■特集 初老期・老年期発症のPsychose
●ライフステージとしての初老期・老年期―生物学的側面―
繁田雅弘
ライフステージとしての初老期・老年期の生物学的側面について概説した。まずこの年代の疾患の病態を理解するにあたって,留意すべき点について触れ,続いて老化に関するいくつかの仮説を古典的なものも含めて紹介した。続いて老化に関する各領域の知見を概観した。神経病理学的知見として,加齢に伴う脳神経細胞数の減少は変性疾患などで認められるものとは質的に異なること,また高次脳機能と関連し発生学的に新しい部位ほど細胞の減少が顕著であることを説明した。電気生理学的知見として,脳波の基礎律動の変化だけでなく,高齢者では脳幹と大脳との連携機能が低下するため,覚醒水準の維持能力が低下し,大脳半球間の機能的関連も低下することを説明した。神経心理学的知見として,注意機能や記憶における加齢変化を論じた。神経伝達物質における変化や,形態画像学・機能画像学の知見もあわせて紹介した。
Key words: aging, neuronal loss, memory, alertness, attention
●初老期・老年期における心理社会的側面と精神の発達
佐藤哲哉
初老期・老年期は,一般大衆の認識レベルでも精神医学でも,脳や各種身体機能の老化退化を意味する退行という側面からとらえられることが一般的であった。しかし初老期・老年期を退行という側面からのみ把握することが,治療的ニヒリズムや高齢者差別につながり,高齢者の精神的健康(mental health),quality of life,幸福感(well〓being)という精神医学が追求しなければならない重要な課題への取り組みを困難にさせやすい面をもつことを強調した。近年における老年期の心理学的研究は,高齢者のほとんどが退行を経験しながらも自分の人生を見失うことなく生き生きと生活し,さらには高齢者になることによって初めて獲得されるような新たな精神機能あるいは能力が存在しうることも示唆している。人生の後半における精神の発達に関する主に事例記述的研究を概観し,高齢者の精神の発達研究をさらに洗練させることが,高齢者の精神的健康の重要な要素をなすことを指摘した。「高齢者における精神の発達」というパラドックスは,高齢者人口の増加という事実も考え合わせると,心理社会的研究や脳の発達老化研究を問わず一つの重要なkey wordともなろう。
Key words: late adulthood, involution, mental development, mental health
●初老期・老年期のPsychoseの歴史と現状
古茶大樹
初老期・老年期に発症するPsychose(症候学的な意味での非器質性精神病)には,主に幻覚・妄想を中核とするもの,不安・抑うつを中核とするものという二つの系列の病態がある。歴史的には二大内因精神病概念の成立の過程と平行して,多くのこの年代特有の疾病概念が提唱されてきた。これらをパラノイア,パラフレニー,遅発性統合失調症,メランコリー,遅発緊張病との関連で整理した。今日の疾病分類体系では初老期以降の非器質性精神病に特別な臨床単位を設けないという統一的見解が示されてはいるものの,世界的には未だ混沌とした状況である。とくに遅発パラフレニーをめぐる問題と遅発緊張病を含むメランコリーの位置付けに問題があることを指摘した。
Key words: late paraphrenia, late onset schizophrenia, late catatonia, involutional melancholia, late onset psychosis
●老年期の妄想―遅発パラフレニー以降―
竹中星郎
遅発パラフレニーは1950年代から顕著になった社会の高齢化を背景にして提唱されている。80歳,90歳代を生きることはこれまでになく厳しい心身の負荷のなかでの新しい課題に直面し,喪失体験,孤独と孤立,死の現前化といった課題に加えてその状況への適応が求められている。現実の状況に対する反応は多様化し,精神症状も従来のカテゴリーには当てはまらないほどに多様化している。その基盤にあるのは長年にわたって培われたパーソナリティであり,一人一人をめぐる状況もまちまちである。老年期に妄想を呈した患者を理解するためには,統合失調症かそうでなければどの疾患カテゴリーに属するかを論じるより,老年期の状況と心性の特異性をふまえることが求められる。その意味で精神医療にとって老年期の精神症状は応用問題である。
Key words: late paraphrenia, Kontaktmangelparanoid, delusion of robbery, phantom boarders, Cotard's syndrome
●遅発緊張病
地引逸亀
