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展望
●Duloxetine登場
村崎光邦
 待ちに待ったduloxetineの登場である。高力価でバランスのとれたSNRIで,前頭葉皮質にserotonin,noradrenalineのみならずdopamineの細胞外濃度を上昇させる。強力で速効性を示す抗うつ作用が発揮されて,米国では2004年に承認されたのに対して,わが国では臨床試験の段階で苦労させられて,難産の末での登場だけに感慨ひとしおである。特筆すべきは,うつ病の中核症状としての抑うつ気分,仕事と活動,精神運動抑制への効果に優れていることと,米国では線維筋痛症への適応が取れているように,身体的痛み症状にも効果を発揮することである。こうした作用は寛解率を高める効果が期待される。有害事象はSSRIに似た消化器症状が多いが,20mgから始めて40~60mg/日で維持すれば,問題なく,賦活症候群や中止時症候も少なく,体重を増加させず,性機能障害はSSRIより低い,など忍容性にも優れている。Duloxetineがうつ病薬物療法の第一選択薬としてうつ病に苦しむ方々にとって大きな福音になることを確信している。
Key words : duloxetine, SNRI, core symptom, physical pain, remission rate

特集 新規抗うつ薬duloxetine
●Duloxetineの基礎:薬理作用と薬物代謝
阿部浩司  竹内正治
 本稿では,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor : SNRI)である抗うつ薬,duloxetineの神経薬理学的特徴および薬物代謝について解説する。In vitroおよびin vivo試験において,duloxetineはセロトニン(5-HT)およびノルアドレナリン(NA)双方のトランスポーターを選択的かつ強力に阻害した。一方,アドレナリン,ドパミン(DA),ヒスタミン,アセチルコリン等の各種受容体やイオンチャネルに対してほとんど親和性を示さなかった。In vivoマイクロダイアリシス試験においては,ラットの前頭葉皮質における細胞外5-HTおよびNA濃度を増加させ,DA濃度も増加させた。また,うつ病の動物モデルを用いた行動薬理学的検討では,マウスおよびラットの強制水泳による無動時間を短縮し,ラットの学習性無力状態を改善した。Duloxetineは,ヒトで効率的に代謝されることが示され,最初の酸化反応にcytochrome P450(CYP)1A2が主に関与しており,少ないながら2D6も関与した。循環血中に存在する代謝物のin vitro薬理活性は非常に弱かった。臨床薬物相互作用試験においてduloxetineは,臨床的に問題となる変化はなかったが,duloxetineの血漿中濃度はCYP1A2あるいは2D6の強力な阻害剤により上昇した。Duloxetineは,CYP2D6に対して中程度の阻害を示した。以上,duloxetineは選択的かつ強力に5-HTおよびNA双方のトランスポーターを阻害することにより5-HTおよびNA神経系に作用し,幅広いスペクトルを有する抗うつ薬として期待される。
Key words : duloxetine, serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor(SNRI), preclinical pharmacology, drug metabolism profile, CYP1A2, CYP2D6, antidepressant

●DuloxetineのPETによる臨床評価――向精神薬の用量設定におけるPETによる標的分子イメージングの有用性――
高野晶寛  須原哲也
 近年,新規向精神薬の臨床評価に,positron emission tomography(PET)による標的分子のイメージングから得られる薬物動態の情報が不可欠となってきている。Duloxetineは,セロトニントランスポーターとノルアドレナリントランスポーターに高い親和性を有し,それぞれの再取り込み阻害作用を持つserotonin noradrenaline reuptake inhibitor(SNRI)と呼ばれる新規抗うつ薬の1つである。われわれは第1相臨床試験においてduloxetineによるセロトニントランスポーターの占有率およびその経時的変化から至適用量を検討した。本試験の結果から,duloxetineは40mg以上で,selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)で薬効発現が報告されている80%のセロトニントランスポーター占有率を呈する可能性が高くなることが明らかとなり,臨床用法・用量に関して有用な情報が得られることを示した。また,近年提唱されてきたPET等を用いた探索的臨床試験に関するガイドラインについても言及した。
Key words : PET, antidepressant, serotonin transporter, occupancy, duloxetine

