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■特集 せん妄の診断と治療の現在 Ⅰ
●せん妄の症状と精神病理
深尾憲二朗
 せん妄について,まず現代的な操作的概念を紹介した後,そこから捨象されている主観的側面についての精神病理学的記述を例示し,また関連する諸概念について説明した。次に,せん妄以外の意識障害に関する4つの概念,もうろう状態,酩酊,夢幻状態,アメンチアについて,せん妄との関係から解説した。さらに,せん妄のメカニズムについての精神病理学的接近の試みとして,せん妄に伴って律動的運動が出現する3症例を挙げ,それらを分析することによって,リズミカルな発声・運動と意識障害の関係について考察し,そこから音楽の起源についての示唆を得た。
Key words:delirium, confusional state, drunkenness, occupational delirium, rhythmic movement

●せん妄の原因,診断,治療の原則
八田耕太郎
 20世紀前半の意識障害の一型である意識変容に包含されていたせん妄は,「全般的な認知機能が一過性に障害される意識障害で,総合病院入院患者の20%が経験する」といった1980年のLipowskiの研究以降に概念が拡大し,症候群としてICD,DSMで1項目を占めるようになった。せん妄は頻発する精神症状・病態であり,身体疾患の疾病状況を増悪させ,このために医療費を上昇させて社会資源への負担を増大させる。それにもかかわらず適応薬剤がないという,精神医学のみならず医学全般の立ち遅れた課題である。本稿ではその原因・機序・予測,診断,予防と治療について概説する。
Key words:delirium, etiology, DSM-5, antipsychotic

●せん妄の病態生理はどこまでわかったか
阿竹 聖和  吉村 玲児  中村 純
 せん妄の病因や病態生理について概説した。せん妄出現の重要なメカニズムとしては,神経伝達物質の異常がよく知られているが,他にも様々な生理反応がせん妄の発症に関与していることがわかってきている。すなわち,重篤な疾病や外傷などの身体的ストレスのために免疫系が活性化され,全身性炎症に対する反応として種々のサイトカインの不均衡やコリン作動性と免疫系との間の機能不全が起こる。この一連の反応が,せん妄の責任領域と考えられている大脳皮質や網様体賦活系に障害を起こすことで,せん妄が惹起されると推定されている。せん妄の諸症状は,その大部分が一過性,可逆性であるが,その後の身体的,社会的,経済的な影響は決して軽視できないため,予防的観点も含めた早期介入が必要とされる。
Key words:delirium, pathophysiolosy, neuroinflammation, neurotransmitters, cytokines

●せん妄の原因となる身体疾患の新しい知見
西村 勝治
 せん妄の原因にはさまざまな疾患・病態が含まれるが,このうち比較的最近になって報告されたもの,古くから報告はあっても近年,病態等が明らかにされつつあるものもある。前者の代表は自己免疫性脳炎・脳症であり,傍腫瘍性脳脊髄炎・辺縁系脳炎,抗NMDA受容体抗体脳炎,橋本脳症などが挙げられる。その他,JCポリオーマウイルスによって発症する脱髄性疾患である進行性多巣性白質脳症,種々の基礎疾患や薬剤によって生じる可逆性後部白質脳症症候群,悪性腫瘍に伴う血液凝固亢進によって脳卒中が生じるトルーソー症候群などは知っておく必要がある。後者としては全身性エリテマトーデス,肺炎などの全身性感染症に伴うせん妄などが挙げられる。本稿ではこれらについて概説する。
Key words:paraneoplastic neurological syndrome, anti-NMDAR encephalitis, Hashimoto’s encephalopathy, progressive multifocal leukoencephalopathy, posterior reversible encephalopathy syndrome

●薬剤性せん妄
水上 勝義
 せん妄の原因の2〜3割は薬剤性と考えられる。とくに抗コリン作用を有する薬剤や日中の覚醒度を下げる薬剤はせん妄をきたしやすい。本稿では,ベンゾジアゼピン系薬剤,抗パーキンソン薬,ヒスタミンH1受容体阻害薬,H2受容体阻害薬,鎮痛・麻酔薬,循環器用薬,抗菌剤などについて述べた。また患者側の要因として高齢者,認知症疾患など脳器質的障害がある場合,腎機能や肝機能障害のため薬剤の代謝や排泄の低下がある場合,悪性腫瘍など身体的な衰弱をきたすような状態においてせん妄をきたしやすい。このような患者に対しては,せん妄をきたしやすい薬剤の使用を控えることや使用薬剤数をできる限り減らすことが必要である。またせん妄出現時には常に薬剤性せん妄の可能性を念頭に置き,原因と考えられる薬剤を検討し,もし原因薬剤を見出したならば速やかに中止するなどの対応が求められる。
Key words:drug-induced delirium, adverse effects, elderly

