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■特集 統合失調症の症状を日常臨床で見逃さないために
●要素現象による統合失調症の診断
松本卓也  加藤 敏
 DSMに代表される操作的診断基準は,いくつかの症状や特徴の有無によって特定の疾患であるかどうかを決めることができるとする素朴な方法に基づいている。しかし,臨床においては,幻覚や妄想といった症状の有無ではなく,そこで生じている心的体験が統合失調症としての性質をもっているかどうかを吟味することが必要となることがある。本稿では,K. Jaspersが統合失調症の診断に際して注目していた「要素的症状」「要素現象」について概説した。診断面接では,了解的に患者の語りを聞きとり,そのなかで了解が及ばない体験の存在が浮かび上がってくるとき,そこで微に入り細を穿つようにその体験の質を吟味し,要素的な性質をもつかどうかを吟味することが必要であることを指摘した。
Key words:schizophrenia, diagnosis, elementary phenomena, Karl Jaspers

●統合失調症性の不安―差異と反復という視点から―
森島章仁
 昨今,強い不安のみが前景を占める統合失調症が増加している。診断は慎重になされねばならないが,神経症性の不安と比べ,質的に異なった不安を見逃さない感度が,治療者には要請される。こうした統合失調症に特異的な不安について,「差異と反復」という視点から論じ,通常の生との相違を示した。統合失調症の世界では,病者は差異のみが吹き荒れる嵐に投げ出され,底なしの不安に襲われる。差異化の事態は,空間,時間,身体にまで及び,病者をとりまく世界全体が変貌する。この不安は,量的に測れるものではなく,共同世界との親密感を失った妄想気分や世界変容感などの無気味体験を伴いやすい。幻覚や妄想への症状分化は,汎化した不安の圧力強度を,反復の方向へと減ずる防衛となる。統合失調症性の不安は,「反復なき差異」に由来するため,無限で形がなく,言語を越えて,どこにも着地点を見出せない未了性という性格を帯びる。
Key words:anxiety, schizophrenia, difference and repetition, intensity, delusional mood

●統合失調症に特異的な妄想,被注察感
鈴木國文
 統合失調症に特異的な妄想について,(1)妄想という「答え」の「問い」に対する先行性,(2)妄想と現実の二重性,(3)「問い」の核の不在,(4)妄想的他者の超越性,(5)体験の先行性という五つの視点から論じた。また,妄想に関する以上の議論を踏まえて,統合失調症の「被注察感」に特異的な特徴を記述した。その上で,こうした議論が,今日における統合失調症の臨床においていかなる意義をもつかを,予後予測という視点と臨床的姿勢という視点から論じた。
Key words:schizophrenia, delusion, sense of being stared at, specificity

●統合失調症に特異的な心気症状
小林聡幸
 20世紀初頭,心気症は統合失調症と強く結びつけて考えられていたが,20世紀中葉から次第に神経症圏の病態という見方が強まった。かつて心気症に含まれ,現在では非神経症症状としてそこから排除されているものを体感症状と命名し直せば,この問題圏は心気一体感症状とまとめられ,これは今日でも統合失調症に稀ならずみられるものである。そしてそれは非特異的な身体的愁訴から神経症レベルの心気症状,そして体感幻覚へと広がり,さらにその先に身体の作為体験を配置する向きもある。心気症状がみられた場合,それが異質性を帯びているほど統合失調症が疑われるが,同質性の症状の背景に異質性が隠れていることもある。人間において精神の働きのひとつが身体の容器となって身体を包み込み,まとまったものにするという見方をとると,その障害として統合失調症の心気症状を理解することができる。
Key words:schizophrenia, hypochondria, coenesthopathy, somatic symptoms

