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■特集 日常診療に活かす認知機能障害の病態・評価・治療
●精神疾患における認知機能障害─機能的転帰との関連─
住吉 太幹
 記憶,実行(遂行)機能,語流暢性,注意,処理速度などの認知機能の障害は,患者の就労や日常生活技能などの社会機能的転帰へ大きく影響し,統合失調症や気分障害などの精神疾患で注目されてきている。このような認知機能障害の客観的評価にあたっては,MATRICS コンセンサス認知機能バッテリーやBrief Assessment of Cognition in Schizophrenia などの国際標準とされる評価尺度の使用が推奨される。これらの主要な認知機能評価バッテリーは,統合失調症を含む各精神疾患の病態理解および治療法開発にも有用である。また,精神症状をいくつかの領域に分けて疾患横断的に捉える動向もあり,認知機能はその1 つのドメインと位置づけられている。さらに,認知機能評価尺度とともに注目されつつある日常生活技能の評価尺度(コ・プライマリ測度)や社会機能的転帰評価の活用も予後予測に重要である。本稿では以上のような切り口から,精神疾患の認知機能障害を概説する。また,統合失調症や気分障害患者におけるこれらの障害の相似性にも触れる。
Key words:cognition, neuropsychological tests, cognitive test battery, co-primary measures, schizophrenia, mood disorders

●認知機能障害と社会機能
生方 志浦  村井 俊哉
 統合失調症をはじめとする精神疾患の治療・介入において,生活への影響に着目し,社会適応を重要視する必要性が近年強く認識されている。社会適応の困難さは, 1 )社会で求められる役割を果たし, 2 )よりよい人間関係を築き, 3 )自立した生活を送るといった社会機能として評価することが可能で,この社会機能の改善をアウトカムとした研究が数多くなされている。社会機能の障害に関連する要因のうち,介入可能な因子として,認知機能障害への注目が高まっている。統合失調症の社会機能には,従来の神経心理領域で評価されてきた注意や記憶,遂行機能などに加え,他者の情動を認知する能力や,他者の意図を読み取る心の理論といった社会認知が関連することが明らかとなってきた。様々な認知機能障害が社会機能に影響を与え得るという視点に立って,統合失調症の病態を理解することが重要である。また,社会機能の改善をアウトカムとした,標準化された介入方法の確立が必要である。
Key words:neuropsychology, neurocognition, social cognition, social function

●精神疾患における認知機能障害の遺伝基盤
大 井 一高  橋本 亮太
 認知機能障害は多くの精神疾患に関わる疾患の中核症状である。認知機能と精神疾患はともに遺伝性を示し,その病態には共通の遺伝素因が関与することが知られている。認知機能は精神疾患の中間表現型であるという概念のもと,精神疾患の病態に関わる遺伝素因を解明するために,ヒトゲノムの一塩基多型(single-nucleotide polymorphisms : SNP)を網羅的に調べる全ゲノム関連解析(genome-wide association study : GWAS)が,精神疾患のみならず認知機能を対象として行われている。その結果, 1 つ1 つのSNP が精神疾患および認知機能に及ぼす影響は弱いが,複数のSNP・遺伝子・遺伝子ネットワークが精神疾患および認知機能に共通して関与することがわかった。本稿では,精神疾患,特に統合失調症における認知機能の遺伝学的研究について,われわれの研究結果を踏まえて紹介する。
Key words:schizophrenia, genetics, genome-wide association study, cognitive impairments, single-nucleotide polymorphisms

●どのように認知機能を評価するか?
住吉 チカ  住吉 太幹
 認知機能障害は,統合失調症や気分障害などの精神疾患の診療において重視されつつある。本稿では,認知機能全般にわたり障害が顕著な統合失調症に焦点を絞り,主要な認知機能検査バッテリの開発,および機能的転帰との関連について概説した。まず,近年開発された認知機能検査バッテリについて,開発経緯と特徴について述べた。そして,神経心理学的に評価される認知機能がどのように機能的転帰と関連するかについて考察した。最後に,従来の認知機能検査バッテリに含まれる課題を利用して,より高次な認知機能を評価する手法について展望した。
Key words:cognition, functional outcomes, schizophrenia, primary measures, co-primary measures

