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■特集─双極性障害薬物療法のState of the Art Ⅰ
●急性躁病の薬物療法─7つの留意点─
渡邉 博幸
 急性躁病の薬物療法について,WFSBP2009,日本うつ病学会2012,CANMAT2013,BAP2016の各ガイドラインの特徴を要約し,推奨とされる薬剤や治療手順を整理した。さらに,抗精神病薬と気分安定薬の併用療法の有用性,抗躁薬の用量設定の問題について言及した。それらを踏まえて,急性躁病薬物治療における7 つの留意点を挙げた。
Key words:acute mania, antimanic drugs, network meta-analysis, YMRS( Young Mania Rating scale)

●双極性うつ病の薬物療法の現状
井上 猛  小野 泰之
 2000年までは双極性障害の研究は停滞していた。2000年以降,双極性障害の病態,診断,治療の研究は飛躍的に進んだ。特に大規模な偽薬との二重盲検比較試験が多数行われ,有効な薬剤,無効な薬剤が明らかになってきた。2000年までは気分安定薬に抗うつ薬を併用する治療法が双極性うつ病の治療の主流であった。一方,抗うつ薬が急速交代型,症状不安定,躁転を引き起こすことが問題視されるようになり,さらに抗うつ薬の有効性に疑問符がつけられるようになった。2000年以降の臨床試験により,一部の非定型抗精神病薬(quetiapine,olanzapine,lurasidone)の双極性うつ病に対する有効性がエビデンスとして確立されてきた。意外なことに,lithium などの気分安定薬の双極性うつ病に対する有効性は未だ十分に証明されていない。国内外の承認適応が有効性のエビデンスを正確に反映しているが,学会等の治療ガイドラインはエビデンスに基づいていないことが多い。したがって,両者に乖離がみられることを双極性うつ病の治療では特に留意すべきである。
Key words:bipolar disorder, mixed depression, false unipolar depression, mood stabilizer, atypical antipsychotic drug

●双極性障害の維持薬物療法
白川 治
 双極性障害は,再発性の高い疾患であり,寛解維持と病相予防のための維持療法の成否が予後を大きく左右する。維持療法の目標は,病相の回数,程度,期間の減少を図りつつ,病間期の残遺症状,閾値下気分症状を軽減し,社会機能の回復を目指すことである。双極性障害の維持療法では,病相の優位極性(predominant polarity)を把握するとともに,躁病相の重症度への着目が重要である。維持療法においてもlithium の効果を確認する必要がある。非定型抗精神病薬は基本的に躁病相に有効であるが,quetiapine とolanzapineは,うつ病相にも有効である可能性がある。一方,lamotrigine はうつ病相への効果が高い。双極性障害の維持療法では,双極性障害の異種性を前提として病相の優位極性と薬剤の極性選択性を考慮した巧みな(抗うつ薬投与を含む)併用療法が必要であることが多い。
Key words:bipolar disorder, maintenance, drug treatment

●古典的な気分安定薬(Li,VPA,CBZ)
朴 秀賢
 本邦で使用可能な古典的気分安定薬lithium(Li),valproate(VPA),carbamazepine(CBZ)は長らく双極性障害の薬物治療の主役であったが,近年はlamotrigine や非定型抗精神病薬などの新規気分安定薬に圧倒されて使用される頻度が減少傾向にある。しかし,古典的気分安定薬には長年にわたるエビデンスの積み重ねがあり,信頼性は新規気分安定薬よりもはるかに高い。また,古典的気分安定薬と新規気分安定薬の副作用は異なる部分が多い。そのため,双極性障害への第1 選択薬としてのみならず,新規気分安定薬の効果不十分例や非耐性例に使用する薬物として,古典的気分安定薬が双極性障害の薬物治療において果たす役割はまだまだ大きいと思われる。本稿では古典的気分安定薬の歴史から適応となる病態,副作用と使用上の注意点について解説を行う。
Key words:mood stabilizer, bipolar disorder, lithium, valproate, carbamazepine

