■特集 成人におけるADD,ADHD II
●成人におけるADD,ADHD―私の治療手技―
市橋秀夫
成人の注意欠陥性障害・注意欠陥多動性障害(ADD/ADHD)の診断,治療導入,インフォームドコンセント,薬物療法の方法,精神病理,指導について述べた。
Key words: ADD, ADHD, treatment program
●成人発達障害に対する治療の実際
岡野高明 高梨靖子 上野卓弥 石川大道 板垣俊太郎 橋上慎平 宮下伯容 増子博文 丹羽真一
近年,成人期の注意欠陥/多動性障害やアスペルガー障害などの発達障害が,成人期でのさまざまな適応不全との関係で注目されている。多くの患者が治療を求めて受診するが,成人期における発達障害というカテゴリーがまだ新しいために,これらの患者に対する治療手技についてのコンセンサスは得られていないのが現状である。福島県立医科大学医学部附属病院神経精神科では,2001年から「発達を考慮した精神科外来」を開設した。筆者らはそこで,発達的な視点を導入して,抑うつ気分,摂食障害,会社における適応不全などさまざまな問題に悩む成人患者の治療を行ってきた。まだ数年間の経験ではあるが,その間の経験に基づいて,成人発達障害治療を行うための基本的なスタンス,見立てをする際に注意すべきこと,薬物療法,精神療法などについての筆者らの考えと,それに伴う治療上の工夫を具体的に紹介した。
Key words: ADHD, Asperger's disorder, adult, medication, psychotherapy
●成人におけるADHDの疫学・予後
岩坂英巳
注意欠陥多動性障害(ADHD)は小児期だけでなく,成人期にも持続しうることが知られるようになってきた。しかしわが国では,ADHDのある子どもがどのように成長していくか,あるいはADHDの疑いのある大人がどのような子どもだったのかを知りうる研究はなされていない。筆者は主に海外におけるADHDの疫学,予後に関する研究について,後方視的な研究の問題点を指摘したうえで,予後追跡研究を中心にレビューし,小児期のADHDの30〜70%は成人期にまで症状が持続し,成人期ADHDの有病率は1〜5%と推察されることを示した。さらに予後を規定するリスク因子として併存障害,攻撃性,対人関係のまずさなどがみられたが,生物学的視点を踏まえつつ,行動面だけでなく,認知面,心理面など統合的な治療を行うことで,彼らの予後を悲観的に捉えることはないことを指摘した。
Key words: adult ADHD, epidemiology, prognosis, comorbidity, risk factor
●リタリン®(methylphenidate)使用の問題点―成人ADHDの薬物療法―
佐藤喜一郎
成人の注意欠陥多動性障害(attention deficit/hyperactivity disorder:ADHDと略す)にもmethylphenidateは有効である。ADHDの成人でも,約1/3には著効で,約1/3にも有効であるが,約1/3には無効である。投与量は小児と同様であり,体重に比しては小児より少なく,日に20〜30mg(分2〜3)の投与で十分である。60mg以上服用しなければ効果がないと言う場合には,ADHDの診断そのものを再検討する必要がある。成人の場合には,小児よりも精神的依存になりやすく,漫然投与は避け,適時効果をチェックすべきである。
Methylphenidateが有効な成人の場合,仕事などに熱中しすぎて,疲労感が残ることが問題になる。小児のようにリバウンドはないが,落差は免れない。Methylphenidateが適当でない場合や薬効が足りない場合,clomipramineなどを少量(就寝前に10〜25mg/日)投与することが有効であり,methylphenidateの常用量も低減できることが多い。
重要なことは,成人でも薬効を積極的に利用できる能力や動機があることにある。成人でも小児と同様,配偶者や上司などから良い評価が得られ,本人なりに達成感をもて,薬効を積極的に利用しようとする姿勢がなければならない。これらがない症例では精神的依存になりやすい。また,methylphenidateを悪用する者がいることにも十分に留意したい。
Key words: adult ADHD, methylphenidate, problems of treatment
