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展望
●メタボリックシンドロームの病態と治療的介入
岡崎由希子 植木浩二郎 門脇 孝
近年の生活習慣の変化によって,世界的に肥満が蔓延しており,それに伴ってメタボリックシンドロームという病態が爆発的に増加している。メタボリックシンドロームとは,内臓肥満に付随して,脂質代謝異常,血圧高値,高血糖などの心血管疾患の危険因子が一個人に集積した病態のことを言う。これらの危険因子は2つ以上が組み合わさることで相乗的に心血管疾患の発症リスクが高まるとされており,また各々が独立の因子ではなく肥満によって惹起される共通の基盤を持っている。一方,精神疾患においては,不安・抑うつ,緊張,怒りなどの精神的症候が,メタボリックシンドロームの発症や増悪と関連すると言われており,ことに統合失調症との関連は強いことが知られている。さらに最近,非定型抗精神病薬が体重増加や耐糖能異常,脂質代謝異常を誘発することが示唆されていることからも,ますますメタボリックシンドロームと統合失調症の関係が注目を集めるようになってきている。
Key words :metabolic syndrome, obesity, waist circumference, insulin resistance, adipokine
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特集 メタボリック・シンドロームと精神科薬物療法
●精神疾患とメタボリック・シンドローム
渡邉純蔵 鈴木雄太郎 澤村一司 須貝拓朗 福井直樹 小野 信 染矢俊幸
精神科領域においては,以前より統合失調症患者やうつ病患者で心血管疾患による死亡率が一般人口に比べ高かった。また,少数ではあるが統合失調症患者でメタボリック・シンドロームの有病率の高さを示す報告がある。向精神薬がメタボリック・シンドロームの発症に与える影響が多数報告されているが,精神疾患そのものもメタボリック・シンドロームの発症に影響を与えていると考えられる。過去の研究から,精神疾患におけるHPA axisの調節障害,うつ病患者における交感神経系の活動性の増加,精神疾患とメタボリック・シンドロームの構成因子との間の遺伝学的共通性,統合失調症やうつ病における身体の活動性低下などが,単独あるいは複合してメタボリック・シンドロームを発症させることが示唆される。精神疾患患者の診療にあたっては,メタボリック・シンドロームの予防,発見,早期介入へのより一層の配慮が必要である。
Key words :metabolic syndrome, schizophrenia, depressive disorder
●精神科薬物療法と糖代謝異常
河盛隆造
メタボリックシンドロームと診断された例や2型糖尿病の治療を開始した例では,うつ傾向や不眠を訴えることが多い。一方,統合失調症患者では一般人口に比べて糖尿病発症リスクが高い。非定型抗精神病薬は従来の抗精神病薬に比べて錐体外路症状や認知障害などの副作用を引き起こすことは少なく,精神症状を改善することから,統合失調症の第一選択薬として期待されている。ただし,いずれの薬剤も糖尿病もしくはその危険因子を有する患者への投与は禁忌もしくは慎重投与となっている。しかし糖尿病のリスクがあるからといって原疾患の治療機会を逸することがあってはならない。精神科薬物療法においては,糖代謝異常発症・増悪のチェックが必要である。
Key words :diabetes mellitus, obesity, glucose fluxes, insulin secretory ability, insulin resistance
●精神科薬物療法と脂質代謝異常――その評価と対応について――
鈴木誠司
高力価の従来薬(haloperidolなど),非定型抗精神病薬であるziprasidone,risperidone,aripiprazoleは高脂血症の危険性と低い相関がある。低力価の従来薬(chlorpromazine,thioridazineなど)と非定型抗精神病薬であるquetiapine,olanzapine,clozapineは高脂血症の危険性と高い相関がある。高脂血症を引き起こす機序としては体重増加,食事の変化,耐糖能異常の発症などが想定されている。統合失調症患者に心血管疾患の多数の危険因子がみられる場合,高脂血症で引き起こされる臨床的な負荷を最小限にするため抗精神薬の選択に当たっては注意が必要である。統合失調症の患者はすべて脂質の基礎値を調べる必要があり,高脂血症の危険性の低い患者は年に1回,危険の高い患者は3ヵ月ごとに脂質を測定することが勧められる。継続的に高脂血症を呈している患者では脂質低下療法を始めるか,脂質を悪化させる可能性の低い薬剤に変更するべきである。
