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■展望1

●精神疾患における情動の意義
前 田 久 雄
 情動の心理学および情動回路の観点から、神経症および精神分裂病を中心に発症機序や病態生理について論じた。神経症では情動の条件づけや情動が関与している葛藤がその発症に深く関わっていることを述べた。精神分裂病では、情動が形成され、さらには行動として統合される際に必要な、環境刺激由来の感覚性神経情報処理過程へのドーパミン入力が過剰になっており、幻覚・妄想や緊張病症状などの陽性症状を発現させている可能性があることを述べた。概論的には、情動が、心理学―大脳機能―精神疾患の関連性を理解する上で重要な座標軸の要になっていること、さらには、脳とこころ、あるいは神経科学と認知科学の接点となっていることを指摘した。
Key words :emotion, conflict, neurosis, schizophrenia, dopamine

■特集1 気分安定薬の使い方


●気分安定薬の概念と歴史
岸 本   朗  井 上 雄 一
 気分安定薬は、抗うつ薬、抗躁薬と共に、今日の感情障害臨床に無くてはならないものになりつつある。このカテゴリーに属する薬剤では、他の疾患への治療適応取得後かなり経過してから感情障害の病相予防に有効であることが確認されたものが多い。また、ほとんどの薬剤が抗躁効果を併せ持つが、抗うつ作用を有するものは少ない。気分安定薬としては、最初に開発されたlithiumが標準薬になっていることはいうまでも無いが、薬剤毎に適応スペクトルが異なっているし、近年では併用療法により各薬剤の相乗(もしくは相加)作用を期待する向きも少なくない。また、気分安定薬のファーストラインにあるcarbamazepineの病相予防効果がわが国から発信されたことも特筆に価する。本稿では、各薬剤の開発の歴史を鳥瞰すると共に、それぞれの適応の差異、今後の展望と問題点についても若干のコメントを加えたい。
Key words :mood disorder, mood stabilizer, lithium, carbamazepine, valproic acid

●気分安定薬の種類・適応・作用機序
本 橋 伸 高
 気分安定薬の原型はlithiumであり、双極性障害の治療に用いられ、急性期の治療のみならずその後の躁うつ両病相の予防にも有効な薬物と考えられる。気分安定薬にはvalproateとcarbamazepineが含まれるほか、ベンゾジアゼピン化合物のclonazepamやlorazepam、新しい抗けいれん薬であるlamotrigineやgabapentin、カルシウム拮抗薬であるverapamilやnimodipine、甲状腺ホルモンなどが同様の作用を有すると期待されている。双極性障害以外では、痴呆や人格障害患者の行動異常、パニック障害などの治療に対する効果が報告されている。気分安定薬の作用機序についての研究は、神経伝達物質から細胞内情報伝達系や遺伝子制御に関するものに移行しており、最近では神経保護作用が注目されている。今後は脳の機能や神経回路網との関連から作用機序の解明がなされ、新しい気分安定薬の開発に結びつくことが期待される。
Key words :carbamazepine, lithium, mood stabilizer, valproate, mechanisms of action

●精神分裂病・分裂感情障害治療における気分安定薬
山 田 和 夫
 精神分裂病、分裂感情障害の治療において気分安定薬は一定の効果を有している。Lithium(Li)は抗精神病薬の効果を全般的に増強させるので、感情障害のない分裂病に対しても追加投与し、効果を期待できる。Liは抗精神病薬との併用により、慢性の治療抵抗性分裂病に有効であり、衒奇的な行動と姿勢、非協調性、興奮およびうつ症状に対して効果が認められている。分裂感情障害に対しては、Liを用いる価値がある。Carbamazepine(CBZ)は治療抵抗性の分裂病の中で、躁的興奮、衝動性、攻撃性などを標的症状として併用療法で用いられる。慢性分裂病に対しても効果が期待される。分裂感情障害に対しては更に高い効果が期待される。CBZは強力な代謝酵素誘導作用により、抗精神病薬の血中濃度を低下させるが、精神症状を悪化させる例は少ない。分裂病に対するvalproic acid(VPA)の効果は乏しいが、脳波異常や側頭葉症状を有する場合は、CBZやVPAが有効な場合がある。Clonazepamは、アカシジアやレストレスレッグス症候群の治療に効果を有する。
Key words :treatment-resistant schizophrenia, lithium, carbamezepine, valproic acid, clonazepam

