■特集 電気けいれん療法の実際―短パルス矩形波治療器による治療を中心に―
●短パルス矩形波治療器の特徴
舘野勝雄
旧式のサイン波治療器と新しい短パルス矩形波治療器は,いずれも電気けいれん療法(ECT)に用いられる。わが国では,現在大半の施設でサイン波治療器が使用されているが,昨年12月(2002年12月),短パルス矩形波治療器の医療機器としての薬事承認により,国公立総合病院を中心に短パルス矩形波治療器が,静脈麻酔薬と筋弛緩薬を用いた修正型ECTと併せて広まりつつある。欧米では,すでに旧式のサイン波治療器は,製造中止され使用されなくなっている。わが国では未だサイン波治療器が使用されているが,本稿では新しい短パルス矩形波治療器と比較することで,その特徴を十分理解していただき,わが国のECTガイドラインの作成に寄与できればと考えている。
Key words: ECT, sine-wave therapy, brief pulse therapy, guideline
●短パルス矩形波治療器使用の実際
黒田裕子 本橋伸高
短パルス矩形波(パルス波)治療器が導入されたことにより,少量のエネルギーで効率よく発作を誘発でき,認知障害の副作用も軽減され,より安全で科学的な電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)が可能となった。わが国ではパルス波治療器が2002年6月にようやく認可され,臨床の場で使用され始めたばかりである。ここではパルス波治療器の利点について紹介したのち,治療の実際の流れを説明し,記録電極の設置,刺激電極の配置,インピーダンステスト,刺激用量の設定,発作の有効性の評価などについて詳しく例示した。パルス波治療器の導入により国際的にも標準的なECTを行うことが可能となった。今後はパルス波治療器によるECTのガイドラインの作成,実施施設の整備と教育促進,さらにはECTの臨床研究の発展が課題であろう。
Key words: electroconvulsive therapy (ECT), brief-pulse ECT, practice, electrode placement
●短パルス矩形波治療器の使用経験:うつ病
新垣浩 本橋伸高 大島一成 竹内崇 寺田倫 西川徹
Key words: 2002年6月よりわが国においても可能となった短パルス矩形波治療器を用いたうつ病に対する電気けいれん療法の経験について報告した。
対象は19名の気分障害患者で,治療は筋弛緩薬と静脈麻酔薬を用いた全身麻酔下で行われた。治療の頻度は原則として週2回,初回の刺激用量は年齢の半分の%電気用量(100%=504mC)を目安とした。発作の有効性の評価には,脳波上の発作持続時間,発作波の形状を重視し,治療前後で症状評価と認知機能評価を行った。
結果:治療回数は平均8.7回,刺激用量の平均値は初回の37.1%から最終回は66.1%に増加した。治療前後でうつ症状は十分改善したが,認知機能には大きな変化はなく,その他の副作用も重篤ではなかった。以上の結果から,短パルス矩形波治療器を用いた電気けいれん療法はうつ病に有効であり,刺激用量を的確に設定することが重要であることが示された。
Key words: depression, constant-current brief-pulse ECT, half-age stimulation strategy
●短パルス矩形波治療器の使用経験:麻酔と全身管理
中井哲慈
わが国のECT治療は,長くサイン波によるECTであったが,短パルス矩形波治療器によるECTの導入により,今後ますますECTの普及が進むと思われる。全身麻酔管理下のECT(mECT)は,サイン波ECTの時代から行われてきたが,今後は必然的にmECTの形で治療されていくものと考えられる。短パルス矩形波ECTは通電エネルギーを閾値と連動させ,ECTに伴う循環変動と認知障害を低下させることが可能である。身体合併症を持つケースにもECTの適用範囲は広がり,日帰りECTがより容易になるなど患者の安全性,快適性は向上するであろう。
Key words: electroconvulsive therapy (ECT), anesthesia, brief-puls ECT
●短パルス矩形波治療器の適応が期待される疾患:統合失調症
中林哲夫 岡本長久 渡辺剛
電気けいれん療法(ECT)は,短パルス矩形波治療器の使用により安全性が向上し,本邦においても統合失調症の治療で積極的に導入されるようになってきた。ECTには即効性と薬物抵抗性例に対する有効性などの特徴があることが明らかになり,統合失調症に対しても最も確立された治療方法の1つになった。さらに,最近では抗精神病薬との併用療法の有効性が示され,副作用や薬物抵抗性による治療困難例への応用や短パルス矩形波刺激の技法,そして,ECTを含めた治療アルゴリズムなどの研究も進んでいる。本稿では,ECTの統合失調症に対する治療効果や臨床使用での注意点などに関する最近の知見を概説し,その有用性と問題点を検討する。
Key words: schizophrenia, electroconvulsive therapy (ECT), brief-pulse square stimulus, pharmacotherapy, algorithm
●短パルス矩形波治療器の適応が期待される疾患:疼痛性障害
土井永史 中村満 一瀬邦弘 諏訪浩 渋井総朗 武山静夫 鮫島達夫 米良仁志 福林範和 佐伯吉規 吉田健一
