■展望
●ニューロサイエンスの進歩は画期的な向精神薬をもたらすか
佐 藤 光 源 沼知 陽太郎 藤 山 航
現在の向精神薬は対症療法にとどまり、抗精神病薬や抗うつ薬の奏効機序も未確定な部分が大きい。さらに、治療抵抗性を示す一群や副作用のために有効量を使用できない症例も少なくない。こうした現状を打破する戦略について考察した。神経科学的な進歩を取り入れる前に、臨床精神薬理学的な知見を起点とした創薬手順が必要なことを指摘した。対症療法においては既存の向精神薬の奏効機序を確定して、その中核部分に特異的に作用する新薬を開発する戦略が今後も重要と考えた。また、薬物の急性精神毒性を利用して、その脳内直早期遺伝子の発現を手がかりに分子生物学的な手法で難治性病像への新たな治療薬を開発する戦略にも触れた。いわゆる内因性の精神障害には脆弱性ストレスモデルの採用を推奨し、発症過程と発症脆弱性を分けた新薬開発を重視した。原因治療薬の開発にはこの発症脆弱性を解明することが前提となるが、急性精神病エピソードの発症脆弱性については覚醒剤精神病にみられる逆耐性現象が手がかりになることを解説した。
Key words :development of new psychotropics, advance in neuroscience, symptomatic
therapy, etiological therapy, diathesis stress model
■特集 21世紀の精神科薬物療法 II
●精神分裂病の神経発達障害仮説から見た新薬開発の可能性
車 地 曉 生 西 川 徹
精神分裂病の病因として、胎生期から成年期に至る中枢神経系の発達の異常が考えられている。この仮説は、脳の形態学と神経病理学的研究、ならびに疫学的研究結果によって支持されており、分裂病患者の死後脳を用いた研究では、神経発達に関与する生理活性分子の機能異常を示唆する結果が次々に報告されている。また、ドーパミンと共にその神経伝達の異常が分裂病の病態に関与していると考えられている興奮性アミノ酸も、神経発達において重要な働きをしており、神経発達障害仮説の観点から分裂病の新しい治療薬を考える上でも、興奮性アミノ酸に関連する物質も有力な候補のひとつである。今後の研究において、神経発達のどういった過程のいかなる活性分子の機能異常が、分裂病の病因として関与しているかを解明することによって、分裂病の予防あるいは治療を行う新しい薬物の開発を期待することができる。
Key words :schizophrenia, neurodevelopment, ontogenesis, NMDA receptor
●双極性障害の病因仮説と新たな治療薬の可能性
加 藤 忠 史
病因仮説に基づく双極性障害の新薬開発においては、1)治療薬の作用機序から導かれた仮説に従って、特異性を高め、副作用を少なく有効性を高くした薬剤、2)既存の薬物と同じ系に作用するが、作用点が異なる薬剤、3)治療薬の作用機序に基づかない仮説に基づいた、全く作用機序が異なり、現存治療薬の無効な患者にも効果がある薬剤、という3つのアプローチからの開発が考えられる。最近登場しつつある新薬はすべてモノアミン仮説に基づくもので、1)に含まれるセロトニン選択性再取り込み阻害薬(SSRI)であるparoxetine、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるmilnacipran、可逆性モノアミン酸化酵素阻害薬(RIMA)などの抗うつ薬が登場してきた。今後は、細胞内情報伝達系異常仮説(イノシトールモノフォスファターゼ阻害薬など)や、他の仮説に基づく新たな気分安定薬の開発が期待される。
Key words :bipolar disorder, mood stabilizer, antidepressant, drug development
●抗うつ薬はモノアミン仮説を越えられるか?