Key words :hyperlipidemia, antipsychotics, conventional, atypical, cardiovascular risk
●精神科薬物療法と高血圧
斎藤重幸 島本和明
ストレス時や心因反応での降圧薬療法は,患者のQOLの低下を起こさない降圧薬の選択が求められる。一般にβ遮断薬はストレス時や心因反応のある際には有用である。また,利尿薬はストレスによる交感神経活性化を助長し,アンジオテンシン変換酵素阻害薬,Ca拮抗薬,α遮断薬は心理ストレス時の昇圧反応を抑制する。一方,精神神経障害患者への薬物治療では,β遮断薬の中枢神経系への副作用として抑うつ状態,錯乱,悪夢,幻覚などが報告されており,β遮断薬はうつ病患者には用いるべきではない。Ca拮抗薬の中枢性作用は稀だが,時に錐体外路症状がみられる。中枢性α2受容体刺激薬では頭痛,めまいなどがあり知覚障害,抑うつ,悪夢,不眠,パーキンソン症状などが用量依存性に出現することがあり注意を要する。最近,精神神経障害治療の進歩から外来での血圧のコントロールを求めて,一般診療機関を受診する機会が増えてきている。このような精神神経疾患を有する高血圧患者においての降圧薬の的確な選択には注意を要する。
Key words :stress, hypertension, blood pressure, MARTA, antipsychotic agents
●統合失調症患者に対するメタボリック・シンドロームの心理教育
中川敦夫
非定型抗精神病薬の登場により,抗精神病薬の副作用の主軸が従来の錐体外路症状などの不随意運動から肥満を含めたメタボリック・シンドロームのリスクへと移行してきている。しかし,薬物療法の調整だけではその効果は不十分で,食事や運動など行動変容を目的とした健康管理プログラムが大切である。今回,文献検索にて同定された8つの非定型抗精神病薬治療による体重増加への食事,運動と認知行動療法を統合した集団プログラムの効果の実証研究をレビューした結果,非定型抗精神病薬をすでに長期間にわたり使用している患者でも,またこれから新たに投与開始する患者でも,体重の減量効果や増加抑制効果が示唆された。今後,どのような患者が健康管理プログラムに向くのかなどの患者特性や,より長期的な大規模な無作為割付対照比較試験の実施が待たれる。一方,臨床においては患者の抱えている問題の評価と多職種との連携が健康管理プログラムの実践上重要である。
Key words :schizophrenia, weight management, metabolic syndrome
●抗精神病薬とメタボリックシンドローム治療薬の相互作用について
辻 美江 野田幸裕 川村由季子 鍋島俊隆 尾崎紀夫
統合失調症患者では,メタボリックシンドロームに罹患する頻度は一般成人に比べて高いことから,統合失調症患者は必然的にメタボリックシンドロームの治療薬,中でも糖尿病治療薬や高血圧治療薬,高脂血症治療薬を服用する機会が多い。臨床現場でこのように精神疾患における単剤治療がまれな現状では,臨床上よく経験される薬物相互作用によって有害な副作用が現れる危険性が高く,注意が必要である。しかし,抗精神病薬とメタボリックシンドロームの治療薬との薬物相互作用についてはほとんど知られていない。本稿では,薬物相互作用の概念,抗精神病薬とメタボリックシンドロームの治療に使用される薬物の薬物相互作用の可能性について概説した。
Key words :antipsychotics, metabolic syndrome, drug interaction, pharmacokinetic, cytochrome P450
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原著論文
●大うつ病エピソードの抗うつ薬治療結果
長沼英俊
