■特集 向精神薬の副作用や有害事象等への対策
●SSRIの離脱症状
福田倫明
SRIのうち血中半減期の比較的短いparoxetine,sertralineなどが各国で発売されて以降,離脱症状の報告が目立つようになった。めまい,ふらつきなどの平衡障害,視覚変容,電撃様感覚などの知覚異常,悪心,下痢などの消化器症状,頭痛,倦怠,冷汗などの流感様症状,不眠,多夢などの睡眠障害,抑うつの悪化,気分不安定,神経過敏などの精神神経症状で,中断2〜5日目に出現をみる。病態機序としては一過性のセロトニン作動性神経の伝達異常,さらにparoxetineなど抗コリン作用の強い薬剤についてはコリン性反跳現象も関与が想定されている。症状の多くは軽微で自然消退し,特別の処置を必要としない。しかし,母体が妊娠中にSSRIを服用していた新生児では,不機嫌,啼泣過多,振戦,哺乳困難のほか,けいれん,呼吸窮迫症候群などの重篤なSSRI離脱症状が出現し集中治療が必要となった例が報告されている。
Key words : selective serotonin reuptake inhibitors, discontinuation, withdrawal, side effects
●うつ病患者におけるSSRI惹起性性機能障害への対策
長田賢一
近年,うつ病の治療は,従来の三環系抗うつ薬から選択的セロトニン再取込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)が処方されるようになってきた。SSRIは三環系抗うつ薬と比較して,過鎮静,めまい,起立性低血圧などの副作用の頻度は少ないが,悪心,性機能障害などの副作用の頻度は逆に多い。特に性機能障害は患者のQOLの低下や内服コンプライアンスの低下につながる問題であるが,近年まで特に本邦では訴えにくい症状でもあり,見逃しやすい副作用でもあった。そこで今回はSSRIにより誘発される性機能障害の頻度とその治療法についてまとめて考察した。
Key words : sexual dysfunction, SSRI, buspirone, sildenafil, cyproheptadine
●統合失調症と喫煙
高橋長秀 稲田俊也
喫煙は心血管障害などの生活習慣病の危険因子の一つである。統合失調症患者においては,一般健常者に比べて喫煙率が極めて高く,その喫煙の病態生理学的意義として陰性症状や認知障害の改善および錐体外路症状の軽減などに寄与していることなどが報告されている。基礎研究から近年,中枢におけるニコチン性アセチルコリン受容体の存在が示され,それらを介してニコチンが中枢ドパミン神経系や興奮性アミノ酸作動性神経系の機能に重要な役割を果たしていることが明らかになりつつあり,統合失調症の病態生理に及ぼす作用メカニズムについての検討がなされている。一方で,統合失調患者においては喫煙の持つ社会心理的作用も喫煙率の上昇に大きな役割を果たしていると考えられている。また,喫煙がCYP1A2,CYP2D6を介して抗精神病薬の代謝に影響を与えている可能性も報告されている。統合失調症患者の喫煙に対する対策としては,大きく分けてニコチン製剤・抗うつ薬等による薬物療法と認知行動療法なども含めた心理療法がある。
Key words : smoking, schizophrenia, nicotine receptor, smoking cessation
●Olanzapine,quetiapine惹起性体重増加への対策:H2遮断薬
澤村一司 染矢俊幸
現在,統合失調症を中心とする精神病性疾患に対する薬物療法として非定型抗精神病薬の使用頻度は確実に増加している。これらの薬剤を使用する際に留意すべき副作用の1つとして体重増加があるが,耐糖能異常の危険因子となり,またコンプライアンス不良の原因にもなりうるため,その予防ないし治療が非常に重要である。欧米では体重増加に対してさまざまな薬物療法が試みられており,olanzapineやquetiapineとH2遮断薬nizatidineとの併用療法の有効性がいくつか報告されている。わが国では,非定型抗精神病薬による体重増加をきたした場合,薬剤の減量や他剤への切り替えがおこなわれることが多いが,今後,体重増加に対して有効な治療法を確立するための取り組みが早急に求められている。
Key words : atypical antipsychotics, weight gain, diabetes mellitus, H2 receptor antagonist, nizatidine
●遅発性ジスキネジアに対するビタミンE療法
大森治 中村純
遅発性ジスキネジアの発症に活性酸素種によってもたらされる神経傷害が関与しているという仮説に基づいて,抗酸化物質であるビタミンEによる治療が80年代後半より試みられている。現在までの報告を概観すると,大規模の多施設研究やメタ解析で明らかな効果は認められなかったという結果もあるが,多くの研究でその効果を認めており,特に遅発性ジスキネジアの罹病期間が5年以下と比較的短い症例では効果的であるとの報告が多かった。さらに遅発性ジスキネジアの治療ガイドラインやアルゴリズムをいくつか調べたところ,定型抗精神病薬の減量や非定型抗精神病薬への変更とともにこの療法がすでに全部で採用されていた。これらのことから,遅発性ジスキネジアに対するビタミンE療法は充分に考慮に値する治療法の1つであると考えられた。
Key words : tardive dyskinesia, vitamin E, antipsychotic drug, schizophrenia
●多飲症・水中毒への対策
市江亮一 藤井康男