●統合失調症に特異的な緊張病症状(昏迷を含む)
杉林 稔  増元康紀  濱田伸哉  桑代智子
 まずは1人のコメディカルと2人の精神科医との間で交わされたEメールの内容を紹介することにより,緊張病症状にまつわるいくつかのテーマを概観したうえで,緊張病状態についての記述を試みた。緊張とは,今にもなにか大変な事態が起るような予感に襲われてまんじりともせず必死に身構えている状態である。不安や恐怖との違いはこの「身構え」の有無による。緊張はいずれ緩和され弛緩が訪れる。しかし緊張病状態に入ると緩和や弛緩は消失する。言葉を発しても切れ切れとなり瞬間的に表情が変わる。動きは小さくても,どれもが唐突で突発的であり,患者の内界に流れる時間は瞬間瞬間の不自然なツギハギになり,興奮と昏迷との間の綱引きのような状態となる。本稿ではこのような状態を「緊張病の平衡状態」と仮に名づけ,比喩をまじえてわかりやすく記述し,それをもって統合失調症に特徴的(特異的)な緊張病状態とし,それがない場合との比較を行った。
Key words:tension, balanced state of catatonia, time experience, stand ready for a fight, instant catatonia

●統合失調症に特異的な気分変動
岡 一太郎
 統合失調症の前駆症としての抑うつ状態はその非特異性がつとに知られているが,今回,難治性の単極性うつ病として治療されていた非内省型寡症状性統合失調症の一例を呈示し,表面上は非特異的であるその抑うつ状態の統合失調症性を考察した。診断に際して診察場面で治療者にもたらされる身体感覚が統合失調症を疑う端緒となったことから,身体性に裏打ちされた臨床的直観について論じるとともに,こうした直観診断の限界と可能性に言及した。そして昨今の早期介入研究の死角にあるものとして,また軽症化した統合失調症の一つの原型として,潜行性に経過する呈示症例のような臨床類型への注目を促し,症候学にしか依拠しない診断ではその疑診にすら辿り着けない場合もあり得るため日常臨床において直観診断が必要とされることを指摘した。
Key words:schizophrenia, prodrome, diagnosis, intuition, symptomatology

●統合失調症に特異な対人恐怖(社交不安)
野間俊一
 統合失調症では,しばしば対人恐怖や社交不安を伴うことが知られている。疾患としての対人恐怖では,自己の視線や体臭などが他人に不快感を与えると考える加害妄想が中核症状であり,社交不安障害では,社会的状況において恥ずかしい思いをするような行動をとることを恐れる羞恥心が中核症状である。それに対して,統合失調症に対人恐怖や社交不安が合併するときには,一方では統合失調症の陽性症状としての被害妄想から社会的場面に恐怖を感じることがあり,他方では統合失調症の基本障害としての「自然な自明性の喪失」のために社会的場面で強い違和感を抱くことがある。あとは,統合失調症が長期化した結果,自閉的になって社会的場面を忌避する場合である。思春期に対人恐怖や社交不安が生じたとき,そこに被害的要素や自然な自明性の喪失の要素を見て取るならば,将来統合失調症の顕在発症に至るリスクが高いと判断すべきかもしれない。
Key words:taijin-kyofu, social anxiety, schizophrenia, prodromal symptom, loss of natural self-evidence

●統合失調症に特異的な強迫症状
前田貴記
 強迫症状は,統合失調症の前駆状態の最早期に見られる症状である。いわゆる,強迫性障害の強迫症状とは質的に異なり,統合失調症プロツェスの進行に対する防御・代償機構による二次的症状である可能性が高い。統合失調症が疑われるケースにおいて強迫症状を正確に捉えることは,精神機能の統制の破綻の少ない,より早期の状態であることの指標となり,早期診断,および治療方略を考える上での論拠となるため,臨床的意義はきわめて大きい。強迫症状を,安易かつ不用意に取り去るべきという治療論は,かえって顕在発症に至らしめる可能性もあり,あらためて早期介入においては,慎重な治療論が必要であると述べた。
Key words:Zwang, Gedankendrangen, autochtones Denken, Meinhaftigkeit, Entfremdungserlebnis

