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■特集—初診,初期治療—何を見逃してはならないか—Ⅰ
●急性精神病状態を診分ける—器質性精神障害,症候性精神障害の鑑別に向けて—
岸本 道太  犬塚 伸  荻原 朋美  天野 直二
 精神科救急の場面では意味不明の言動をする患者,興奮し暴行に及ぶ患者,奇妙な行動,動作をし続ける患者にしばしば遭遇する。急性精神病状態とは,まさに急性に発症する精神病の様相を呈する状態であり,急激に始まった幻覚妄想,精神運動興奮,錯乱状態等を指すが,その状態像のみで内因性の精神障害,すなわち統合失調症や双極性障害等の急性期であると単純に判断するわけにはいかない。急性精神病状態の患者を目の前にしたとき,まずは脳器質疾患による精神障害(器質性精神障害)と全身性の身体疾患に伴う精神障害(症候性精神障害)を背景とした精神病状態の可能性を検討することが必要となる。そのためには,脳炎,脳腫瘍,脳血管障害,内分泌・代謝疾患,神経変性疾患など急性精神病状態を呈しうる身体疾患に対する一般的な理解が必要となる。鑑別には,詳細な病歴の聴取,意識レベルの確認,神経学的所見,内分泌機能検査を含む血液生化学検査は必須であるが,さらに頭部CT,頭部MRI,SPECTなどの画像検査,脳波検査,腰椎穿刺による髄液検査などが必要となる場合が多い。それらの諸検査についても概説する。
Key words:acute psychotic state, organic mental disorder, symptomatic mental disorder, clinical symptoms, examinations

●急性精神病状態を診分ける—非定型精神病と統合失調症,広汎性発達障害と統合失調症—
八田耕太郎
 急性精神病状態にある非定型精神病や広汎性発達障害を統合失調症と診分けるには,それぞれの疾患の概念を理解し,典型的な症状の内容や出現様式を覚え,あとは数を診ることで典型例を脳裏に焼き付かせ,直観を磨き上げることに尽きる。そして,精度の高い疫学知見は,判断の手助けになる。本稿では,非定型精神病との鑑別に関して意識変容,緊張病症候群,産褥期といった事項に触れながら,また,広汎性発達障害との鑑別に関しては陽性症状,緊張病症状,および陰性症状との異同,暴力といった事項に触れながら概説した。
Key words:acute psychotic state, schizophrenia, atypical psychosis, autism spectrum disorder

●急性精神病状態を診分ける—解離と精神病症状—
是木 明宏
 解離性障害の患者が精神病症状を呈することはよくあり,鑑別が必要である。鑑別には病歴や症状評価が重要である。病歴では健忘を伴う生活歴は通常の統合失調症圏ではまず見られず鑑別の助けとなる。また虐待/性的被害歴や家族との関係も重要である。病前性格も周囲に合わせ過ぎる性格が解離性障害では多く,統合失調症圏とは異なる。また症状評価では,まずは健忘の評価は重要である。非定型精神病でも錯乱状態から症状極期の記憶がないことはあるが,これは解離性健忘とは明らかに違う健忘症状である。また幻覚妄想についても,統合失調症圏で見られるような妄想知覚や確信の強い身体的な被影響体験は解離性障害ではない。また幻視が多いことも特徴的である。人格変換も統合失調症圏に見られる憑依妄想とは異なる。意識変容状態や興奮状態も解離性障害独特のものとなる。また解離性障害に見られる空想や偽記憶についても注意して診察しなくてはならない。
Key words:dissociation, acute psychosis, amnesia, hallucination

●軽い意識障害が疑われたとき—診断とその後の対応—
岡島 美朗
 「体因性→内因性→心因性」の順で考える初診時診断において,意識障害の診断は重要な位置を占める。今日の診断基準では意識障害はほぼせん妄によって表象されているが,意識障害自体は器質性,症状性,中毒性の病態のみならず内因性精神病にもみられる。初診時における意識障害の診断には,1.病歴における了解・説明連関の吟味,2.短時間の症状変動や注意の障害,その他の意識障害を示唆する微細な現象の有無,3.準備因子,直接要因,促進因子に分けた原因の検討の3段階で行うのが有用と思われる。そうした手順を踏まえて,せん妄と病相中に意識障害を呈した躁うつ病の2症例を提示し,意識障害診断の実際を記述した。意識障害の初期治療としては,転倒,転落などの危険のないこと,鎮静をするとしても睡眠・覚醒リズムの維持に努めること,アルコール離脱以外ではベンゾジアゼピンは避けることが重要である。
Key words:disturbance of consciousness, delirium, psychiatric history, psychiatric states, etiology

