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展望
●痛みの精神医学
丸田俊彦
 精神医学の慢性疼痛への関心は長い歴史を持つ。本論文は,米国におけるここ40年間の慢性の(“精神科的な”)痛みの臨床の展開を振り返る形で,慢性疼痛の診断基準の変遷,そして,バイオ・サイコ・ソーシャル・モデル,認知行動療法的アプローチ,間主観性理論と慢性疼痛の関わりを考える。痛みに対する精神科薬物療法は,本特集で各執筆者が詳述するので敢えて割愛し,特集を読む際のコンテクストを提供した。
Key words :pain behaviors, pain disorder, cognitive‐behavior therapy, intersubjective approach, biopsychosocial model

特集 痛みに対する精神科薬物療法
●痛みの発生メカニズムとその治療
高橋秀則
 組織の傷害や炎症は,侵害刺激として末梢の侵害受容器から脊髄後角へ伝導され,さらに脊髄視床路を通り視床へ達し,大脳皮質へ放射されて痛みとして感じる。これを修飾する機構として下行性抑制系や脊髄後角での疼痛抑制システムが存在し,オピオイド,セロトニン,ノルアドレナリンなどが関与している。侵害刺激の遷延や神経損傷によって,末梢あるいは中枢神経の感作が起こると病的疼痛となり,難治である。また慢性疼痛では知覚としての痛みだけでなく,それに伴う精神的苦悩や疼痛行動も問題となり,これらを解決する治療法も必要となる。疼痛治療には薬物療法,神経ブロック療法,電気刺激療法,理学療法,精神心理学的療法などがあり,個々の症例の疼痛発生メカニズムを考慮に入れて選択すべきである。また神経因性疼痛とりわけ求心路遮断性疼痛に対する治療として電気けいれん療法も最近注目されている。
Key words :pathophysiology of pain, descending inhibitory system, central sensitization, antidepressant, electroconvulsive therapy

●慢性疼痛に対する抗うつ薬,ベンゾジアゼピン系薬および抗けいれん薬の臨床試験成績
中木敏夫
 慢性疼痛に対する比較対照臨床試験の結果を概観した。抗うつ薬により慢性疼痛が軽減することを多くの臨床研究が報告している。このメカニズムとして,抗うつ薬により疼痛閾値が上がったこと,うつ状態が改善されたために疼痛の訴えが軽減したという可能性が推定されている。これとは別に慢性疼痛と抑うつの直接的な関係を否定した研究もあり,抑うつと強い相関関係があるのは疼痛ではなく運動障害であるとされ,これは関節リウマチによる慢性疼痛には重要であると思われる。抗うつ薬以外では,ベンゾジアゼピン系薬は顎関節症に対する効果を調べた研究が複数あるが見解の一致を見ない。抗けいれん薬は,脊椎損傷や三叉神経痛に有効であるという結果が少数の研究ではあるが報告されている。このように,慢性疼痛の原因疾患は多様であるため,全てに共通のメカニズムもしくは結論が得られる可能性は低く,有効な治療薬も多様であることが予想される。
Key words :chronic pain, randomized controlled trials, antidepressants, benzodiazepines, anticonvulsants

●身体表現性障害(疼痛性障害)の診断と薬物療法
山田和男
 “疼痛性障害”は,1つまたはそれ以上の重篤な疼痛を特徴とする身体表現性障害の1つである。疼痛性障害の診断は,精神疾患の診断・統計マニュアル第4版(DSM―IV)によって行うことが多い。身体化障害や大うつ病性障害などの他の精神疾患との鑑別を要する。疼痛性障害は,精神科以外の科においても,慢性疼痛をはじめとした様々な診断名のもと,不適切な治療が行われている可能性がある。疼痛性障害に対しては,三環系抗うつ薬をはじめとした抗うつ薬による薬物療法が有効である。抗うつ薬を使用する際には,十分量を用いて,十分期間の経過観察を行うべきである。疼痛性障害の患者は,benzodiazepine系薬剤や非ステロイド性鎮痛薬(NSAID)の依存または濫用をきたしやすいので,これらの薬剤を治療に用いるべきではない。また,疼痛性障害を治療する際には,薬物療法と並行して,認知行動療法的アプローチを行うべきである。
Key words :antidepressant, diagnosis, somatoform disorder, pain disorder, pharmacotherapy