●気分安定薬としての新しい抗てんかん薬(Lamotrigine など)
栗田 征武  西野 敏
 新規抗てんかん薬gabapentin,lamotrigine,topiramate,tiagabine,oxcarbazepine,levetiracetam の双極性障害に対する気分安定作用についてまとめた。Lamotrigine はうつ病相,維持期の病相予防に有効である。この気分安定作用はグルタミン酸AMPA 型受容体によるものであろう。また,oxcarbazepine は躁病相,維持期の病相予防に有効である可能性があった。この気分安定作用はoxcarbazepine の活性化体がカルシウム/カルモジュリンキナーゼに作用することによるものと思われる。他の新規抗てんかん薬は,双極性障害に対する効果は明らかでないもしくは無効であった。今回のまとめた表からも,すべての新規抗てんかん薬が,双極性障害に対する気分安定作用を有するわけではなかった。今後,双極性障害の病態生理が解明されるとともに双極性障害の治療に有効な気分安定薬としての作用機序が明らかになることが望まれる。
Key words:new antiepileptic drugs, bipolar disorder, manic episode, depressive episode, maintenance

●気分安定薬としての第二世代抗精神病薬
久保 桃子  大矢 一登  岸 太郎  岩田 仲生
 双極性障害に対する薬物治療において,第二世代抗精神病薬の果たす役割は大きい。本邦では,複数の第二世代抗精神病薬が双極性障害に対して保険適応を有している。また,日本うつ病学会のガイドラインでも,双極性障害に対する第二世代抗精神病薬の有用性が記載され,第二世代抗精神病薬の気分安定化作用が期待されている。本稿では,双極性障害に対する薬物治療における第二世代抗精神病薬の位置づけを明らかにするため,まず躁病相・うつ病相・維持期における第二世代抗精神病薬を含む各向精神薬の有効性と忍容性に関する最新のネットワークメタ解析の結果を紹介する。さらに双極性障害の治療においては長期の薬物治療が必要になるという観点から,抗精神病薬を長期間にわたって投与した場合のリスクについてもメタ解析の結果を提示し,考察する。
Key words:bipolar disorder, antipsychotic, systematic review and meta-analysis

●急速交代型双極性障害の薬物療法
多田 光宏  齋藤 篤之  仁王進太郎
 双極性障害の「急速交代型」は過去12ヵ月に4 回以上の気分エピソードを認める時に特定され,一般に治療奏効性や予後が「非急速交代型」に比べ不良とされる。急速交代型についての良質なエビデンスの集積が不十分なこともあり,ここ数年海外で公表された双極性障害ガイドラインにおいても記述は多くない。現時点で参考可能なエビデンスを中心に紹介し,急速交代型双極性障害に対する治療戦略についての一考を述べる。
Key words:bipolar disorder, pharmacological therapy, rapid cycling

●精神病性の特徴を伴う双極性障害の薬物治療
児玉 匡史
 精神病性の特徴を伴う双極性障害の薬物治療について概説した。現在,精神病性の特徴を伴う双極性障害の薬物治療に関する十分な知見が存在するとは言い難い。その中で,olanzapine はもっともエビデンスが豊富な薬剤である。躁病相急性期,うつ病相急性期,維持期のいずれにおいても,olanzapine は精神病性の特徴を伴う双極性障害治療に有効と考えられる。Quetiapine,risperidone,aripiprazole,haloperidol は精神病性の特徴を伴う躁病相急性期治療における有用性が示されている。Lithium は教科書的に精神病性の特徴を伴う双極性障害に対する有効性が乏しいとされているが,一部それを裏づけるエビデンスが存在する。Valproate は精神病性の特徴を伴う躁病相急性期治療において,haloperidolやolanzapine と同等の有効性が示されている。
Key words:bipolar disorder, psychotic feature, antipsychotics, mood stabilizer

●混合性の特徴を伴う双極性障害に対する薬物療法
菅原 裕子
 躁症状と抑うつ症状が混在する混合状態は臨床上遭遇する頻度が高いものの,その定義は時代とともに変遷しており,一定の見解が得られていない状況が続いている。双極性障害の混合状態に対する薬物療法としては,軽躁病/躁病エピソードの混合状態に対する非定型抗精神病薬の有効性はおおむね確立されているものの,現時点でDSM-5の混合性の特徴を診断基準として用いた臨床研究は乏しい。一方で,双極性うつ病の混合状態に対する薬物療法に関しては,臨床研究毎に混合状態の診断基準が異なっており,対象が均一でないため,今後は統一した診断基準をもとにした大規模な検討が必要である。双極性障害の薬物療法においては,各病相をターゲットとした薬物療法を行うのではなく,①気分安定薬(優勢病相に応じて選択)を主体とする,②抗うつ薬使用は控える,という大原則をおさえた上で,混合状態の程度に応じて適宜非定型抗精神病薬を使用するのが理想的と思われる。
Key words:mixed features, mixed state, bipolar depression, mixed depression

