■展望
●依存性薬物乱用者・精神病の最近の疫学的動向
和田清
全国規模の疫学的調査および生物学的手法による薬物の検出調査を紹介し,依存性薬物の乱用の広がりの現状について論じた。一般人口の中で乱用経験者の多い違法薬物は,有機溶剤,大麻,覚せい剤の順である。しかし,乱用の結果,精神障害を来して精神科医療施設を受診したケースでは,その順序は覚せい剤,有機溶剤,睡眠薬となり,検挙者数から見ると,覚せい剤,有機溶剤,大麻となる。その原因としては,個々の依存性薬物には薬物依存惹起作用,精神毒性等に関する相対的強弱があるためであると推定できる。また,質問紙法による調査には心理的バイアスが必ず存在するため,乱用経験率は低めに算出されることを指摘し,そのバイアスを除くためにも生物学的調査が必要であることを指摘した。ただし,最近乱用の拡大が懸念されているMDMA等のクラブ・ドラッグに関する乱用状況の把握システムは未だ構築されておらず,早急に対応する必要がある。
Key words : drug abuse, methamphetamine, solvents, cannabis, mental disorders
■特集 依存性薬物の精神薬理
●精神刺激薬(cocaineとmethamphetamine)による精神障害の臨床特徴と治療
小沼杏坪
精神刺激薬(cocaineとmethamphetamine)について,これら薬物の薬理作用と関連精神障害の臨床的特徴の類似性と相違点,さらにそれぞれの臨床病態について記述した。また,これら精神刺激薬による精神障害のうち,特に臨床上問題となる精神病性障害と依存症の治療について述べ,特に依存症の薬理学的介入について言及した。
Key words : cocaine, methamphetamine, stimulants related mental disorders, clinical features, pharmacotherapy
●Methylphenidate(Ritalin®)による精神症状の臨床特徴と治療
岸本英爾
医療薬として使用されているmethylphenidate(製品名Ritalin®,以下MPHと略)は最近軽症うつ病等の治療に安易に使用され,依存に陥って精神科に幻覚・妄想状態で受診されるようになる患者が多い。MPHを覚醒剤であることを自覚しないで使用している臨床家医も多く,次第に社会的問題になりつつある。せりがや病院は依存症の専門病院であるが,最近のせりがや病院の統計では,単剤としてはMPHが現在最も乱用・依存が多発する医薬となっている結果であった。MPHは人に投与されると脳ドーパミン・トランスポーターを50%以上阻害し,特に線条体のドーパミンの濃度を上げ,覚醒度を高め,一時的に作業能力を向上させる。この作用がmethamphetamine等と同様なため,MPHも容易に依存に陥り,また幻覚・妄想を来すようになる。
Key words : methylphenidate(MPH:Ritalin®), methamphetamine, amphetamine, methyl‐phenidate psychosis
●Methamphetamine精神病の分子遺伝学
氏家寛 勝強志 関根吉統 稲田俊也
薬物依存や薬物誘発性精神病の発症には薬理効果,社会環境因子,遺伝因子の3つが複合的に関わっている。本邦で最も乱用されているmethamphetamineは精神刺激薬に属するが,これの遺伝率は非常に高いことが知られている。最近,日本人でのmethamphetamine依存・精神病の分子遺伝研究が進んでおり,ここでは特にドパミン関連遺伝子に焦点を絞り総説した。Methamphetamine依存そのものにはドパミンD1受容体遺伝子が相関し,それ以外の遺伝子は相関しなかった。しかし,methamphetamine精神病の経過や予後といったphenotypeには大きく関わっており,D2受容体密度が減少する遺伝子多型は予後が良い因子,D2受容体が増加するアレル,ドパミントランスポーターが減少するアレル,モノアミン酸化酵素Aが高活性になるアレルは予後の悪い因子であることが示された。
Key words : Substance dependence, methamphetamine, polymorphism, association study, dopamine
●Phencyclidine精神病の症状発現メカニズムと統合失調症
