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■特集 成人におけるADD,ADHD I

●成人におけるADHD―現状と課題―
田中康雄
 ADHDは,児童精神科領域において,その病因,診断,治療,あるいは経過予後をめぐり,今後さらに検討されるべき課題の多い障害である。昨年,ようやく子どもにあるADHD問題に,基準となる指針が登場した段階である。時代の要請とはいえ,成人におけるADHD問題は,子どもにおける以上に多くの未知な部分をもっている。成人にあるADHDとは,あくまでも,子ども時代からの連続線上に位置している。そのため,子どもにあるADHDと対比する形で医学的情報を整理し,併せてライフサイクルに沿って,理解と対策を述べた。われわれは,ADHDをbio-psycho-social-ecological disorderと考えている。その上で,先をいくアメリカが抱えた既出の課題を示した。ささやかな灯火になればと思う。ADHDと診断される成人にとって,もっとも大きな課題は,自尊心の傷つき,自己評価の低下であり,急務の課題であるが大きな宿題としたい。
Key words: ADHD, adulthood, life-cycle, bio-psycho-social-ecological disorder, low self-esteem

●成人におけるADD,ADHDの精神病理
渡部京太 齊藤万比古
 1990年代に行われた注意欠陥/多動性障害(ADHD)の子どもの予後追跡調査から成人期にも症状が持続し,社会適応に影響を与えることが明らかにされ,またADHDは多彩な併存障害を示すことが知られている。ADHDの子どもが成人した際に出会う可能性の高い精神疾患として,物質乱用,不安障害,気分障害,反社会性人格障害,境界性人格障害が挙げられる。ADHDの子どもが攻撃性を外在化し最終的に反社会性人格障害に至る展開と,逆に攻撃性を内在化し葛藤に満ちた親子関係を生じたり,不安,抑うつ,ひきこもりを示す非社会的方向への展開があり,これらの展開は相互に移行を生じる。ここでは父親,その子どもがADHDという家族の治療経過を呈示し,親のADHDの問題が育児困難を生じたり親としての機能を果たせなくなり,親が子どもを虐待する危険性を高めるなど子どもの発達に大きな影響を与えることを示した。
Key words: late adulthood, involution, mental development, mental health

●成人におけるADHD,高機能広汎性発達障害など発達障害のパーソナリティ形成への影響―成人パーソナリティ障害との関連―
岡野高明 高梨靖子 宮下伯容 國井泰人 石川大道 増子博文 丹羽真一
 近年,気質や性格が遺伝的背景をもち,生物学的要因が強く関与することが知られるようになった。それとともに人格障害の生物学的側面への関心が高まってきている。一方,注意欠陥/多動性障害や高機能広汎性発達障害は,成長過程で低い自己評価にとらわれることがあり,その結果,二次障害としてさまざまな行動障害を呈することがある。また,これらの軽度発達障害は成人になっても持続することが最近知られ,さまざまな適応障害の基礎になることが知られてきた。本稿では,成人のパーソナリティ障害と軽度発達障害との関連性について検討し,操作的診断基準によるパーソナリティ障害は(1)人格障害中核群,(2)併発群,(3)偽性人格障害群の3型に分けることができ,(2)(3)の群では発達障害の治療を同時に行うことにより,より合理的な治療を行いうる可能性があることを示唆した。
Key words: personality disorders, ADHD (AD/HD), Asperger's disorder, pervasive developmental disorders(PDDs), development, spectrum

●成人におけるADD,ADHDの診断と検査―治療のための診断と検査―
高梨靖子 岡野高明 宮下伯容 石川大道 板垣俊太郎 橋上慎平 増子博文 丹羽真一
 近年,国内でもADHDが小児・思春期に限局した障害ではなく,成人期以降も持続したり,他の精神障害のベースになる可能性があることなどが周知されるようになってきた。マスコミやインターネットなどの情報により,自ら発達障害を疑って精神科を訪れる患者も増加しつつある。そのような状況の中で,最も問題となっていることは成人のADHDについての明確な診断基準や概念が確立されていないことであろう。同時に,小児・思春期のADHDに関する報告に比較して,成人のADHDに関する報告は圧倒的に少なく,診断や治療にあたる上でのevidenceが十分でないことも問題として挙げられる。そのような中で,いかにして患者のニーズに応えていくかは重要な課題である。詳細な問診と,各種検査からわかる患者の特性を患者にフィードバックしながら,患者のニーズを常に明確にしながら取り組むこと,また,データを蓄積・検討して概念を確立していくことが必要である。
Key words: adult, ADHD, PDD, spectrum, diagnosis