●国内におけるduloxetineの臨床試験成績
樋口輝彦
 セロトニン及びノルアドレナリンの再取り込み阻害剤(SNRI)であるduloxetineの,主要な国内臨床試験の成績を紹介した。健康被験者におけるduloxetineの薬物動態プロファイルを確認した後,うつ病・うつ状態の患者を対象として30mg以下の用量にて臨床試験を実施したものの,十分な有効性が証明できなかった。そこで,用量を40~60mgに上げ,有効性及び安全性を検討したところ,Hamiltonのうつ病評価尺度17項目の合計評点の変化量を主要評価指標とした試験においてduloxetineのplaceboに対する優越性が検証され,paroxetineに対しては変化量が数値で優っていた。安全性においても,臨床上特に問題となる所見はみられなかった。また,投与期間を52週間とした長期投与試験においても,duloxetineの抗うつ効果が長期間にわたり維持され,有害事象の発現率は大きく増加せず,特異的な有害事象はみられなかった。以上の結果より,duloxetineはうつ病患者に対する薬物治療の第一選択薬の一つとして,有用な薬剤になり得るものと考えられた。
Key words : duloxetine hydrochloride, SNRI, depression, clinical trial

●海外治験結果からみた大うつ病性障害におけるduloxetineの有効性と安全性
小野久江  御前裕子  高橋道宏
 Duloxetineは,米国の製薬会社であるEli Lilly and Companyにより開発された抗うつ薬であり,米国では40mg/日~60mg/日,欧州では60mg/日の推奨用量で,それぞれ2004年8月,および12月に大うつ病性障害を適応症として承認されている。本稿では,海外で数多く実施されている臨床試験(治験)のうち,米国および欧州での承認データとなった急性期治療における治験(duloxetine:40mg/日~120mg/日),および継続治療における治験(duloxetine:60mg/日~120mg/日)結果を紹介する。急性期治療における治験では,duloxetineは40mg/日~120mg/日の用量範囲で有効性と忍容性が示されたが,60mg/日以上での用量依存的な効果の増大は認められなかったため,有効用量としては60mg/日までと考えられた。継続治療における治験では,高い忍容性とともに,特にduloxetine 60mg投与群でうつ病再燃予防効果が示された。今後,日本の臨床の場においても,これらの海外データが活用されることが期待される。
Key words : duloxetine, depression, registry clinical trial

短報
●AD/HDの評価尺度:「親による一日/一週間の朝夜の行動評価-改訂版 Daily/Weekly Parent Rating of Evening and Morning Behavior-Revised (DPREMB-R/WPREMB-R)」日本語版の作成
後藤太郎  齊藤卓弥  遠藤悟朗  丹治由佳  高橋道宏
 注意欠陥/多動性障害(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder,以下AD/HD)の症状は,学校・家庭生活や対人関係など様々な場面で困難をもたらす。今回我々は,朝や夕方・夜間におけるAD/HDの症状評価を行う評価尺度であるDaily Parent Rating of Evening and Morning Behavior-Revised(DPREMB-R)とWeekly Parent Rating of Evening and Morning Behavior-Revised(WPREMB-R)について,言語妥当性の確保された日本語版(DPREMB-R-J/WPREMB-R-J)の作成を行った。この評価尺度は,AD/HDの包括的評価および治療を行ううえで意義があると考えられる。今後,日本語版の信頼性および精神測定学的妥当性の検証が望まれる。
Key words : AD/HD, Scale, DPREMB-R, WPREMB-R

総説
●Duloxetineと選択的セロトニン再取り込み阻害薬の有効性に関する比較――二重盲検ランダム化比較試験のプール解析から――
小野久江  丹治由佳  高橋道宏
 近年,日本で使用可能な抗うつ薬の種類は広がっており,海外と比較してその種類は限られるものの,日本でも抗うつ薬の特性に着目した選択をすべき時代に入ったと考えられる。その中で,日本での新規導入が予定されているduloxetineの特性を紹介することは重要な意味を持つと考え,本稿では,米国での二重盲検ランダム化placebo対照比較試験を用いた,2つのプール解析結果を紹介する。寛解率に関しては,duloxetineと選択的セロトニン再取り込み阻害薬は総合的には同程度に有効であるが,中等度から重度のうつ病患者における寛解率はduloxetineで高い可能性が示唆された。症状別では,duloxetineは全般的症状,中核症状,エネルギーおよび興味のレベルの改善や,仕事と活動,精神運動抑制,性的関心(生殖に関する症状),心気症の改善に有益性が高い可能性が示された。特定の集団に対して,より大きな効果が期待できる抗うつ薬を選択することは,寛解に到達する機会を増加させる一助になると思われる。今回の解析結果は,エビデンスに基づく治療方針を患者に対して考慮するにあたって重要な意味を持つと考える。
Key words : duloxetine, SSRI, randomized double-blind clinical trial, major depressive disorder

