詳細目次ページに戻る
■特集 ライフステージに応じたサービスを考える

第1章 総論
●発達課題とライフサイクル――自我心理学の視点から――
穴井己理子
 人間は一生涯を通して生物学的に発達的変化を遂げ,それに伴い精神的にも成熟の方向に向かう。この心理的発達の過程は個体差もあるものの,ある普遍的な変化や課題がある。クライエントが呈する精神症状は発達課題がうまくいっていなかったり,先送りにしていた問題が賦活したりしたために生じることは多く,症状に対する治療を行うことが結果としてクライエントの発達を促進することも多い。心理的発達論として,Freud ,S . は精神性的発達論を唱え,口唇期,肛門期,エディプス期,性器期として成人までの個体の内的な人格発達を図式化した。これに対し,Erikson , E . H . はFreud の影響を受けながらも身体的発達,社会的環境の影響,個人の内的な精神過程の相互作用による心理的な発達をより重視し,ライフサイクルを8段階(後に9段階に修正)に分けた。本論では,この2人の発達論を軸に各年代の発達課題とその失敗が及ぼす影響,臨床的留意点について論じる。
キーワード:Freud,Erikson,心理社会的発達,発達課題,ライフサイクル

●発達的観点からの子どもへの支援
神尾陽子
 児童期の精神医学的障害は,子どもの生活だけでなく成人後の精神健康や社会適応にも影響を及ぼし,家族や学校などへの影響も少なくない。子どもの支援は,個々の症状のみに向けられるのではなく,長期的な社会適応やQOL の向上という観点から子どもの健康を守り育てていく環境をいかに調整していくか,にも向けられるべきである。また,いったん計画し実施された支援計画も,子どもの成長に伴う変化を考慮して適宜見直しを繰り返す必要がある。このような支援の実施の場は,クリニック以外にも子どもの生活場面をカバーできる場を含めて考えられる必要がある。そのためには,専門性の異なる多職種チームが連携して支援を行うことがルーチンとなることが望ましい。さらに予防が進めば,児童期の支援体制の重要性はもっと認識されるだろう。ただ,支援体制の整備には専門家の教育上の課題も残されている。
キーワード:児童期,精神医学的障害,発達,支援,多職種チーム

●健康な加齢の支援
宮永和夫
 健康な加齢を,「活力ある高齢化」と「生涯発達」の視点より論じた。老年期の特徴は,「病気である,または病気になりやすい」ことと「死への直面・接近」であるが,「病気」で重大なものは生活習慣病のような身体的な疾患より,認知症とうつ病という脳の病気と捉えた。健康な加齢の支援に関して,その増進には,生き甲斐作り・社会参加支援と就労支援が,またその保持には,病気の予防が大切と考え,特にうつ病と認知症の予防と「健やかな脳の健康作り」について具体的な対処方法を述べた。
 さらに,老年期の課題や目的については,ポジティブな評価をする東洋的な思想が良いとして,孔子や貝原益軒について述べた。
キーワード:life -span development,active ageing,prevention of dementia and depression

第2章 疾患ごとに見たライフステージ〈統合失調症〉
●統合失調症の予防と早期介入
森田桂子,水野雅文
 近年,精神科領域においても,早期介入(early intervention )について着目する研究が相次いで発表され,各国で様々な援助サービスや治療が模索されているところである。
 統合失調症については,既存の診断基準において陽性症状が出現した時を発症としている。しかし,その2〜5 年前から社会機能の低下や陰性症状が高い割合で認められることや,発症時にはすでに脳の形態学的変化が起こっていることなどが分かっており,生物学的な病気の始まりは,臨床症状が目立ってくる発症時よりかなり前であることが想定されている。また最近では,治療介入の遅れによる弊害も論じられている。適切な早期介入は疾患の進行を防ぎ,社会機能,学業問題,就職活動に関した二次的ダメージを最小化しうるものであり,現在できる最善の策でもある。行政や教育関係との連携は今後ますます重要になると思われる。また,当院における早期介入の取り組みについても紹介する。
キーワード:スティグマ,DUP,学生相談,ARMS,前駆状態