土 岐 完 小 澤 寛 樹 山 田 真 吾 斎 藤 利 和
これまで多くの抗うつ薬がモノアミン仮説に基づいて開発され、臨床においても一定の治療効果を上げている一方で、1970年代後半から抗うつ薬の作用機序がモノアミン仮説だけでは説明の付かないことが指摘され、従来の抗うつ薬には反応を示さない難治性の一群が存在することが指摘されてきた。近年、細胞内情報伝達系に関する研究が飛躍的に進んだことで、うつ病の病態生理にはシナプスにおける情報伝達の異常だけではなく、受容体以降の細胞内情報伝達系の異常も関与していることが明らかとなり、新規抗うつ薬の開発に際しても次第に受容体以降(beyond
receptor)に目が向けられるようになっている。本稿ではこれまでに明らかになった気分障害における細胞内情報伝達系の異常について解説し、細胞内情報伝達系により直接的に作用する新規抗うつ薬の可能性について論じた。
Key words :antidepressant, G protein, second messenger, adenylyl cyclase,
phospholipase C
●不安障害の遺伝子研究から見た新たな治療薬の可能性
堀之内 由起子 穐吉 條太郎
近年、不安障害においては遺伝学的側面や神経伝達物質の機能などの生物学的研究が進んでいる。これらの成果をもとに不安障害の治療上、これまでのベンゾジアゼピン系薬剤および抗うつ薬に加えて新たな治療薬の可能性が拡大してきた。不安に関連すると考えられている神経伝達物質は、従来から様々な検討がなされてきた脳内アミンであるGABA、ノルアドレナリン、セロトニンなどのほかに、最近不安との関連においてcholecystokinin(CCK)、corticotropin
releasing factor(CRF)、neuropeptide Y(NPY)、substance P、orphanin FQなどが注目される。また、それらの物質の発現に関わる遺伝子や、神経伝達を媒介する受容体の機能についても検討されている。不安障害のメカニズムは複雑であるため様々な因子を組み合わせての治療が想定されるわけだが、これまでの研究をもとに不安の生成過程や神経伝達物質の作用機序の解明がなされて、あらたな治療薬の開発が進むことが期待される。
Key words :anxiety, genetics, neurotransmitter, serotonin, cholecystokinin
●進むアルツハイマー病の遺伝子研究と新薬
柴 田 展 人 新 井 平 伊
アルツハイマー病(AD)の中核症状に対する治療薬は現在のところ進行を抑制する効果は得られているものの、改善させるまでには至っていない。一方、ADの主病態である老人斑と神経原線維変化、および広範な神経細胞の脱落の解明は、分子生物学的研究により急速に進んでいる。また家族性ADの研究から様々な原因遺伝子、遺伝学的危険因子が同定されている。それら遺伝学的因子とADの主病態の関連が次第に明らかにされつつある。特にアミロイド仮説については、AD発症と密接に関連すると考えられ注目が集まっている。本稿では、アミロイド仮説を中心にADの各々の病態に関連する分子遺伝学的研究と、その病態を改善する新薬の可能性について紹介する。多因子遺伝病であるADへの治療的アプローチには家族性ADの遺伝子治療の可能性も含まれ、今後の発展が期待されている分野である。
Key words :Alzheimer's disease, genetic study, pharmacotherapy
●外傷後ストレス精神障害に対する新しい薬物治療の可能性をめぐって
森 信 繁 藤巻 康一郎 山 脇 成 人 加 藤 進 昌
外傷後ストレス障害(PTSD)の新しい薬物治療の可能性を検討する目的で、PTSDの臨床診断上の異種性やPTSDの発症に関する分子薬理学的機序について再考してみた。PTSD診断上の異し種性に関しては、起因となる外傷の非日常性という点への吟味・単回の外傷経験であるか反復性の経験であるかの吟味・PTSDの
comorbidityを念頭においた上での臨床症状への吟味、などが薬物反応性を評価していく時に重要になると考える。PTSD薬物治療の新しい展開としては、本障害を引き起こす興奮性のシナプス伝達を予防的に抑えていく早期介入的薬物治療が必要とされ、今後このような目的に応じた薬物による基礎的・臨床的チャレンジが本障害の克服には必要と思われる。
Key words :Post-traumatic stress disorder (PTSD), cAMP response element binding
protein (CREB), Brain-derived neurotrophic factor (BDNF), Long-term
potentiation (LTP), N-methyl-D-aspartate receptor (NMDA)
■原著論文
●Risperidone誘発性錐体外路症状に関与する要因