●不安症の苦痛を伴うもの
藤井 泰
 うつ病が不安症を併存しやすいことはよく知られているが,双極性障害はうつ病よりも不安症を併存しやすく,不安症の併存は予後不良因子となっている。双極性障害に伴う不安についての知見は乏しいため,双極性障害に併存する不安症に関する過去の報告や,不安症の一般的な治療法で双極性障害に定評のある薬物療法に矛盾しない薬剤選択について検討した。選択肢としては,気分安定作用を有する第二世代抗精神病薬の単剤あるいは気分安定薬との併用,抗うつ薬以外の抗不安効果を有する薬剤の追加,躁転に注意しながら気分安定薬と選択的セロトニン再取り込み阻害薬の併用などが候補として挙げられる。双極性障害と不安症の併存に対してさえ一定の見解が得られていない現状では,経験に基づいた薬剤調節を行いつつ,非薬物療法の導入も含め,双極性障害の病相を不安定化させない有効な治療法の検討を行っていく必要がある。
Key words:with anxious distress, bipolar disorder, anxiety disorder, comorbidity, pharmacotherapy

●非定型の特徴を伴うもの
寺尾 岳
 非定型うつ病の概念が生まれた発端は,モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)に反応したうつ病患者と反応しなかったうつ病患者を比較した結果,いくつかの明らかな違いが認められたことであった。その後,非定型うつ病すなわち非定型の特徴を伴ううつ病の診断基準が作成されたが,気分の反応性を入れるかどうかについては議論がある。そもそも気分の反応性がなくなることが病的であって,気分の反応性があることは病的ではない。病的でないものつまり正常のものを病気の診断基準に入れるのはおかしいという指摘である。さらに,気分の反応性と他の非定型症状は関連しなかったという報告もある。治療に関して,MAOI に対する反応性の良さが契機となり非定型うつ病の特徴が抽出されたが,久しくMAOI がほとんど使用されていない状況下で非定型うつ病を薬理学的に裏打ちする薬剤は出現していない。このため,治療もこれといった決め手がないのが現状である。その中で,非定型うつ病におけるlamotrigine やlithium の効果あるいは光線療法の効果をさらに検討することは意義があるかもしれない。
Key words:atypical features, atypical depression, lamotrigine, lithium, light therapy

●高齢者の双極性障害
上田 諭
 高齢者においても,双極性障害の薬物療法は副作用に留意しつつ,十分かつ果断に行うべきである。1. 躁病相では,lithium carbonate(lithium)を急性期に必要な血中濃度に達するまで増量する。少なくともlithium の効果が現れるまでの間,非定型抗精神病薬の併用も必要である。Lithium に効果が乏しいときにはvalproate(VPA)を用いる。2. うつ病相は対応に苦慮する病態であるが,保険適応のあるolanzapine の少量投与,副作用の少ないquetiapine かaripiprazole,あるいはlithium を試みる。躁転を避けるため抗うつ薬は通常控えるべきであるが,高齢者では抑うつ状態の遷延はADL の回復困難を招く危険があり,mirtazapine を気分安定薬と併用で用いなければならないときもある。Lamotrigineは有効性の報告も多いが,重症に発展する危険のある薬疹の初期兆候に厳重な配慮ができなければ使用してはならない。3. 維持(再発予防)療法では,lithium,VPA いずれかの単剤をまず考える。次いで両薬剤の併用を考慮する。さらには,lithium またはVPAにquetiapine かaripiprazole を併用する方法がある。Quetiapine が単剤で有効な可能性もある。高齢者には「喉元過ぎれば熱さ忘れる」の傾向が若年者より強くあるように思われ,症状が安定していても「再発予防のための服用」を中断しないよう常に説く指導が大切である。
Key words:bipolar disorder in the elderly, lithium carbonate, valproate, quetiapine, aripiprazole

●小児・思春期の双極性障害の薬物療法
阿部 隆明
 小児・思春期の双極性障害の診断に関しては,この年代でよく見られる注意欠如多動症や重篤気分調節症との鑑別や共存の評価が重要である。薬物療法に関しては,最近双極I 型障害の躁病相に対する効果や安全性の研究が少しずつ増えてきたが,その治療ガイドラインはほとんどが成人の研究結果に基づいている。躁病相では成人と同様に,lithiumや抗てんかん薬,非定型抗精神病薬が使用されるが,特に体重増加やプロラクチン上昇のリスクが低い非定型抗精神病薬の使用が勧められている。うつ病相では気分安定薬や非定型抗精神病薬で効果がなければ,SSRI の付加が推奨されている。長期療法に関する薬剤の有効性や安全性のデータはほとんどなく,今後の研究が待たれるが,この年代でのプラセボを対照としたランダム化比較試験は倫理的な問題も孕んでいるため,難しいのが実情である。
Key words:bipolar disorder, children, adolescents, pharmacotherapy, manic episode