●成人におけるADD,ADHDの診断と検査―画像との関連―
石川大道 岡野高明 宮下伯容 高梨靖子 板垣俊太郎 橋上慎平 増子博文 丹羽真一
 注意欠陥多動性障害(以下ADHD)における脳の画像所見についてはさまざまな報告がなされており,20歳以下の群を対象にした複数の報告ではある程度一致した所見も得られてきているが,20歳以上を対象とした報告は筆者の知る限りではほとんどない。
 今回,われわれは未投薬の20名の成人ADHD患者のSPECT画像をeZISを用いて対照群と比較し,局所脳血流の変化している部位を検討し,さらに患者群4名,対照群6名にmethylphenidateを投与し,それに伴う変化を同様に検討した。ADHDでは,尾状核―前頭葉回路の機能低下などが示唆されているが,われわれの結果からは,相対的に血流低下している部分と増加している部分とが前頭葉だけではなく脳全体の各部位にみられ,不均衡な脳機能のあり方が推定された。また服薬後に前頭葉-尾状核領域で血流低下がみられるなど,従来言われていたものとは異なる結果が得られており,今後の検討を要すると思われた。
Key words: attention deficit hyperactivity disorder, methylphenidate, SPECT, easy Z-score imaging system

●成人におけるADHDの診断の鍵と限界吟味
田中康雄
 成人におけるADHDの診断は,子ども時代にADHDが疑われたか,すでに診断されていた場合を除き,非常に困難である。本来発達段階に基づいた判断が求められる障害であるが,客観的な情報を揃えるのが難しい。
 限度をわきまえた上で,診断の手順と指標について紹介した。いろいろな課題と批判のある診断基準ではあるが,現段階ではDSM-W-TRに沿って事実を積み上げていくことの重要性を説いた。
 次に診断の意義を,診断する医師側の意義と診断を受ける側の意義に区分けして検討した。診断する側には,治療あるいは支援戦略を立てるために,診断を受ける側には,過去の精算と,今これからに向けた再生の物語を語ることに,大きな意義があると思われる。
 そのうえで,多くの別の状態像をも示す成人にあるADHDについては,他の可能性を慎重に鑑別したうえで,「暫定的診断」に至ることを達成目標に掲げた。
Key words: ADHD, diagnosis, interview, comorbidity, adulthood

●成人におけるADD,ADHDの臨床特徴
大賀健太郎
 成人の注意欠陥/多動性障害(ADHD)の臨床的特徴について,一般の精神科外来を自己受診した症例を中心に概説した。ADHDの症状は成人では職場や家庭での達成度の低さ,対人関係能力の拙劣さ,反社会的行動や様々な適応上の問題として顕在化していた。また協調運動障害の共存が成人期の社会的不適応に関係すること,中枢刺激薬methylphenidateが成人のADHDの一次症状を改善し,さらに自己評価の改善の一助になることについても言及した。
Key words: ADHD adults, adjustment disorder, developmental coordination disorder, low self-esteem, methylphenidate

●成人の注意欠陥・多動性障害(ADHD)のevidenceに基づいた管理
斉藤卓弥 西松能子
 注意欠陥・多動性障害(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD)は,児童思春期で最も頻繁に診断される精神科疾患である。近年,ADHDは,子どもだけの疾患ではなく,成年期に至ってもその多くが機能上の障害を残す慢性的な疾患と考えられるようになってきた。一方で,成人のADHDの診断・治療の歴史は浅く,成人のADHDの診断・治療にあたっては,子どものADHDとの違いを理解した上で,事実(evidence)に基づいた診断・治療を行う必要がある。この論文では,現在アメリカにおける事実(evidence)に基づいた成人のADHDの診断と治療について概説する。
Key words: ADHD, adult, evidence-based treatment