●統合失調症女性の妊娠・出産・育児に対するサービス――母子のリスクはどこまで軽減できるか――
平松謙一,西澤 治
 かつて精神科医や産科医には,統合失調症女性の妊娠・出産・育児について否定的あるいは消極的見解が多かった。最近は,障害者の権利として否定的見解は少なくなってはいるが,統合失調症女性の妊娠・出産・育児は再発の危険性,妊娠・出産の産科的合併症などから,また児の抗精神病薬による催奇性,出生時の異常,統合失調症の発症危険性などから,統合失調症女性の妊娠・出産・育児は母子ともにハイリスクであるとされている。われわれは「子作り子育て」支援専門外来の経験から,統合失調症女性の挙児希望の実現は,彼女たちの大きなリカバリーとなり,そのニーズの実現を共に目指す支援チームを組織することによって,母子のリスクを大幅に軽減できることを明らかにした。
キーワード:統合失調症,妊娠,出産,育児,リカバリー

●高齢者統合失調症における加齢の影響
守田嘉男,森脇大裕
 精神疾患や精神障害の発病や経過とライフステージとの間には密接な関連があり,そのため年代による精神医学を構築することも可能である。なかでも統合失調症では晩年になるとわずかな残遺症状を残しつつ寛解に至る症例が見られる。
 一方,治療においては新規抗精神病薬の開発によりADL (日常生活動作)が向上し,精神科リハビリテーションへの期待が高まり,あらためてライフステージと統合失調症との関係を検討することが求められている。筆者の外来へ長期間通院中の統合失調症の症例について検討すると,本疾患と老齢化の関連は多様であるが,おおむね加齢は有効に働いている。それゆえ精神科医療に携わる者は,引き続きこれらの晩年期にある統合失調症に罹患した人々を支援サービスする責務がある。
キーワード:統合失調症,老齢化,ライフステージ,臨床サービス

●慢性長期入院者の終末期ケアについて
五十嵐善雄
 二本松会上山病院に勤務していた時期に,慢性長期入院者の終末期ケアを行う体験をした。統合失調症者は,痛みを訴えないと言われるが,痛みを感じている患者もいることを知った。統合失調症者の終末期ケアについても,非統合失調症の人たちの終末期ケアと同様に対応すべきであると考えている。しかし,慢性の長期在院者は,家族との縁も遠くなり,看取りに立ち会う人もいない場合が多い。共に過ごした時間を考えれば,治療者である私たちが彼らの人生の伴侶として,彼らの看取りの役割を担っても良いのではないかと私は考えている。統合失調症者の終末期ケアは,未だ論じられたことのない分野であるが,個人的な試みを報告し,今後の議論に寄与できればと考えている。
キーワード:終末期ケア,慢性統合失調症,長期在院

●統合失調症のある人に対する就業と自立に必要な支援のあり方
倉知延章
 統合失調症に罹っている人が地域で自立・就業して生活していくためには,医・衣食・職・住・遊・友がバランスよく整っていることが大切である。そのために,支援者は,これらの点を見落とさずに支援しなければならない。特に働く支援は大切であり,重篤な精神障害をもっていてもはずしてはならない支援である。
 このような支援を展開するには,相談支援機関の存在が重要であり,障害者自立支援法による市町村相談支援事業の充実が望まれる。
キーワード:就業支援,自立支援,ライフステージ,障害者自立支援

●若年統合失調症者の学校への適応
服部功
 若年統合失調症者の学校への適応可否は,早期発見・治療と,家庭・学校・病院の潤滑な連携に拠る。そのための工夫を述べた。早期発見・治療のために,病院外に「こころの相談窓口」を設け,発症スクリーニングと受診への足がかりを作った。また,若年患者の,希薄にしか表出されない幻覚妄想を見落とさないため,「こころの問診票」を用い,賦活再燃現象を援用した。適宜病名告知を行い,患者や家族に治療への協力を求めた。折々に,教育者と医療者が情報交換を行い,患者に学校で安心できる場と,適正な医療を提供するよう努めた。さらに,今後の課題として,学校生徒の精神的破綻に対する予防的介入の可能性を述べた。
キーワード:統合失調症,学校適応,早期発見・治療,賦活再燃現象,予防的介入

