■特集 ベッドサイド神経心理学
●神経心理検査の意義―定量的,定性的アプローチと施行,評価上の留意点―
鹿島晴雄
神経心理検査は器質性脳損傷にとどまらず,近年,精神医学領域において認知機能の評価の道具として,機能性精神障害の生物学的研究や薬物治療の効果の検討などに広く用いられるようになっている。しかしながら,要素的な神経機能を対象とする神経学検査に比べ,高次脳機能を対象とする神経心理検査には多くの要因が含まれ,検査構造もより複雑であり,検査の遂行や結果に影響する要因も多い。本稿では,神経心理検査の実施や評価に際しての留意点につき概説した。また神経心理検査における,定量的アプローチと定性的アプローチにつき述べ,中庸的アプローチの必要性とその実際の検査法を紹介した。
Key words: neuropsychological test, quantitative approach, qualitative approach, neuropsychological assessment
●神経心理学と意識・知能の病理
兼本浩祐
神経心理学における意識と知能の病理を,Ey, H.の均一性解体と局所性解体の対比から論じた。Lichitheimの失語図式の内にはすでに,意識・知能の水準と個々の高次大脳機能の間の階層的な切れ目が意識されていることを指摘した上で,生気論対機械論という観点から,均一性解体という視点の今日的意義を強調した。さらに,徹底した機械論としてのJacksonismの側面を指摘した。
Key words: consciousness, neuropsychology, Jacksonism, vitalism
●神経心理学における「全体論」と「局在論」
濱中淑彦
神経心理学の現況を概観した上で,20世紀前半に「局在論」と,これを批判した「全体論」との間で行われた論争に由来する,この二つの対立概念が,現在,どのような視点から論じられているかを,D. Caplanの失語モデル(1994−2002)やA. Damasio一派の機能画像研究(1990−2000),Broca領野の失語学意義,相貌失認,パターン視覚認知,「前頭葉性」知性障害,痴呆の諸型(特に前頭側頭葉痴呆,意味痴呆,人物記憶障害を示す痴呆,Alzheimer型痴呆),認知リハビリテーションなどのテーマについて考察し,ことにリハビリテーションにおいては間主体性の考慮が不可欠であることを論じた。
Key words: holism, cerebral imaging, aphasia and Broca's area, frontotemporal dementia, cognitive rehabilitation
●簡易なベッドサイドの失語検査
波多野和夫
失語を含む言語障害の患者をベッドサイドで診て,その障害の性質についておよその見当をつける方法を述べた。言語障害の評価のためには一般的な会話を通じて現れてくる言語症状を把握することが最も重要である。個人情報や見当識の問診により精神症状を把握する時に,同時に構音障害や発声障害などと共に失語の症状を確認する。特に,発話の(非)流暢性に注目することは失語の分類に見当をつける意味でも重要である。このほか,再帰性発話,ジャルゴン,反響言語,非失語性呼称錯誤などの言語症状も会話や一般的な問診において発見できる。次に,聴覚的理解,呼称,復唱,読字,書字などの言語の様態別の検査を試みる。ベッドサイドでは様々な制約があり,簡単に行うしかないが,そのために必要な絵カードなどを前もってそろえておくと便利である。言うまでもないことであろうが,言語障害を診るためには,その対象の性質に通暁していなければならない。
Key words: aphasia, simple method, assessment of aphasia, nonfluency, semi-standard interview
●簡易なベッドサイド失行検査
大東祥孝 小早川睦貴
観念運動失行,観念失行,口部顔面失行を中心に,失行症のベッドサイドでの簡易な検査の仕方について述べた。失行症を臨床的に検出するためには,多少とも他の関連行為障害について知っていることが大きな有用性をもつと考えられたので,被影響性症状や個体内葛藤症状についても論及し,関連する責任病変と発現のメカニズムについて論及した。
Key words: ideomotor apraxia, ideational apraxia, oral apraxia, left unilateral apraxia, utilization behavior
●ベッドサイドでの視覚失認の診方
兼本浩祐 前川和範
物体失認,相貌失認,大脳性色覚障害を中心として,簡単な検査の仕方を提示した。単純な視力の障害にも,意味記憶そのものの障害にも還元されえない独自の領域としての視覚失認の体験を強調した。
Key words: visual agnosia, achormatopsia, prosopagnosia
●簡易なベッドサイド失読・失書検査
滝沢透
失読と失書には失語性と非失語性があると考えられる。失語性の失読と失書の特徴は基本的には口頭言語と同じである。非失語性の失読と失書には純粋型,失認性,失行性が認められる。臨床上,観察される失読と失書の大半は失語性である。