●気分障害における気分安定薬
堤    隆  穐吉 條太郎
 現在の精神科治療において、気分安定薬は気分障害の治療を行う上で非常に重要な役割を担っている。近年、気分障害の治療における合理的な薬剤の選択方法としてアルゴリズムが示されているが、その中でもさまざまな気分安定薬の使い方が取り上げられている。双極性障害の急性期および維持のための薬物治療において、現在ではlithium、carbamazepineやvalproateなどの地位が確立されている。また双極性障害だけにとどまらず、うつ病性障害に気分安定薬が使用されている。本稿では気分障害の薬物治療を行う際の気分安定薬の使い方における重要なポイントと、日常よく用いられている気分安定薬とその他の気分安定薬について薬剤別に紹介した。
Key words :bipolar disorder, carbamazepine, lithium, valproate, verapamil

●児童・思春期の情動障害と気分安定薬
佐藤 喜一郎
 最近、臨床薬理学の進歩に伴い、精神科領域の薬物療法の考え方が変わってきた。従来の薬物の適応症の枠を越えて、症状や状態像に応じて使い分けたり、併用することが多くなってきた。気分安定薬がその典型である。気分安定薬は薬物分類としてはまだ確立していないが、臨床的適応やその効果はかなり明らかになってきた。
 児童・思春期の気分障害スペクトラムや攻撃的行動や情動不安定な患児に気分安定薬が効果があり、他の薬物との併用の効果も明らかになってきた。ただし、児童・思春期では、薬物動体が成人とはまだ異なり、使用にいくつかの注意が必要である。今回は、児童・思春期の双極性障害と情動不安定な患児を中心に、lithium、valproic acid、carbamazepineなどの使用上の注意や副作用、抗精神病薬や抗うつ薬などとの併用について述べた。
Key words :mood disorder, aggressive behavior, mood stabilizer, antipsychotics, antidepressants

●気分安定薬の副作用
糸 賀   基  妹 尾 晴 夫  堀 口   淳
 本邦で気分安定薬として使用されている、lithium(Li)、carbamazepine(CBZ)、valproate(VPA)、clonazepam(CNZP)の副作用についてまとめた。その多くは血中濃度依存性に出現するが、可逆性であり、投与量の減量、中止により改善する。しかし中には、重篤化し、ときには致死的副作用となりうるものがある。CBZ、VPAによる皮膚粘膜眼症候群(Stevens-Johnson症候群)、中毒性表皮壊死症(Lyell症候群)などの皮膚疾患、また頻度は少ないが、汎血球減少、無顆粒球症、再生不良性貧血などの血液疾患、致死性肝障害などがあげられる。また過量摂取時の中毒症状も忘れてはならない。さらにLi、VPAについては心奇形、CBZ、VPAについては脊椎分離症(spina bifida)などの発生率が高くなるので注意が必要である。
Key words :mood stabilizer, adverse effect

■展望2

●海外における抗うつ薬の現状 ―SSRI、SNRIからNaSSAまで―
田 島   治
 すでに海外で使用され、今後わが国でも登場が予定されるfluvoxamine以外のSSRIであるparoxetineやsertraline、fluoxetine、citalopramのほか、セロトニンとノルアドレナリンの再取り込みを選択的に阻害する薬剤でselective serotonin noradrenaline reuptake inhibitors(選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)ないしはserotonin norepinephrine (noradrenaline) reuptake inhibitors(SNRI)と呼ばれる薬剤で、まもなく登場予定のmilnacipranと、欧米ですでに広く用いられているvenlafaxine、α 2 受容体拮抗作用を有するmianserinの後継ともいえるmirtazapine(NaSSA, Noradrenergic and Specific Serotnergic Antidepressnats、ノルアドレナリン作動性特異的セロトニン作動性抗うつ薬)など海外ですでに登場している新しい薬剤のプロフィールと海外における評価や使用状況を紹介し、不安とうつの薬物療法の現状と今後の可能性を述べた。
Key words :newer antidepressants, SSRI, SNRI, NaSSA, NARI

■特集2 Paroxetineへの期待

●Paroxetineの海外での臨床適応
高橋 明比古
 Paroxetineの海外での臨床使用状況について概説した。うつ病の短期効果(急性期効果)では、三環系抗うつ薬に代表される既存の抗うつ薬および他のSSRIとも同等の効果を有している。また重症例に対する効果も同等である。しかし“内因性”うつ病に対する効果では三環系抗うつ薬との効果差を指摘する報告もあり、今後の検討課題であると思われる。一方うつ病の再燃、再発抑制効果(長期効果)が確認されており、副作用が軽微である点からもその有用性は大きい。この副作用、特に抗コリン作用が軽微なことは高齢者における治療上大きな利点である。またパニック障害、強迫性障害の短期効果、長期効果も確認されている。これらの疾患以外にも、社会恐怖、全般性不安障害、外傷後ストレス障害、月経前緊張症候群、摂食障害、疼痛、早漏などに対する有効性が示唆されており、paroxetineの臨床導入が待たれる。
Key words :paroxetine, clinical efficacy, endogenus depression, psychiatric disorder