●統合失調症に特異的な解離(転換)症状
深尾憲二朗
 近年,解離(転換)症状のみをもつ精神疾患としての解離性障害が注目されるようになるとともに,統合失調症患者においても,統合失調症そのものによる精神症状と併存する解離(転換)症状とを区別する必要が再認識されている。本稿では,統合失調症患者における解離(転換)症状の特徴を,転換症状,昏迷,人格交代の三つの局面から論じた。統合失調症における転換症状は,その身体運動と同じようにぎこちないため,外見からは幻覚妄想症状と区別がつきにくい。統合失調症における昏迷は,必ずしも緊張病性昏迷であるとは限らず,解離性昏迷である場合もあり,どちらであるかによって治療方針が変わってくる。統合失調症における人格交代としてよく見られるものに憑依妄想があるが,そのメカニズムは解離性同一性障害とは異なっている。統合失調症においても心因性症状としての解離(転換)症状が起こりうることに,常に注意して診療すべきである。
Key words:schizophrenia, dissociation, conversion, symptomatology

●統合失調症に特異的な食行動異常
齋藤慎之介  加藤 敏
 統合失調症では,前駆期や病初期,幻覚・妄想の著しい急性期,精神病後抑うつ期,慢性期のいずれの時期においても拒食・過食などの食行動異常を伴いうる。特に前駆期や病初期に食行動異常が出現した場合,摂食障害との鑑別が問題となる。食行動異常の背景に存在する統合失調症性の病理を示唆する所見として,1)やせ願望,肥満恐怖,ボディイメージの障害,過活動などの摂食障害の中核症状(DSM-Ⅳ)の不明確さ,2)ささいな刺激や環境の変化でも不安感が出現しやすく情動不安定性がみられる傾向,3)病前の分裂気質・分裂病質(Kretschmer),4)食行動異常の背景の幻覚・妄想,5)食行動異常自体やそれにまつわる訴えが表面的で深みがないなどの情意障害,食行動に関する自然な感覚の喪失(自然な自明性の喪失),およびプレコックス感などの自然な対人接触の障害といった非産出性の症状を指摘した。これらの所見に注目することが鑑別に有用であることを示唆した。
Key words:schizophrenia, eating disorders, prodromal schizophrenia, orthorexia nervosa, Ellen West

●統合失調症における自殺の特異性
針間博彦  林 直樹
 統合失調症における自殺の特徴を前駆期,急性期,精神病後抑うつ,慢性期(残遺期)/破瓜型・単純型という病期・病型ごとに論じた。統合失調症の自殺の動機は病期や病型によってさまざまであり,その予測は必ずしも容易ではない。自殺のリスク要因のうち統合失調症に特異的なものは,統合失調症性疎外体験と社会的孤立状況の相乗による絶望とまとめられよう。精神病前の時期においては統合失調症の疑いを持って治療にあたること,精神病期においては精神病症状に対する十分な治療を行うこと,そして精神病後の時期においては病的体験の世界から現実の日常生活への移行を継続的に支援することが肝要である。
Key words:schizophrenia, suicide, postpsychotic depression, schizophrenic alienation, social isolation

●統合失調症に特異的な性転換願望
古橋忠晃
 性転換願望は,大抵の場合,性転換症(性同一性障害)で生じるが,統合失調症においても生じることがある。統合失調症の患者に特異的な性転換願望とは,彼らの「私は女である」という言明が,「身体」のレベルを参照した言明をなすものであり,さらに,この言明を述べている「私」が,超越論的次元の組み替えへと方向づけられているということになる。一方,性同一性障害の患者には,「私は女である」という自己言及的な心的構造が基盤にあり,この心的構造を背景にして成立した「心の性」が「体の性」と合致しなくなる,というのが基本的な事態である。この二つの事態の差異は,精神病理学的な意味を持っているだけではなく,治療者が彼らの性転換願望に対してどのような態度で望めばよいのかということにも深く関わっていると思われる。
Key words:schizophrenia, sex change desire, transcendental dimension, Schreber, gender identity disorder