櫻井新一郎 西川徹
N―methyl―D―aspartate型グルタミン酸受容体(NMDA受容体)の非競合的阻害薬であるphencyclidine(PCP)による精神症状は,陽性症状のみならず陰性症状・認知機能障害も認め,抗精神病薬に対して抵抗性を示すことから,amphetamine精神病よりも包括的な統合失調症モデルと考えられるようになった。これまでの研究で,NMDA受容体遮断によりドーパミンおよびセロトニンの伝達亢進やニューロペプチド系の変化が想定されている。加えて代償的に細胞外グルタミン酸濃度が上昇しNMDA受容体以外のグルタミン酸受容体が刺激されるという仮説も新たに提唱されている。そこでNMDA受容体,特にその各種結合部位の機能を調節する薬剤がPCP精神病治療の標的の1つと考えられ,さらに統合失調症の治療に応用されることが期待される。
Key words : phencyclidine, glutamate, NMDA receptor, endogenous D―serine, schizophrenia
●アルコール依存症の薬物療法(最近の進歩)
長坂良 樋口進
アルコール依存症は慢性,進行性の疾患である。わが国でも性別を問わず広く国民各層に認められ,その有病率は2%に近いという報告もある。しかし,その治療法は未だ十分に確立されておらず,治療成績は不良であると言わざるを得ない。伝統的にアルコール依存症の治療では心理・社会的アプローチが主体をなし,薬物治療はあくまでも補助的に行なわれてきた。しかし,最近disulfiramなどのいわゆる抗酒薬に加えて,naltrexoneやacamprosateといったアルコールの強化効果や渇望に影響するような薬物が欧米を中心に臨床使用されるようになり,薬物治療の重要性が見直されてきている。本稿では,アルコール依存症の再発防止を目的とした薬物を5つのカテゴリーに分類し,過去の知見を整理するのと同時に,現在の問題点と今後の展望を述べる。
Key words : alcohol dependence, pharmacotherapy, disulfiram, naltrexone, acamprosate
●ベンゾジアゼピン臨床用量依存と退薬症候の治療
井澤志名野 村崎光邦
ベンゾジアゼピン(BZ)は不安や不眠症に対して幅広く使用されている。即効性と安全性の認識により,処方される機会も多く,長期使用となる場合も少なくない。しかし,BZによる副作用の指摘は早くからあり,特に長期使用における問題は検討されてきた。そのひとつは薬理作用による鎮静,健忘,筋弛緩など,精神機能や運動機能における副作用であり,もうひとつが臨床用量依存と急な中断による退薬症候の問題である。臨床用量依存の治療のためには退薬症候の対処を避けて通ることはできない。薬物療法として,抗うつ薬,抗てんかん薬,BZ受容体作動薬などによる臨床試験が実施されてきたが,明確な薬物治療法が得られたとは言い難く,むしろ,漸減法やさらにこれを応用して依存性の少ない他剤に置換する方法が推奨されることになった。また,予防策として,BZを安易に使用しない原疾患の治療方法が強調され,BZの適正使用の確立に一歩近づいた感がある。
Key words : benzodiazepine, withdrawal, dependence, therapy
●有機溶剤依存症の治療に関する提言
尾崎茂
有機溶剤は低年齢で乱用が開始され,心身および社会的にも深刻な障害をもたらし,精神科医療施設を受診する薬物関連疾患患者における最初の乱用物質として,今なお最も高い割合を示している。病像としては,依存症候群や精神病性障害の割合が高く,長期にわたる精神科的問題が多くみられる。男性が圧倒的に多いが,依存症候群は女性においてより重篤な傾向がある。併存する精神科的障害,生活史的問題からみても,女性の方がより多彩な症状と複雑な病態をもつことが示唆される。有効な治療プログラムは未だ確立されていないが,早期から家族との関係を維持しつつ集団プログラムへと導入することが重要である。本人に対しては回復への動機づけを強化しつつ,併存する精神病理ないし発達障害,依存症の進行度,環境などの視点から多軸的に病態を評価し,性差を考慮に入れた適切な治療プログラムを活用することが必要である。同時に,地域における治療ネットワークの整備が求められる。
