詳細目次ページに戻る

展望
●うつ病の薬物療法の限界と新たな可能性
森信 繁
 三環系抗うつ薬imipramineの発見以来,うつ病アミン仮説に基づいた異なったタイプの抗うつ薬が開発されてきた。しかしながら標準的な抗うつ薬治療に反応しないうつ病患者もみられ,抗うつ薬抵抗性の病態をドパミン神経系の障害から考察した。次に抗うつ薬治療抵抗性うつ病に用いられているdeep brain stimulationやketamineの作用機序からみた,アミン仮説とは異なるNMDA受容体を介した機序での新たな抗うつ薬の可能性に言及した。加えて本邦では未承認であるが海外では既にうつ病治療に用いられている,新たないくつかのアミン作動性および非作動性の抗うつ薬について紹介した。その上でアミン仮説とは異なる薬物で,まだ臨床試験は行われていないが新たな抗うつ薬となる可能性のある薬物について,動物実験での成果を中心に作用機序について報告した。
Key words : antidepressant, deep brain stimulation, dopamine, ketamine, NMDA receptor

特集 新しく導入が期待されるうつ病治療薬のエビデンス
●Agomelatineのすべて
齋藤 篤之  多田 光宏  仁王進太郎
 Agomelatineはメラトニンの誘導体で,メラトニン受容体であるMT1/MT2へのアゴニスト作用,セロトニン受容体5-HT2Cへのアンタゴニスト作用を持つ。新しい作用機序の抗うつ薬としてヨーロッパで販売されており,抗うつ効果のみならずMT1/MT2を介した睡眠への作用が特徴である。Agomelatineをうつ病に使用した研究のメタ解析では,プラセボと比較して寛解(remission)と再燃(relapse)予防の効果は有意差を示せなかった。また,他の抗うつ薬全体との比較では反応(response),寛解・再燃予防いずれの効果でも有意な差はなかった。他の気分障害や不安障害に対する効果については,未だエビデンスは存在しない。一部の副作用については他の抗うつ薬と比較して有意に少なく,その作用機序からも特にセロトニンに起因するものは頻度が少ないと考えられる。Agomelatineに関するエビデンスは豊富とは言えず,今後の更なる研究が待たれる。
Key words : agomelatine, circadian rhythm, major depressive disorder, melatonin, Norepinephrine and Dopamine Disinhibitors

●新規抗うつ薬としてのグルタミン酸神経系薬剤
橋本 謙二
 グルタミン酸受容体のサブタイプであるNMDA受容体拮抗作用を有する麻酔薬ketamine(ラセミ体)が,治療抵抗性うつ病患者に単回投与で即効性の抗うつ効果を示すことから,新しい抗うつ薬の治療ターゲットとして,NMDA受容体が注目されている。一方,ketamineは,ヒトに統合失調症と酷似した精神病症状を引き起こすこと,および繰り返し投与による薬物依存などの問題から,臨床応用には限界がある。筆者らは,NMDA受容体への親和性が弱いR-ketamineが,S-ketamine(エスケタミン:ヤンセン社が臨床治験実施中)より副作用が弱いことを報告している。本稿において,治療抵抗性うつ病の新規治療薬としてのR-ketamine,その他のNMDA受容体拮抗薬および代謝型グルタミン酸受容体拮抗薬の可能性について考察したい。
Key words : ketamine, R-ketamine, NMDA receptor antagonist, mGlu 2/3 receptor antagonist

●うつ病に対する非定型抗精神病薬の有用性
三宅 誕実  宮本 聖也
 大うつ病性障害(単極性うつ病,以下うつ病とする)の治療は,抗うつ薬の単剤治療による薬物療法が中心である。一方,その治療で改善が乏しい難治例・治療抵抗例や精神病性うつ病例に対しては,増強療法の一つとして非定型抗精神病薬の併用(補充)療法が試みられることがある。メタ解析に基づいたエビデンスでは,抗精神病薬の併用療法は,抗うつ薬の単剤療法と比較して,より優れた治療効果を有することが示唆されている。しかし,抗精神病薬は錐体外路症状,過鎮静,高プロラクチン血症,体重増加や脂質代謝異常など種々の副作用を発現するリスクを有するため,導入に当たってはリスク/ベネフィットを考慮した慎重な判断と適切なモニタリングを継続する必要がある。本稿では,うつ病に対する非定型抗精神病薬の有用性に関するエビデンスを概説し,今後の課題を述べる。
Key words : atypical antipsychotics, augmentation, depression, major depressive disorder, psychotic depression