―血漿中Risperidone、9-OH-Risperidone濃度と血漿中抗 5-HT2A /抗D2活性比―
柳 田 浩 諸川 由実代
Risperidone(RIS)単剤投与中の精神分裂病患者20名を対象とし、血漿中RIS濃度と9-hydroxy-RIS(9-OH-RIS)濃度の総和および血漿中抗dopamine(D2
)活性および抗serotonin(5-HT2A )活性の薬原性錐体外路症状(Extrapyramidal Symptoms : EPS)への関与について検討した。血漿中RIS濃度と9-OH-RIS濃度の総和と薬原性錐体外路症状評価尺度(Drug-Induced
Extrapyramidal Symptoms Scale : DIEPSS)の間には有意な正の相関を認めた(r=0.525、p=0.0175)。血漿中抗5-HT2A
活性値を抗D2 活性値で除した値(S/D比)とDIEPSS得点の間には負の相関傾向を認めた(r=0.416、p=0.0681)。さらに血漿中RIS濃度と9-OH-RIS濃度の総和により高濃度群、低濃度群、S/D比により高S/D群、低S/D群に分け4群間のDIEPSS得点の平均値を比較した結果、高濃度・高S/D群と高濃度・低S/D群の間では差を認めなかった。一方、低濃度・高S/D群におけるDIEPSS得点の平均値は、低濃度・低S/D群のそれと比較し約1/10の低値を示した。これらの結果から、RIS投与時におけるEPS発現には血漿中RIS濃度と9-OH-RIS濃度の総和およびS/D比が関与しており、血漿中RIS濃度と9-OH-RIS濃度の総和が高い場合、S/D比の高低にかかわらずEPSが発現しやすくなること、一方、血漿中RIS濃度と9-OH-RIS濃度の総和が低い場合にはS/D比が高値であるほどEPSの発現が抑制されることを示唆した。
Key words :risperidone, 9-hydroxy-risperidone, extrapyramidal symptoms, serotonin-
dopamine antagonist, atypical antipsychotics, schizophrenia
●Olanzapineの精神分裂病患者に対する長期安全性試験
小椋 力 小山 司 三田俊夫 丹羽真一 大森健一
町山幸輝 山内俊雄 遠藤俊吉 融道 男 八木剛平
田村敦子 牛島定信 上島国利 鈴木二郎 青葉安里
村崎光邦 小阪憲司 越野好文 中嶋照夫 井川玄朗
野村純一 斎藤正己 堺俊 明 武田雅俊 山上 榮
吉益文夫 渡邊昌祐 黒田重利 山脇成人 田代信維
中根允文 稲田俊也 栗原雅直 三浦貞則 工藤義雄
Olanzapineは MARTAタイプの非定型抗精神病薬であり、精神分裂病患者に対する長期投与時の安全性及び有効性を確認するため長期投与試験を実施した。
本試験ではICD-10で F20. に該当する患者を対象に、120例の患者に投与された。初回用量5mg/dayから開始し、症状の変化に応じ最高用量15mg/dayまで、投与期間は6ヵ月以上、最大12ヵ月とした。また、必要に応じ他の抗精神病薬の併用を可とした。
その結果、6ヵ月時点のFGIRでは67.2%が改善を示し、BPRSにおいても試験開始時に比し有意に改善した。また、DIEPSS合計点、AIMS不随意運動合計点においても試験開始時に比し有意に改善した。主なTESSとしては、不眠(症)、眠気、体重増加、アカシジア、振戦、不安及び倦怠感が認められた。
精神分裂病患者にolanzapineを投与した結果、前相までの短期投与と同様の成績が得られ、また抗精神病薬を併用した場合でも十分な安全性と有効性が認められた。
Key words :olanzapine, atypical antipsychotics, MARTA, long term study
■総説
●過眠症の診断と治療
本 多 裕
眠気と過眠と過眠症は区別して考える必要がある。過眠症には多くの疾患が含まれるが、そのうち重要なナルコレプシー、特発性過眠症、反復性過眠症、睡眠不足症候群について睡眠障害国際分類(ICSD)の診断基準を紹介するとともに、わが国の実地臨床場面に合った診断基準改訂案を提案した。また反復する日中の居眠りが慢性的にあるが情動脱力発作を伴わない真性過眠症候群の診断基準を提案した。さらにそのsubtypeとしてREM-hypersomniaの概念を提案した。過眠症の診断の進め方を具体的にまとめ、治療の方針については個々の過眠性疾患ごとに具体的に詳しく述べた。過眠症患者は社会生活場面で多くの困難に直面している。薬物療法のみでは十分とはいえず、生活全体の改善が必要である。重症の過眠症患者は過眠性睡眠障害者というべきで、医療対策にとどまらず福祉的援助が必要であり、国の施策が必要であることを述べた。
Key words :hypersomnia, diagnostic criteria, treatment, social life, hypersomniac