難治性疼痛に対して電気けいれん療法(ECT)が治療効果を持ちうることは,すでに1940年代から示唆されていたが,最近の筆者らの研究は,ECTが求心路遮断性疼痛に対して選択的鎮痛効果をもつことを明らかにした。ECTの鎮痛効果は抑うつ気分の改善とは独立しており,他の治療法には見られない時間的特性をもって発現する。ただし,求心路遮断に伴う感覚低下は改善されず,慢性疼痛に伴うoperant pain behaviorは修正されない。脳機能画像を用いた検討結果は,ECTの主な作用部位は視床であることを示唆するが,ECTにより下降性痛み抑制系が賦活される可能性は否定されない。
痛みの生物-心理-社会的側面に関する十分な病態評価,危険因子に関する術前評価,適切な全身麻酔管理,インフォームド・コンセントのもとに施行することにより,ECTは求心路遮断性疼痛に対する治療選択肢の一つになりうるものと期待できる。
Key words: deafferentation pain, electroconvulsive therapy(ECT), thalamus, central sensitization, functional brain imaging
●短パルス矩形波治療器の適応が期待される疾患:パーキンソン病
中村治雅 川井充
電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)は難治性うつ病や統合失調症など精神科疾患の治療に用いられるが,欧米においては様々な病態に対して試みられている。神経疾患に対して行うことは稀であるが,そのうちパーキンソン病における症例の蓄積は比較的多い。パーキンソン病のうつ状態に対する効果だけではなく,運動症状のうち特にon-off現象を有する患者への有効性も報告されている。パーキンソン病への電気けいれん療法の有効性とその限界,その機序と欧米,日本でのパーキンソン病ガイドラインに基づく臨床への応用について述べる。
Key words: electroconvulsive therapy (ECT), Parkinson disease, depression, on-off
■研究報告
●心的外傷症例とモチーフ分析
柳川哲朗 黒木宣夫 菅原道哉
心的外傷症例の治療に際し,治療者が診断名や治療の方向性,援助の方法を決定するためには,病像の成立過程や症例構造を理解しておく必要がある。症例を一つのストーリーととらえ,前述の目的を達成するための具体的方法として,本論文ではモチーフ分析の手法を新たに導入した。モチーフ分析は,文芸研究の分野における物語の構造分析の一つである。筆者が経験した家庭内暴力の症例を用いて,その手法を援用し検討した。現在までの病像形成の流れや症例固有の構造,精神病理などがモチーフ分析によって明らかになった。モチーフ分析は物語研究のみならず精神療法の分野においても,症例の全体像や症状の形成過程を理解するための有効な手段であると考えられた。本症例の分析の結果,潜在的構造として浮かび上がった円環構造が,他の心的外傷症例においても認められるとすれば,今後心的外傷一般に適用し得る疾患モデルを構築する可能性が生まれたことにもなる。
Key words: psychic trauma, motif analysis, domestic violence, structure analysis, posttraumatic stress disorder (PTSD)
■臨床経験
●心筋梗塞を併発したうつ病の1例―発症状況に着目して―
島田啓子 小林聡幸 塩田勝利 高田早苗 加藤敏
うつ病は虚血性心疾患のリスクファクターであると同時に,急性心筋梗塞後の死亡率も増加させることから,心筋梗塞を併発したうつ病の診断,治療の分野は近年注目を集めている。われわれは,心筋梗塞後に2度目のうつ病エピソードを顕在発症した初老期男性について,近年の研究を参照しながら考察を加え報告した。本例では,Tellenbachの「自己の要求水準におくれをとる」といううつ病の発症前の状況において初期抑うつ状態が生じ,そのなかで心筋梗塞を発症し,続いて心筋梗塞が後押しする形でうつ病の顕在発症に至ったと考えられた。診断に際して,本例では,入院時ルーチン検査が心筋梗塞の診断の契機となったが,それ以前に受診した内科,救急部では心筋梗塞の可能性が見逃されていた。うつ病と心筋梗塞は併発することが多く,胸痛を訴える中高年の患者に対して,精神科領域においても,虚血性心疾患を鑑別診断に挙げることは必須であり,心電図をはじめとしたスクリーニングを行うことが推奨される。
Key words: depression, acute myocardial infarction, chest pain, brain infarction, remanenz
■紹介
●アメリカにおける不登校へのアプローチ―不登校と回復を援助する法的な枠組み―
斉藤卓弥 Barnes 亀山静子 西松能子
不登校は,日本における大きな社会問題となっている。現在,年々増加する不登校に対して様々な対策が取られてきている。日本同様に不登校あるいは中途退学はアメリカにおいても大きな問題となっている。日米の不登校に対する対応を比べるといくつかの違いがある。大きな違いの一つは,アメリカでは不登校を子どもの教育を受ける権利の喪失と考え,迅速に登校を開始させることを大人あるいは社会の義務と考えていることである。この背景にはアメリカの文化社会背景もあるが,同時にいくつかの法律が子どもの教育を受ける権利を強く保護していることにも起因する。この論文では,アメリカでの迅速な対応を可能としている法的なシステムとその運用・精神科医や心理職の関わりについて具体的な症例を提示し,アメリカでの不登校への取り組み方についての考察を行う。
Key words: school refusal, USA, special education law