資料
●治療抵抗性統合失調症に対するolanzapineの有用性――Clozapineとの比較を中心に――
倉持素樹  渕上裕介  高橋道宏
 治療抵抗性統合失調症の治療は今なお難しい。2009年4月,治療抵抗性統合失調症に対する治療薬としてclozapineが本邦でも承認された。しかし,clozapineで効果があったとされる治療抵抗性統合失調症の基準は多くの試験で異なる。一方,clozapineと類似した作用特性を有しているolanzapineは,治療抵抗性統合失調症に一定の効果があるのではないかと考えられており,これまでいくつかの症例検討や前向きオープン試験が報告されてきた。さらにolanzapineとclozapineの無作為化二重盲検比較試験もいくつか行われており,治療抵抗性統合失調症の基準が厳格でない臨床試験では,高用量のolanzapineと低用量のclozapineで同等の有用性を持つことが示唆された。またclozapineでは顆粒球減少や心筋炎・心筋症のリスクがolanzapineより高かったが,体重増加,高血糖・高脂血症のリスクは両薬剤とも同程度であった。これまでのエビデンスから,今後は治療抵抗性統合失調症に対するolanzapineの高用量使用時の安全性,olanzapineとclozapineの使い分けのための基準の研究が重要と考えられた。
Key words : treatment-resistant, schizophrenia, olanzapine, clozapine, high dose

特別寄稿
●Clozapine:治療抵抗性統合失調症および自殺予防への適用
Herbert Y. Meltzer  住吉太幹
 1950年代にchlorpromazineおよびその他の抗精神病薬が導入される以前において,統合失調症の発病は生涯にわたる機能障害および長期入院を意味した。人口の約1%が罹患する同疾患に対する効果的な身体的治療法がなかったためである。その後用いられた一連の抗精神病薬は,妄想,幻覚,思考の解体といった陽性症状に対する明らかな効果があり,統合失調症に新しい治療法をもたらし,患者の地域社会での生活を可能にした。一方,約30%の患者には,十分な治療反応性が示されなかった。さらに,認知機能障害,陰性症状,感情障害,自殺傾向に対する効果は限定的であった。これらの症状は陽性症状から独立しており,たいていの患者において機能的転帰をより大きく左右することが指摘されている。よって,機能的予後の薬物療法による改善は,当時は比較的小さいものであった。さらに,これら初期の抗精神病薬に伴う主な有害事象である錐体外路系症状(EPS)は,quality of life(QOL)およびコンプライアンスに対して非常に不利であった。
 陽性症状への効果にEPSが併存することは,抗精神病薬の典型的な特性と考えられていた。よって,EPS発現がほぼ皆無でありながら臨床効果を示す初の抗精神病薬であるclozapineは「非定型」抗精神病薬と呼ばれ,この名称は陽性症状への有効性とEPSとが区別された一連の薬剤の特徴を表す用語となった。特にclozapineは,通常量の定型抗精神病薬および他の非定型抗精神病薬に反応しない統合失調症患者(全体の約30%)の3分の2において,陽性症状の軽減に効果があることもわかった。また,EPSのため他剤に対する忍容性が得られない患者にも有用であり,さらに重要な特徴として,生命予後に有利な自殺防止効果を示す。また社会・認知機能のいくつかの領域の障害もclozapineは改善し,全般的機能およびQOLを向上させうる。
 Clozapineは他の抗精神病薬よりも無顆粒球症を引き起こす頻度が高いとされるが,白血球数のモニターにより発症率は0.5%未満に低下しており,同副作用による死亡例は現在ではきわめてまれである。Clozapineは体重増加およびその他の代謝性副作用,心筋炎,頻拍,流涎,けいれんも引き起こすが,陽性症状,自殺のリスク,認知・社会機能改善における優位性からリスク対効果比が大きく,統合失調症の治療において非常に大きな役割を担っている。最近の研究では,clozapineが主に自殺予防効果により,統合失調症患者の死亡率を低下させることが示されている。Clozapineの効用を十分理解し適切に用いることは,多くの統合失調症患者のQOLおよび生命そのものの予後改善につながると考えられる。
Key words : clozapine, antipsychotic, schizophrenia, treatment resistant, agranulocytosis, psychosis, cognition, atypical, typical

