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展望
●向精神薬の服用と自動車運転
松尾幸治
 平成25年3月に総務省行政評価局より,続いて同年5月に厚生労働省より「自動車運転等の禁止又は自動車運転等の際は注意」の通知がされた。自動車運転に厳しい制限を科している薬剤の中で,向精神薬が多く含まれており,精神科医療機関や薬局などの現場での混乱は大きく,またこの徹底により患者への生活上の不利益も少なくない。本稿では,この問題について,諸外国との添付文書の比較,文献的考察を行った。その結果,わが国の添付文書の自動車運転に厳しい制限を科す根拠は見いだせず,諸外国と比べて著しく制限が厳しいことが明らかになった。患者が等しく社会生活を送る権利と道路安全を両立させるために,関係省庁,学術団体,医療機関,当事者,製薬メーカー等が,お互いの立場から,国民の安全,研究的エビデンス,わが国の交通事情,処方事情などを踏まえた包括的議論を進め,わが国独自の基準等の整備をしていくことが望まれる。
Key words : psychotropic agents, driving vehicles, drug information, antipsychotics, antidepressants, anxiolytic, hypnotics

特集 精神疾患・向精神薬と運転
●統合失調症や抗精神病薬に関連する自動車運転の現状と問題点
櫻井 準
 道路交通法などにおいて,統合失調症は運転に支障を及ぼす場合があるとされているが,病名で一様に判断が決まるわけではなく,あくまでも患者の状態で判断されることになっている。主治医が診断書を記載する際も,症状や再発リスクなどをふまえ,多面的に判断することができる。しかし,抗精神病薬の添付文書に従うと,一律に運転しないよう指導しなければならず,経過や状態次第で内容が変わりうる診断書を記載する立場と矛盾が生じている。また,この添付文書による運転禁止から,治療意欲の減退や服薬の中断につながらないかが懸念される。今後より適切な判断が行えるよう,議論をしていく必要があるかもしれない。
Key words : schizophrenia, antipsychotic, car-driving

●気分障害と自動車運転:疾患と治療薬が運転技能に及ぼす影響
宮田明美  岩本邦弘  河野直子  尾崎紀夫
 先般,薬剤や疾患の影響下にある交通事故の厳罰化を定めた自動車運転死傷行為処罰法が施行され,続いて免許取得・更新時の精神疾患等の申告義務および虚偽申告の罰則を定めた改正道路交通法が施行された。こうした法改正により,ほとんどの精神疾患患者が規制の対象に含まれ得ることとなり臨床現場は混乱し,患者の社会生活に大きな支障が生じている。2014年日本精神神経学会からガイドラインが公表され,運転に問題のある医学的状態像のコンセンサスが得られるに至ったが,薬剤の影響をどのように見積もるのかは依然として明確ではない。服薬中の運転判断には,向精神薬服用中の運転中止を注意喚起する添付文書記載も影響力をもつ。しかし疾患や治療薬と運転に関する実証的データは乏しく,十分な証左がないまま議論されている。本稿は,気分障害や抗うつ薬・気分安定薬と自動車運転に関する知見を概説し,議論を進める上での方向性を示す。
Key words : automobile driving, driving performance, traffic accident, mood disorder, psychotropic

●精神疾患・向精神薬と運転てんかんと自動車運転
川合謙介
 道路交通法は,運転者に対して過労,病気,薬物などの影響で正常な運転ができないおそれがある状態での運転を禁じており,一方,公安委員会に対しては発作により意識障害または運動障害をもたらす病気にかかっている者には免許を与えないと定めている。しかし,医療者に対する規定はなく,医療者は各々の判断で「再発のおそれがないかどうか」を決め,患者に指導を行うことになる。通常その際に参考とする公安委員会の運用基準では,運転適性に必要な最低条件を「覚醒中に意識や運動が障害される発作が2年間以上ないこと」としている。現行の運用基準は実用臨床には不十分な部分があり,無発作期間の見直しや薬剤変更時など,より詳細な規定が求められている。また,抗てんかん薬の添付文書は,医療者に一律の運転禁止指導を義務付けるような文面になっているが,この文面は,運転に支障をきたす副作用が生じていると考えられ得る患者のみを対象としたものと解釈すべきであろう。
Key words : epilepsy, driving, antiepileptic drug, quality of life, drug information

●認知症と自動車運転─医薬品とその使い方─
上村直人  藤戸良子
 近年,社会問題となっている高齢者の認知機能低下,認知症における自動車運転と薬物治療に関して概説した。2002年6月以降,認知症性疾患では改正道交法により一定の制限を受けるようになった。そのため臨床医も必然的に疾患を持つ患者の運転免許に関わらざるを得ない状況となった。認知症と自動車運転の関連は医学的な実証検証は少なく,特に抗認知症薬と自動車運転の関連性に関するデータはほとんど見受けられない。様々な報告から認知症の原因疾患により運転行動が異なることや,認知症の重症度や精神症状・行動障害の違いにより,運転行動に及ぼす影響が異なることもわかり始めている。しかしながら,認知症と自動車運転に関する報告は欧米を中心に多数みられている一方で,認知症の運転に対するゴールドスダンダードは世界的にみてもまだ存在しない。そのため,認知症およびその薬物治療においてもエビデンスは少なく,今後の医学的検証が望まれる。
Key words : dementia, neurocognitive disorder, driving, drug therapy