●うつ病治療における気分安定薬の位置づけ
栗田 征武  西野 敏
 うつ病の薬物治療において抗うつ薬は重要な役割を果たしているが,これのみでは十分な治療効果が得られないことがある。この時に代替治療(alternative therapy)や増強療法(augmentation therapy)として,気分安定薬が用いられている。まず,本稿としての気分安定薬の定義を行った。そして,うつ病の治療に対する知見が多いlithium,次にcarbamazepine,双極性障害うつ病相に有効であるlamotrigine,バルプロ酸,clonazepamの順にうつ病への単剤治療,増強療法,予防効果,症例報告の順で述べる。本邦ではうつ病に対する気分安定薬の投与は保険適応外であるが,本稿がうつ病治療の一助になれば幸いである。
Key words : depression, mood stabilizer, lithium, lamotrigine, valproate, carbamazepine, clonazepam

●不飽和脂肪酸とうつ病治療
山下 隆浩  冠地 信和  小澤 寛樹
 多価不飽和脂肪酸(polyunsaturated fatty acid: PUFA)は循環器疾患のみに留まらず,精神科領域においても,認知症,統合失調症,うつ病をはじめ,PTSD等への治療の可能性が指摘されるようになった。本稿ではうつ病に的を絞り,治療・補助療法の効果に関する近年のメタ解析の報告を紹介し,現在考えられている作用機序の仮説について文献を通して提示した。加えて,eicosapentaenoic acid(EPA),docosahexaenoic acid(DHA)の摂取割合など,文献毎のデザイン要素が結果の相違に繋がっていることを指摘した。上記を踏まえて,実際の補助治療の方法や注意点などを挙げ不飽和脂肪酸のうつ病への効果を考えた。
Key words : polyunsaturated fatty acid, major depressive disorder, eicosapentaenoic acid (EPA), docosahexaenoic acid (DHA)

●うつ病治療に対する漢方薬
坪井 貴嗣
 漢方医学は心身相関の概念に基づく医学であるため,うつ病の診断や治療において親和性の高いものであると考えられる。しかしながら,漢方医学にまつわる種々のハードル(医学教育,漢方固有の概念である証,漢方薬使用の地域限局性など)により,うつ病に対する漢方薬のエビデンスは現時点で十分とは言えない。そのような状況下で本稿では現存するうつ病治療における漢方治療のエビデンスを概観するとともに,うつ病に対する漢方医学的な考え方を概説した。具体的には,漢方特有の気血水理論に基づくうつ病の考え方(気虚・気うつ・気逆・血虚),そしてそこから効果的な可能性のある漢方薬の候補を列挙した。さらには漢方治療を行う上で重要な思想である自然治癒力,すなわちレジリエンスにも触れ,うつ病治療を行う上でのレジリエンスの重要性についても述べた。
Key words : kampo treatment, depression, herbal medicine, ki-ketsu-sui theory, resilience

●セントジョーンズワートの大うつ病性障害に対する有効性──最新のエビデンスと限界
高信 径介  田中 輝明
 セントジョーンズワートは古くから抗炎症薬や消毒薬として用いられ,近年は大うつ病性障害(うつ病)や不安障害の治療に効果があると考えられている。本稿ではセントジョーンズワートの最新のエビデンスを概説し,うつ病治療における有効性とその限界について考察する。2015年までに報告された大規模研究やメタ解析の結果から,セントジョーンズワートは軽症から中等症のうつ病に対して標準的な抗うつ薬(SSRIやTCA)と同等の有効性が期待できるが,ドイツ語圏に偏った報告や製品の統一性の問題を排除できておらず留意が必要である。今後,その有効性をより正確に評価するためにも,これら問題点に配慮した臨床研究が必要であり,さらなる臨床知見の蓄積が待たれる。
Key words : St. John’s wort, Hypericum, major depressive disorder, depression