●潜在するアスペルガー障害等の診断をふまえたリタリン®(methylphenidate)使用について
松浦理英子
筆者は大人の女性のADHDの治療に関わっているが,診断としてはむしろアスペルガー障害のほうがよいと考えられる多数の症例を経験した。薬物療法ではリタリン®が有効な場合もあるが,抗うつ薬や抗不安薬の投与が,より有効な例も多い。対人関係の不器用さ,コミュニケーションのとりにくさ,相手の気持ちへの理解の困難さに対しては,時間をかけた面接によって,その人のソーシャルスキルと自己評価を高める作業が重要であった。
Key words: adult ADHD, Asperger disorder, methylphenidate, pharmacotherapy
●ADHDを有する学生への医療と連携した心理教育的特別支援
篠田晴男 田中康雄
大学に在籍し,適応不全から学業継続に困難をきたしたADHD成人例について,医療と連携した心理教育的特別支援の経過について報告した。抑うつ,自殺念慮を主訴とした本症例であったが,就学前からの多動-衝動性,不注意に関する発達上のエピソード,養育上の愛着障害,認知面と人格面のアセスメント結果を総合し,ADHDという視点から治療を吟味した。その結果,薬物療法により感覚世界の変容が体験され,社会生活や学習面での困難さに関する自己理解が促された。過去に対する悲嘆反応も生じたが,行動修正への肯定的取り組みを基礎とした社会生活支援と認知的な長所を活用した学習支援により,自己統制力が向上し,無事卒業に到った。大学での支援の課題である,周囲の理解促進,人的・物的援助資源の確保といった点を含めて,内省力を確保しつつ自己理解の深度化を図り,同時に学習面・社会面の包括支援を行う成人期のアプローチについて論じた。
Key words: ADHD, adult, depression, medication, special support
●成人ADHD症例の検討―ADHDと脳器質障害の視点から―
佐藤奈美 菅野智美 岡野高明 丹羽真一
今回われわれは,ほぼ同時期に入院した脳器質性障害を伴った発達障害の症例を経験した。症例1は左側頭葉の全体的低形成を合併した多動性衝動性優勢型注意欠陥多動性障害(以下ADHD),症例2は右側頭葉クモ膜嚢胞を合併した多動性衝動性優勢型ADHD,症例3は両側側頭極の低形成を合併したアスペルガー障害,症例4は左側頭葉クモ膜嚢胞を合併したアスペルガー障害である。発達障害と脳器質障害の関連については,明確な報告が乏しいのが現状である。われわれは,画像上脳器質障害を伴った成人の発達障害例に関して,ADHDとアスペルガー障害を対比させ,その精神症状と脳器質障害の関連性について若干の考察を加えて報告する。
Key words: ADHD, Asperger's disorder, arachnoid cyst, temporal pole
●私とADHD
山口政佳 (解説)田中康雄
本論は,成人になってからADHDと診断された本人による手記である。本人には,ADHDという存在を知る前からの生活状況に遡り,ADHDの存在を知ってからの近況までを綴ってもらった。
精神医学が,個々の体験世界を模索することに重きをおくのであれば,これは,ADHDとともに生きるという体験を深く知ることのできる貴重な手記である。
ADHDのある方々の逞しい生き方や成功談も,また貴重であるが,ここにあるような「日常」を生きている「途上」の人の思いも,また大切な世界であろう。
読まれてみて,「やはり」と納得されるだろうか,「そうだったのか」と驚かれるだろうか。
主治医であった私は,あらためて感心したことを告白しておく。(田中康雄)
Key words: memoir, ADHD, adulthood, self-understanding
●成人期ADHDの2症例―臨床像が異なる症例への発達的視点からのアプローチ―
岡野高明 和田明 國井泰人 工藤朝子 丹羽真一