●こだわり,強迫,反復行為を見分ける
宇佐美政英
 本稿では,「こだわり,強迫,反復行為」を見分けることの臨床的な意義について論じた。先行研究によれば,自閉傾向を持つ人が強迫症状を持ち合わせることは,臨床的には比較的多く認める。しかしながら,自閉傾向と強迫症状の有無を鑑別していくことは,きわめて困難である。それでも臨床医は強迫症状の診察をする時には,強迫観念の存在や,強迫行為による不安の軽減があるのかなどを中心に,自閉傾向の存在を常に念頭においた丹念な生育歴と現病歴の聞き取りを心がけることで,自閉傾向と強迫症状の有無を鑑別する手がかりを得ることができる。もし,自閉傾向を認める可能性があるのならば,治療者・患者関係がより円滑になり,有効な薬物療法と心理社会的治療が行われるためにも,自閉症スペクトラム障害への理解と対策をその治療戦略に組み入れていくべきである。
Key words:pervasive developmental disorder, autism spectrum disorder, obsessive compulsive disorder, repetitive behavior

●それは単なる「抑うつ」なのか—「抑うつ」の陰に隠れた物質使用—
小林 桜児
 うつ病と物質使用障害は併存例が多く,抑うつ状態を呈する患者の鑑別診断と初期治療において,併存を念頭に置くことは重要である。初診時に物質乱用の併存を疑うべき病歴上の特徴は,明らかな生育歴上の逆境や,慢性的な心理的孤立など,何らかの「生きづらさ」の存在である。心理的孤立は本人が周囲に表出しないことがほとんどなため,明らかな逆境と比べると見えづらく,依存症としての理解が遅れる要因ともなる。初期対応としては,生命の危険がない限り,治療者が直ちに断酒断薬を実現しようと力まず,物質乱用の背後にあって,他者に共感してもらうことを諦めてきた患者自身が本音の感情を表出するよう促し,共感の意を示すことから始める。そして,アルコールや薬物という「物」ではなく,治療者という「人」を信頼できるように関係性を構築することが目標となる。
Key words:depressive symptom, substance abuse, childhood adversities, psychological isolation, therapeutic alliance

●それは単なる「抑うつ」なのか—「抑うつ」の陰に隠れた成人発達障害—
安藤 悦子
 成人発達障害の患者が初めて診察室を訪れるとき,多くは二次障害や併存障害などの症状が主訴である。中でも抑うつとの併存について,欧米では多くの調査が行われ,両者の併存は少なくないとの報告がある。近年では,発達障害を過剰診断することへのリスクに対し警鐘が鳴らされる一方で,抑うつなどの精神症状が主訴の場合,背景にある発達障害は見逃されやすいと懸念の声もある。抑うつと発達障害が併存する場合,単なる抑うつとは治療的アプローチが異なり,発達特性を意識した治療的関わりが必要となる。このため背景にある発達障害を見極めていくことが非常に重要であると言える。発達障害を診断するための第一歩はその存在を疑う選択肢を持つことから始まる。本稿では抑うつが主訴の患者の背景にある発達障害を疑うきっかけ,診断のポイント,告知のタイミング,初期治療,治療目標について論述した。
Key words:adult ADHD, neurodevelopmental disorders, ASD, depression, diagnosis

●高齢者の「抑うつ」
古茶 大樹
 高齢者の抑うつの様相は多彩である。また抑うつを呈さない精神障害を探すことの方が難しいくらい,抑うつは普遍的な症状と言えるかもしれない。抑うつを整理するのにSchneiderの感情の分類が役に立つ。診断の原則は若年者のそれと大きな違いはない。「精神病ではない抑うつ」「精神病である抑うつ,身体的基盤が明らかなもの」「精神病である抑うつ,身体的基盤が要請されるもの」(内因性精神病)の三群に大別される。これらの鑑別のポイントと注意点についても論じた。内因性精神病の抑うつでもっとも代表的なものがうつ病である。定型的うつ病,焦燥性うつ病,仮面うつ病,躁うつ病の亜型を区別する。「精神病症状を伴う重症抑うつ」に相当する退行期メランコリーはいくつかの特徴からうつ病から区別した方がよいだろう。
Key words:depression, apathy, involutional melancholia, Schneider

●自閉症スペクトラムが疑われるケースを前に—他のパーソナリティ障害との関係—
吉川 徹
 自閉症スペクトラムとパーソナリティ障害,特にシゾイドパーソナリティ障害との関係は,自閉症概念の提唱以来,議論の一つの焦点となってきた。近年の自閉症スペクトラムへの関心の高まりとともに,成人精神科の臨床場面でも,その併存や鑑別が課題となる症例が増加している。本稿では歴史的な議論を参照しながら,児童臨床と成人臨床の視点の相違に着目し,両者の関係の再考を試みた。また今後のディメンジョナルな診断体系への移行を念頭に,その臨床的な対応についての考察を行った。自閉症スペクトラムが疑われる事例において,確定診断を得ることが必ずしも容易ではない成人期の対応に際しては,その特性を多元的に評価し,積極的に支援の対象とすることが必要であると考えられる。
Key words:autism spectrum disorder, personality disorder, schizoid personality, dimensional diagnosis