●うつ病と疼痛に対する薬物療法
辻 敬一郎  田島 治
 慢性疼痛とうつ病の並存は,他の精神疾患に比較して圧倒的に多いことが知られており,また,抗うつ薬を中心とする向精神薬が慢性疼痛の疼痛軽減に有効であることも周知である。一部の向精神薬は何らかの疼痛性疾患への適応症を取得しているが,疼痛治療において未承認の抗うつ薬や抗てんかん薬の鎮痛効果を支持する報告が多くなされている。抗うつ薬に関しては,serotoninとnoradrenalineの両方に作用するdual actionの抗うつ薬に強い鎮痛効果があるという見解が優勢で,三環系抗うつ薬より安全性の高いセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬への期待が高まっている。慢性疼痛に対するこれらの向精神薬治療は,主に整形外科領域や麻酔科領域で行われることが多いが,うつ病の並存率の高さからみても,精神科臨床医もその認識を高める必要があるものと思われる。
Key words :chronic pain, depression, comorbidity, antidepressants, anticonvulsants

●線維筋痛症の概念と治療アプローチ
西村勝治
 線維筋痛症(fibromyalgia)は筋骨格系における慢性の広範囲の疼痛,こわばりを主徴とする比較的頻度の高い原因不明のリウマチ性疾患である。複数の特異的部位に圧痛点を認めることが特徴で,疲労感,睡眠障害,抑うつなど多彩な症状を伴う。神経―免疫―内分泌系の異常,痛みに対する制御系の異常などが想定されている。なじみの薄い疾患であるが,近年,わが国においてもようやく認知されるようになってきた。薬物療法のエビデンスは着実に蓄積されつつある。特に抗うつ薬は本来の抗うつ効果とは独立して,痛み自体に対する効果があることが知られており,積極的に使用すべきである。非薬物療法としては運動療法が推奨されている。同時に,併存する抑うつや不安などの精神症状に対する精神医学的アプローチが求められる。
Key words :fibromyalgia, antidepressant, serotonin noradrenaline reuptake inhibitor, pregabalin

●がん性疼痛に対する疼痛治療と緩和ケア
高橋秀徳  中山理加  首藤真理子  折茂香織  片山博文  木俣有美子  村上敏史  服部政治  門田和気  下山直人
 がんの痛みは,患者の日常生活に大きな変化を引き起こす。がん性疼痛に対しては,オピオイドを中心としたWHOがん疼痛治療指針が標準的治療として存在するものの,わが国ではあまり知られていなかったため,患者は緩和ケア専門病棟を利用しない限りがんの苦痛で苦しまざるを得なかった。しかしながら,2002年に一般病棟での緩和ケアチームの活動が認可されたことや,がん性疼痛治療に用いることができるオピオイドの選択肢の幅が広がりオピオイドローテーションが可能になったことにより,全国各地でWHO方式の普及が進みオピオイドが積極的に使用されるようになった。また,これまで終末期のみが対象であった緩和ケアが,近年では抗がん治療に並行して提供されるべきものとして考えられるようになり,わが国におけるがん性疼痛治療・緩和ケアは「全人的ながん診療」の実現に向けてここ数年で大きな変貌を遂げている。
Key words :cancer pain, palliative care, opioid, WHO guideline, palliative care team

