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■展望

●TCA,SSRI,SNRIの徹底有効性比較
樋口輝彦
 三環系抗うつ薬(TCA),SSRI,SNRIの臨床効果をメタ解析の結果を中心に比較検討した。検討した項目は,1)有効性(改善率,反応率の比較;寛解率の比較;難治性症例に対する効果),2)効果発現速度,3)再発・再燃予防効果である。有効性については,SSRIは最近の入院症例(比較的重症)を対象にメタ解析した報告ではTCAに比してやや劣るとする報告が多い。軽症例においては両者に差はない。SNRIとTCAの比較はまだ十分ではないが,今のところ両者の改善率に差はない。SSRIとSNRIの比較もまだ多くないが,今のところSNRIの方が優れるとする報告が多い。寛解率の比較ではmilnacipranとSSRIの間には明確な差はないが,venlafaxineについてはSSRIに優ることが明らかにされている。難治性に対するSNRIの有効率についてはまだRCTは少なくオープン試験が中心であるが,SSRIについては有効率56%と高い数値が報告されている。効果発現に要する時間についてはSSRIではcitalopramが,またSNRIが比較的短いとされるが即効性とは言いがたい。長期投与試験の結果からはSSRI,SNRI共に再燃・再発防止効果を有しており,耐用性の点で長期投与が困難であるTCAと異なり,今後再発防止に大きな期待が持たれる。
Key words: TCA(tricyclic antidepressants), SSRI, SNRI, efficacy, meta―analysis

●抗うつ薬の作用機序からみたうつ病の病態メカニズム
森信 繁
 抗うつ薬の,主に動物実験から得られた薬理作用をもとに,うつ病の病態メカニズムについて概説した。抗うつ薬の大半がトランスポーター機能阻害を標的としているため,シナプス間隙中のノルアドレナリン・セロトニン濃度を亢進させる作用は,抗うつ効果の第一歩と思われる。しかしながら特に抗うつ薬慢性投与研究では,受容体・細胞内情報伝達系・遺伝子発現など,多様な影響が報告されている。このため情報伝達経路にそって幾つかのコンパートメントに分類して,抗うつ薬の作用からみて考えられるうつ病の病態を紹介した。特に,作用の異なった多種類の抗うつ薬にとって,共通の現象として最近注目されているCREB―BDNF系や神経新生効果について詳しく触れてみた。同時にうつ病の臨床病態像の違いに注目して,病態の多様性を形成するメカニズムに関しても推論した。
Key words: transporter, receptor, CREB, BDNF, neurogenesis

■特集 抗うつ薬を徹底比較する―抗うつ薬の棲み分け

●三環系抗うつ薬が必要な症例とは?――従来型抗うつ薬として――
尾鷲登志美  大坪天平
 近年,新規抗うつ薬が脚光を浴びている。しかし,現在でも尚,抗うつ薬として最も歴史のある三環系抗うつ薬(TCA)が必要とされ,処方されている症例は多い。本稿ではTCAの臨床適応について,実際に処方されている状況,臨床試験結果,アルゴリズムの視点から述べた。TCAは新規抗うつ薬と比較して副作用の発現様式が異なり,中でも心毒性を有するために大量服薬の際には特に危険である点は劣位にあるが,全てにおいて劣るというわけではなさそうである。総じて,精神病性の特徴を伴う場合,重症,入院患者,メランコリー型,患者自らが希望する場合には,TCAが第一選択薬となり得る。また,SSRIやSNRIにより抗うつ効果が得られなかった症例に対しTCAに変更して有効である場合がある。近年ではSSRIとTCAのcombinationも見られているが,その際には薬物相互作用に注意するべきである。
Key words: TCA, algorithm, antidepressant, depression

