性症候群および致死性緊張病はその呼称のごとく死に至る重篤な症候群である。悪性症候群は抗精神病薬,抗うつ薬や炭酸リチウムなどによって発症するが,致死性緊張病は抗精神病薬開発以前より存在し原因不明で,いわゆる機能性,自生的と考えられている。両症候群は病因は異なるが,個々の症例によって多彩な症状を呈し,症状や経過などに異同もあり,さらに病状が悪化すると,より鑑別しにくくなる。このように,両者間の異同について未だ判然としない点も多い。さらに近年,セロトニン症候群の報告がなされるようになってきた。この病態はとくに悪性症候群との鑑別が必要になってくる。本論では,これら三者間(悪性症候群,致死性緊張病,セロトニン症候群)の異同について,スペクトラム概念を中心に論じた。
Key words: neuroleptic malignant syndrome, lethal catatonia, serotonin syndrome, spectrum concept