●過眠性疾患の運転問題と対応
井上雄一
 昨年より,居眠り運転事故を生じる可能性のある重度の眠気を有する患者を公安委員会に通報できることが道路交通法に定められ,正常運転ができない状態で自動車運転を行って,人を負傷・死亡させた場合の処罰が強化された。これらの制度を適切に運用するためには,過眠性疾患での運転事故の実態,リスクを予測しうる臨床指標や覚醒保持能力を判定する検査手法(=覚醒維持検査;MWT)とその結果の解釈法を十分理解する必要がある。本稿では,過眠性疾患の代表である閉塞性睡眠時無呼吸症候群と中枢性過眠症での居眠り運転の疫学的事項,両疾患治療薬の運転パフォーマンスに対する効果を示すとともに,覚醒維持検査の概略について言及した。過眠性疾患患者すべてで事故リスクが高いわけではないが,重症かつ治療アドヒアランスが悪い症例,多回事故経験者については,重点的に治療を強化し,覚醒維持能力が一定水準以上であることを確認することが肝要であろう。
Key words : sleepiness at the wheel, obstructive sleep apnea syndrome, narcolepsy, maintenance of wakefulness test, sleep hygiene education, driving simulator

●睡眠薬・抗不安薬の自動車運転に及ぼす影響
三島和夫
 睡眠薬・抗不安薬は運転能力を障害することが運転シミュレーターや路上運転テストで明らかになっている。睡眠薬による運転能力への悪影響は,運転時間が午前,高用量の服用,服用時間が遅い,作用時間が長い,服用開始からの期間が短い,アルコールとの併用などでリスクが高まる。薬物の影響は血中濃度プロファイル(吸収,分布容量,代謝・排泄能)や服用開始後の馴化度合いの個人差のほか,食事の影響,精神症状,睡眠不足の有無などにより大きく異なる。患者への指導方法には未だ定石はない。治療者側としては個別のケースごとにリスクを評価し,十分な注意喚起を行った上で,運転の是非を慎重に判断することが求められる。今後は睡眠薬のPharmacokineticsに加えて,Receptor-ligand kineticsを念頭においたリスク分析が行われるようになるだろう。
Key words : hypnotics, anxiolytics, driving performance, traffic accident

●危険ドラッグおよび依存性薬物の自動車運転に及ぼす影響
舩田正彦
 危険ドラッグ乱用に基づく交通事故が多発しており,その蔓延が大きな社会問題となっている。流通している危険ドラッグの主流は乾燥植物片製品(いわゆる脱法ハーブ)である。最も多く検出される危険ドラッグとしては,大麻と類似作用を示す化学成分「合成カンナビノイド」と,覚せい剤と類似作用を示す「カチノン系化合物」が知られている。こうした危険ドラッグの薬理作用,依存性および毒性は,大麻や覚せい剤と同等もしくはそれよりも非常に強力である。危険ドラッグや覚せい剤および大麻を摂取した場合,視覚異常や運動機能の異常亢進もしくは抑制作用などにより,自動車の正常操作が不可能な状態が引き起こされ,重大事故の発生につながる。これらの薬物は単独使用での危険性に加え,アルコールやベンゾジアゼピン系薬剤との併用により重大な交通事故の発生頻度が増大することから,複数の薬物併用は極めて危険である。
Key words : driving performance, MDMA, marijuana, synthetic cannabinoids, cathinones

●アルコールの自動車運転へおよぼす影響
伊藤 満  樋口 進
 本稿では,アルコールの自動車運転へおよぼす影響について概観した。運転と関連した動作(反応時間,トラッキング,注意力,視覚機能,運転技術)への影響は極めて低い血中アルコール濃度(BAC)から現れ,用量依存的にその強さが高まっていく。また,BACが0.01%と低いうちから事故リスクを増加させ,アルコールは事故被害者の重症度も高めることが示されている。アルコールが運転動作を障害する程度は,普段の飲酒習慣による影響をほとんど受けないようである。二日酔いの状態では,アルコールが体内から消失してもなお,3時間は運転に影響があるという。本邦においては,飲酒運転による死亡事故件数は減少傾向にあるものの,いまだ根絶には至っておらず,その背景の一部にはアルコールの影響に関する知識の乏しさや誤解があるものと思われる。アルコールの運転への影響について,広く啓発していくことが求められる。
Key words : alcohol, driving, drunk driving, driving under influence of alcohol, blood alcohol concentration

新薬紹介
●うつ病およびパニック障害治療薬 塩酸セルトラリン:ジェイゾロフトOD錠25mg,50mg,100mg─うつ病治療におけるOD錠の有用性─
吉田早苗
 Sertralineは中枢神経系において強力かつ選択的にセロトニンの再取込を阻害し,抗うつ作用および抗不安・パニック障害作用を発揮する。うつ病の治療目標となる寛解には,服薬アドヒアランスの維持が重要である。しかしながら,うつ病患者の服薬アドヒアランスは半年で約50%未満となり,特に女性では治療初期のアドヒアランスが男性に比べ有意に低下する。また,服薬アドヒアランスの低下は,寛解率の低下や寛解までの期間の延長をもたらす。ジェイゾロフトOD錠(口腔内崩壊錠)は既承認薬であるジェイゾロフト錠の剤形追加として2014年7月に承認された。ジェイゾロフトは1日1回服用で食事の影響をほとんど受けないことから,一人一人のライフスタイルを考慮した服薬時間の設定が可能である。ジェイゾロフトOD錠は水なしでも服薬が可能であり,患者の服薬アドヒアランスの向上の一助となることが期待される。
Key words : sertraline, OD tablets, orally disintegrating tablets, adherence, depression


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