●せん妄を見逃さないための注意点
井上真一郎  矢野 智宣  小田 幸治  川田 清宏  岡部 伸幸  内富 庸介
 せん妄は一般病棟の入院患者に高頻度にみられる疾患であるにもかかわらず,臨床現場では見逃しや誤診が多いことが従来から指摘されてきた。それらによるデメリットは多岐にわたり,患者および家族の苦痛につながるだけでなく,入院の長期化や医療コストの増大,医療者の疲弊などを招くため,適切な評価や介入が重要課題といえる。本稿では,身体科医がせん妄の見立てを誤りやすい理由や,特に誤診されやすいうつ病や認知症との鑑別について概説する。また,医師および看護師が行うべきせん妄対策について触れる。最後に,精神科コンサルテーション・リエゾンにおける,せん妄に関する精神科医の役割についても述べたい。
Key words:delirium, referral patterns, misdiagnosis, depression, dementia

●低活動型せん妄とうつ病の鑑別
岡島 美朗
 低活動型せん妄は臨床の場で見逃されやすく,また横断面の類似からうつ病との鑑別が問題となる。本論では,せん妄の症状論を吟味したうえで,両者の鑑別,治療について考察した。せん妄の症状論においては,気分の不安定性の優位や下位分類といった横断面の病像に加えて,縦断経過の中で生じる気分症状を考慮する必要があり,通過症候群の構想を参照して検討した。それをふまえて範例的な2症例を提示した。低活動型せん妄をうつ病と鑑別するポイントとしては,せん妄の診断には急性発症と時間〜日単位の臨床経過,失見当識に加えて注意の障害が,うつ病の診断には活動性低下にとどまらない抑うつ気分,悲哀感,罪責感などの存在が重要であるが,両者の重畳,移行があることにも十分な注意が必要である。薬物療法としては抗精神病薬の投与が標準的であるが,個々の症例ごとに検討する必要があると考えられた。
Key words:hypoactive delirium, depression, differential diagnosis, longitudinal process, “Durchgangs-Syndrom”

●せん妄と睡眠時随伴症
鈴木 貴浩  金野 倫子  内山 真
 せん妄と睡眠時随伴症はともに夜間に起こることが多い。直接観察する前にある程度見当をつける必要に迫られることも多い。そのためにはせん妄,睡眠時随伴症,それぞれの疾患としての特徴を把握したうえで,的確に診療を進める必要がある。本稿ではせん妄と睡眠時随伴症の鑑別を述べ,睡眠時随伴症として覚醒障害(睡眠時遊行症,錯乱性覚醒,夜驚症),レム睡眠行動障害,悪夢障害,睡眠関連食行動障害を挙げ,それぞれの概要を解説する。
Key words:delirium, parasomnia, arousal disorder, REM sleep behavior disorder, night mare, sleep related eating disorder

●せん妄が身体疾患の経過と予後に与える影響
臼杵 理人  西 大輔
 せん妄の発症が身体疾患の予後不良に関連しているとするエビデンスが近年蓄積されつつある。ICUにおけるせん妄の発症は,死亡率,ICU在室日数,入院日数,人工呼吸器装着期間,認知機能障害など,多くの重要な予後を予測することがわかっている。それ故,せん妄の予防および適切なモニタリングは,患者の身体状態を管理していく上でもきわめて重要な課題であると言える。本稿ではAmerican College of Critical Care Medicine(ACCM)による,ICU成人患者における疼痛・興奮・せん妄対応の実践臨床ガイドラインを下敷きとして,せん妄が身体疾患の経過と予後に与える影響を概観する。また,せん妄の予防と加療におけるエビデンスを振り返り,その可能性と妥当性を検証する。
Key words:delirium, ICU, critical care, mortality, outcome

●せん妄の向精神薬による対症療法と処方計画
明智 龍男
 せん妄は,コンサルテーション・リエゾン精神医療において,他科から最も頻繁に依頼される精神疾患の一つである。せん妄は身体疾患や薬剤などの直接的な影響により起こるものであるため,治療の原則は原因の同定と除去にある。しかし原因の同定が困難であったり,重篤あるいは終末期の身体疾患等のために背景に存在する原因への直接的な対応が困難であることも稀ではないことに加え,症状の激しさのために緊急の対応が求められることも少なくない。そのため,実際にはせん妄に対する対症療法として薬物療法の位置づけは重要である。加えて,近年,術後せん妄予防としての薬物療法に関しての知見も蓄積されつつある。本稿では一般的なせん妄の薬物療法から特殊な状況下での薬物療法まで,向精神薬によるせん妄治療および予防について概説した。
Key words:treatment, delirium, psychotropics

●せん妄の非薬物療法的アプローチ
竹内 崇
 せん妄の非薬物療法的アプローチは,予防的介入と治療的介入に分けられる。これらに関する報告は徐々に増えているものの,現時点において十分なエビデンスが確立したとは言い難い状況である。ただし,せん妄の原因が多因子であることから,予防的介入,治療的介入ともに多面的かつ包括的アプローチの重要性が指摘されている。すなわち,せん妄の原因になりうる要因の評価,見当識を確保するための働きかけ,睡眠の確保,十分な補液,スタッフ教育などが挙げられ,これらが複数の専門職種によるチームによって実施されることが推奨されている。今後はさらに,より良くデザインされた研究が期待される。
Key words:delirium, non-pharmacological approach, prevention, treatment, multicomponent intervention