多飲や水中毒は抗精神病薬以前からの報告があり,抗精神病薬の副作用という側面だけで説明できない。一方で高力価抗精神病薬が治療の主体であった時代にその頻度や重症度が増していることも事実である。多飲や水中毒が取り上げられるようになり,精神科病棟ではこのためしばしば保護室や個室施錠などの隔離が長期化しており,個室が足りなくなるなどの問題だけでなく,このような管理方法が多飲水治療に本当に役立っているかどうかの見直しも必要であろう。本稿では多飲・水中毒問題を概括し,薬物治療を紹介するとともに,山梨県立北病院における多飲症治療について簡単に紹介した。多飲症治療では可能な限りの開放的処遇やリハビリテーションプログラム,心理教育などを用いることが大切であり,抗精神病薬としてはclozapineやolanzapineなどのドパミン受容体への影響が強くない薬物で精神病症状を安定させることが望ましいと思われる。
Key words : polydipsia, water intoxication, angiotensin―II
■原著論文
●老人福祉施設におけるせん妄を中心とした痴呆随伴症状に対するperospironeの効果
伊藤嘉浩
特別養護老人ホームおよび介護老人保健施設に入所中の,中等度から重度の老年痴呆でせん妄を中心とした痴呆随伴症状が出現した20名に非定型抗精神病薬であるperospironeを投与し,その有効性を検討した。経過は投与前と投与4週後に,せん妄評価尺度(DRS)で判定した。DRSは(平均±標準偏差)10.8±4.0の減少がみられ,18例に有意な改善,16例にDRSが50%以下となる著明な改善が認められた。2例においては,有意な改善は認められなかったが,有害作用もみられなかった。有効例におけるperospirone投与量は5.0±2.0mgであった。Perospironeは非定型抗精神病薬のなかでも,即効性と短期間で分解排泄されるという特性があり,起立性低血圧や過鎮静が発現しにくく,高齢者のふらつきおよび転倒の恐れが少ないと考えられる。Perospironeは効果,忍容性から老人福祉施設入所中の痴呆性高齢者のせん妄治療において有用な治療薬であると考えられる。
Key words : perospirone, delirium, senile dementia, delirium rating scale, nursing home
●非定型抗精神病薬使用患者における糖尿病発症頻度の検討
村下真理 久住一郎 井上猛 高橋義人 佐々木幸哉 賀古勇輝 鈴木克治 田中輝明 北市雄士 榊原則寛 小山司
北海道大学病院精神科における非定型抗精神病薬投与中の糖尿病発症頻度を調査した。非定型抗精神病薬投与患者総数659例のうち7例に糖尿病の発症が認められた。薬剤別頻度はolanzapine4.5%,risperidone0.4%,quetiapine0.6%,perospirone0%であった。投与開始から糖尿病発症までの平均期間は9.7±6.0ヵ月で最短発症期間は1ヵ月であり,この例では過食やソフトドリンク過剰摂取が認められた。糖尿病性ケトアシドーシス発症例はなかった。糖尿病の家族歴,体重増加,BMIの高値,高脂血症は糖尿病発症のrisk factorと考えられた。糖尿病発症後,olanzapine,quetiapineを中止し,risperidoneは継続した。糖尿病治療は全例に食事・運動療法,2例に経口血糖降下薬を,1例にインスリン療法を施行し全例改善傾向を示した。体重と血糖の測定は治療開始1年間は月単位での施行が望ましいと考えられた。
Key words : atypical antipsychotics, diabetes, incidence, risk factors, recommendation
●老年期痴呆性疾患に伴う精神症状・問題行動に対するrisperidone,perospironeの有用性についての比較検討
大下隆司 白川治 波多腰正隆 高嶋通子 太田正幸 前田潔
痴呆患者における精神症状,問題行動などの随伴症状は,中核症状に比べ薬物療法の反応性が高く,最近では比較的副作用の少ない非定型抗精神病薬が注目されている。今回,老年期痴呆性疾患の随伴症状であるBPSDに対して,risperidone(12例)とperospirone(10例)の比較検討を行った。記銘力にMMSE,錐体外路症状にDIEPSS,精神症状・問題行動にBehave―ADを用いて評価した。結果,MMSE,DIEPSSでは有意差はなかったが,Behave―ADで両群とも2週の時点から有意な改善が認められた。2群間に有意差はなかった。項目別では,risperidone投与群で妄想観念,幻覚,行動障害,攻撃性,日内リズム障害の5項目,perospirone投与群で不安および恐怖を含めた6項目に有意な改善を示した。不安および恐怖の項目に有意な改善が認められたのは,perospironeの持つ5―HT1Aアゴニスト作用が関与している可能性が考えられた。両剤とも老年期痴呆性疾患に伴う精神症状・問題行動に対し同程度に有用であり,標的症状により使い分けできる可能性が示唆された。
Key words : senile dementia, BPSD, risperidone, perospirone, Behave―AD
■短報
●Risperidoneとの関連が疑われるけいれん発作を呈した統合失調症の1例
宮本歩 宮前康之 柳雄二
抗精神病薬はけいれん閾値を下げるため,けいれん発作の出現には十分な注意が必要である。Risperidoneはけいれん誘発作用が極めて弱いとされ,risperidoneに関連したけいれん発作の報告例は極めて少ない。今回60歳男性の統合失調症患者にrisperidone6mg/日を投与中,強直間代けいれんがみられ,脳波上,全般性に棘波および棘徐波複合の頻発が認められた。Risperidone6mg/日を中止し,quetiapine300mg/日,valproate600mg/日を投与したところ,けいれん発作および精神症状の再発はみられなかった。Risperidoneにおいてもけいれん発作を引き起こす可能性があることを示す,さらに発作時の脳波を記録し得た貴重な症例と考えられたので報告した。
Key words : risperidone, epileptic seizure, schizophrenia