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■展望
●我が国の抗精神病薬多剤併用大量投与を克服するために
浦田重治郎
 我が国における統合失調症等への抗精神病薬の処方は欧米先進国と比べると多剤併用大量投与が際だっている。多剤併用大量投与が生まれてきた過程には,戦後精神医療状況,精神病観,精神科治療法,人権意識等がその基盤にあると考えられる。このような多剤併用大量投与が問題視されるのは,治療効果,副作用,コンプライアンス,医療事故等の様々な深刻な事態に影響しているからと考えざるを得ない。近年,非定型抗精神病薬の導入とほぼ時を同じくして多剤併用大量投与が問題視されるようになった。にもかかわらず多剤併用大量投与は一向に改善される兆しがない。本稿では最近の研究成果に踏まえ,その成立過程や成立基盤について論じるとともに,多剤併用大量投与が改善可能であり,そのために何を為すべきかを提起した。多剤併用大量投与の改善は,精神疾患の治療を受けている多くの患者さんにとって極めて重要であるばかりでなく,我が国の精神医療の質が内外から評価される上においても重要な側面と考えられる。
Key words : antipsychotics, polypharmacy, high dose, simple prescription

■特集 多剤大量処方の減量・単純化
●多剤併用大量投与の減量単純化の方法
助川鶴平
 日本における抗精神病薬の多剤併用大量投与の有害性が指摘されてから久しい。減量・単剤化・切り替えなどの試みがいくつか報告されているが,一般には普及していない。筆者は,厚生労働省の研究班において減量単純化の手順を提案した。ここで減量とはchlorpromazine換算総投与量を1000mg/日未満に減量することであり,単純化とは,高力価抗精神病薬1剤,低力価抗精神病薬1剤の合計2剤以下に削減することである。このためには,chlorpromazine換算量で高力価薬は50mg/週以下,低力価薬は25mg/週以下のゆっくりとした速度で減量してゆく方法が安全であると考えた。筆者がこの方法で減量単純化を試みている8例は,いずれも悪化はなく,むしろ改善傾向にある。減量単純化は既に研究の段階ではなく,日常診療で普通に行われるべきものと考えるが,さらに一般に普及するためには,減量単純化が安全であり,患者にとっての利益が大きいものであることを臨床研究によって示してゆく必要がある。
Key words : schizophrenia, polypharmacy, high―dose, antipsychotics, reduction

●多剤大量処方の単剤化・減量化における注意点
村杉謙次
 抗精神病薬の多剤大量処方を単剤化・減量化する際の注意点を,他施設での先行研究や自験例での結果を基に比較,検討した。本邦の統合失調症患者に対する薬物療法において,諸外国と比べ抗精神病薬の多剤大量処方の割合が顕著に高いことは周知の事実であり,総じて批判的に論じられてきた。事実,処方の単剤化・減量化に関する先行研究では,薬剤の削減を推奨する主張が圧倒的に多い。しかし,当院での研究結果では処方の単剤化・減量化が困難であった症例が数多く見られたので,問題点を推計学的に検討した。結果,統合失調症慢性期例の重症大量維持薬例,および脱低力価薬への処方変更に際して,薬剤削減のあり方に,相応する注意が必要であることが明らかになった。
Key words : chronic schizophrenia, antipsychotic drug, polypharmacy, high―dose psychopharmacotherapy

●多剤・大量処方からの脱却と身体所見の変化
河合伸念 山川百合子 朝田隆
 非定型抗精神病薬の至適用量を単剤で使用するという現代統合失調症治療の原則に反し,本邦ではなお従来型抗精神病薬の多剤・大量処方が汎用されている。その理由の一つとして,一旦このような処方様式に至ってしまった場合に,これを非定型薬単剤処方へと切り替えるにあたってどのようなリスクが予測され,またどれ程のベネフィットが期待できるのかについての実証的研究が充分になされていないことがあげられる。最近筆者らは従来型抗精神病薬の多剤・大量処方が行われている統合失調症患者について,新たに作成したプロトコールに従って非定型抗精神病薬の単剤処方へと切り替える試みを開始した。その過程では精神症状のみならず,錐体外路症状や心電図などの身体所見にも様々な変化を経験した。本稿では多剤・大量処方脱却を目指した筆者らの経験から身体所見の変化を中心に紹介し,この問題を身体的副作用の側面から考察する。
Key words : schizophrenia, polypharmacy, extrapyramidal symptoms, QT interval, heart rate variability

●多剤大量処方における治療者・患者の心理とその対処方針
澤田法英
 多剤大量処方の成立には様々な原因があるが,本稿では特に,治療者・患者の心理的要因について考察した。治療者側では,強迫的性格傾向,治療効果の上がらない患者や対応の困難な患者に対して生じる逆転移感情,スタッフの集団力動,そして処方の際に生じる幻想の4点の関与を提起した。患者側の要因としては,移行対象としての薬の役割が重要である。多剤大量処方を避けるためには,治療者は,患者に対する感情を率直に感じる能力を身につけ,建設的なカンファレンスを行いながら自らの心理を明確化すること,薬や処方する医師に対して患者がどのような感情を抱いているかを探索し,服薬行動が患者のどのような体験を象徴的に表しているかを理解していくことが欠かせない。
Key words : schizophrenia, polypharmacy, psychology, pharmacotherapy, counter―transference