■研究報告

●de novo psychosisを呈した側頭葉てんかんの一例
岩堂仁美 湖海正尋 森脇大裕 守田嘉男 扇谷明
 精神病状態を呈していない側頭葉てんかんの患者が側頭葉切除術後に新たに精神病を発症した一例を経験した。これは手術後精神病de novo psychosisと呼ばれるもので,その機序については未だ不明な点が多い。
 症例は37歳女性。4歳時より複雑部分発作がみられ薬物治療を開始するも,発作は抑制されず,30歳時に左前部側頭葉切除術を施行。術後も脳波所見では切除部周辺に異常波を認めた。35歳頃より独語,妄想が出現し37歳時に精神科入院となった。Risperidone10mgの投与により精神症状は改善した。本症例では切除部周辺の残存組織からのてんかん放電が精神病状態を呈するに至った病因として想定されると思われた。また,risperidone投与後,精神症状改善するとともに脳波所見も改善が得られたことから,抗精神病薬がてんかん放電に及ぼす影響について考察した。
Key words: de novo psychosis, temporal lobe epilepsy, temporal lobectomy

●精神科臨床における法と倫理の峻別―法的パターナリズムと官僚主義―
井原裕
 医療者に対する法的パターナリズム(倫理の法的強制)の問題を,精神科臨床を中心に論じた。まず法と倫理との緊張関係を史的に概観し,「パターナリズム」概念の原義が,「インフォームド・コンセントの敵役としての医療パターナリズム」以前に,国家ないし法による個人の行動への干渉を批判する文脈で用いられてきたことを示した。ついで,医療倫理の原点としての道徳の起源を東西の古典から汲み取り,Beauchamp,Childressの『生命医学倫理』における「仁恵原理」との照応を指摘した。その後,法的パターナリズムの陥穽を如実に示す二例((1)保険診療,(2)隔離・拘束)を挙げて,医療倫理の法的強制の過剰が官僚主義を招くことを示した。最後に,医療倫理において,自律尊重とパターナリズム批判のなかで軽視されがちであった仁恵原理の意義を再考し,その「医療の官僚制化」に抗する可能性を論じた。
Key words: ethics, law, psychiatry, beneficence

■臨床経験 

●選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を投与する上で注意すべき患者と症状について―人格障害をベースに持つ場合―
山口聡
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の作用について報告する。本剤を使用した成人患者について,不安焦燥感,自傷行為,突然の興奮しやすさ,あるいは対人恐怖症状が強まるなどの情緒的不安定さを呈した症例を経験した。18歳以下の大うつ病患者にSSRI(fluvoxamine,paroxetine)を投与すると,時に情緒的不安定さ(emotional lability)を呈すことがあり,paroxetineは海外の一部では18歳以下の大うつ病患者には投与禁止とされたが,成人においても,時に情緒的不安定さを呈する場合があることを報告する。
Key words: SSRI, emotional lability, personality disorder, anti-worry

●高齢者に発症したアルコール離脱時の幻覚妄想にrisperidone oral solutionが有効であった一例
花田一志 東睦広 前田重成 人見一彦
 アルコール依存において飲酒量が増加していく理由として,離脱時の精神症状を和らげるためという場合がある。しかし,病気に対する理解が乏しく治療に苦慮する症例も少なくない。今回,高齢のため在宅での合併症治療中に,離脱時幻覚に対する過量飲酒の繰り返しにrisperidone oral solutionが有効であった症例を経験した。症例は82歳男性。57歳の頃から糖尿病,高血圧の治療を近医で始め,81歳になり在宅治療を開始した。自宅から出ない生活になり飲酒量が増加し,内科初診時には1日約5lの日本酒を飲んでいた。飲酒の理由として離脱時の幻視があったため,risperidoneを開始し精神症状は消失し飲酒量は減少した。
Key words: alcohol dependence, hallucination, delusion, oral solution, risperidone