第2章 疾患ごとに見たライフステージ〈うつ病〉
●子どものうつ病
傳田健三
 子どものうつ病について,以下の3つの側面から検討した。第1に,欧米の文献を概観しながら,子どものうつ病の診断,症候学,疫学,転帰などに関する最新のレビューを行った。欧米ではこの20 年間に子どものうつ病に関する研究が飛躍的に発展したが,わが国ではいまだに見逃されている可能性について言及した。第2に,子どものうつ病の治療について解説した。原則として大人のうつ病の治療と同様であるが,薬物療法の注意点,精神療法の特徴,家族や学校との連携について述べた。第3に,SSRI を含む抗うつ薬による自殺関連事象の増加の問題について検討した。いわゆるactivation syndrome という病態は,(1)ジッタリネス症候群(アカシジア様症状),(2)躁状態・混合状態,(3)うつ病の悪化・併存障害の顕在化の3つが考えられた。それらの病態について解説し,その対処法について考察を行った。
キーワード:児童,うつ病,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,activation syndrome

●うつ状態,うつ病と青年期
津田 均
 抑うつ状態は,内因性のうつ病をその一部に含む多様な病態を把握する上での入り口に位置する。その中で,本稿では特に,神経症性,性格因性のうつ状態の症例,内因性の躁うつ病圏の症例と青年期の関係を扱った。前者では,青年期以前から準備されてきた問題の反復,顕在化の様相が診察をとおして徐々に明らかになる。そのパターンは個別性,社会性に色濃く刻印されており,個々の症例に応じてそれに対処していくことが必要である。一方,内因性の場合,青年期にすでに顕在化する例では,双極性,反復性の傾向を持っていることが多い。症候的に重症となる例では,病の受け入れへ向けて,本人,家族を援助することが主要な課題となる。ただし軽症例では,適切な社会役割を得ることが安定につながる場合もある。ここ30 年あまりの日本の社会変化は,過剰適応的な執着性格の醸成を困難とし,青年期から適応不全の目立つうつ病の遷延例を増大させた可能性がある。彼らへの援助法は,今後しばらく,精神健康政策上の一重要課題となるであろう。
キーワード:うつ状態,うつ病,青年期,神経症性うつ病,内因性うつ病

●壮年期うつ病の臨床特徴とそのサポート
阿部隆明
 壮年期は人生の中で職業生活においても家庭生活においても達成課題が極めて多い年代である。かつてこの時期を代表した精神障害は,要求水準が高く対他配慮を備えたメランコリー親和型をベースにした自責の強い単極うつ病であったが,現在では自己愛的で他責的な臨床像を呈し病相が遷延するうつ病も珍しくない。その中には軽い制止が優位の逃避型抑うつや依存・攻撃性の目立つ未熟型うつ病が含まれる。また現在の厳しい労働状況を反映して,不安・焦燥優位のうつ病も増加し,ひいてはこの世代の自殺率を押し上げている可能性がある。うつ病の労災認定も増えているが,その一方で会社に明らかな過失がなくても職場に対して著しい攻撃性を示す症例もある。うつ病の発症予防としては当人の生活リズムの乱れに注意することが重要である。発症後の急性期は休養を指示し,回復期には積極的な職場調整や家族調整,場合によっては当人の名誉回復を考慮する必要がある。
キーワード:うつ病,双極性障害,壮年期,身体化,他責