精神科臨床(外来)における大うつ病エピソードの抗うつ薬治療結果を検討した。17項目ハミルトンうつ病評価尺度(HAM―D)の総得点にて8点以上である143例の大うつ病エピソードを対象とした。寛解はHAM―Dの総得点にて7点以下が2ヵ月以上続いた場合とした。寛解は8週までに79例(55%),16週までに87例(61%)であった。抗うつ薬の選択回数と寛解をみると,第1選択の抗うつ薬までに73例(51%),第2選択の抗うつ薬までに84例(59%),第3選択の抗うつ薬までに87例(61%)が寛解した。寛解群の抗うつ薬用量(imipramine等価用量)の中央値は100mg/日であった。脱落は2週までに44例(31%),10週までに56例(39%)であった。脱落の内訳をみると,受診しないは31例(22%),治療契約が成立しないは10例(7%),精神科入院治療は9例(6%),自殺と転居は各3例(2%)であった。抗うつ薬は少量から開始し,寛解するまでまたは有害事象に耐えるまで増量する。
Key words :antidepressant, depression, remission, response, suicide
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症例報告
●自殺企図のあるうつ病に対してparoxetineが効果を認めた4症例
宇都宮克也
自殺企図を主訴とする初発うつ病にparoxetineが有効であった4症例を経験したので病前性格・臨床症状を後向きに検討した。4症例とも病前性格は親和志向型,臨床症状は不安・寂しさが中心であった。比較・対照としてparoxetineが無効であった1例を提示した。うつ病者の自殺防止を目指すには,セロトニン機能を強化する抗うつ薬を選択する薬物療法が適切と考えられること,自殺企図のある初発うつ病に対してparoxetineのようなセロトニン機能を強化する抗うつ薬治療が自殺防止に有効である可能性について検討・考察した。うつ病患者が自殺する機序は,中枢セロトニン神経系の機能が減弱し,自己の不安や寂しさを適切に調整できず,遁走や自傷行為などの行動化を制御できなくなる結果が大半を占めるのではないかと思われる。
Key words :paroxetine, treatment refractory depression, suicide attempt, premorbid personality, serotonin
●Milnacipran投与中に血圧上昇を生じた2例
馬場寛子 石郷岡純 三谷万里奈 松見達俊
Milnacipranは,三環系抗うつ薬に比べ副作用が少なく,臨床の現場で汎用されている。今回当院でmilnacipranによる血圧上昇を生じた症例を2例経験した。症例1は,35歳男性,高血圧の既往歴はなく,大うつ病性障害の治療のためmilnacipran100mg/日を投与,精神症状は改善されたがそれと同時期に血圧の上昇がみられ,投与中止することにより血圧は正常値に回復した。症例2は,69歳女性,大うつ病性障害の治療のためmilnacipran100mg/日投与された。入院時血圧が高めに動揺していたので要経過観察となっていた。精神症状は改善傾向にあったが血圧がさらに高めに動揺するようになり,amlodipine5mg/日開始となるが血圧が下降せず,milnacipranを中止しamlodipine10mg/日に増量後血圧が安定した。以上により,この2症例の血圧上昇はmilnacipran投与との関連が強く疑われた。
Key words :milnacipran, SNRI, elevation of blood pressure, noradrenaline
●Aripiprazoleを使用した統合失調症治療――実際の治療経験から――
菊山裕貴 岡村武彦 森本一成 太田宗寛 米田 博
今回我々はaripiprazoleの適応,スイッチング技法,至適用量,効果判定期間について考えさせられた統合失調症の4症例を報告した。症例1は慢性期再燃例で褥瘡を来す程の重度の昏迷状態であったが,aripiprazoleの投与により急速に症状が改善した。症例2は慢性期外来患者で,aripiprazoleへのスイッチングの途中で前治療薬の減薬によるコリン作動性リバウンドと思われる症状が一時出現したが,4週間後には症状改善した。症例3は急性期新規入院患者で,aripiprazole12〜18mgを4週間使用しても幻聴,興奮が続いていたが,aripiprazoleを30mgまで増量したところ症状が改善された。症例4は難治と思われる慢性期長期入院患者にaripiprazoleを使用したところ,暴力行為が出現したためaripiprazoleを中止し,前治療薬へ薬剤を変更した。
Key words :aripiprazole, schizophrenia, third generation antipsychotics, switching protocol
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