特集 Clozapine症例集 Ⅱ(全2回)
●Clozapine投与中に一過性の好中球減少傾向を認めた症例
新井 薫  朝比奈次郎  大森まゆ  永田貴子  津野良子  高木希奈  平林直次
 本症例は薬物療法,電気けいれん療法に反応せず,薬物不耐性でもあったが,clozapineにより症状が軽快した。Clozapine使用中に好中球の減少傾向を認めたが,clozapineの減量とadenineの追加を行ったところ,好中球数は回復し,好中球減少症を来すことはなかった。好中球数の回復と,clozapine減量およびadenine使用の関連は不明であり,症例の蓄積が待たれる。
Key words : clozapine, schizophrenia, treatment-resistant, neutropenia

●慢性期統合失調症のclozapine使用例
大西豊史
 18歳時発症の慢性期の統合失調症患者に対しclozapineを使用した経験を症例報告としてまとめた。Levomepromazine,bromperidol,haloperidol,risperidone,olanzapineにて明らかな改善を認めなかった症例である。Clozapine投与により,幻覚妄想状態は続いておりBPRSの明らかな改善は認めないものの,他者とのかかわりが増え,短時間ではあるが単独で外出する機会も増えており,若干の改善傾向を認めている。このような改善は訪問看護などの第3者の介入する余地を与えていると考えられる。
Key words : clozapine, negative symptom, schizophrenia, constipation

●2年以上のclozapine治療の後に好中球減少症を認めた1例
伊藤 学  大下隆司  瀬尾たまお  横山香菜子  奥井賢一郎  長谷川大輔  石郷岡 純
 治療抵抗性統合失調症に対しclozapineを使用したところ精神症状が改善し,QOLの向上を認めたが,2年以上使用後に好中球減少症が発現したため,投薬は中止,緊急入院となった。Clozapineの使用に当たり,血液モニタリングシステムおよび血液内科との連携の重要性を再認識させられたが,一方でclozapine中止後に精神症状の著明な悪化を認めたことから,治療抵抗性の統合失調症に対するclozapineは有効性が改めて示された。
Key words : clozapine, neutropenia, treatment-resistant schizophrenia

●慢性期統合失調症のclozapine使用例
Jeong Ryeong-Na  大下隆司  瀬尾たまお  馬場美穂  横山香菜子  大森雅子  石郷岡 純
 種々の抗精神病薬の投与にて効果不十分であった11年来の統合失調症患者にclozapineを用いて治療を行った。Clozapineを400mg/日まで増量したところ,白血球数が減少し,意識障害様の状態を呈し脳波も徐波化を認めた。BPRSが60から46まで-14の改善が認められていたが,clozapine減量後も白血球数は4,000/μl以下で持続したため,投与は中止された。
Key words : clozapine, schizophrenia, leucopenia

●Clozapineにより好酸球増加症が出現した1例
三澤史斉
 44歳,男性。慢性期の統合失調症で,突然の暴力行為が出現し措置入院となったが,その後も暴力行為が続いた症例である。入院後に各種薬物治療を行い,電気けいれん療法も施行したが,暴力行為が一向に改善しないためclozapineを投与した。200mg/日まで漸増するも暴力に対する効果はほとんどなく,投与21日目より好酸球数が増加し30日目には3,000/μlを超えたため,clozapine投与を中止した。clozapine中止後,速やかに好酸球数は減少し1ヵ月ほどで正常化した。
Key words : clozapine, treatment-resistant schizophrenia, violent behavior, eosinophilia

●Clozapineにより多飲水が改善し社会復帰に至った統合失調症の1例
市川 亮  大森まゆ
 多飲水により体重の日内変動が大きく,低ナトリウム血症がしばしば生じていた統合失調症慢性期患者にclozapineを使用した。投与後,多飲水の改善とともに,それまで治療抵抗性を示していた空笑や奇声,持続性の幻聴などの改善もみられ,社会復帰を目指した訓練が可能となった。その結果,グループホームへの退院に至り,現在まで外来へ通院している。
Key words : clozapine, polydipsia, social outcome, schizophrenia