●認知機能障害の治療総論
池澤  聰
 統合失調症,うつ病,双極性障害など様々な精神疾患において認知機能障害を認める。この認知機能障害に伴い,就労,対人関係,日常生活などの社会的機能に影響が生じている。これまでに認知機能障害の改善を目指して,薬物療法,認知機能リハビリテーション,ニューロモデュレーションなど様々な介入が試みられた。しかし,その改善効果の大きさは,精神疾患の認知機能障害を回復させるには十分とは言えない。認知機能の改善を通して,社会的機能の改善にまでその効果を般化させるには,社会認知機能や内発的動機づけなども治療ターゲットとするなど,より包括的なリハビリテーションを提供することが望ましい。認知機能を増強しうる介入法については臨床実践から基礎研究まで幅広く行われている。これらの取り組みに携わる研究者や臨床家が集い,意見交換することで,患者のリカバリーの獲得の一助となることが期待される。
Key words:cognitive impairment in schizophrenia (CIS), cognitive impairment in affective disorder, cognitive enhancers, cognitive remediation, neuromodulation

●就労支援を認知機能から考える
佐藤さやか  梅田 典子  岩田 和彦  池淵 恵美
 「リカバリー」概念の普及とともに,精神科治療における目標の1 つとして就労の重要性が増している。本稿ではわが国の精神障害者の就労に関する状況について概観し,効果的な支援技法として認知機能リハビリテーション(Cognitive Remediation : CR)とIndividual Placement and Support(IPS)モデルの就労支援の組み合わせであるThinkingSkills for Work Program(TSW)について紹介した。TSW は「Cogpack」と呼ばれるコンピュータソフトを用いたCR と,利用者の希望や嗜好を重視する個別性の高い就労支援の2 つの支援の間で,担当者同士の情報交換を密に行うことにより,利用者の特徴を具体的に把握することができ,また利用者本人のメタ認知を促すことで就労率の向上が期待できる。今後はコンピュータソフトの使い方だけでなく,これを利用した認知機能の評価,トレーニングにおける着目点,トレーニング中に得られた情報を就労支援に活かす方法などをパッケージにして普及していくことが重要と思われる。
Key words:schizophrenia, cognitive remediation, thinking skills for work

●認知機能リハビリテーションNEAR について
最上多美子
 統合失調症に代表される慢性の精神疾患の障害領域として認知機能障害がある。統合失調症の認知機能障害はその重症度が領域によって異なり,認知機能の差異が地域での生活に与える影響は強いといわれている。患者個人のリハビリテーション目標は認知機能障害に関連していることが多い。認知機能障害が社会機能に与える影響において内発的動機づけが関連していることから,内発的動機づけを改善することが重要である。認知機能リハビリテーションNEAR では認知課題と介入テクニックの両方で内発的動機づけを高める働きかけをしている。NEAR ではコンピュータを使った認知課題セッションを週2回と,言語セッションを週1 回行う。認知機能をリハビリテーション目標に関連づけたり,最初から高い要求水準を掲げるのではなくシェイピングをすることなどを通じて,統合失調症を持つ人の課題とひいては治療への主体的な関わりを保つ。今後の課題としてはNEAR の普及にあたり治療の質をどうやって担保するかということが挙げられる。
Key words:cognitive remediation, schizophrenia, intrinsic motivation, rehabilitation goals

●認知リハビリテーションの実際
芳賀 大輔  勝井 邦枝  上田 昌弘  濱野 学  森岡 郁美  田口 功  高 結花
 認知機能障害に対するリハビリテーション(認知リハ)は,様々な方法があり,今後も重要な治療方法の1 つになることが予想される。認知リハの1 つであるNEAR は,参加者にとって楽しい体験である工夫がされている点,参加者の自立性を尊重する点,市販のコンピューターソフトを使用する点などが特徴として挙げられ,特に内発的な動機づけや自己効力感などを重視している。今回は認知リハを導入することで,生活上で変化のあった症例3 例について紹介する。1 例目は,仕事上での困りごとを認知機能の向上と代償方法の両方にアプローチすることで効率的に実施できるようになった症例について。2 例目は,旅行計画を認知リハの卒業課題を通して作成し,言語セッションでより具体化できた症例について。3 例目は金銭管理の方法を検討し,自己の変化と環境調整によって自己管理できるようになった症例についての内容である。
Key words:cognitive rehabilitation, NEAR, BACS-J