●老年期のうつ病
坂元 薫
 うつ病は老年期の精神疾患の中で最も多く見られるもののひとつである。老年期うつ病では,心気的愁訴が多く,不安・焦燥が強く,しばしば自殺を企図し,心気・罪業・貧困などの妄想形成傾向が強く,せん妄や仮性痴呆(認知)症状の出現など非定型的な臨床像を呈するものが少なくない。また老年期うつ病においては,病態の把握をはじめ成因論的にも治療的にも多元的な見方が要求されることになる。しかし老年期うつ病の短期的な経過や転帰は,決して不良なものではなく,治療的悲観論に傾かないような自戒が治療者に求められる。老年期特有の心理社会的背景因子に対して十分な共感的な理解を持った上で,身体的合併症の治療薬との相互作用,肝臓,腎臓における薬物代謝排泄能の低下などに留意した適切な抗うつ薬療法を行うことが肝要である。薬物治療抵抗例に対しては,身体的忍容性に配慮したうえで,修正型電撃療法(m -ECT )の施行もためらうべきではない。さらに家庭環境の調整,社会福祉施設,訪問看護,介護保険の適切な利用の重要性についても述べた。
キーワード:うつ病,老年期,仮性痴呆,多元的診断,修正型電撃療法(m -ECT)

●女性のライフコースとうつ
加茂登志子
 うつ病が女性に多い要因としては,女性ホルモンの疾病成因や経過への関与と共に,ライフコース上に生じる様々な身体的,心理社会的ストレスがうつ病発症の状況因となることが挙げられる。女性のライフステージ上の心理社会的危機としては,多様化したライフコースの分岐を目前に将来の選択を迫られる青年期,パートナーとの親密性の獲得の課題と共に妊娠出産がピークを迎える20 代後半から30 代前半,社会や家庭内で重要な役割を担いつつ,自身の身体的衰退や老親の介護,あるいは子の巣立ちなどが同時に起きる更年期が重要である。また,女性ホルモンについては,それ自体の神経薬理学的作用にとどまらず,月経周期を形成するリズム,妊娠と出産による女性ホルモン分泌の劇的な変動,加齢による分泌能の低下,そして視床下部との関連,その他のホルモンとの相互作用など全ての可能性について考慮されるべきである。各論として女性のうつ病における4つの重要な臨床的状況といわれる,月経に関連するうつ病,妊娠とうつ病,産後うつ病,そして閉経期(更年期)におけるうつ病についても言及した。
キーワード:女性,うつ病,ライフコース,エストロゲン,心理社会的ストレス

第2章 疾患ごとに見たライフステージ〈躁うつ病〉
●ライフステージから見た双極T型障害
菅原裕子,坂元 薫
 双極T型障害をライフステージ別にみた場合,米国では小児・思春期における双極性障害(PEA -BP )が多数報告されている一方で,わが国ではPEA -BP はほとんど存在しないとされている。今後,注意欠陥/多動性障害(ADHD )との関連を含めての研究が必要であり,この時期の病状把握には学校精神保健の普及が重要となる。双極性障害の平均発症年齢は28 歳であり,青年期に最も多く発症している。この時期に,家族を含めた心理教育を徹底することで社会機能の低下を防ぐことが重要である。働き盛りの壮年期においては,職場の精神保健との連携が重要であり,また近親者との死別に引き続く「葬式躁病」も念頭に入れておかなければならない。老年期初発の躁病は稀ではなく,二次性躁病の頻度が増加する傾向があるため,器質因の精査が重要である。また,薬物療法は加齢による身体的な問題を考慮して行う必要がある。高齢期の双極性障害患者においては,孤独や孤立の問題への対応が望まれる。
キーワード:双極T型障害,PEA -BP ,心理教育,葬式躁病,老年期躁病

●双極U型障害とライフステージ――2世代にわたって気分障害を呈した2組の母娘例から――
内海 健
 2世代にわたって気分障害を呈した母娘2 組を提示し,双極U型障害におけるライフステージの問題について考察した。第1のペアは,母(A )が双極U型障害,娘(B )が摂食障害から発症した抑うつ状態,第2のペアは,母(C の母)が双極I 型障害,娘(C )が非定型うつ病の特徴を併せもつ双極U型障害である。いずれのペアも娘の方が発症年齢が低く,病像や病相がアモルフであり,強い対人過敏性をもつ。思春期における対人関係や自立という課題を背景にもち,こうした心理社会的要因が,内因性の病理と相互浸透していることがうかがわれた。
キーワード:双極U型障害,気分障害,ライフステージ,対人過敏性,非定型うつ病