●老人保健施設に入所中の中等度アルツハイマー型痴呆患者に対する回想法の効果
藤原恵真 大塚耕太郎 道又利 黒澤美枝 星克仁 渡邊温知 奥山雄 野村豊子 智田文徳 酒井明夫
 アルツハイマー型痴呆と診断され,デイケア・プログラムに参加している老人保健施設入所者18名を,無作為にグループ回想法を行った回想法施行群と非施行群の2群に分け,回想法前後にMMSE,HDS-R,LSIを用いて評価した。解析対象は脱落者を除いた回想法施行群6名,非施行群7名であった。施行群と非施行群の2群間でHDS-R,MMSEの変化量に有意差はなく,LSIの変化量は非施行群が高値であったが有意な差ではなかった。HDS-Rの低下は施行群では有意ではなかった。本研究の結果と先行文献の検討から,認知や知能に関して回想法の効果が期待できる範囲と限界が想定され,痴呆疾患に関しては,軽度の段階で回想法やデイケアを含む多面的なプログラムの併用が必要と考えられた。今回,回想法施行により高齢者に接する介護者の意欲向上を認めたことは,痴呆高齢者の介護構造におけるQOLの改善にも回想法が有用であることを示唆した。
Key words: reminiscence therapy, Alzheimer's disease, HDS-R, MMSE, LSI

●Paroxetineによる治療中に認められたSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)離脱症候群について(続報)―15症例の臨床的検討―
松本好剛 名越泰秀 福居顯二
 これまでにわれわれは3例の症例報告をしてparoxetine離脱症候群についての認識の必要性,予防のための患者教育の重要性について報告した。その後も12例の症例を経験し,予防法についての検討を進めた。15例についての調査を試みた結果,服薬量は10〜20mg,服薬期間は1〜12ヵ月,中断理由は自己判断によるもの6例,不規則な通院4例,偶発的飲み忘れ2例,治療計画的に漸減中5例(重複例あり),他科や救急を受診した者が5例であった。症状では,めまい14例(93%),ふらつき10例(67%),嘔気嘔吐10例(67%),頭痛4例(27%),不眠4例(27%)の順に多く認められた。複数回症状が出現した症例が3例あり,一度本症候群が出現した症例は大きなリスクファクターを有すると考えられた。漸減方法についても考察を加えたので報告する。
Key words: SSRI, discontinuation, withdrawal, paroxetine, prevention

●Risperidone内用液による精神病性激越症状の治療―Risperidone内用液とlorazepam経口投与3症例とhaloperidol注射1症例の比較検討―
平林栄一 桝屋二郎 松下兼明 伊藤健太郎 中野正寛 大迫正行 飯森眞喜雄
 新規の抗精神病薬が日本に導入されて約7年が経過し,統合失調症に対するそれら薬剤の急性期また長期にわたる維持療法に関連した報告もされるようになり,その効果が定着してきた感がある。しかし,実際の臨床の現場では急性期の激越・興奮状態を呈する患者に対して,未だ従来の抗精神病薬の注射剤による鎮静が行われていることはしばしば見受けられる。このような治療は,薬剤の種類も剤型も限られていた今までの状況ではやむを得ぬ選択肢であったと考えられるが,新規抗精神病薬が複数種揃った現時点では,その手法を見直すべきではないだろうか。
 新規抗精神病薬のうちrisperidoneは2002年7月に経口液剤が発売され,注射剤に代わる治療法として,国内でもその投与方法の検討が進められつつある。先にCurrierらは,精神科救急における研究で,経口risperidoneおよび経口lorazepamが筋注haloperidolおよび筋注lorazepamと同等の効果を示すと報告しているが,われわれも今回,risperidone内用液とlorazepam錠剤の経口投与により良好な治療経過を得ることができた3症例を経験し,経口剤の服用に応じなかった1症例(従来の定型抗精神病薬の注射による加療)との比較も行った。本経験より,risperidone液剤は従来型の抗精神病薬注射剤に代わりうる治療法である可能性が示された。
Key words: risperidone-oral solution, psychotic agitation, typical antipsychotics injection