●認知機能改善療法をどのように増強できるか?
豊巻 敦人  久住 一郎
 認知機能改善療法(cognitive remediation therapy : CRT)は,反復訓練による認知機能のボトムアップ的な自動化の促進と,ブリッジングセッションによる日常生活場面でトップダウン的に認知機能を意識した取り組みの促進を目標としている。しかしながら近年のメタ解析では認知機能障害に対するCRT の改善作用の効果量は0.45と軽度しか改善させられない。本稿では最近の報告を踏まえてCRT の効果を増強するさらなる介入について論じた。聴知覚訓練は神経認知領域への般化・遠転移効果が高く,CRT と組み合わせて行うことが望まれる。内発的動機づけや拡散的思考訓練はCRT の効果を増強するだけでなく,課題構造が不明確な問題解決場面でも自発的に分析し解決する動機を高める要因である。内発的動機づけの評価と介入,拡散的思考訓練をCRT に組み込むことが望まれる。患者自身の認知機能障害の主観的な自覚はCRT の改善効果を高める要因であり,CRT 導入時に評価し,心理教育を行うことが望まれる。
Key words:cognitive remediation therapy (CRT), schizophrenia

●成人発達障害の認知機能
丹治 和世  加藤 進昌
 多様で複雑な発達障害の症候を正確に把握するために,認知機能の評価は重要な意義を持つ。本稿の前半では,自閉症スペクトラム(ASD)の認知機能の特徴を,情動,記憶,知覚,運動の4 つのドメインについて,それぞれ3 つの水準に分けて考えるモデル(Ben Shalom の‘frontal integration model’)を中心に解説する。このモデルは既存の理論とも整合性を持つうえ,ASD のみならず,他の発達障害の認知機能を包括的に評価するうえでも有益な枠組みと思われる。後半では,限られた時間内で認知機能検査を効率的に進めるために理解しておくべき原則について述べるとともに,各種心理検査バッテリーを有効に活用するために重要な項目を中心に解説する。
Key words:frontal integration model, logical memory, MMSE, 7series, digit span

●うつ病・双極性障害の神経認知機能
松尾 幸治
 うつ病・双極性障害の神経認知機能障害について,感情とは独立した情報処理のcold cognition および情動制御に関わる情報処理のhot cognition という視点から,これまでの知見についてまとめた。Cold cognition は状態像にかかわらず,様々な神経認知ドメインが障害されていることが明らかになってきている。Hot cognition は表情認知障害や情動関連語の記憶障害が認められるが,エビデンスは不十分である。薬物療法および矯正療法は,これらの神経認知を改善させる可能性があるが,治療評価の際には症候学的評価だけでなく,神経認知的評価も行っていくことが必要だろう。また,これらの基盤となっているcold cognition およびhot cognition の相互作用の脳メカニズムの解明が期待される。
Key words:neurocognition, hot cognition, cold cognition, brain mechanism

●強迫性障害(OCD)と認知機能障害
中尾 智博
 強迫性障害(OCD)は近年刊行されたDSM─5において不安障害から分離独立し, “強迫症および関連症群”という新たなカテゴリーの中核をなす疾患となった。このことに象徴されるように,現代におけるOCD は,不安障害とは異なる病態をもつ疾患と認知されつつある。その特徴的な症状の基盤となるのは固有の脳病態と,それに関連して生じた認知機能障害である。神経心理学的手法を用いたこれまでの研究から,OCD には遂行機能や非言語的記憶機能をはじめとする高次認知機能に障害がある可能性が示唆された。一方で,神経心理検査の鋭敏性の問題などから,これらの研究結果は必ずしも一致したものではない。さらに,症状亜型や併存症など疾患内における多様性がOCD の認知機能障害の解釈をより複雑なものにしている。今後,新しい脳画像検査法を用いて脳と認知機能の関連をより細かく描出する方法や,遺伝負因を考慮に入れ中間表現型としての認知機能障害を同定する研究手法による病態の解明が期待される。
Key words:obsessive-compulsive disorder, neurocognitive impairment, functional neuroimaging, frontal-subcortical circuit, endophenotype

●認知機能障害からみたPTSD
井手健太郎  千葉 俊周  金沢 徹文  元村 直靖
 一般に多くの精神疾患の背景には認知機能障害が存在することが知られており,それにより生活や社会活動全般に支障をきたすことが明らかとなっている。PTSD では認知機能の中でも特に注意・遂行機能や記憶における障害が強いとされている。本稿ではPTSD の治療としてエビデンスの確立された薬物療法と認知行動療法,EMDR を取り上げ,各々の治療法がどのような認知機能に対して治療的に働くのかについて記した。一口にPTSD と言っても,受けたトラウマにより障害される認知機能は異なる可能性があり,また併発する不安障害や気分障害により各治療法が示す認知機能への反応が異なる可能性がある。まだまだPTSD における認知機能障害に焦点を当てた報告は少ないため,今後は系統立てられた介入研究により,PTSD 患者それぞれの病態や表出している症状から障害されている認知機能を特定し,より適切な治療方法が選択されていくことが期待される。
Key words:PTSD, SSRI, CBT, PE, EMDR