第2章 疾患ごとに見たライフステージ〈発達障害〉
●自閉症の早期発見
清水康夫
 発達障害,とくに自閉症スペクトラム障害はかつて早期発見が困難とされた。しかしわが国では1 歳6 カ月児健康診査が自閉症スペクトラム障害の早期発見の場として発展している。障害の存在を示唆する一定の行動(行動マーカー)を同定しようとする研究は盛んになり,それに着目した0歳代からの前方視的研究も行われるようになった。行動マーカーを活用した早期スクリーニングの実際をスクリーニング感度と特異度を通じて述べた。早期発見は早期介入と一対であり,発見に速やかに続く介入の場と実践がコミュニティの中に用意されるべきである。
キーワード:早期発見,自閉症,行動マーカー,スクリーニング

●発達障害者の就労支援
梅永雄二
 自閉症・アスペルガー症候群,LD ,ADHD などの発達障害者は,身体障害,知的障害,精神障害のいわゆる3障害とは異なり,発達障害者手帳というものがないため,自らを発達障害者と証明することが難しい。それ故,さまざまな障害者福祉サービスの対象とならず,障害者として企業に就職しようとしても障害者雇用率の対象となっていない。
 また,発達障害を診断する医師も少ないため,実際には発達障害があっても性格の偏りや親のしつけのせいだと誤解を受けることも多い。そのため,学校教育場面でいじめを受け,不登校などの2次障害を併発してしまうこともある。
 よって,発達障害児の早期診断から,学校における特別支援教育,成人期の障害者福祉サービス等発達障害者のライフサイクルに応じた職種間の連携,協力が望まれる。医療機関において発達障害であると診断され,他の3障害同様障害者手帳を取得することにより,教育においても健常児と同じような教育に無理に当てはめようとしなければ2次障害の予防にもつながる。そして,学校卒業後の就労においても,障害者雇用制度の対象となり,発達障害者に応じた就労支援サービスが実施されることが望まれる。
キーワード:自閉症,アスペルガー症候群,LD (学習障害),ADHD (注意欠陥多動性障害),就労

●青年期以降の援助
辻井正次,田倉さやか,田中尚樹
 この小論では,近年の海外研究のレビューから,自閉症スペクトラムの成年や成人の社会性障害に関する知見や,そうした社会性障害への介入の実際について概観し,いまだにこうした知見の積み重ねが乏しいことを述べた。さらに,成人期の自閉症スペクトラムの人たちの精神科疾患合併の国内での実態を報告し,筆者らがNPO 法人アスペ・エルデの会で取り組んでいる生活支援の取り組みやワークショップの実際などについて紹介を行った。成人期の自閉症スペクトラムの問題は,脚光を浴びだした段階であり,今後の知見の集積が必要である。
キーワード:発達障害,自閉症スペクトラム,ソーシャルスキル・トレーニング,精神科疾患の合併,障害者福祉サービス

●現代社会におけるやせ志向文化と摂食障害
阿部 裕
 摂食障害の社会・文化・心理的特徴,および現代社会の中で求められる思春期の少女たちの発達課題について述べた。いまや成熟女性のモデルが存在しないために,彼女らのアイデンティティ形成に影響を及ぼし,混乱をまねいている。やせ願望を中心とした摂食障害の病理は,社会病理的側面と個人内病理の側面を有している。やせ礼賛文化,女性役割の混乱,現代文化への過剰適応といった社会文化的要因が,摂食障害の発症要因と病状形成に深く関係していることを指摘した。
キーワード:摂食障害,社会文化,やせ願望,女性役割,アイデンティティ