Key words : inhalant abuse, dependence syndrome, comorbidity, gender differences, multi―dimensional assessment
■原著論文
●統合失調症におけるolanzapine治療と体重及び血糖変化
――本邦における前向き市販後特別調査の中間解析結果の報告――
伊藤靖 萩原真由美 久米明人 八木剛平
Olanzapineを使用中の体重増加及び高血糖に関し,前向き市販後特別調査の中間解析を実施した。対象症例数は1422例,観察期間は3.81±2.20ヵ月(平均±標準偏差)であった。平均体重増加量は2.33±3.91kg(平均±標準偏差)で,5kg以上の体重増加が168例(18.3%)に認められた。糖尿病性昏睡などの急性代謝障害は認められなかったが,血糖関連の副作用は25例(1.8%)に,それらによる投与中止は9例(0.6%)に認められた。これらの頻度は,糖尿病の合併あるいは既往(合併/既往)を有する症例で最も高く,またそれらの合併/既往はないが,主要なリスクファクターのある症例で高かった。投与開始前に血糖値が糖尿病型を示さない症例で,糖尿病型へ移行したのは404例中12例(3.0%)であり,糖尿病の診断を下しうるのは4例(1.0%),高血糖による投与中止は1例(0.2%)であった。現在olanzapineは,本邦においては糖尿病の合併/既往を有する患者に対する投与が禁忌とされているが,これらを有しない場合でも,リスクファクターの有無に留意し,血糖値の測定等の観察を十分に行うことが重要と考えられた。
Key words : olanzapine, post―marketing surveillance, schizophrenia, hyperglycemia
●前治療薬からolanzapineへの切り替え試験
――8週間までの中間解析結果――
藤井康男 Gisa Gerstenberg
新規抗精神病薬の臨床導入に伴って,抗精神病薬の切り替え技法に注目が集まってきている。しかしこの分野はエビデンスが十分とは言えず,特に多剤・大量処方が多いとされるわが国での検討が望まれていた。今回,安全で効果的なolanzapineへの切り替え方法を提案・検証することを目的として本試験を行った。本試験は,前治療薬の主剤を中止する時期である第T期(8週),主剤以外の併用抗精神病薬を中止する第U期,併用抗パーキンソン薬を中止する第V期(24週),olanzapine単剤治療での長期的な効果を検討するフォローアップ期(48週)からなるが,今回は第I期の結果について報告した。前治療薬の主剤の試験開始時における平均用量はchlorpromazine換算で515.5±332.4mg,第T期終了時点での平均用量は36.2±107.6mgであり,前治療抗精神病薬の主剤を第T期で減量・中止するという目標はほぼ達成された。Olanzapineは前治療薬の主剤を漸減すると同時に1日1回10mgの投与により開始したが,解析対象例110例中95例が8週間の試験期間を終了し,切り替え初期における精神症状,錐体外路症状の悪化による脱落は各2例,投与中止に至った有害事象は3例と少なく,有効性についてBPRS評点及びCGI評点の改善が認められたことなどから,olanzapineを10mgで投与開始し,段階的な切り替えを行う今回提案した方法は,ほとんどの患者にとって適切であったと考えられる。錐体外路症状についてはDIEPSS合計点,パーキンソニズム,アカシジアの項目において,有意な減少が認められた。AMDPシステムで検討された有害事象については試験開始時と第I期中で「中等度」又は「高度」と判定された症例の割合を比較すると,5%以上増加した有害事象は倦怠,口渇であり,2%以上増加した有害事象は食欲亢進,渇感亢進,悪心,頭重であった。脂質代謝などの臨床検査値の異常は,これまで国内で行われたolanzapineの治験時に認められた臨床検査値異常と同様であり,第T期終了時点での体重増加は0.6±2.4kgと比較的少なく,新たな糖尿病の発症は認められなかった。今後,第U期,第V期,フォローアップ期において今回提案した切り替え方法の有効性と安全性についてさらに慎重に検討を進める予定である。
Key words : olanzapine, switching, atypical antipsychotics, polypharmacy, efficacy, safety