失読と失書の検査は基本的には仮名1文字,単語,文,長文へと段階を踏んで調べることが大切であり,単語の場合は漢字と仮名を区別して検査する必要がある。ただ,簡易検査の場合は時間の制約上,下位検査を精選する必要がある。一つの例として,名前の書字→単語の音読→単語の理解→書字呼称→長文の音読・読解・書字要約が考えられる。
日本語の失語性失読と失書において,漢字と仮名が異なって障害されることがある。このため,失読と失書を調べる場合は失語という機軸と漢字・仮名というもう一つの機軸から検査を実施し,結果を考察する必要がある。
Key words: aphasia, alexia, agraphia, kanji & kana, bedside tests
●視覚性半側空間無視の簡易なベッドサイドの検査
兵頭隆幸 池田学 小森憲治郎 田辺敬貴
視覚性半側空間無視は,脳卒中による右半球損傷者に高頻度にみられる症状の一つである。特に脳梗塞の急性期には,患者は臥床していることが多く,検者は行動観察と簡単な診察にて無視の評価をする。患者が座位で検査できるようになれば,行動観察に加え,@線分二等分検査,A線分抹消検査,B絵の模写と自発画を中心とする簡易な神経心理学的検査で評価を行う。さらに症状が慢性化した患者や,日常生活に支障をきたし,リハビリテーションを受けている患者では,標準化された検査を用い,経時的に評価を行う。本稿では,ベッドサイドで実施可能な視覚性半側空間無視の検査法についてまとめた。
Key words: unilateral spatial neglect, behavior observation, line bisection test, cancellation test, copying and drawing
●簡易なベッドサイド記憶検査
村井俊哉 並木千尋
記憶の障害について,一般精神科医が特に注意して評価すべき状態像は,健忘症候群と呼ばれる状態像である。健忘症候群に含まれる症状として,失見当識,前向健忘,逆向健忘,作話の4つが挙げられることが多い。健忘症候群の評価は,問診による日々の出来事の健忘の程度の評価と,点数化が可能な簡易記憶検査を組み合わせて行う。問診による評価では,作話などの評価のため,質問に対する正誤だけでなく,反応の質的特徴にも注意を払う。ベッドサイド検査としては,まずMini-Mental State Examination(MMSE)や改訂長谷川式簡易知能評価スケールなどの総合的な簡易神経心理検査バッテリーを用いるのがよい。加えて,言語性対連合検査や視覚性記憶検査を組み合わせると,記憶障害の特徴が明らかになる。Wechsler Memory Scale-Revised(WMS-R)の下位検査を利用することもできる。
Key words: memory, clinical assessment, amnestic syndrome, Mini-Mental State Examination (MMSE), Wechsler Memory Scale-Revised(WMS-R)
●ベッドサイドにおける前頭葉機能評価
三村將
前頭葉損傷に特徴的と考えられている多くの認知・行動障害は前頭前野,ことに前頭葉背外側部の機能障害を反映している。この部分の機能としては,保続と反応抑制,概念の転換,流暢性,注意,ワーキングメモリ,問題解決・遂行機能,展望記憶などが挙げられる。これらの認知・行動障害を検出するための臨床観察上の注意点と,道具を使わずにベッドサイドで比較的簡便に行える評価法について概説した。前頭葉機能の障害は通常,言語,記憶,認知,行動といった各機能領域を超えた,いわば「超」機能領域的な「障害の形式」である。前頭葉機能障害を明らかにする手がかりとして,定型的な神経心理学的研究は最も重要な手法である。しかし,前頭葉損傷患者の診察においては,いきなり定型的な前頭葉機能検査を行うようなことは慎むべきである。まず,患者の行動観察に基づき,自由な発想でベッドサイドの精神機能評価法を組み立てていくことが重要である。
Key words: frontal function, prefrontal cortex, behavior, neuropsychological test
●児童の神経心理学的検査
山口俊郎
児童の神経心理学の単行本は,欧米では1980年代から多く出版されるようになったが,わが国では未だに数の少ない領域である。その神経心理学的検査に至っては,わが国の児童で標準化された総合的神経心理バッテリーであるK-ABCがわずかにあり,領域別個別検査もそれほど多くはない。児童の神経心理学では,対象も発達性のものと脳器質性のものが明確に区別されていなかったり,検査の基礎になる考えも,脳-機能連関を強調するものから発達的視点を取るものまでさまざまである。
本稿では,児童の発達神経心理学では大きな部分を占める軽度発達障害に,比較的簡便に適用できる,Piagetの発達的観点に基礎を置いた,発達の質的転換を捉えうる,運動,空間,時間などの領域個別検査を紹介した。
Key words: child neuropsychology, developmental neuropsychology, Piaget
■研究報告
●高い治療意欲にもかかわらず,長期の入院行動療法を必要とした強迫性障害の一症例―曝露反応妨害法を用いる際の留意点について―
中谷江利子 中川彰子