原著論文
●Levetiracetam単剤療法の経験──神経救急からてんかん診療までを含めた急性期総合病院における現状
山本 貴道  山添 知宏  藤本 礼尚  佐藤慶史郎  岡西 徹  横田 卓也  本井 宏尚  金井創太郎  内山 剛  大橋 寿彦  田中篤太郎  榎 日出夫
 Levetiracetam(LEV)単剤療法の有効性を検討した。2014年の1年間でてんかん発作または中枢神経系疾患による症候性発作を有する350例にLEVが投与された。その内92例に単剤療法が行われ,発作消失率は60.7%であった。継続率は87.0%と高率であり,LEVによる副作用によって中止に至ったのは2例と極少数であった。発作消失の効果発現は3日以内に52.4%,1,000mg/day以下で80%と早期の効果発現が確認された。LEVへの切替え例では,先行する抗てんかん薬(AED)で発作消失の得られていなかった内の44.1%で新たに発作消失を獲得。発作の止まっていた13例では全例で発作の再発無く切替えが完了した。LEVを選択した理由の最多は,AED以外の併用薬との相互作用を考慮したものであった。他には先行AEDの効果不十分や副作用,LEVの早期の効果を期待した等が主たる選択理由であった。LEV単剤療法での良好な発作抑制効果と共にLEVの使いやすさが明らかとなった。
Key words : levetiracetam, epilepsy, seizure, anti-epileptic drugs, monotherapy

●統合失調症患者における死亡率と突然死についての検討
五十嵐 桂  藤井 康男  三澤 史斉  岸本泰士郎
 山梨県立北病院において2013年4月1日から2014年3月31日の1年間でなんらかの診療を行った統合失調症圏患者は1,367例(男性731例,女性636例)で,この中で死亡が捕捉できたのは22例であった。死因は自然死が19例であり,非自然死は3例でいずれも自殺例であった。自然死の中で死因が特定できたのは5例で,14例は原因不明の突然の死亡でこれを広義の突然死群とした。14例中ICD-10による狭義の突然死は9例であった。全ての原因での死亡率は17.9/1000人年,自殺は2.44/1000人年,広義の突然死による死亡は11.4/1000人年,狭義の突然死による死亡は7.33/1000人年となっていた。広義の突然死14例とこれと年齢,性別をマッチさせた対照群140例について解析すると,突然死群は抗精神病薬総投与量,抗精神病薬・ベンゾジアゼピン系薬剤数が有意に多く,喫煙率も有意に高かった。この2群における症例対照研究でロジスティック回帰分析を行った結果,抗精神病薬総投与量とベンゾジアゼピン系薬剤数が多いことは広義の突然死のリスクを高める要因である可能性が認められた。
Key words : schizophrenia, mortality, sudden death, antipsychotic, benzodiazepine

●Clozapine投与中に生じた6例の無顆粒球症,10例の白血球減少症・好中球減少症──Clozapine開始時年齢の重要性
木田 直也  大鶴 卓  村上 優
 琉球病院では2015年5月までに138例の治療抵抗性統合失調症にclozapine(CLZ)治療を行い,6例の無顆粒球症と10例の白血球減少症・好中球減少症を経験した。平均発現時期は無顆粒球症が3.3月,白血球減少症・好中球減少症が9.7月だった。50歳未満の無顆粒球症の発現はなく,白血球減少症・好中球減少症の発現率も3〜8%程度と低かった。しかし無顆粒球症の発現率は50歳代では8%,60歳代では33%と上昇し,白血球減少症・好中球減少症の発現率も50歳代〜60歳代では11%以上と高くなった。年齢,リスク遺伝子,過去の治療薬などがその原因と考えられた。当院では2014年に60歳以上の症例へのCLZ導入を中止してからは無顆粒球症の発現はなく,白血球減少症・好中球減少症の発現数も減少した。治療抵抗性例に対しては抗精神病薬の長期多剤併用療法になる前にCLZ治療を早期に開始することが重要である。
Key words : clozapine, treatment-resistant schizophrenia, CPMS, agranulocytosis, neutropenia