●Paroxetine
―わが国の精神科領域におけるうつ病を対象とした臨床試験成績―
石郷岡 純  岩 尾 光 浩
 わが国の精神科領域で行われた、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)paroxetine(PXT)のうつ病を対象とした臨床試験結果を概観した。オープン試験では既存の抗うつ薬と同等の有効性が認められ、長期投与でも効果が維持されることが示唆された。Imipramineとの比較試験では有効性は同等であり、amitriptylineとの比較試験では、有効性に有意差はみられなかったが、同等性の検証はできなかった。三環系抗うつ薬に比べ、PXTでは抗コリン性副作用は少なく、一方、嘔気、頭痛が主な副作用として認められた。またPXTは、高齢者、軽微な肝・腎機能障害者でも安全に使用できることが示唆された。至適初期用量は20mg/日と考えられた。
Key words :paroxetine, efficacy, tolerability, depression, SSRI

●うつ病―内科領域におけるparoxetineの適応
久保木 富房
 1957年にimipramineに抗うつ効果のあることが発見されてから、より有効で、速効性があって、副作用の少ない抗うつ薬の開発がなされてきた。
 近年、第三世代の抗うつ薬として、選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI : selective serotonin reuptake inhibitor)が開発されている。それらの薬剤は第一世代の抗うつ薬とほぼ同等の効果をもち、抗コリン性の副作用や心循環器系への影響が少ないという特徴があり、欧米では広く臨床で用いられ、その有用性が報告されている。
 今回は我が国で実施されたparoxetineの臨床評価の概略を紹介する。本試験は内科、心療内科領域のうつ病およびうつ状態の患者において、trazodoneを対照薬として二重盲検群間比較試験(220名)を実施し、paroxetineが有効性および安全性において有意に優れていることが証明された。低用量からの漸増投与法が臨床的には有用と考えられる。
Key words :mild depression, SSRI, paroxetine, obsessive-compulsive disorder, panic disorder

●Paroxetine ―わが国での開発状況
坪 井 康 次
 わが国でも選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor : SSRI)が発売され、パニック障害の治療薬として登場する予定である。これまで、パニック障害の薬物療法には、三環系抗うつ薬、抗不安薬、β遮断薬などが使用されてきたが、SSRIは、これら薬剤に比べて、依存性がほとんどないこと、抗コリン系の副作用の少ないことなどから、欧米では第1選択薬になっている。パニック障害では、脳幹部、辺縁系、前頭前野にまたがる神経生理学的機能異常が推定されており、それらに対して、SSRIによるシナプス間隙のセロトニン濃度の上昇が調整的に作用すると考えられている。わが国におけるparoxetineの臨床試験でも80%以上の改善度が得られており、パニック障害治療の新しい展開が期待される。
Key words :SSRI, paroxetine, panic disorder, pharmacology, antidepressant

■原著論文

●塩酸sultoprideとzotepineの相互作用に関する研究
―動物モデルを用いた基礎研究―
唐 沢 淳 一  大 野 桂 司  森   隆 夫  高 木   香  堀 込 和 利
 日常の精神科診療の場では、複数の薬剤を併用することが比較的多い状況にある。しかしながら、多剤併用による有効性と安全性は未だ確立していない。塩酸sultopride(STP)とzotepine(ZTP)は、鎮静効果が強く効果発現が速いという類似した特徴を有しており興奮状態や躁状態に使用されている。副作用に関してはSTPは錐体外路障害、ZTPは痙攣閾値の低下、抗コリン作用に基づく便秘、イレウスが臨床上問題となることがあるが、両薬物を併用することで相加的な治療効果を発揮しつつ副作用を重畳させないことが臨床上しばしば経験されている。今回、動物実験において両薬物を併用した際の有効性、および安全性を検討した。その結果、併用における有効性は相加的に増強させる一方で、それぞれの副作用には影響を与えなかった。このことから、STPとZTPの併用は効果を維持したまま、副作用を最小限に抑えられることが示唆された。
Key words :sultopride, zotepine, polypharmacy