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■特集 これだけは知っておきたい統合失調症Ⅱ
●統合失調症の発病状況─現代の動向をさぐる─
清水加奈子  加藤 敏
 些細な日常に忍び込んだ社会の雰囲気を鋭敏に察知し,発病する統合失調症患者は少なくない。そのため,発病状況が時として不明瞭なこともある。しかしその内実をみると,統合失調症の発病状況として,社会へ参入する時期(裂開相)であること,権力を帯びた他者との出会い,そしてこれまで不十分な自我を代償してきた家族や共同体の喪失(想像的同一化の破綻)などが指摘できる。現代社会では,統合失調症の軽症化に寄与する因子も多数存在する一方で,あらたな発病形態も現れている。引きこもりの増加,ノマド的生活のしやすさ,インターネットの普及など,現代社会に特徴的な事象を提示しながら,統合失調症顕在発症あるいはその前段階でとどまる状況について,症例を交えつつ考察した。
Key words:dehiscent phase, internet, nomad, pre-schizophrenia situation, schizophrenia

●病前性格論
小林 聡幸
 統合失調症の病前性格論について,特定の性格が統合失調症になりやすいのではないかという視点から,歴史的なKretschmer の統合失調病質について概観したあと,Bleulerの分裂性と同調性の対照,その後のSullwold─ Strotzel の研究について触れた。続いて,統合失調症が広義の人格を冒す病いだという考え方について論説を加えた。
Key words:schizophrenia, schizoid personality disorder, schizotypal personality disorder, at-risk mental state

●統合失調症とは何か
古茶 大樹
 統合失調症に限らず,精神症候学で規定されている類型は理念型であることを指摘し,それを踏まえて統合失調症概念の出発点と現在について論じた。「統合失調症とは何か」という問いに,Kraepelin は疾患単位という実体を想定した。その姿勢は診断学を洗練しその身体的基盤を明らかにすべきという方向性を示している。ほぼ同時代のBleuler,E. は,この同じ問いに対し,あくまで心理学的水準に答えを見出そうとし,人間学的精神病理学へと展開する起点となった。そして現在は,統合失調症から,より広い括りである統合失調症スペクトラムへと関心領域が移りつつある。
Key words:schizophrenia, ideal type, dementia praecox, schizophrenia spectrum

●ヘッカーの破瓜病
高木 宏
 Hecker は当時精神医学界において単一精神病論が席巻していた1871年,「破瓜病」を発表した。それはKahlbaum が提唱した,精神病の経過と転帰に重点を置いた症候群のレベルでの分類によるものであった。Hecker は破瓜病を1 )思春期に引き続いて発病,2)さまざまな状態型が順を追って,または交代して出現,3)精神的衰弱状態への著しく速やかな転帰,4)終末的荒廃に独特な形式があり(Albernheit「馬鹿げた感じ」),その徴候は病初期にすでに認められる,という標識を持つ疾患形態であるとした。Hecker の破瓜病論は,その後さまざまな議論を巻き起こし,矛盾する扱いを受けたこともあったが,ICD─10の破瓜病の記述がHecker の破瓜病論そのものであるなど,現在の精神科臨床に多大な影響を与えている。またHecker が「破瓜病」で病初期から続く精神荒廃の独特の形式を見出した視点は,「診立て」をする際に必要な視点と同様なものである。
Key words:Hecker, hebephrenia, clinical diagnosis, operational diagnosis, Kahlbaum