●精神科初期診療においてどのような時にどのような脳画像診断が有用か
中神由香子  村井 俊哉
 脳画像診断技術の発展により,頭部の解剖学的な情報のみならず,多種の機能的な情報も得られるようになった。精神科初診患者を前にどういった脳画像検査を行うべきかが問題になる場面も多い。まず本稿ではCT(computed tomography),MRI(magnetic resonance imaging),SPECT(single photon emission computed tomography),PET(posi-tron emission tomography),MEG(magnetoencephalography),NIRS(near infra—red spectroscopy),fMRI(functional MRI)の検査の特徴について述べる。その後,患者の状態に応じて,どのような検査が有用であるかについて論じる。具体的には精神病症状を認める場合,意識障害を認める場合,認知機能障害を認める場合,てんかんが疑われる場合,症状が定型的でない場合や診断が困難な場合の5つのケースにおける脳画像検査の意義について述べる。どのような検査においてもある疾患に対しての感度・特異度は限定されており,検査の目的をあらかじめ明確にする必要がある。そして,総合的な評価を行った上で,患者への有益性が心身や金銭面への負担を上回った場合に脳画像検査は行われるべきである。
Key words:brain imaging, diagnostic tool, clinical application, organic mental disorder

●初期治療における心理検査の活用
小林 清香
 精神科臨床における,心理アセスメント・心理検査の果たす役割は大きい。心理検査にはさまざまな種類があり,対象としうる年齢や疾患,検査を通して測定できるものにそれぞれ特性がある。これらの検査を複数組み合わせ,検査バッテリーとして用いることもできる。各検査の特性を理解したうえで,患者の包括的な評価,鑑別診断,心理社会的リハビリテーションを含めた方針策定や介入の効果評価に至るまで,さまざまな側面で有効に活用することが望ましい。診療における心理検査の位置づけを明確にし,患者からもその意義について理解を得て協力的に検査に取り組むための働きかけがなされると,より有益な結果につながるだろう。
Key words:psychological tests, psychological assessment, psychiatric interview

●初診,初期治療で使える「認知症検査」
鳴海 千夏  新井 平伊
 本稿では,初診や初期治療段階で簡便に行えるスクリーニング検査および神経心理学的検査について概説した。スクリーニング検査の陽性的中率は対象の事前確率に左右されるため,精度の高い検査であっても偽陽性/偽陰性の可能性を考慮する必要がある。また,スクリーニング検査は短時間で行えるという利点がある一方で,検査ごとに測定可能な認知領域は異なる。そのため,認知症を疑った場合は簡便なスクリーニング検査を入り口として,複数の神経心理学的検査を行い,障害されている認知機能の評価が必要となる。各種検査の利点と欠点などを理解し,目的に合った検査を選択することや,各モダリティを配慮した上で検査バッテリーを組むことが必要である。さらに,検査中の患者の行動観察も,鑑別や治療にとって有益な情報の1つであり,その他の検査や情報なども含めて総合的に判断すべきである。
Key words:neuropsychological test, dementia, cognitive impairment, screening

■研究報告
●摂食障害における多層的な“身体症状の語り”と精神療法的アプローチ
齋藤慎之介  小林 聡幸  加藤 敏
 身体症状の訴えを,生理的,心理的,社会的意味が相互に結びついた多層的なものと把握することが,治療的に有用となりうる。重篤な身体合併症を呈した神経性食思不振症の治療経過を例として挙げた。胃瘻からの栄養投与で,腹部膨満感・嘔気・嘔吐という腹部症状が頻繁に出現するため,治療が難渋し,内科病棟から精神科病棟へ転科した。強力な行動制限の上での栄養投与で体重は回復したが,強い腹部症状と胃内容物の逆流は続いた。その後転院した総合病院精神科で,看護師が患者に寄り添い栄養が注入されるようになると,胃内容物の逆流は一度も起こらなくなった。本例の腹部症状の訴えには「生理学的異常事態の表現」「肥満恐怖・栄養投与への抵抗」「強いコントロール欲求」「一人で栄養投与に耐えることの不安・恐怖」といった多層的な語りの構造を認めた。精神科医には,患者の多層的な語りを聴き分け,語りの“代弁者”を担う必要があると考えられた。
Key words:eating disorders, narratives, physical complications, psychotherapy