原著論文
●Olanzapine口腔内崩壊錠の臨床経験
田澤美穂子  藤井康男  宮田量治  輿石郁生  川上宏人  岩崎弘子  三澤史斉  市江亮一  小林美穂子  澤田法英  勝見千晶
 2005年7〜9月に山梨県立北病院でolanzapine口腔内崩壊錠が投与され,本調査に対し本人の文書同意が得られた症例について導入時の実態,治療経過を調査した。対象は37例,そのうち統合失調症圏は35例(95%)であった。投与開始時GAF(Global Assessment of Functioning)は平均39.7±10.0で入院症例が27例,そのうち保護室で投与開始した症例は8例であった。先行薬なくolanzapine口腔内崩壊錠単剤で治療開始した3例のうち,2例が軽快退院に至り,残り1例は他剤へ変更となった。本剤導入前後の主剤の変遷に関しては,導入前の主剤は,既存のolanzapine錠剤使用例が16例(55%),risperidone錠剤使用が7例(24%)であり,olanzapine口腔内崩壊錠導入4週後に再度主剤を比較すると22例(76%)がolanzapine口腔内崩壊錠を継続使用していた。特に,コンプライアンス不良5例に関しては,全例にコンプライアンスの改善が見られた。また患者への「のみごこち」に関するアンケート調査では,飲みやすいと肯定的な意見が多く,自覚的薬物体験の重要性が示唆された。看護師へのアンケート調査では,与薬の確実性,安全性が支持された。以上より,olanzapine口腔内崩壊錠は活発な精神病症状や興奮状態にある患者に対し短期間で症状を消退させ,急性期,慢性期のどちらに関しても服薬コンプライアンスを改善し,看護や介護者の負担を軽減させる,という特徴があることが示唆された。
Key words :olanzapine, orally―disintegrating―tablet, compliance

●統合失調症に対するolanzapine Zydis錠の有効性と安全性――長崎Zydis研究会中間報告から――
中根秀之  福迫貴弘  畑田けい子  田川安浩  小澤寛樹
 2005年7月,olanzapineには口腔内崩壊錠という新たな剤形が追加された。今回われわれは,長崎大学精神神経科を中心に,長崎県下の総合病院,精神科病院,クリニックと連携し「統合失調症に対するolanzapine Zydis錠の有効性と安全性に関する調査」共同研究を実施した。この調査研究の目的は,olanzapine Zydis錠(以下olanzapine口腔内崩壊錠とする)の効果と安全性を検討するものである。対象は,ICD―10およびDSM―IVによって統合失調症と診断された26例であり,24週間にわたり以下の評価項目について検討した。精神症状についてはBPRS/総合評価(CGI)を用いて評価した。QOLと病識についてはEuro―QOL/病識評価(SAI―J)を用いた。治療薬・服薬についてはDAI―10/服薬アドヒアランス(ROMI)を用いた。さらに,安全性についてはバイタルサイン,血液・生化学検査,プロラクチン,血糖関連,体重,錐体外路症状について評価した。現在までの中間解析の結果から,開始前と24週後で比較すると,olanzapine口腔内崩壊錠による治療でBPRSは−14.0点の有意な改善が認められ,開始後4週からその効果が認められている。さらにQOLや病識,服薬感についても同様に有意な改善が認められた。水なしで服薬できる口腔内崩壊錠が剤形として追加されたことで,薬剤の飲み易さや飲みごこちといった薬物治療の継続に重要なアドヒアランスの向上にも寄与している可能性が示唆された。
Key words :schizophrenia, adherence, quality of life, olanzapine, psychopharmacology

●Risperidone内用液による外来維持治療に対する効果の検討
窪田幸久
 平成17年,risperidone内用液(risperidone oral solution以下risperidone―OS)の小分け剤型が上市され以前よりも使い勝手が改善したことを受け,統合失調症の初発未治療患者26例,通院患者31例に投与を試みた。Risperidone―OSによる急性期に対する治療効果を指摘した報告は多いが,外来維持療法における使用経験の報告はまだ少ない。本稿では,初発未治療例,慢性期の変更例に分け効果を検討し,特に変更例に対してはDrug Attitude Inventory―10(以下DAI―10)によるアンケート調査を施行し,患者主観的評価を検証した。初発未治療例においては85%の有効性が確認され,変更患者においては服薬コンプライアンスやアドヒアランスの改善が認められ,risperidone―OSの有効性が示唆された。
Key words :risperidone, oral solution, compliance, maintenance treatment