わが国においては,注意欠陥/多動性障害(ADHD)は子ども特有の発達障害であるという理解が一般的であるが,海外においては,すでに1990年代から成人症例についての報告が多数なされており,成人の精神障害と発達障害との関連性についても理解され始めた。今回,われわれは,成人になって適応障害を起こし,初めて精神科を受診しADHDと診断とされた2症例を経験したので報告する。症例1は不注意を主訴に精神科クリニックを受診しうつ病と診断された症例である。小児期から不注意さを自覚しており,自分自身も困っていたが周囲からは問題とされず,大学を卒業し就職してから不注意による失敗と上司からの強い叱責により一過性に抑うつ的になった。症例2は,大量服薬と自傷行為,子どもに対するネグレクトや放縦な異性関係などで境界性人格障害と診断された症例である。いずれの症例も,詳細な生育歴聴取と診断面接,小学校の成績表の記載,各種検査結果からADHDと診断された。これら2つの症例は,臨床像は大きく異なっていたが,発達障害概念の導入により患者理解が容易になり,適切な治療が可能となった。
Key words: ADHD, adult, personality disorder, depression, borderline
■研究報告
●未治療統合失調症患者に対するrisperidoneを主剤とした薬物治療
賀古勇輝 栗田紹子 櫻井高太郎 山中啓義 山田淳 嶋中昭二 浅野裕
平成10年1月から平成13年12月までに当科を初診し,1年間経過観察された未治療統合失調症患者43名の中で,非定型抗精神病薬risperidoneを主剤とした群(18名)と定型抗精神病薬を主剤とした群(18名)について,患者背景,抗精神病薬の用量,併用した抗パーキンソン病薬の用量,治療コンプライアンス,1年転帰などを比較した。主剤は定型抗精神病薬からrisperidoneに移行しつつあり,少ない薬剤数で比較的低用量で治療が行われていた。Risperidoneを主剤とする群では併用する抗パーキンソン病薬の用量が有意に少なく,1年転帰も定型抗精神病薬と同等以上の成績を示し,未治療患者の治療に十分使用することができるものと思われた。
Key words: schizophrenia, drug-naive, first episode, risperidone, typical antipsychotics
●園芸療法が精神疾患患者に与える心理的および生理的効果の検討
堀江昌美 岩満優美 北村径子 平等公子 木山結子 西井美恵 山田尚登 大川匡子
本研究の目的は,園芸療法が精神疾患患者に与える心理的および生理的効果について検討することである。精神疾患患者に対し,一般感情尺度から“気分の変化”を,交感神経・副交感神経活動の変動から“ストレスの程度”を計測し,“園芸療法実施日とその他の集団療法実施日”と“集団療法実施前後”の変化を検討した。その結果,以下の知見を得た。@園芸療法は精神疾患患者にとって,植物が育つ過程を皆と楽しみながら共有できる内容であった。A園芸療法の参加により,否定的感情が減少し,肯定的感情や安静状態が増加するといった心理的効果と,交感神経系の働きが低下し,副交感神経系の働きが増加するといった生理的効果が認められた。以上より,園芸療法は,満足感や達成感を与え,人々に活気をもたらすと同時に,緊張を緩和させ,ストレスを軽減させるといった,心理・生理的にプラスの効果があることが示唆された。
Key words: horticultural therapy, stress, psychological and physiological effects, patients with psychiatric disorders, group therapy
■臨床経験
●ベンゾジアゼピン系薬剤による奇異反応を呈したアルコール依存症の2症例
倉田明子 藤川徳美 大森信忠
われわれは,アルコール依存症の離脱症候群の予防のためベンゾジアゼピン系薬剤(以下BZ系薬剤と略す)を投与したところ,焦燥,気分易変性,攻撃性,興奮を認めた2症例を経験した。いずれもBZ系薬剤の中止により改善し,奇異反応を呈していたと考えられたが,アルコール離脱症候群の出現との鑑別が困難であった。奇異反応は薬剤に期待されるものと反対の反応で,不安,焦燥,気分易変性,攻撃性,興奮などを呈するが,その症状には本来BZ系薬剤の標的症状となるものが含まれており,薬剤投与と症状を経時的に観察する必要があると考えられた。
アルコール依存症患者が断酒した際の飲酒欲求との葛藤や,アルコール飲酒による脳萎縮などの脳の脆弱性は奇異反応のリスクファクターであり,アルコール依存症患者にBZ系薬剤を用いる場合には奇異反応の可能性を考える必要がある。
Key words: benzodiazepines, paradoxical reaction, alcoholism