第2章 疾患ごとに見たライフステージ〈摂食障害〉
●発症年齢からみた摂食障害――症例から検討する――
鈴木廣子
 摂食障害は小学生から主婦まで幅広い年齢層にみられる病態である。摂食障害を「発症年齢」の観点から検討すると,小学高学年や中学生で発症した摂食障害は発症から早期に医療機関を受診,治療に入り,治療意欲も旺盛で,家族を有効な治療資源として使え,義務教育期間では,変化をもたらすチャンスが多い。高校生や大学生では,10 代後半の発症が多く,年齢が高いほど,摂食障害を発症しても患者が医療機関に受診せず,治療が遅れる傾向が高い。摂食障害の診断を受けても,治療意欲に乏しく,治療を中断する傾向が高い。摂食障害が長期化することで,激やせから生じる重篤な二次的身体障害,万引きや薬物乱用,浪費傾向,自傷行為,自殺企図などの問題行動,食行動を中心にした強迫性の強い生活,家族の巻き込み,家庭内暴力,経済的負担が甚大,社会参加困難などが加わり,ますます治療を困難にすることとなる。全体に共通するのは激しいダイエットである。
キーワード:摂食障害,発症年齢,治療,家族療法

●摂食障害の長期経過について――臨床心理士の立場から――
本橋弘子
 摂食障害は,男性例,児童期や中年期での発症の増加など,かつてのように女性性や思春期心性だけでは捉えられなくなっているため,さまざまなライフサイクルの視点から考える必要がある。さらに長期化し慢性化しうる難治性疾患であるにもかかわらず,未治療でいる病者や治療中断も多く,患者と家族の理解不足やそれへの対策が十分にわたっていない現状があるだろう。長期経過(予後)研究は,医療機関における追跡調査が主である。臨床心理士の筆者に,精神科医との連携のもと,10 年前後継続している摂食障害者とその家族の事例がいくつかある。そのうちの1事例の経過を例にあげ,患者のありように応じながら行う治療的な工夫のなかで,医療機関から離れがちな彼らに対する受診や服薬に関する配慮等の橋渡し機能,家族同席のもとで「心理療法」から社会適応を中心に具体的な対策をたてて援助する「心理相談」へと移行してゆくことなどを主に,長く援助し続ける摂食障害治療について述べた。
キーワード:摂食障害,長期経過,心理援助,ライフサイクル,回復

第2章疾患ごとに見たライフステージ〈不安障害〉
●ライフステージにみる不安障害の諸相
浦島 創,西村良二
 人には成長していく上で解決していくべき発達課題があり,それを期待する社会的要請がある。さらに加齢により不安を生じる脳機能には変化が生じる。また,不安の表出の仕方や対処行動もそれぞれのライフステージにおいて異なる。そのため不安障害患者と接するときは,その人のライフステージに固有の発達課題を評価し,変化を促していくことが必要になる。便宜上幼少期・児童期,思春期・青年期,成人期,壮年期,老年期の5つのライフステージに分類しそれぞれの不安障害の諸相について述べる。
キーワード:不安障害,ライフステージ,発達課題

第3章 ライフステージにおけるトピックス
●晩婚化,少子化――社会経済問題か,心理的問題か
中塚尚子
 少子化はわが国で最も深刻な社会問題になりつつあるが,その背景には晩婚化,非婚化の進行があることを忘れてはならない。少子化対策では「ほとんどの若者が結婚や子育てを希望している」という前提のもと,さまざまな社会経済的プランが立てられているが,実はその前提には誤りがある。社会の発達に伴い,多くの人が人生の最大目標は自己実現だと考えるようになったことが,晩婚化や少子化の背景にはあるのではないか。だとすれば,この問題の解決には細やかな臨床心理学的アプローチが必要ということになるが,実際には自己実現欲求を人々から奪ったり,その方向性を変えるのは困難かもしれない。
キーワード:少子化,晩婚化,非婚化,自己実現,欲求段階説