●難治成人部分てんかんに対するlevetiracetam長期継続併用療法──多施設共同,非盲検長期継続試験
八木 和一  松尾 哲夫  吉田 克己
 難治成人部分てんかん患者を対象にlevetiracetam(LEV)長期併用療法の安全性の評価を主な目的として,多施設共同非盲検継続試験(N01222)を実施した。患者は,先行して行われた最初の第3相試験の継続試験(N01020)および2つ目の第3相試験(N01221)から移行した。本試験は評価期間が16週の第1期と,ほぼ3年に及ぶ第2期から構成され,第1期における有効性と安全性,および第2期の長期安全性を評価した。第1期の週あたりの部分発作回数減少率の中央値 (第1四分位-第3四分位) は22.0(−11.0-46.7)%で,継続投与での有効性が確認された。LEVと因果関係が否定できない有害事象(ADR)の発現率は,第1期68.4%,第2期88.9%で,ほとんどが軽〜中等度であった。両期に共通した発現率10%以上のADRは鼻咽頭炎と傾眠であった。長期投与において新たな有害事象の発現は認められなかった。本試験により,難治成人部分てんかん患者に対するLEVの長期継続併用療法の安全性ならびに有効性が確認された。
Key words : antiepileptic drugs, levetiracetam, partial-onset seizure, adjunctive therapy, long-term follow-up

●うつ病・うつ状態患者に対するaripiprazole増強療法の有効性・安全性についての検討──特定使用成績調査の中間解析結果
上島 国利  安田 守良  山村 佳代  板東 孝介  福田 泰彦
 うつ病・うつ状態患者に対するaripiprazoleの強化療法について日常診療下における有効性と安全性を検討するために特定使用成績調査を行った。今回,456例の中間解析を行った結果,6ヵ月目までに寛解を達成した患者割合は軽症54%,中等症38%,重症(精神病性特徴を伴わないもの)32%,重症(精神病性特徴を伴うもの)10%であった。寛解を予測する因子を探索的に解析したところ,開始時のMADRS合計点が33未満であることと,今回のエピソードの発現から強化療法開始までの日数が272日未満であること,を見出した。副作用発現率は治験時より低く,アカシジア20件,体重増加14件,不眠症・倦怠感がそれぞれ7件報告された。以上より,既存治療で十分な効果が認められないうつ病・うつ状態患者に対するaripiprazoleの強化療法は抗うつ薬で十分な効果が認められない患者に対する有効な選択肢であることが示唆された。
Key words : aripiprazole, depression, augmentation therapy, post-marketing surveillance

短報
●精神科病棟におけるカフェイン含有飲料に関する調査研究
齋藤百枝美  丸山 桂司  出川えりか  林 やすみ  木村伊都紀  松田 康子  村野 哲雄  永田あかね  馬場 寛子
 カフェインはコーヒー,紅茶,緑茶など多数の食品・飲料に含まれ,法的に禁止・制限されていない。しかし,カフェインの作用として興奮,強心作用,脳細動脈収縮作用,利尿作用などがあり,副作用として不眠,胃腸の障害などが挙げられる。精神科におけるカフェインの使用は,向精神薬との相互作用,睡眠障害の誘発などの問題がある。このため,今回精神科病棟で日常的に調製され患者に提供されている麦茶,ほうじ茶,緑茶,および市販の緑茶等に含まれるカフェインの濃度を測定した。試料は7施設の精神科病院で通常の方法で調製後の麦茶,ほうじ茶,緑茶を採取し,−30℃で保管した。カフェイン濃度の測定はHPLCにより行った。麦茶のカフェインは検出されなかった。ほうじ茶のカフェイン濃度は1.2〜9.0mg/100mLであり,同一施設内においても病棟により含有量が異なった。緑茶は4.7,6.0mg/100mLであった。市販の緑茶等および特定保健用食品の緑茶等にはカフェイン濃度が高い商品(23.9mg/100mL)があった。精神科病棟で患者へ提供されているほうじ茶のカフェイン濃度は1.2〜9.0mg/mLと幅があり,茶葉の量,抽出時間による影響が考えられた。各施設の緑茶,ほうじ茶のカフェイン濃度は,日本食品標準成分表2010より低濃度であった。しかし,カフェインに感受性が高い人の存在,およびカフェインとの相互作用がある医薬品の服用患者が存在するため,カフェインフリーの飲み物への変更が望まれる。また,市販の緑茶,ウーロン茶,および特定保健用食品の緑茶等にも高用量のカフェインが含まれる商品があるが,カフェイン量の表示がされていない商品も多く夕刻以降の摂取による睡眠への影響が懸念されるため,カフェイン含有量の表示が必要と考える。
Key words : caffeine, psychiatry ward, beverage, tea


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.