●Clozapine投与中に急性間質性腎炎を発症し中止した1例
小口 芳世,黒江美穂子,川上 宏人,他
 Olanzapineやfluphenazineの大量療法の他,第一世代および第二世代抗精神病薬も含めたあらゆる抗精神病薬に対して治療抵抗性を呈し,罹病期間が長期にわたり,さらに入院も余儀なくされている統合失調症妄想型に対して,clozapineを導入した。用量依存性に陽性症状の軽快をみたが,経過中に急性間質性腎炎を発症し,治療が中止となった。早期の中止により腎炎は軽快し,さらにその後精神症状も安定したことは興味深い。
Key words : schizophrenia, treatment-resistant, clozapine, acute interstitial nephritis

●薬物治療・修正型電気けいれん療法抵抗性の病識欠如がclozapineにより軽減されblonanserin置換後も改善が持続したため長期入院からの地域移行が可能であった1症例
岡本長久  石原年幸  玉浦明美
 完全に病識の欠如した抗精神病薬・修正型電気けいれん療法抵抗性の幻覚妄想状態を呈し,強固な妄想に左右され数々の社会的逸脱行動を認めたため,長期入院を余儀なくしていた患者が,clozapineの使用によって一部病識が出現し,退院が可能となった症例を経験したため報告する。この一部獲得された病識は,長期投与試験時にclozapineを中止,blonanserinに置換したが,その後も維持された。
Key words : treatment-resistant schizophrenia, loss of insight, clozapine, confirmation of taking medicine, blonanserin

●Clozapineにより情動が安定した統合失調症の1例
奥井賢一郎  稲田 健  瀧村 剛  大下隆司  石郷岡 純
 罹病期間が13年と長期で,8年間にわたる長期入院中に種々の抗精神病薬を処方されたが,いずれも安定に至らず,隔離措置を繰り返していた治療抵抗性統合失調症の症例である。Clozapineの導入により,BPRSは46点から30点前後まで改善し,維持された。特に,情動面の安定化が図られ,家族への気遣いを示すようになり,8年ぶりに外出することが可能となった。結果として長期入院や難治性の統合失調症患者に対し,clozapineは退院の可能性をもたらすと考えられた。
Key words : clozapine, emotion, treatment-resistant, schizophrenia

●Clozapineにより体重減少をきたした統合失調症の1例
亀井雄一
 症例は45歳男性,15歳発症の妄想型統合失調症である。幻覚・妄想とそれに支配された行動により21歳で入院し,以後様々な定型・非定型抗精神病薬を投与したにもかかわらず精神症状が改善せず,clozapineを導入した。Clozapineにより精神症状は改善し,退院可能となったが,体重減少が出現した。一般的にclozapineは体重増加をきたすとされているが,本症例のように体重が減少する場合もあり,注意が必要であると考えられた。
Key words : clozapine, schizophrenia, body weight loss

●Clozapine投薬によって保護室長期使用から脱し退院できた症例
橋本喜次郎
 初回入院で保護室隔離が長期化していた解体型統合失調症例に対し,clozapine投与を行った。症例は,新規抗精神病薬を含めた多剤併用処方下,病的体験と保護室隔離から抜け出せずにいた。Clozapine投与開始後,速やかに隔離から開放され2人部屋に移動し,試験外泊を重ねて退院に至った。抗精神病薬に反応しない症例は,これからも必ず一部存在し,clozapineはこうした症例に有効な手立てであると確認した。
Key words : clozapine, schizophrenia, disorganized type, treatment-resistant, seclusion room

●Clozapine投与にて水中毒にともなう行動制限をなくすことができた慢性期解体型統合失調症の1例
岩永英之  橋本喜次郎  佐藤康博  中川伸明  館 雅之  武藤岳夫  吉森智香子  佐伯祐一  黒木俊秀
 水中毒のために長期にわたり隔離を頻回に要した慢性期解体型統合失調症症例に対して,clozapineを使用した。第2世代抗精神病薬をはじめとしたさまざまな抗精神病薬による治療や看護スタッフによる取り組みを行っても,隔離を減らすことが難しかった。Clozapine導入後,精神症状の改善は限定的であったが,多飲症により隔離を要することはほぼなくなった。
Key words : clozapine, schizophrenia, polydipsia, water intoxication, seclusion