67歳発症の単相型で重症例とみられる遅発緊張病の1患者を例として挙げ,遅発緊張病の臨床像,経過,鑑別診断,治療について概説した。特に鑑別診断上,薬物療法が普及している現今では発症早期から抗うつ薬や抗精神病薬などの神経遮断薬が投与される場合が多く,これらによる薬物誘発性の悪性症候群あるいは悪性緊張病との鑑別が問題になることを強調した。また悪性緊張病の剖検所見や器質性に生じる緊張病類似の症状の発現部位に関する過去の知見などを参照して,遅発緊張病の発現機序について考察した。そこでは中脳皮質ドパミン系や黒質線条体ドパミン系の機能低下と中脳辺縁系ドパミン系の機能亢進からなるドパミン系の不均衡が中心となって,主に前頭葉-基底核-脳幹の神経回路の異常により緊張病症候群が生じ,さらに悪性緊張病や昏迷などの重篤な病態では視床や視床下部,脳幹の上行性賦活系も巻き込んだ皮質・皮質下の広汎な機能低下が起こると推測した。
Key words: late catatonia, catatonia, malignant catatonia
●退行期・老年期うつ病
阿部隆明
退行期,老年期のうつ病における精神病症状として,典型的な3大妄想ではなく,制止由来の意識障害(様)状態,不安・焦燥を背景とする興奮症状,被害妄想を取り上げ,それぞれ症例を挙げて検討した。意識障害(様)状態については,思考制止の動揺に由来することを示し,軽度の痴呆が関与すると一層悪化することを説明した。興奮症状については,精神的な危機状況に対する反応と解釈できるケースを呈示した。被害妄想については,うつ病の経過中に自責から派生するタイプと,躁うつ移行期に状況に反応して,抑圧された不安が発展するタイプ,後の経過で統合失調症に移行するタイプを取り上げた。最後にうつ病における精神病像の見分けの重要性を強調した。
Key words: psychosis, delusion, consciousness disturbance, dementia, catatonic feature
●初老期・老年期に特有な幻覚妄想状態
久江洋企
初老期・老年期において出現する幻覚妄想として,@物盗られ妄想,A体感幻覚,B嫉妬妄想,CCotard症候群,D幻視についてこれまでの知見をまとめた。高齢者の妄想では従来その内容が具体的現実的であることが特徴とされてきた。@物盗られ妄想では痴呆性疾患との関連から作話との異同について議論され,成因として社会的役割の変化などから理解が行われてきた。A体感幻覚では皮膚寄生虫妄想に言及した。B嫉妬妄想でも性的側面を含む役割変化のもつ意味について考察されてきたことを紹介した。CCotard症候群では否定妄想などの特徴的症状について述べた。D幻視ではCharles Bonnet症候群について論じた。これらの症状は表出から診断は比較的容易であるが,その原因は多因性であり,診断や治療において理論的普遍性,臨床的個別性いずれを目指す観点においても今後も検討が深められるべき問題を有している。
Key words: delusion of theft, delusion of infestation, delusion of jealousy, Cotard's syndrome, Charles Bonnet syndrome
■研究報告
●入院統合失調症者における集団の作業療法に対する認識とその関連要因に関する研究
石川陽子 岡村仁
入院している統合失調症者を対象に,集団の作業療法(OT)に対する参加理由とその関連要因について検討を行った。「OT参加理由質問紙」を用い,得られたデータを因子分析したところ,入院統合失調症者は「社会への適応意欲」「問題解決法の学習意欲」「病院内生活の改良意欲」「居心地の良さの追求意欲」をもって,集団のOTに参加していることが明らかになった。特に,OTへの参加目的として「社会への適応意欲」という社会復帰に関連する因子が得られたことから,OTの退院支援に向けた役割を見い出すことができると思われる。また,こうした認識には内的-外的統制(LOC)や性別といった対象者個人の特性が関連していたことから,集団のOTであっても,患者をマスとして捉えるのではなく,患者個人の特性を考慮して,しかも個々の患者が参加目的をどのように認識しているかを把握した上で,実施することが重要であると考えられた。
Key words: OT in psychiatry, schizophrenia, large group
■臨床経験
●悪性症候群のCK値上昇に影響を与える要因について―血中CK値上昇が軽度であった悪性症候群症例からの考察―
山本賢司 相上和徳 櫛野宣久 大屋彰利 伊賀富栄 松本英夫 保坂隆
悪性症候群は向精神薬の重篤な副作用の一つであり,典型例では症候的に発熱,錐体外路症状,自律神経症状を認め,臨床検査では血中の白血球,creatine kinase(以下CK),トランスアミナーゼ,ミオグロビンなどの上昇を認める。今回われわれは血中CK値の上昇が軽度であった悪性症候群の症例を経験した。本症例ではその他の臨床所見は悪性症候群の診断基準を十分に満たすが,血中CK値の上昇だけが軽度であった。その理由として悪性症候群発症以前と回復後の検査結果でCK値が正常値のほとんど下限に近い値であり,見かけ上CK値の上昇が軽度であった可能性が考えられた。さらに,もともとの血中CK値が低値であった理由として本症例の理学的所見やCT所見において,筋萎縮が著明に認められたことやdantrolene sodiumが短期間で著効したという臨床経過から,筋組織の変化が平常時の血中CK低値をもたらし,結果として本症例のような検査結果,臨床経過をもたらしたことが示唆された。さまざまな基礎疾患により平常時の血中CK低値が想定される症例では悪性症候群の診断には注意が必要であると同時に,悪性症候群の診断で従来から問題となっていた血中CK値の上昇という所見については平常時の血中CK値やその症例の筋肉の状態などを加味して判断すべきものと考えられた。