●カールバウムの緊張病
渡邉 俊之
 緊張病が緊張病症候群として統合失調症から切り離されようとしている。しかしながら,Kraepelin が,Kahlbaum の緊張病を,緊張型として統合失調症に組み入れて以来,歴史的に見れば,緊張病を要に,多くの精神医学者たちが統合失調症について論じ続けてきたという経緯がある。統合失調症の緊張病症状は現在,往時ほどには目立たなくなった。しかしそれがきわめて不可思議な病態であることに変わりはない。緊張病とはそもそも何か。そしてなぜ,ほかならぬこの緊張病が統合失調症にアフィニティを持ったのか。統合失調症という病気の不可解さとあいまって,まだ鮮明にはこれらの謎は解けていない。今回,筆者は,Kahlbaum が緊張病を提唱して以来,その概念が精神医学史上どのようにとらえ返されてきたのか,精神科臨床のなかでどのように活かされてきたのかなど,筆者のつたない臨床経験もおりまぜつつ,簡単に振り返ってみたい。
Key words:schizophrenia, catatonia, catatonic syndrome, primitive reaction, hysteria

●クレペリンの早発性痴呆の着眼点
久江 洋企
 Kraepelin, E. が早発性痴呆を疾患単位として位置づけた際の着眼点を整理した。第一は「原因・症状・経過・転帰の重視」であり,Kahlbaum, K.L. の緊張病,Hecker, E. の破瓜病の両概念が取り入れられたこと,転帰として荒廃を特徴としたことである。第二は客観的観察の重視であり,彼の症状記載を教科書から取り上げた。さらにHoche, A. による批判とそれに対する呼応,ネオクレペリニズムの紹介と,彼の診断における慎重な態度,臨床と研究との距離の近さについて述べた。
Key words:Dementia praecox, Katatonie, Hebephrenie, Verblodung, clinical study

●非定型精神病
須賀 英道
 非定型精神病という診断用語は最近使われなくなってきているとはいえ,臨床的有用性は大きい。臨床的特徴として,急性発症で,激しく多彩な病像を呈し,短期間に寛解しても再発しやすく,これによる臨床的対応が,一般の統合失調症とは明らかに異なるからである。本稿では,臨床的特徴を詳細に記すとともに,診断概念の生じた歴史的背景,原因論的追究,非定型精神病の診断基準の作成の流れについても触れた。また,最近のDSM-5では非定型精神病をどのように解釈できるかについても言及した。
Key words:atypical psychoses, schizophrenia, bipolar psychoses, psychiatric diagnosis

●フランスにおける統合失調症の周辺
濱田 秀伯  高橋 晶子  山口 大樹  真鍋 淳
 フランス精神医学は20世紀初頭に,Kraepelin の早発痴呆,パラノイア,パラフレニーを批判的に受け容れ,自国の疾患分類とすり合わせながら解釈妄想病,復権妄想病,空想妄想病,慢性幻覚精神病など独自の妄想精神病群を確立した。2 つの大戦間には他国のように統合失調症の範囲を拡大せず,その周辺に類統合失調症,精神自動症,熱情精神病,被影響精神病,被影響症候群などの概念を提唱した。これらは1980年代に精神医学が世界的に均一化するまで続いた。
Key words:schizophrenia, delusional psychosis, paranoia, paraphrenia

●文化と統合失調症
江口 重幸
 統合失調症に向けられた視線には,その当初から生物学的なものと,環境や相互行為を重視する人文社会科学的なものが並行して存在した。今日統合失調症の概念やそれに向けたアプローチはさらに大きな変容を遂げている。筆者は,文化精神医学や医療人類学の系譜をたどりながら,とくに統合失調症(および広義の精神病的状態)の理解に大きな影響を及ぼした,文化精神医学者G. Devereux やP.M. Yap,中井久夫の議論を検討した。さらに,柳田国男の民俗学的解釈,近年の米国の医療人類学者によってもたらされている民族誌的アプローチによる統合失調症理解や,主観的経験を含む治療論について概観した。同時に,集団の中で特定のふるまいが伝播する「模倣/内面化」(Hacking)という部分に文化的要素を見ようとした。文化と統合失調症というテーマは,精神疾患のどこまでが自然科学的な動かない種であるのかという根本的問いをわれわれにくり返しもたらすものであることを示した。
Key words:schizophrenia, cultural psychiatry, medical anthropology, ethnography, imitation & internalisation theory( Hacking)