●産後うつ病に対する早期発見・介入の意義――児童虐待予防の観点から――
近藤あゆみ
 産後はうつ病性障害の好発時期であること,産後うつ病は母子関係や乳幼児の発達に広く悪影響をもたらすだけでなく,児童虐待のリスク要因でもあることから,産後うつ病の早期発見・介入を行うことは,母子保健一般のみならず,児童虐待予防の観点からみても非常に重要である。
 産後うつ病を早期に発見するためには,EPDS などのスクリーニング・テストを用いる他,母親の何気ない発言にも注意を払うとよい。子どもや育児に対するネガティブな気持ちを母親が度々口にする場合,背後に産後うつ病がある可能性がある。また,うつ症状は,子育ての負担感や子どもに対する関心の低下としてだけでなく,子どもに対する激しい怒りや拒絶感としても現れることがある。このような攻撃的感情は虐待にもつながりやすいことから,注意が必要である。
 介入の視点として,障害の治療と同様に,育児ストレスの軽減に向けた環境調整が重要であることを忘れてはならない。
キーワード:児童虐待,産後うつ病,育児ストレス,出産,母子保健

●中年の自殺
松本俊彦,勝又陽太郎,木谷雅彦,竹島 正
 わが国の自殺者数は,平成10 年に急激に増加して年間3万人を超え,以後9年間,この状態は高止まりのまま続いている。この急増後の自殺者の5割以上が,30 歳〜64 歳の中年期の者によって占められており,特に経済生活問題を抱えた中年男性の自殺が深刻である。自殺のリスクの高い中年男性は,職業的な同一性に過剰適応する過程で,「自分を見せない」「たえず人と競っている」「助けを求めない」という嗜癖者特有の対人関係のあり方を身につけており,「男らしさ」という社会文化的な圧力も相俟って,メンタルヘルス的な支援に-がりにくいという問題がある。中年男性が自身の中年期危機を安全に克服し,自殺を回避するためには,うつ病の早期発見・早期治療の推進だけでなく,嗜癖からの回復の目標とされている,「ありのままの自分を正直に語れるようになること」を視野に入れた支援のアプローチが必要である。
キーワード:中年,自殺,中年期危機,男性,嗜癖

●ライフステージに応じたサービスを考える――リタイア――
大西 守,寺沢英理子
 リタイアの意味するところは,帰属組織・職場からの別離と,精神的に「第一線を退いて,第二の人生を楽しみたい」といったことがあげられる。リタイア後をうまく送るためには,個人要因に加えリタイアに対する準備状況の良し悪しに左右され,老年期の前段階と位置づけられる中年期の準備状況が老後の人生や健康保持の鍵となる。
 そのためには,身体の老化を切実に感じ始める退化現象,定年や子離れはうつ病発症要因であることを念頭に入れたうつ病・認知症対策,定年後を視野に入れたさまざまな職場での準備,子どもの教育,住宅ローンといった夫婦共通目標の喪失などの夫婦関係の変化,子どもの独立・結婚による子どもとの関係変化などの課題に取り組む必要がある。また,医療面においては精神科と他科との緊密な連携と包括的ケアが不可欠となる。
キーワード:リタイア,定年,中年期,心理的課題

●緩和ケアにおける精神的サポート
石風呂素子,藤田みさお
 WHO が2002 年に提言した緩和ケアの定義にもとづき,わが国でもがん治療の初期段階から緩和ケアを提供する体制の整備が進められている。そのなかで,がん患者の苦痛には身体的のみならず,精神的・社会的・スピリチュアルな苦痛が相互に影響していると考えられるようになりつつある。とくに喪失体験に伴う不安や抑うつ状態などは,精神的苦痛として心身に影響を及ぼし,治療に支障をもたらすことも考えられるため,早期の治療的介入が必要となる。また,さまざまな専門的視点から患者・家族を多角的に理解し,個々のニーズに合わせたケアを提供し,その人らしく充実した生活を最期まで送ることができるよう支援することが現代の緩和ケアには求められている。その実現のために,多種の専門性のあるスタッフがチームとして関わり,チーム間で濃やかなコミュニケーションを図ることが望まれる。こうしたアプローチによって,より質の高い緩和ケアをもたらすことにつながると考えられる。
キーワード:緩和ケア,精神症状,チーム医療,コミュニケーション,がん治療


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.