●せん妄と電気けいれん療法
金野 倫子
 電気けいれん療法(electroconvulsive therapy : ECT)は頭皮上電極から通電を行って脳内にけいれん発作発射を起こさせ,精神症状の改善を図る治療であり,その速効性や効果の確実性から現在でも精神科治療における重要な治療法のひとつである。脳内にけいれん発作発射が惹起されることが作用の中心であるところまでは明らかになっている。ECTの適応はうつ病や統合失調症から神経変性疾患に至るまで広範囲であり,本態となる作用機序は未だ不明であるが,おそらく疾患横断的な性格を持つ作用であろうと予想されている。一方,せん妄はその概念が拡大する中,ECTとの関係は副作用としてのせん妄,治療対象としてのせん妄など複雑である。また緊張病症状群との関係という問題もある。今回せん妄とECTの関わりを概観した。①ECT後のせん妄,②ECTのせん妄に対する奏効例,③ECT適応例の中でのせん妄の位置づけに分けて整理した。①ECT後の意識障害の軽減に対する工夫が今後もさらに追及されるべき課題であること,②せん妄に対するECTの適応について明確なコンセンサスが必要なこと,③いわゆる機能性精神病の極期とせん妄の近接性,などが示唆された。
Key words:electroconvulsive therapy, delirium, disorientation, postictal delirium, catatonia

■研究報告
●うつ病勤労者の復職成功者と復職失敗者の差異の検討
堀 輝  香月あすか  守田 義平  吉村 玲児  中村 純
 今回,休職中のうつ病勤労者を対象に,復職成功群(15例)と復職失敗群(19例)の2群に分け,復職時における精神症状,社会適応度,認知機能などの差異を前方視的に検討した。復職後6ヵ月以内に半数以上のうつ病勤労者は復職に失敗し,早期の脱落が多かった。また,復職時には両群の精神症状や社会適応度,認知機能に差異は認められなかった。復職成功群の方が,復職時においては,家族関係について有意に良好であると評価していた。勤労者のうつ病治療においては,精神症状の改善のみならず対人関係などにも視点を向ける必要があるかもしれない。
Key words:depression, working people, return to work

■臨床経験
●脳波異常を伴いてんかんとの鑑別が困難であった機能性嘔吐の一例
高橋 卓巳  新井 哲明  高橋 樹里  石田 祥子  鈴木 浩明  市川 忠彦  朝田 隆
 症例は33歳女性。14歳時に1型糖尿病と診断され,血糖コントロールは不良であった。23歳頃より,嘔気・嘔吐が出現し,31歳時の結婚を機に増悪した。嘔気・嘔吐のため,食事摂取,インスリン注射の実施は不規則で,糖尿病シックデイ・ケトアシドーシス等で内科への入退院を繰り返していた。33歳時,嘔気・嘔吐の精査・治療目的にて,精神神経科に転入院となった。脳波検査で棘徐波群発が認められ,自律神経発作との鑑別が問題となった。義父母との同居,夫への不満,糖尿病の受け入れ等の複数の葛藤に対する心理的介入およびamitriptylineによる薬物療法が有効であり,症状消失後も脳波所見に変化がなかったことから機能性嘔吐と考えられた。機能性嘔吐の治療が糖尿病の治療・症状改善にもつながり,精神科コンサルテーションリエゾンが有用な症例であった。
Key words:functional vomiting, tricyclic antidepressants, autonomic seizure, consultation

●著明なやせにもかかわらず病態否認が強く治療に難渋した摂食障害の一例
渡部 衣美  根本 清貴  伊藤 太郎  新井 哲明  朝田 隆
 神経性無食欲症(AN)に罹患後20年近く経過し,著明なやせにもかかわらず病態否認が強く治療に難渋した一例を経験した。症例は35歳女性。16歳でANを発症し,「やせたいのではなく食べられないだけ」と訴え,やせ願望や肥満恐怖を指摘されると治療を自己中断することを繰り返した。当院入院時のBMIは9.7で著明なるい痩を呈しており,患者・家族ともに病態否認が強かった。食事と末梢静脈栄養では体重は増加せず,中心静脈栄養で標準体重の65%にまで回復した後に自己表出や葛藤の言語化ができた。さらに,患者の病態否認を否定せず支持的に関わったこと,仕事に関しての自尊心を支持したこと,患者および両親に対して疾患教育を徹底したことなどにより治療が奏効した。著明な低体重のAN例では,経口摂取にこだわらずにまず体重を標準体重の60%以上に増加させ,その後に患者の構えおよび自尊心に配慮した多面的アプローチをとることが重要であると考えられた。
Key words:anorexia nervosa, denial of the disease, psychoeducation


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