●人間学的精神病理学の現在─「人間」から〈脳〉へ─
清水 健信  松本 卓也
 従来の人間学的精神病理学の特徴が,「人間」を「生物・心理・社会」統一体として捉えることと,統合失調症を人間存在そのものの病として特権化する「統合失調症中心主義」的「人間主義」にあることを述べた後,L. Binswanger の「水平性」概念を展開するとともに,P. Janet の「心理的力」「心理的緊張」,V. v. Weizsacker の「パトス的なもの」,木村敏の「ヴァーチュアリティ」について概説した。Binswanger は「横断性」の観点から読み直されることで,後三者は「人間」を何らかの「力」によって産み出された結果と見ていることで,「統合失調症中心主義」ひいては「人間主義」をはみ出す性質をもっている。これは反精神医学やDSM の操作主義診断とも呼応するものである。そして「人間」なるものの解体後に現れる,「メンタルヘルス」の時代における「人間以降」の何ものかを〈脳〉と名指して,精神医学の臨床における自律した概念の創造としての精神病理学の可能性を論じた。
Key words:Ludwig Binswanger, Pierre Janet, Viktor von Weizsacker, Bin Kimura, post-humanism

●反精神医学anti-psychiatry を振り返ってみる
榊原 英輔
 反精神医学は,1960年代から70年代にかけて,統合失調症患者の施設収容主義や強制医療を批判し,精神医学の全否定を訴えた運動であった。本論では,反精神医学の代表的な論者であったSzasz,Cooper,Laing の主張から,中核となる三つの三段論法を取り出した。Szasz は,精神疾患には身体的損傷が見られないがゆえに,精神疾患は実在しないと主張した。Cooper は,精神疾患は,患者の家族と精神科医によって社会的に構成されたものであると批判した。Laing は精神疾患の症状は有意味であり,医療の対象ではないと主張した。これらの主張に真正面から反論するという方針は,軽度の精神疾患には適用しにくく,狭量で硬直した精神医学観を招きやすい。そこで本論では,「身体的損傷がなければ医療の対象とならない」「社会的に構成されたものは医療の対象とならない」「症状が了解可能であるものは医療の対象とならない」という三段論法の大前提に疑問を投げかけることで,精神医学の擁護を試みたい。
Key words:anti-psychiatry, Thomas Szasz, David Cooper, Ronald D. Laing

●Expressed Emotion を再考する
渡部 和成
 統合失調症治療におけるExpressed Emotion(EE)の意義について考察した。統合失調症治療で薬物療法に併用する心理社会療法では,病識を持たせる患者心理教育よりも集団家族心理教育が効果的であり重要である。家族心理教育では,low EE 家族になれるようエンドレスに家族を指導していくことが望ましい。Low EE の5 つの条件には,統合失調症治療の鍵となる家族の態度に大切な要素がすべて含まれている。Low EE 家族では,患者は“愛の距離”で“褒める”“温かな”家族に支えられ,相談でき,安心して,適切になった薬物療法を受けながら,レジリエンスを高め病気を管理して回復に向かって歩むことができる。Low EE になった家族は,患者のわずかな前向きの変化にも家族自身の幸せを感じられるようになれる。様々な側面から判断して,EE 概念は統合失調症治療上最も重要なものの1 つであると認識されるべきであろう。
Key words:reconsideration, expressed emotion, schizophrenia

●ダブルバインド理論がもたらしたもの
野村 直樹
 ダブルバインドは,スキゾフレニアの初期治療で驚異的な成果を上げるオープンダイアローグの理論的基盤である。ベイトソンらによるコミュニケーションにおける「関係性言語」が,ナラティヴの言語観と相まって,新たな対話世界の創出につながった。言葉は,対話という環境に置かれることで動的な性質を帯び,相互作用の過程において新たに意味を獲得し,意思をもち,矛盾し,すり替わる「生きた言葉」の変幻自在を見せる。ベイトソンらによる「生きた世界の認識論」は,近代科学の代案(alternative)でもあり,補完でもある。
Key words:double bind, narrative, dialogue, not-knowing, circular causality