■研究報告
●退院支援における複雑な問題を多職種チームで解決した長期入院統合失調症圏の3 症例
佐野 樹
 退院支援における問題は,Snowden のクネビン・フレームワークを参考に大きく3つに分類すると対応しやすい。単純な,込み入った,そして複雑な問題である。複雑な問題では,それ以外のものとは異なり解決策が一つとして想定できない。地域移行が難しい長期入院予備群では,未解決の複雑な問題が隠れていることが示唆されるが,この場合,同じ患者の別の側面を複数の支援者で捉えて問題を把握しなければ解決策はなかなか見出せない。そこで筆者は,まず複雑な問題とより対応のしやすいその他の問題とを選り分ける方法をとった。この手法によって,多忙な病棟環境でも,一方ではいくつかの問題を即時に解決することができ,他方ではできる対処をしながら問題をチームで把握し直し,解決策を見出すといった,より柔軟な対応をとることができる。本稿では長期入院予備群の統合失調症圏3 症例を提示し,本手法の臨床応用の可能性について考察した。
Key words:interprofessional collaboration, patient discharge, complex problem, cynefin framework, long-stay schizophrenia

■臨床経験
●意味性認知症に伴うパニック発作様の症状に抗うつ薬が有効であった一例
山田 峻寛  佐藤 順子  仲秋秀太郎  明智 龍男
 前頭側頭葉変性症では精神症状や行動障害が前景に立つが,前頭葉機能の低下から内省や神経症的な不安は減弱するとされており,パニック発作様の症状の報告は少ない。我々は前頭側頭葉変性症の1 つである意味性認知症の患者のパニック発作様の症状に抗うつ薬が有効であった一例を経験した。症例は69歳で,うつ病の寛解後に意味性認知症を発症した。その後パニック発作様の症状を伴ったがparoxetine とescitalopram が有効で症状は消失した。患者の症状は意味性認知症に伴う精神症状と考えられたが,疾患に特徴的な病識や内省の減弱を考慮すると,焦燥感がパニック発作様に観察され,さらに妻の不安感が本人の症状を修飾・悪化させた可能性が考えられた。
Key words:semantic dementia, neuropsychiatric symptoms, antidepressant

●入院治療を必要とした中年期チエノジアゼピン依存の一例
松村 理恵  土岐 茂  小山田孝裕
 Methylphenidate の処方を契機に高用量のチエノジアゼピンへの依存を呈した一例について報告した。本例では耐性が形成され離脱症状を認めたが,置換法を経て離脱症状は早期に寛解した。生育歴を振り返る中で,ADHD の素因が依存形成過程に関与している可能性が示唆された。さらに,中年期から依存が形成されており,中年の危機という観点からの考察も試みた。入院環境において,個別の素因や依存形成過程,ライフサイクルなどを丁寧に振り返り扱うことは,ベンゾジアゼピン系作動薬依存の治療に有用であると思われた。
Key words:thienodiazepine dependence, etizolam, withdrawal, ADHD, midlife

●児童思春期患者へのECTの有用性と課題─3症例の後方視的検討─
池田 伸
 電気けいれん療法(ECT)は,現代の精神科医療における重要な治療オプションの一つであるが,国内では児童思春期患者へのECT 実施の報告は稀である。一方海外では症例報告やレビューが一定数存在し,児童思春期患者に対しても必要な状況であれば積極的にECT を施行するべきであるという主張がしばしばなされている。本稿では,過去に当院でECT が実施された思春期症例3 例の概略を提示し,各症例におけるECT の適応,実施方法,有効性,有害作用等について後方視的に検討を行った上で,児童思春期患者へのECT の有用性と課題について考察を行った。この年齢層においてもECT によって劇的な症状改善が得られる患者が存在することは確かであり,児童精神科医療に携わる者はECT の適応や方法に通暁し,リスクとベネフィットを慎重に衡量した上で,ECT に踏み切るべき状況を的確に見極めていくことが必要であろうと考えられた。
Key words:electroconvulsive therapy, children, adolescents, minors


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