●統合失調症における「陽性転移」
新宮一成
 陽性転移という言葉は,緩やかな意味では,治療に対する肯定的態度を指して言われる。統合失調症の場合は,しばしば,患者の中に「精神医学という社会的な枠組みへの素朴な信頼」が見受けられ,これは政治的な文脈で用いられるのとは違った意味での「義・忠・孝」に似た倫理的な態度である。この信頼をもって,緩やかな意味での,統合失調症における陽性転移としてよいであろう。一方,統合失調症の患者において精神分析で言う「転移」に近い現象が起こる場合には,それは「陽性」か「陰性」かという区別が無意味になるほどに,その両方の要素が反転し合いながら同時併存する激越な関係となる。それは,しばしば本来の陽性転移が作られようとするまさにその時点で妄想的な形を取って起こる。ここにはこの病に特有の両価性が深く関与しているが,この状態においても,患者に備わる「社会的な枠組みへの素朴な信頼」を再発見することが重要になるだろう。
Key words:positive transference, psychotherapy, therapeutic ethics, schizophrenia, delusion

■研究報告
●ひきこもり支援活動の有効性に関する一考察―A市のひきこもり支援活動の後方視的調査をもとに―
目良宣子  山本 朗  宮西照夫  小野善郎
 近年わが国では,ひきこもりへの社会的関心が集まり,精神保健福祉からの支援が拡がりつつあるが,行われた支援の有効性については十分に調査されていない。本研究では和歌山県A市が2001年から実施しているひきこもり地域相談支援サービスを利用したひきこもり者の転帰を調査し,支援の有効性について検討した。A市のひきこもり相談支援を3ヵ月以上利用した57名を対象に,年齢,性別,ひきこもり期間,支援期間,利用した支援サービス,支援前後のコミュニケーション状態,ひきこもり状態,社会活動状態を後方視的に調査した。その結果,年齢が若いこと,ひきこもり期間の短さと支援期間の長さ,本人相談や青年自助会などの支援サービスが,コミュニケーション状態やひきこもり状態の改善と関連していた。これらの結果から,早期支援,支援の継続,多様な支援サービスを整備することが,ひきこもり支援活動の有効性に関連する可能性が示唆された。
Key words:hikikomori, community-based mental health services, outcome

●持効性注射剤の地域精神医療における役割
澤 温  天正雅美  寺脇 聡
 デイケアや訪問看護などの非薬物的サポートを受けず,RLAI(risperidone long acting injection)による治療を1年以上受けている統合失調症患者31人について,RLAI導入前後の入院回数,入院日数を比較した。RLAI導入後の平均入院回数(SD)は0.4回(0.6回)で,導入前の0.8回(0.9回)に比べて有意に少なく,RLAI導入後の平均入院日数(SD)は26.2日(65.9日)で,導入前の51.2日(81.7日)に比べて有意に少なかった。RLAI導入前後における抗精神病薬総投与量のchlorpromazine(CP)換算値を比較したところ,導入後の平均総投与量(SD)は531.4mg/日(518.1mg/日)で,導入前の728.6mg/日(770.2mg/日)に比べて低い傾向はあったが有意差は得られなかった。服薬中断による再入院が多いことから,持効性注射剤が患者に受け入れられる限り地域精神医療の有用なツールとなりうると考える。
Key words:community psychiatric care, long acting injection, risperidone, readmission, recurrence

■臨床経験
●症例から考えるclozapineによる好中球減少―致命的か否か―
服部 麻子  上田昇太郎  鳥塚通弘  井上 眞  紙野晃人  岸本年史
 治療抵抗性統合失調症にclozapineは高い有効性を示すが,重篤な副作用として無顆粒球症,好中球減少症がある。今回clozapineの投与後に精神症状の改善を認めたが,好中球減少を呈した2症例を経験した。1例は経過観察のみで回復したが,もう1例は無顆粒球症に至り投与を中止した。これまでの研究から,clozapine誘発性好中球減少症は一過性のものと無顆粒球症に進展する重篤なものの2群に分かれる可能性が示唆され,ベースラインの白血球数,薬剤誘発性好中球減少症の既往などが鑑別に有用とされる。症例を振り返ると,後者はquetiapine使用時にも好中球減少を呈した既往があり,無顆粒球症に進展するリスクがあった。このような症例にはlithiumの併用も選択肢の一つであった。現状で治療抵抗性統合失調症に対して有効な抗精神病薬は他に存在しないため,無顆粒球症への進展を予防し投与を継続する方法の研究が望まれる。
Key words:clozapine, schizophrenia, neutropenia, agranulocytosis


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