●Clozapineにより発症後初めて家庭での生活が長期維持できた1例
中川伸明  佐伯祐一  橋本喜次郎  黒木俊秀
 これまでにclozapineの治療抵抗性統合失調症への有効性および再入院予防効果が報告されている。今回我々は,多くの抗精神病薬に反応せず,幻覚・妄想などを中心に多彩な症状が遷延している治療抵抗性統合失調症患者において,clozapine治療による陽性症状の改善およびclozapine低用量での状態維持を経験したので報告した。
Key words : clozapine, treatment-resistance, schizophrenia, disorganized type

●精神科単科病院で発生したclozapineによる無顆粒球症:総合病院との診療連携を要し,olanzapineにより回復遅延を来した1例
宮田量治  川上宏人  藤井康男  黄野博勝  本田 明        
 Clozapine投与中の統合失調症患者に無顆粒球症が生じ,単科精神科病院における国内初のケースとして,血液内科専門医との連携や総合病院への搬送を要した症例について,clozapine開始後の経過,無顆粒球症発症から回復までを報告した。本例はまた,clozapine中止後投与されたolanzapineにより無顆粒球症の回復が遅延したと考えられた。考察では,本例にある無顆粒球症リスク,総合病院との連携,家族との情報共有について言及した。
Key words : clozapine, olanzapine, agranulocytosis, granulocyte-colony stimulating factor(G-CSF), psychiatric hospital

●気分の易変性と衝動行為にclozapineが著効した統合失調症の1例
佐伯祐一  館 雅之  中川伸明  岩永英之  橋本喜次郎  黒木俊秀
 22歳の治療抵抗性妄想型統合失調症に対して,clozapineが極めて優れた治療効果を発揮した。症例は,18歳で発病し,clozapine投与までの罹病期間が4年間で,3回の入院歴があった。主な症状は,幻覚妄想,気分の易変性,思路障害,衝動行為であった。第3回入院時では,olanzapine 20mg/日やzotepine 450mg/日で症状改善がなかったが,clozapineで著明改善が認められた。特に気分の易変性と衝動行為に対して比較的早く効果が見られた。副作用では,流涎,過鎮静,吐き気・嘔吐が認められた。
Key words : clozapine, mood lability, impulsive behavior, delusion, thought disturbance

●Clozapine投与により精神症状の改善が認められたが,心機能低下により投与中止となった1例
榎本哲郎  柳沢宏一
 解体型の治療抵抗性統合失調症患者にclozapineを125mg/日まで漸増し,敵意,猜疑心,非協調性の改善が認められたが,心電図異常,左心室収縮能低下のため投与を中止した例を経験した。心電図異常がある場合は,早期に循環器内科に相談し,経過をみながら主治医が継続か中止かを判断することが重要と考えられた。
Key words : clozapine, treatment-resistant schizophrenia, property destruction, ECG, cardiac dysfunction

●Clozapine投与により暴力行為が改善し,多剤併用から単剤へ移行した治療抵抗性統合失調症の1例
榎本哲郎
 幻覚妄想,精神運動興奮,家庭内暴力のあった治療抵抗性統合失調症患者にclozapineを投与したところ,家庭内暴力は消失し,退院・外来通院となった症例を経験した。また,投与前はデイケア,作業療法の再開は困難と思われたが,投与後は人当たりも柔らかくなり,作業療法士の評価も良好である。投与開始時はlithium carbonateを併用し,clozapineの効果を確認しながら最終的にlithium carbonateを中止し,clozapineによる単剤維持が可能となった。
Key words : clozapine, treatment-resistant schizophrenia, domestic violence, lithium carbonate

●他院耳鼻科の処方薬で好中球数が低下し,医療連携の重要性を認識させられた1例
榎本哲郎  阿部貴之
 易怒的で,精神運動興奮が著しいため,隔離・身体拘束を継続していた患者にclozapineを投与したところ,症状の改善が認められ,sodium valproateとの併用で退院に至り,生活支援センターに通うまで社会生活が広がった。退院後一時的に好中球数の減少が認められたが,これは他院の耳鼻科医から処方されているminocyclineが原因と考えられたため,耳鼻科医と相談の上,minocyclineを中止し,好中球数は正常範囲に回復した。退院後,他院を受診する場合は,そこで処方されるclozapine以外の薬剤が原因で,好中球数や白血球数の低下をきたす可能性があることを念頭に置き,他院との協力の上,clozapine投与を継続していくことが重要であると考えられた。
Key words : clozapine, treatment-resistant schizophrenia, neutropenia, minocycline, sodium valproate


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