●新規抗精神病薬間の併用の可能性と問題点
稲垣中
 Risperidoneが導入された当時はわが国でも新規抗精神病薬(新規薬)を単剤投与することが推奨されたものであったが,今日のわが国では新規薬同士の併用は稀とはいえなくなっている。少なくともこれまでに39編,190症例に及ぶ新規薬同士の併用投与が報告されており,劇的な治療効果の得られた症例も多数存在する。しかしながら,新規薬同士の併用投与の有効性や安全性に関する二重盲検試験は行われたことがなく,10症例以上のオープン試験も6つしか実施されていない。よって,現時点では新規薬同士の併用投与は十分なエビデンスがあるとはいえず,治療アルゴリズムにおける推奨度も低い。現時点では新規薬同士の併用投与は,原則としてエビデンスの確立された他の治療が全て無効の場合に行うべきであり,積極的に行う必然性は低いと考えられる。
Key words : novel antipsychotics, polypharmacy, treatment algorithm, expert consensus, evidence

●抗精神病薬と気分安定薬併用療法の現状と今後の課題
石郷岡純
 統合失調症の薬物療法における気分安定薬の併用に関する知見と可能性について述べた。この治療法の目的として,抗精神病薬の大量使用を避けるためと,増強効果を期待することの2点を挙げることができる。前者に関しては,それを検証した臨床試験はなく,薬物療法の理論と現場の実践によって支えられている。後者に関しては,情動と認知や思考との強い関連を示す研究と,有効性を認めた臨床研究が根拠となっている。しかし,ランダム化統制試験は乏しく,valproate併用初期に増強効果が示唆されるものの,全体としては確実に示す結果には至っていないのが現状であり,反応者の予測因子も明確になっていない。気分安定薬併用にあたっては,有用性は高いと推定されるものの,これらの限界をふまえた上で慎重に行っていくべきである。
Key words : schizophrenia, antipsychotic, mood stabilizer, augmentation

●New Long‐Stay患者に対する治療技法の進展
三澤史斉 藤井康男
 欧米では脱施設化と病床削減が進行する中で,まず公立単科精神科病床削減の阻害因子としてNew Long‐Stay(NLS)問題が浮上し,これに対してケースマネージメント,居住施設,そして薬物治療などの進展が大きな成果を示してきた。しかし問題は解決されたとはいえず,近年では総合病院精神科での急性期入院治療での入院長期化が問題視されるようになっている。わが国では,隔離収容を中心とした精神医療体制や多剤大量療法といった薬物治療の中で,NLS問題への対策はきわめて不十分であった。現在も社会的入院問題だけが取り上げられがちであるが,病床削減と精神医療のレベルアップを現実のものとするには,New Long‐Stay(NLS)への対策は避けることのできない課題である。山梨県立北病院では,olanzapineを中心とした非定型抗精神病薬の普及と組織的な退院促進の動きの中で,NLS症例を減少させ,新たなNLS症例の出現も減少させることができた。今後,NLSに関してより詳細な調査をし,すでに入院しているNLS患者の退院促進と新たなるNLS患者の出現を最小限にくいとどめるための治療技法を確立していかなければならない。
Key words : New Long‐Stay (NLS), deinstitutionalization, atypical antipsychotics, hospital hostel, Assertive Community Treatment (ACT)

■原著論文
●Serotonin2A receptor promoter region(―1438G/A)の遺伝子多型とolanzapineの臨床効果との関係
秋本多香子 熊井俊夫 諸川由実代 中谷祥子 天本高寛 元圭史 鈴木英伸 関口剛 青葉安里
 統合失調症の薬物治療において,効果および副作用の発現に個体差が生じる要因の一つとして,薬物の作用部位である受容体の遺伝子多型が注目されている。これまで,serotonin―2A(5―HT2A)receptorの102T/Cや,promoter regionである―1438G/Aの遺伝子多型とclozapine(CLZ)の薬効との関連性についての報告はあるが,新規抗精神病薬の薬効と遺伝子多型の関連性については報告が少ない。そこで,本研究はolanzapine(OLZ)単剤投与患者の5―HT2A receptor promoter region ―1438G/Aの遺伝子多型を同定し,OLZの臨床効果発現との関係を明らかにすることを目的とした。なお,本研究は,ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針に準拠してプロトコールを作成し,本学生命倫理委員会の承認を受けた。対象は,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders,Fourth Edition(DSM―W)により統合失調症と診断され,OLZ単剤に処方変更した患者20名(男性11名,女性9名)である。精神症状および錐体外路症状(Extrapyramidal symptom:EPS)の評価は,OLZ単剤投与前と投与8週後または中止時に行った。精神症状の評価には,Positive And Negative Syndrome Scale(PANSS)を用い,EPSの評価にはDrug Induced Extrapyramidal Symptoms Scale(DIEPSS)を用いた。また,5―HT2A receptorの遺伝子解析のための静脈血採血は,OLZ投与8週後または中止時に行い,polymerase chain reaction―restriction fragment length polymorphism(PCR―RFLP)法で同定した。その結果,OLZ投与前後のPANSS negative syndrome scale得点差において,A/A群はG/A群およびG/G群に比較して統計学的に有意な改善を示した(p<0.05,p<0.05)。また,統計学的有意差を認めなかったものの,PANSS general psychopathology scaleおよびtotal scoreの得点差において,negative syndrome scaleと同様に,G/G群<G/A群<A/A群の順に改善を認めた。またDIEPSS total score得点差において,A/A群はG/A群に比較して,大きな改善傾向を認めた(p<0.1)。本研究結果から,―1438G/Aの遺伝子変異により5―HT2A receptorの発現数や機能が変化し,OLZの薬効を高めた可能性が示唆された。
Key words : serotonin receptor promoter region, genetic polymorphism, olanzapine, PCR―RFLP, schizophrenia