●摂食障害の認知機能
沼田 法子  中里 道子
 摂食障害の中でも,神経性やせ症(anorexia nervosa,以下AN)は,未だ有効な治療法が確立されていない難治の精神疾患である。近年,特に神経心理学的研究の発展により,AN におけるセットシフティングの障害とセントラルコヒーレンスの脆弱性という2 つの認知機能障害が症状の維持に関与していることが報告されている。そこで,認知の変容や体重の問題に取り組むこれまでの精神療法とは異なり,これら2 つの認知機能障害の改善を目的とする認知機能改善療法が海外で試みられ,その有効性が報告され始めている。本稿では,摂食障害の中でも特にAN の認知特性と認知機能障害,およびその評価法についてまとめ,今後の臨床における実践への展開として,AN の新規治療法として期待される認知機能改善療法の概略とこれまでの研究知見を整理し,考察した。
Key words:anorexia nervosa, cognitive dysfunction, set-shifting, central coherence, cognitive remediation therapy

●統合失調症の認知機能障害(CIAS)に対する治療薬の臨床開発の動向と臨床評価
中林 哲夫  古関 竹直
 精神神経疾患領域の医薬品開発は活発であり,国際的にも数多くの臨床試験が実施されている。これまでの統合失調症の治療薬の開発は非定型抗精神病薬が中心であり,本邦においても数多くの非定型抗精神病薬が承認され治療の選択肢は拡大した。しかし,既存治療薬は,治療反応性や回復率(recovery rate)を大きく向上させたとまでは言えず,効果に限界があることが臨床的課題(unmet medical needs)の1 つと言える。近年,統合失調症の認知機能障害(cognitive impairment associated with schizophrenia : CIAS)と日常生活機能の関連が注目されており,CIAS の治療薬の臨床開発も行われている。本稿では,統合失調症治療薬の臨床開発の動向を概観した上で,CIAS の治療薬に関する臨床評価についてその基本的考え方を概説する。
Key words:schizophrenia, cognitive impairment, drug development, antipsychotic agent, study design

■研究報告
●感情調節困難患者へのマインドフルネス作業療法の効果検証─シングルシステムデザインを用いて─
織田 靖史  京極 真  西岡 由江  宮崎 洋一
 本研究の目的は,感情調節困難患者に対するマインドフルネス作業療法(MBOT)の効果を,シングルシステムデザインを用いて明らかにすることであった。対象は,研究開始前8 週間以内に激しい行動化等を行った外来通院中患者7 名であり,A 期ベースライン,B 期マインドフルネス(呼吸瞑想,等),C 期MBOT(ちぎり絵,貼り絵,フィンガーペインティング),A’ 期フォローアップで行った。なお,B 期とC 期は,週2 回, 1回75分の8 セッションとした。結果,治療中断率14.3% であり,欠席率は全体で23.2%,自主都合の欠席率は14.3% であり,先行研究に比べ良好であった。さらに,衝動行為の発生率は,A 期1.42,B 期0.33,C 期0.07,A’ 期0.61であり,一元配置分散分析の結果は5 %水準で有意に減少した〔F(3, 25)=4.875 p=0.044〕。結果より,MBOT は感情調節困難患者の有効な治療法であると考えられた。
Key words:mindfulness based occupational therapy (MBOT), patients with emotion regulation difficulties, single system design

■臨床経験
●統合失調症患者の義務教育における就学支援
武田 隆綱
 筆者は,これまでに思春期発病統合失調症患者に対する高等教育の就学支援について報告し,その重要性を指摘してきた。統合失調症では発病年齢が若いほど予後が不良とされているが,前思春期や思春期早期である義務教育在学中に発病する患者も少なくない。筆者は,発病年齢が義務教育在学中と若くても十分な就学支援によって義務教育を有意義に通過し,高校進学や就労などの次の段階に進むことができれば,患者の社会性の発達を促すとともに,予後を改善できると考えている。そのため義務教育在学中の患者では発病早期から薬物療法に加えて,就学支援を行い将来の高校進学や就労に向けて援助することが重要と考えられる。本稿では,まず義務教育在学中から高校進学に向けて就学支援を行った2 症例を呈示する。そして義務教育における就学支援の意義と適応,患者と家族への働きかけ,学校との連携の方法について述べる。
Key words:schizophrenia, early adolescence, compulsory education, school attendance support


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