●SSRIの臨床的な位置づけ――従来型に対する非定型として――
塩入俊樹  染矢俊幸
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の臨床的な位置づけについて,最近の知見を基に総説した。SSRIの臨床的特徴は,@3環系抗うつ薬(TCA)に頻度の高い抗コリン作用などに副作用がほとんどない(但し,投与初期の吐気等の消化器症状あり),A有効率は70%弱と言われておりTCAとほぼ同等,B抗うつ作用は軽症,中等症のうつ病ではTCAとほぼ同等(重症では効果が劣るとの見解あり),C強迫性障害やパニック障害,PTSDや摂食障害などにも効果があり,作用スペクトラムが広い,D肝臓チトクロームP450(CYP)系薬物代謝酵素の阻害作用があるため,薬物相互作用に対する配慮が必要,E長期投与後の中止によって,離脱症状が出現する場合がある,などがある。したがって,SSRIは中等症までのうつ病には第一選択薬であり,副作用が少ないことで薬物コンプライアンスの上昇が期待されることから,再発,再燃の防止という面からもより優れている。また,高齢者や身体合併症のある場合にも使用し易い。さらに,うつ病以外の様々な精神疾患に対しても,あるいはうつ病とそれらのcomorbidityに対しても有用である。このようにSSRIは今までのTCAと比べ,より安全により広い範囲での臨床使用が可能であるが,薬物相互作用や離脱の問題も十分考慮した慎重な投与が望まれる。
Key words: antidepressants, anxiolytics, depression, anxiety disorder

●SNRIの臨床的な位置づけ
柿原慎吾  上田展久  中村純
 セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の臨床的位置づけについての総説を行った。SNRIは概して三環系抗うつ薬(TCA)や選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)と同等以上の抗うつ効果を示し,副作用の面ではSSRIと同程度である。SNRIには我が国で発売されているmilnacipran,米国で用いられているvenlafaxine,いまだ上市されていないduloxetineの3種類がある。Milnacipranは肝臓のチトクロームP450(CYP)に対して影響を及ぼさないことから他の薬物との相互作用で問題となることが少ない。Venlafaxineはうつ病以外の精神疾患に対する有効性も示されており適応範囲の広い薬物である。Duloxetineに関してはまだ報告が少なく,今後の研究に期待が持たれる。
Key words: milnacipran, venlafaxine, duloxetine, clinical efficacy, side effect

●Sulpirideの臨床的な位置付け――抗うつ・抗不安作用を中心に――
金野 滋
 SSRIが我国に導入されて,抗うつ薬や抗不安薬の選択に変化が起きているが,これまで広範な病態に臨床使用されてきたsulpiride(SLP)は,依然として,作用の発現が早い抗うつ薬として評価を受けている。うつ病性障害の軽症エピソードや気分変調性障害で特に使用されているが,神経症圏内の病態への適応については意見が分かれる。ただし,錐体外路性の副作用は,当初喧伝されたほど少なくはない。また,特に無月経,乳汁分泌や肥満といった副作用は顕著で,使用に大きな障害となるものであり,その対処の試みも行われてきている。D2受容体を選択的に遮断するSLPと,5HTの選択的再取込阻害薬であるSSRIの併用処方の試みは,我国独特のものと考えられるが,evidence based medicine(EBM)で意味がある臨床試験の必要がある。SLPの抗うつ・抗不安作用の発現機序には,いまだ神経化学的定説が得られていないが,臨床,基礎の両面で独自の個性的特徴を持つ薬剤であり,意義のある薬剤としての立場を今後も維持すると考えられる。
Key words: sulpiride, antidepressant, dopamine receptor, frontal cortex, SSRI

●抗うつ薬の適応外使用
小鶴俊郎  岡本泰昌
 近年,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の登場により,強迫性障害,パニック障害,恐怖症などの治療において,SSRIは治療の中心的な役割を担うようになってきている。また,他の疾患への応用も始まっている。セロトニン―ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)に関しても,不安障害などのうつ病以外の疾患への応用,有効性の検討がなされて始めている。本稿では抗うつ薬のうつ病以外での使用状況についてまとめ報告した。抗うつ薬は様々な疾患や病態に使用できうる薬剤であり,今後の適応拡大が予想されるが,抗うつ薬のもつ作用や副作用,可能性や限界をわきまえた使用が望まれる。
Key words : antidepressant, SSRI, disapproved indication