強迫性障害の有効な治療法として,曝露反応妨害法(E/Rp)を用いた行動療法がある。これは強迫症状を引き起こすような刺激に直面しながら,生じた不安を解消するために行っていた強迫行為をしないようにすることで強迫衝動や不快感や不安が減少することを体験させていく治療法である。今回筆者は,表面上は治療を積極的に取り組んでいるようであっても,恐怖刺激に直面することを避けるため,E/Rpが不完全となり,症状が改善しないままに経過していた強迫性障害の入院治療を行った。症例は,過去にE/Rpでの治療経験があり,治療法の知識も意欲も十分あったが,実際に治療を開始すると刺激を避けてしまうため,多くの治療上の工夫を必要とした。そのため入院期間は長期であったが,症状は改善して外来通院することなくその効果を維持している。本症例の治療経過と治療上の工夫について詳しく述べ,これらの工夫が果たした役割について考察した。
Key words: obsessive compulsive disorder (OCD), Exposure & Response prevention (E/Rp), therapeutic devices, treatment response
●入院精神疾患患者における病気,入院生活および退院に関する意識
和田一丸 前田知華 山本将人 小田桐真理子 加藤拓彦 小山内隆生 渡辺俊三 兼子直
精神科作業療法による社会復帰治療を継続している入院精神疾患患者(統合失調症,感情障害,統合失調感情障害,てんかん精神病)52症例に対して,その社会的背景を調べるとともに,自分の病気,入院生活および退院に関する意識について面接調査を行った。退院の意向については,一刻も早く退院したいと回答したものが17例,今後何年かの間には退院したいと回答したものが17例,退院したくないと回答したものが18例であった。退院希望のある群では,自分の病気が治療で次第に良くなってきていると考えているものの割合が退院希望のない群に比し高い傾向が認められた。一方,退院希望のない群では,入院生活に満足しているものの割合が退院希望のある群に比し有意に高かった。退院希望のない群においては,社会生活全般に対する自信のなさが窺えたが,これらの患者に対しては作業療法を含む働きかけや援助がなければ生活の幅が狭まってしまうことは明らかであり,社会資源利用に関する教育的関わりを含むさまざまな努力を精力的に行っていくべきである。
Key words: schizophrenia, discharge, occupational therapy
●摂食障害患者の外来治療の継続について
西村宣子 竹田希美子 沖田肇 三浦加奈子 星野ゆかり 佐野道 霜山孝子 鈴木卓也 小島卓也
摂食障害患者の外来治療においては,治療動機の曖昧な患者をいかに治療導入し,その後の治療を継続していくかが問題といわれる。今回,日本大学板橋病院精神神経科外来を受診した摂食障害患者204例を5年間にわたって調査し,治療継続について治療者側の要因と患者側の要因について検討した。治療者側の要因としては,治療者のサポート体制が整った思春期外来での継続が多いことから,治療構造の問題が考えられた。患者側の要因としては,比較的軽症の過食症と比較的重症の拒食症の継続が多いことから,個々の症例の持つ病理を踏まえた対応が必要であり,特に重症例は適宜入院治療を併用しながら長期に治療を継続してゆくことが大切であると考えられた。
Key words: eating disorders, outpatient treatment, continuation of psychotherapy
■臨床経験
●OlanzapineとFluvoxamineの併用が強迫症状に有効であった統合失調症の一例
松崎大和 小島卓也 山田雄飛
今回われわれは強迫症状を伴う統合失調症に対してolanzapineとfluvoxamineの併用が有効と思われた1症例を経験した。強迫症状を伴う統合失調症は薬物療法に抵抗を示す場合が多いが,抗精神病薬とSSRIの併用が有効であるという報告が散見される。本例ではolanzapineとfluvoxamineの併用により,強迫症状と幻覚,妄想が改善したが,その背景にはSSRIと非定型抗精神病薬の薬物相互作用の可能性が考えられた。今回のわれわれの経験より難治性の強迫症状を伴う統合失調症に対し,十分量のfluvoxamineを投与しつつ,統合失調症の薬物療法として非定型抗精神病薬の中から慎重に有効な薬剤を選択していくことが症状の改善をもたらすと思われた。
Key words: schizophrenia, obsessive〓compulsive symptoms, olanzapine, fluvoxamine
●脳炎に続発した二次性躁病(secondary mania)の1男性例
塩田勝利 西嶋康一 篠原保 加藤敏
症例は43歳男性。生来健康であったが,ウイルス性脳炎に罹患しその回復過程に躁状態を呈した。本症例では,もちろん脳炎が心的負荷として作用していることは否定できないが,40代発症,家族負因なく,爽快気分よりも焦燥,不機嫌,攻撃性が目立ち,二次性躁病の特徴に合致し,脳炎による二次性躁病と考えられた。また本例ではその後,軽度のうつ状態,軽躁状態が出現し,通常の気分障害と同様に自律的な変動を示した。
二次性躁病は,近年欧米で注目されつつあるが,本邦では脳器質疾患後の躁状態の発症には注意が払われておらず,本邦でも脳器質疾患後には二次性躁病の発症に注意を要すると思われた。
Key words: encephalitis, secondary mania, organic mental disorder