●クレペリンの早発性痴呆の着眼点
久江 洋企
Kraepelin, E. が早発性痴呆を疾患単位として位置づけた際の着眼点を整理した。第一は「原因・症状・経過・転帰の重視」であり,Kahlbaum, K.L. の緊張病,Hecker, E. の破瓜病の両概念が取り入れられたこと,転帰として荒廃を特徴としたことである。第二は客観的観察の重視であり,彼の症状記載を教科書から取り上げた。さらにHoche, A. による批判とそれに対する呼応,ネオクレペリニズムの紹介と,彼の診断における慎重な態度,臨床と研究との距離の近さについて述べた。
Key words:Dementia praecox, Katatonie, Hebephrenie, Verblodung, clinical study
●文化と統合失調症
江口 重幸
統合失調症に向けられた視線には,その当初から生物学的なものと,環境や相互行為を重視する人文社会科学的なものが並行して存在した。今日統合失調症の概念やそれに向けたアプローチはさらに大きな変容を遂げている。筆者は,文化精神医学や医療人類学の系譜をたどりながら,とくに統合失調症(および広義の精神病的状態)の理解に大きな影響を及ぼした,文化精神医学者G. Devereux やP.M. Yap,中井久夫の議論を検討した。さらに,柳田国男の民俗学的解釈,近年の米国の医療人類学者によってもたらされている民族誌的アプローチによる統合失調症理解や,主観的経験を含む治療論について概観した。同時に,集団の中で特定のふるまいが伝播する「模倣/内面化」(Hacking)という部分に文化的要素を見ようとした。文化と統合失調症というテーマは,精神疾患のどこまでが自然科学的な動かない種であるのかという根本的問いをわれわれにくり返しもたらすものであることを示した。
Key words:schizophrenia, cultural psychiatry, medical anthropology, ethnography, imitation & internalisation theory( Hacking)
●人間学的精神病理学の現在─「人間」から〈脳〉へ─
清水 健信 松本 卓也
従来の人間学的精神病理学の特徴が,「人間」を「生物・心理・社会」統一体として捉えることと,統合失調症を人間存在そのものの病として特権化する「統合失調症中心主義」的「人間主義」にあることを述べた後,L. Binswanger の「水平性」概念を展開するとともに,P. Janet の「心理的力」「心理的緊張」,V. v. Weizsacker の「パトス的なもの」,木村敏の「ヴァーチュアリティ」について概説した。Binswanger は「横断性」の観点から読み直されることで,後三者は「人間」を何らかの「力」によって産み出された結果と見ていることで,「統合失調症中心主義」ひいては「人間主義」をはみ出す性質をもっている。これは反精神医学やDSM の操作主義診断とも呼応するものである。そして「人間」なるものの解体後に現れる,「メンタルヘルス」の時代における「人間以降」の何ものかを〈脳〉と名指して,精神医学の臨床における自律した概念の創造としての精神病理学の可能性を論じた。
Key words:Ludwig Binswanger, Pierre Janet, Viktor von Weizsacker, Bin Kimura, post-humanism
●反精神医学anti-psychiatry を振り返ってみる
榊原 英輔
反精神医学は,1960年代から70年代にかけて,統合失調症患者の施設収容主義や強制医療を批判し,精神医学の全否定を訴えた運動であった。本論では,反精神医学の代表的な論者であったSzasz,Cooper,Laing の主張から,中核となる三つの三段論法を取り出した。Szasz は,精神疾患には身体的損傷が見られないがゆえに,精神疾患は実在しないと主張した。Cooper は,精神疾患は,患者の家族と精神科医によって社会的に構成されたものであると批判した。Laing は精神疾患の症状は有意味であり,医療の対象ではないと主張した。これらの主張に真正面から反論するという方針は,軽度の精神疾患には適用しにくく,狭量で硬直した精神医学観を招きやすい。そこで本論では,「身体的損傷がなければ医療の対象とならない」「社会的に構成されたものは医療の対象とならない」「症状が了解可能であるものは医療の対象とならない」という三段論法の大前提に疑問を投げかけることで,精神医学の擁護を試みたい。
Key words:anti-psychiatry, Thomas Szasz, David Cooper, Ronald D. Laing
●Expressed Emotion を再考する
渡部 和成
統合失調症治療におけるExpressed Emotion(EE)の意義について考察した。統合失調症治療で薬物療法に併用する心理社会療法では,病識を持たせる患者心理教育よりも集団家族心理教育が効果的であり重要である。家族心理教育では,low EE 家族になれるようエンドレスに家族を指導していくことが望ましい。Low EE の5 つの条件には,統合失調症治療の鍵となる家族の態度に大切な要素がすべて含まれている。Low EE 家族では,患者は“愛の距離”で“褒める”“温かな”家族に支えられ,相談でき,安心して,適切になった薬物療法を受けながら,レジリエンスを高め病気を管理して回復に向かって歩むことができる。Low EE になった家族は,患者のわずかな前向きの変化にも家族自身の幸せを感じられるようになれる。様々な側面から判断して,EE 概念は統合失調症治療上最も重要なものの1 つであると認識されるべきであろう。
Key words:reconsideration, expressed emotion, schizophrenia