●非定型抗うつ薬――mianserin, setiptiline――
近藤毅
 非定型抗うつ薬であるmianserinおよびsetiptilineについて,それらの薬理作用と臨床効果との関連について解説し,両剤の適応となりやすいうつ病の病態や生態側の背景因子について考察した。薬理作用上の特徴として,シナプス前α2自己受容体遮断によるノルアドレナリン遊離促進および抗セロトニン作用に加え,抗コリン作用が少ない点が挙げられた。両剤は,睡眠障害,食思不振などのvegetative symptomを有し,不安・焦燥または精神運動抑制を特徴とする内因性うつ病の中核症状に対して特に有効であると考えられ,副作用の面では,抗コリン性副作用や心毒性が少ないことから,高齢者のうつ病に対しても安全な使用が可能である。また,選択的セロトニン再取り込み阻害薬による反応が不十分な場合においては,mianserinまたはsetiptilineの併用による強化療法が有用である可能性についても言及した。
Key words : mianserin, setiptiline, noradrenaline, anticholinergic side effects, elderly patients

■原著論文

●統合失調症患者における新規非定型抗精神病薬(perospirone,quetiapine,olanzapine)への切り替えと一年の経過追跡について
姜昌勲  杉原克比古  五十嵐潤  小川寿  橋本和典  岸本年史
 非定型抗精神病薬の効果を臨床現場で検証すべく,従来の定型抗精神病薬から,非定型抗精神病薬であるperospirone,quentiapine,olanzapineに切り替えを試みた。対象は安来第一病院に通院,もしくは入院中の統合失調症患者77名。投与前に期待される効果,副作用などを説明し,患者の同意を得て実施した。切り替えは3ヵ月以内で終了し,その後1年間の経過追跡をおこなった。全症例77例中,3ヵ月経過時点(切り替え期間終了時)では有効群39例であったが,1年経過後(観察期間終了時)は有効群22例であった。最終的な有効群22例中11例において抗パーキンソン薬の減量・中止が可能であった。切り替え期間が終了したのちも,その後脱落例を認めたことから,長期的経過追跡が重要であることが示唆された。一方,抗パーキンソン薬の減量や抗精神病薬の単剤化も可能なことから,非定型抗精神病薬への切り替えは推奨されるべきであると考えられたが,今後臨床的に非定型抗精神病薬の有用性を検証し,報告を積み重ねることが必要であると考えられた。
Key words : perospirone, Occupational Therapy, cognitive dysfunction


■症例報告

●Olanzapineにより高プロラクチン血症を呈した精神分裂病の1例
五十嵐潤  杉原克比古  橋本和典  姜昌勲  岸本年史
 従来型の抗精神病薬では高プロラクチン血症を引き起こしやすく無月経や乳汁分泌などが問題となってきたが,近年わが国において発売された非定型抗精神病薬であるolanzapineは,その有効性とともにこれらの副作用が少ないといわれている。今回われわれはolanzapineの投与により高プロラクチン血症を呈した1例を経験したので報告した。症例は63歳の男性。X―20年頃より精神分裂病と診断され,X―10年より現在まで入院を継続している。ジストニアが著明となったため薬剤調節を行ったが改善は認められず,olanzapineの投与を開始したところジストニアが改善を示した。しかし,olanzapineの用量の増減にあわせるようなプロラクチン濃度の上昇を認めたことから,olanzapineによる用量依存的なプロラクチン濃度の上昇が推察された。Olanzapineの投与にあたり,高プロラクチン血症も念頭におく必要があると考えられた。
Key words : hyperprolactinemia, olanzapine, schizophrenia, atypical antipsychotic