●多剤併用療法からperospironeへの切り替えの有効性――退院準備の一環としての単剤化――
藤代潤 内田修二 竹内知夫  定型抗精神病薬多剤併用により治療中の開放・閉鎖処遇の統合失調症慢性期患者16名について,適宜補助的に向精神薬を併用しperospirone hydrochloride(以下perospirone)単剤へ切り替えを行い,前後でBPRS,DIEPSSにより精神症状・錐体外路症状の重症度評価を,さらに病棟内での行動についてREHABを用いて行動状況の評価を行った。この結果,参加16名中切り替え終了13名,脱落3名,終了者のうち1名が退院となった。BPRS,DIEPSSおよびREHABを用いた評価では多くの下位項目で有意差をもって改善を示し,多数の症例で感情表現が豊かになり行動量が増大するなどの臨床的変化をもたらした。一方で妄想の再燃増悪などで3名が切り替えを中断せざるを得ず,興奮などに対して補助的薬剤を必要とした症例は7例であった。こうしたいくつかの問題点が同時に認められたものの,perospironeへの単剤化は退院準備の一環として十分期待しうる可能性が示された。
Key words : perospirone, monotherapy, BPRS, DIEPSS, REHAB

■症例報告
●総合病院における外傷を併存した精神疾患患者に対し,risperidone内用液剤を投与した4症例
滝沢義唯 竹村泰隆 小川朝生 越智直哉 谷口典男 金原太 坂本道治 若井聡智 大西光雄 定光大海 西村輝明
 総合病院の救命救急病棟において精神科疾患を合併した外傷症例では,精神科的対応にはより身体的負担の少ない治療を要する。早急な対応が必要な場合,従来はhaloperidolの筋肉注射が繁用されていたが,悪性症候群や筋肉組織の壊死等のリスクが付きまとう。また,副作用としての錐体外路症状はその後の治療やリハビリに大きく影響するため,精神症状へ著効し,身体的負担の少ない治療法が模索されている。非定型抗精神病薬であるrisperidoneは近年脚光を浴び,その適応の拡大についても考察がなされている。今回,risperidone内用液剤が精神科疾患を合併した外傷症例に有効であったので紹介する。Risperidone内用液は不穏,精神科的急性期症状に対して身体的負担の少ない治療を可能にし,患者への心理的侵襲を最小限にとどめる。また,医療従事者へのリスクマネージメントの見地からも意義深いものと思われる。
Key words : risperidone oral solution, psychiatric patient in the emergency center, therapy in the acute phase

●Risperidone投与中に水中毒から悪性症候群と横紋筋融解症を呈した統合失調症の1例
渡部雄一郎 小林慎一 熊谷敬一 山本佳子 田中敏春 藤島直人 内藤明彦 染矢俊幸
 症例は31歳の男性,統合失調症の外来患者である。Risperidone(RIS)の投与が開始されて11ヵ月後,4mg/日に増量されたころから多飲水が出現し,数度のけいれん発作がみられた。9mg/日に漸増された1ヵ月後に,水中毒に伴う意識障害を呈し入院となった。筋強剛,発汗,CK上昇,褐色尿などが認められ,悪性症候群と横紋筋融解症を併発した。呼吸不全や急性腎不全も合併したが,人工呼吸器管理および血液透析などの集中治療により良好な経過をとった。本症例ではRISの増量に一致して多飲水が出現・増悪したことから,RISにより多飲水が惹起された可能性が示唆される。多飲水は抗精神病薬の慢性的なドパミンD2受容体遮断により惹起されるという仮説が提唱されている。RISは非定型抗精神病薬のなかではD2受容体遮断作用が強く,高用量になるほどその作用が増すことは,この仮説に合致する。
Key words : water intoxication, malignant syndrome, rhabdomyolysis, schizophrenia, risperidone