●検案書類のテキストマイニングによる高齢自殺者における病苦の探索
谷藤 隆信  津田 和彦  引地和歌子  鈴木 秀人  阿部 伸幸  柴田 幹良  福永 龍繁
 目的:わが国の60歳以上の自殺者は全体の約4割にも達し,高齢者の自殺対策は重要である。この世代の自殺動機の6割以上が「健康問題」と指摘されるなか,高齢自殺者の生前歴から病苦の概形を知ることを目的とした。方法:東京都23区で発生した全自殺に関する情報を反映した東京都監察医務院の検案書類をテキストマイニングにより分析した。結果:高齢自殺者の検案書類には精神医学的問題の存在を示唆する言葉と心身の様々な病気や病苦を示す言葉が頻出した。特徴的な病歴はうつ病,がん,筋骨格系疾患であり,筋骨格系疾患を抱えていた事例では,疼痛を訴え,疼痛からの解放手段として自殺を選択したことを示唆する記述が多く記載されていた。結論:高齢自殺者の背景として,筋骨格系疾患による疼痛が高齢者に与える心理的苦痛は,他の世代と比べて深刻である可能性が示唆された。
Key words:elderly, suicide, illness, inquest reports, Text—Mining

■臨床経験
●児童思春期の強迫性障害に対する認知行動療法プログラムの開発
吉田 沙蘭  野中 舞子  松田なつみ  野田 香織  平林 恵美  西村 詩織  下山 晴彦
 現在日本における強迫性障害(OCD)の有病率は1〜3%に上るとされており,そのうち早期発症(10歳未満発症)の患者の多さが指摘されている。しかし児童思春期のOCDに対する有効な介入方法について,十分な検討は行われていない。そこで本研究では,児童思春期のOCDに対する,全18回から構成される認知行動療法(CBT)プログラムを開発し,その効果を探索的に検討した。17名を対象に暴露反応妨害法(ERP)を中心としたプログラムを実践した結果,ERPを中心としたCBTは,強迫症状の改善に寄与する可能性があること,介入前の強迫行為に対する苦痛が高い場合により効果が得られることが示唆された。本研究は大学院生の訓練機関で行われており,一定程度のトレーニングによって,児童思春期OCDへのCBTは効果を上げることができると考えられた。
Key words:obsessive—compulsive disorder, children and adolescents, cognitive behavioral therapy

●慢性期統合失調症患者に対する認知機能改善療法(CRT)の効果研究—前頭葉/実行機能プログラム(FEP)による症例報告—
大宮 秀淑  山家 研司  松本 出  松井 三枝  傳田 健三
 認知機能改善療法(cognitive remediation therapy : CRT)の1つである前頭葉/実行機能プログラム(frontal/executive program : FEP)が慢性期統合失調症患者の認知機能および社会機能に及ぼす影響を調査した。FEPは紙と鉛筆を用いたトレーニングであり,進行するにつれて次第に複雑な課題を行うプログラムである。本稿では1症例に対して同意のもと,認知機能障害に対する週2回,全44回の介入を1対1で行った。介入前後に,神経心理学的評価,SCoRS—J,PANSSなどを実施した。結果として,神経心理学的評価の総合点や言語性記憶において改善を認めた。症例をもとに,FEPの有用性や効果的な精神科リハビリテーションのあり方について考察した。
Key words:schizophrenia, cognitive remediation therapy (CRT), frontal/executive program (FEP) , verbalization, intrinsic motivation

■総説
●パリ13区精神保健協会(ASM13)の実践からみるフランス・セクター精神医療の半世紀
阿部又一郎  大島一成
 本稿では,20世紀後半のフランス精神医療を特徴づけるセクター精神医療システムの理念と実情を,パリ13区精神保健協会(ASM13)の発展と現在の動向を通して考察した。ASM13は,セクター精神医療制度の全国実施に先駆けてPaumelleらによって1958年に設立されて以来,パリ13区内の地域精神医療に貢献すると同時に時代の要請に応じて新たな治療構造を先駆的に創出してきた。我々は紹介にあたり,主として2008年にパリで開催されたASM13設立50周年記念シンポジウム「人間への懸念(le souci de l’humain)」における討論内容を参考にし,それらの報告をいくつかの問題提起として提示した。現代フランスの精神医療の中で,ASM13の設立経緯と臨床実践の展開を省みることは,20世紀後半から続くセクター精神医療の実践を総括して将来的な方向性を探る試みであった。半世紀を過ぎたセクター精神医療システムの危機が叫ばれる一方で,その基層には,本邦の精神医療従事者にとっても改めて参照すべき重要な臨床概念が数多くみとめられる。
Key words:ASM13, concerns for human beings, French psychiatry, institutional psychotherapy, Phillippe Paumelle, sectorisation


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