症例報告
●少量のaripiprazoleが奏効した悪性症候群の1例
堤 祐一郎
 統合失調症患者の抗精神病薬による治療中に高熱,発汗,筋強剛,昏迷状態を示し,時に生命予後が著しく不良な転機をとることがあり,従来から悪性症候群(neuroleptic malignant syndrome:NMSとして知られてきた。Aripiprazoleは本邦で開発された統合失調症治療薬として世界初のドパミンパーシャルアゴニストであり,2006年6月から本邦でも臨床使用が可能となった。今回,高CK値,高ミオグロビン尿症,高熱,発汗,嚥下不良,筋強剛,亜昏迷状態のNMSを併発した統合失調症患者に対して,補液を含む全身管理および低用量のaripiprazoleによりNMSの改善を認めた症例を経験したので報告する。またこれまでの本剤に関連するNMSの報告についての紹介と考察を行い,さらに今回のaripiprazoleによる治療経験から抗精神病薬による悪性症候群の病態について再考し,昨今のNMS概念と向精神薬由来の他の随伴症状群との関係をめぐる諸問題などについても述べる。
Key words :neuroleptic malignant syndrome, schizophrenia, aripiprazole, partial D2 agonist, successfully treated

短報
●Valproic acidにperospironeを併用することによりコントロール良好となったrapid cyclerの1例
中山静一  小倉朋美
 症例は躁状態で初発の双極性障害の患者,lithium carbonate(以下lithium)にrisperidoneを併用し,寛解に至ったが,ほどなくうつ転した。抗うつ薬は使用せずにetizolamを併用し,改善した後lithium単剤で維持していた。次の躁病相でrisperidoneを併用したところ再びうつ転し,rapid cycling化した。本症例にはlithiumは病相予防効果が乏しいと考え,気分安定薬をvalproic acidに変更したところ,それのみでうつ状態は改善した。3回目の躁病相が出現しrisperidoneを投与した。Risperidone6mgに増量したところ錐体外路症状が強く現れ,発熱,血清CK上昇も認められた。悪性症候群の前駆状態と考え,補液とdantrolene内服で改善するも躁状態は持続した。抗精神病薬をrisperidoneからperospironeにswitchingを行い48mgまで増量したが悪性症候群は出現せず躁状態も改善した。その後,valproic acidと少量のperospironeの併用療法を行っており,うつ転もなく約1年間寛解が維持されている。
Key words :bipolar disease, rapid cycler, valproic acid, perospirone

総説
●SSRIのプロファイルの違いとその使い分け
渡邉昌祐
 SSRIは世界で最初に上市されたfluvoxamine(1983年)をはじめ,現在では6種類が利用可能である。各国のうつ病の薬物療法ガイドラインでは,第一選択の抗うつ薬はSSRIであると記載しているものがほとんどである。わが国においてはこのたび,3番目のSSRIとしてsertralineが新規に発売され,fluvoxamine,paroxetineと合わせ3剤が選択可能になったため,現時点での国内外の知見を整理するとともに筆者自身の使用経験と評価について紹介し,SSRIの使い分けについて考察した。各種SSRIはセロトニンの再取り込みを阻害する作用は共通しているものの,各種受容体への親和性,抗うつ作用のプロファイル(賦活的か鎮静的か),副作用(消化器症状,activation syndrome,離脱症候群,性機能障害,前頭葉類似症候群,自殺企図),薬物相互作用のプロファイル等において差異が見られる。SSRIによる治療効果を最大化するため,これらプロファイルを考慮した薬剤選択と使い分けが望まれる。
Key words :antidepressive profile, fluvoxamine, paroxetine, sertraline, SSRI


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