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■特集 内分泌攪乱物質と脳機能

●脳の性分化の生理機序 内分泌攪乱物質の影響を考える
佐久間康夫
 脳では遺伝情報により過剰な神経細胞が発生し,発育の過程で選択的に死滅して思春期以降成人型の脳が完成する。ラットやマウスでは脳の性分化が生後5日間のうちにエストロゲン受容体α(ERα)を介して起こる。雄では精巣の産生するテストステロンが脳内でアロマターゼと呼ばれる酵素の作用でエストラジオールとなり,ERαを介して雄型の脳を作る。雌では母体や卵巣などのエストロゲンがこの時期に肝臓が合成するαフェトタンパク質に結合され脳に入らず,ホルモンの影響なしに脳が成立する。「アロマターゼ仮説」と呼ばれるこの過程が齧歯類以外に通用するかについては議論の余地があり,脳の機能の一部はアンドロゲンにより雄型化する可能性もある。ただし,ERαアゴニストである内分泌攪乱化学物質がサルやヒトの脳の雄型化を起こす経験から,女性ホルモンにより脳が雄型化されるという一見奇異な現象が種を超えて動作し得ることは疑いない。
key words: estrogen, sexual dimorphism, behavior, preoptic area, GnRH

●内分泌攪乱物質の中枢作用 Progesterone受容体発現に及ぼすbisphenol Aの影響を指標として
貴邑冨久子 舩橋利也
 内分泌攪乱物質の中枢作用に関する研究は遅れている。そこで,progesterone受容体(PR)を指標として,bisphenol A(BPA)の中枢作用を検討した。卵巣摘除成熟雌性ラットにBPAを投与すると,視索前野や視床下部腹内側核のPR mRNA発現量およびPR免疫陽性細胞数が増加した。大脳新皮質においても,前頭葉新皮質(運動野)のPR mRNA発現量はBPA投与により増加した。このようなBPAの作用は,大脳新皮質を通じて一様ではなく,部位により異なっていた。後頭葉新皮質(視覚野)や頭頂葉新皮質(感覚野)のPR mRNA発現はBPA投与の影響を受けなかったが,側頭葉新皮質(聴覚野)のPR mRNA発現量は,BPA投与により減少した。以上の結果は,BPAはPRシステムに作用することにより前頭葉新皮質の活動に影響を与える可能性を示唆している。したがって,内分泌攪乱物質が,本能・情動行動や,認知,学習・記憶,適応行動などの高次神経機能に影響を及ぼす可能性が危惧される。
key words: progesterone receptors, bisphenol A, frontal cortex, hypothalamus, rats

●Bisphenol-Aの慢性曝露による神経行動毒性発現と曝露時期の関連性
水尾圭祐 成田年 鈴木勉
 最近,内分泌かく乱化学物質は,初期に報告された「生殖器異常」といった生殖器系への影響だけではなく,中枢神経系にも影響を与える可能性が示唆されている。Bisphenol-Aを胎児期および授乳期に慢性曝露したマウスは,異常行動ならびに不安神経障害の惹起,さらには依存性薬物による精神依存の増強を引き起こす。また,このようなbisphenol-Aの影響は主に脳の発達過程において重要な期間である器官形成期および神経系の発達に重要な期間である周産期ならびに授乳期の曝露において特に顕著に認められる。今後はbisphenol-Aの慢性曝露による中枢神経系への影響が,どのような機序を介して生じるかということを明らかにすることで,内分泌かく乱化学物質問題に対する新たな解決の糸口が見い出せるものと考えられる。
key words: bisphenol-A, dopamine, serotonin, receptor, exposure period

●トリブチルスズとビスフェノールAの脳と行動の性分化への影響
粟生修司 藤本哲也 久保和彦 大村実 荒井興夫
 胎生期のテストステロン曝露で脳の雄化が起こり,感覚運動機能,情動反応性,学習行動などに性差が生じる。代表的な内分泌攪乱物質であるビスフェノールA(BPA)や塩化トリブチルスズ(TBTCl)を妊娠中から授乳中にかけて母ラットに投与し,仔ラットの性分化に及ぼす影響を調べると,生殖機能に影響をほとんど及ぼさない濃度でもオープンフィールド試験における活動性と探索行動の性差を消失させる。また受動的回避学習試験および迷路学習試験でも,行動の性差を消失あるいは減弱させる。BPA処置群の視索前野性的2型核(雄>雌)および青班核(雄<雌)の体積を調べると,視索前野は影響を受けないが,青班核の性差が逆転する。青斑核はノルアドレナリンニューロンが90%以上を占め,中枢神経全域に線維を投射して種々の中枢作用を調節している。内分泌攪乱物質は発達期のモノアミン系を介して,行動調節系に広範な影響を及ぼしている可能性がある。
key words: bisphenol A, tributyltin, sexual differentiation, locus coeruleus, open field test

●内分泌攪乱物質のカテコールアミン動態への影響
柳原延章 豊平由美子 上野晋 筒井正人
 内分泌攪乱物質は,その女性ホルモン様作用から多くの場合,生殖器系や内分泌系器官への作用あるいは発癌作用等が検討されてきた。ところが,最近ではこの攪乱物質による脳機能への影響が懸念され始めている。本稿では中枢神経伝達物質の1つであるノルアドレナリン(NA)の貯蔵や再取り込みに対する内分泌攪乱物質の影響について概説する。実験材料としては,中枢NA神経モデルとして広く利用されている培養ウシ副腎髄質細胞を,また内分泌攪乱物質としてbisphenol A及びp-nonylphenolを使用した。Bisphenol Aやp-nonylphenolは高濃度(≧1μM)において,副腎髄質細胞のNAトランスポーター活性を抑制した。一方,低濃度(≧0.1nM)のp-nonylphenolはカテコールアミン生合成を促進し,その律速酵素のチロシン水酸化酵素を活性化させた。このp-nonylphenolの濃度は,日本の河川や近海においても検出される濃度であり,世界の安全基準値よりも低い値であった。これらの結果から,内分泌攪乱物質は中枢神経伝達物質であるNAの貯蔵や再取り込みを変動させる可能性が示唆された。
key words: adrenal medulla, catecholamine synthesis, endocrine-disrupting chemicals, noradrenaline transporter, tyrosine hydroxylase


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