●安永のファントム理論
秋山 剛
 安永は通常の手段では了解不可能な統合失調症の体験世界を概念化するために,Wauchope のパターン概念,錯覚運動の原則,Gregory の「図式」概念に,心的距離に関するファントム機能という仮説を導入し,この機能に障害をきたしパターンが逆転したかのような体験が,統合失調症の症状であるとした。ファントム理論の知見を臨床的に応用して,患者の体験について話し合うことができる。また理論の妥当性について,今後の実証的研究が望まれる。
Key words:phantom theory, Yasunaga, Wauchope, schizophrenia, scheme

●統合失調症と内因性─精神病性も視野に含めて─
岩井 一正
 変質理論を基盤に精神医学に導入された内因の概念は,今日では原因不明性へと意味が変貌した。操作的診断の無理論主義は,この概念を放擲している。身体に基礎づけられる精神病における病態発生的な結びつきの直接性とは異なって,内因性精神病は生物学的な一義的な規定性を免れ,結びつきの間接性が自由空間を作っている。内因性精神病には心の固有法則性が含まれている。その意味で内因性は,遺伝という源流から解放され,心的構造や状況と絡み合い,さらには心自身が狂うといったメタ因性も議論に含まれる拡がりをみせている。一方,これまで厳格な概念規定を受けなかった精神病の概念は,急性精神病にみられる横断面像へと縮小して,精神病性として枠づけることが望ましい。このように精神病よりも精神病性が注目され,また内因性の捉え方が変わってくるにつれて,統合失調症概念も今後変化が見込まれる。
Key words:schizophrenia, endogeneity, psychoticity, structural-dynamic circulatory process, unitary psychosis

■臨床経験
●非痙攣性てんかん重積状態の後遺症としてKorsakoff 症候群を呈した一例
佐々木和音  佐野 奈々  高橋 杏子  関口 直樹  大坪 天平
 非痙攣性てんかん重積状態(nonconvulsive status epilepticus:NCSE)は,適切に治療がなされれば後遺症を残すことなく回復することも多いが,発作が長時間持続すると時に深刻な後遺症を残す。しかしその後遺症がNCSE の直接的な作用によるものか,基礎疾患や合併症によってもたらされたのかを判別することは難しい。本症例は1 型糖尿病の既往をもつ60歳の男性で,高血糖高浸透圧症候群で入院した際にNCSE を併発した。インスリン治療により高血糖が解除され,抗てんかん薬投与によりNCSE が回復した後も記憶障害が持続し,最終的にKorsakoff 症候群を呈した。一般的に高血糖高浸透圧症候群は予後良好とされていることから,本症例はNCSE 自体がその予後に深刻な影響を与えうる可能性を示唆する症例と言える。
Key words:nonconvulsive status epilepticus( NCSE), Korsakoff syndrome, confabulation, diabetic coma

●強迫性障害を伴う神経性食思不振症に対してaripiprazole の単剤治療が有効であった一例
奥田 俊伸  綿貫 俊夫  渡邉 義文
 強迫性障害を合併した神経性食思不振症に対し,aripiprazole(APZ)の単剤治療が有効であった一例を経験した。神経性食思不振症の診断にて通院加療中に,強迫症状が出現し,頻回の手洗いや自分の使用する食器を何度も洗ったり,肥満恐怖から肉や油,乳製品等が食べられなくなった。強迫症状の出現により食事量も徐々に減り,体重減少をきたすようになったため入院となった。APZ 単剤で治療を開始して12mg まで漸増したところ,頻回の手洗いや食事に対するこだわりも見られなくなり,結果として体重増加が得られた。強迫性障害が顕在化している神経性食思不振症に対してAPZ が有効な治療法となりうることが示唆された。
Key words:aripiprazole, obsessive-compulsive disorder, anorexia nervosa, second-generation antipsychotics


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