Key words: neuroleptic malignant syndrome, serum creatine kinase, schizophrenia, muscle volume
●Quetiapineの効果が認められた知覚変容発作の1例
湖海正尋 太田正幸 大原一幸 守田嘉男
症例は43歳の男性。ほぼ20年に及ぶ統合失調症の経過途上で知覚変容発作を呈するようになった。当初は挿間的な関係念慮ととらえられたが,haloperidolの使用後に知覚性が顕著となり診断が確定した。発作は重症化したためか抗不安薬が効果なく,社会復帰が中断し精神症状も再燃して再入院を余儀なくされた。非定型抗精神病薬の中でもquetiapineが発作のコントロールに有効であった。知覚変容発作の機序は不明であるが,ドーパミン受容体の機能亢進が仮定される。Quetiapineはclozapineと並んでD2受容体への親和性が特に弱く結合が短時間であるという特性を有しており,高力価の抗精神病薬でup-regulateしたドーパミン受容体がdown-regulateした可能性が考えられた。
Key words: paroxysmal perceptual alteration, quetiapine, schizophrenia, receptor, up-regulation
●ECTにおける発作モニタリングの有用性
櫻井高太郎 立花義浩 堀口憲一 栗田紹子 山中啓義 嶋中昭二 浅野裕
当科でパルス波治療器を使用した経験では,健忘などの副作用の少なさはもちろんであるが,発作中の脳波や心電図,筋電図のモニタリングが可能となり,毎回の治療においてそのフィードバックが得られることがサイン波治療器と大きく異なる点と思われた。実際に脳波,筋電図,心電図による発作モニタリングは発作発生の確認や適切性の判断に有用と思われた。また,パルス波治療器は有けいれんECTにおいても安全に使用することができ,脳波モニタリングも可能であった。
Key words: electroconvulsive therapy (ECT), seizure monitoring, brief pulse ECT
●妄想気分および離人症,作為体験を主症状として呈した多発性硬化症の1例
青木岳也 峰松則夫 鶴見征志 瀬戸口豊 渡辺義文 水木泰
多発性硬化症は中枢神経系の脱随疾患であり,抑うつや多幸症などを主な精神症状として認める。今回われわれは妄想気分および離人症,作為体験などの精神症状を認めた多発性硬化症の症例を呈示する。症例は26歳女性。20歳頃から視野狭窄などの眼症状を初発症状として認めるようになり,次第に退行や反社会的行動を呈するようになった。画像所見や経過から多発性硬化症と診断されたが,妄想気分や離人症,作為体験などの自我障害が神経症状にほぼ平行して認められたために,それらの精神症状が多発性硬化症に伴って出現したものと判断された。これまでにも統合失調症様症状を呈した多発性硬化症の症例報告があるが,妄想気分や離人症,作為体験など統合失調症に比較的特異といわれる症状を呈した報告は非常に稀である。
Key words: multiple sclerosis, schizophrenia, delusional mood, controlled experience, depersonalization
■カレント・トピックス
●脱施設化後のアメリカにおける外来治療
斉藤卓弥 西松能子
日本の精神科病床数は人口1万対27床である。世界保健機構(WHO)の統計においても欧米諸国と比較し高い数値を示す。高い精神科病床数の一原因は,「社会的入院」にあると考えられ慢性精神障害者の退院に対する圧力が高まっている。一方で,関係者の多くは予算や人手の不足を理由に,退院患者の支援体制が不十分であるとし計画の問題点を指摘している。アメリカでも,1950年代には人口1万対40床以上あった精神科病床が脱施設化が急速に進められた結果として激減し,精神科医療の中心は地域医療へと移行していった。現在は,精神科病棟は,人口1万対13床程度になっている。一方,脱施設化の流れの中で様々な問題も起きた。この論文では,アメリカでの精神病床削減・脱施設化の中でどのような問題が生じたかを論じ,さらに,どのような対応がとられたかについて述べ,外来治療の充実について焦点をあて概説する。
Key words: deinstitutionalization, USA, outpatient