●労災と精神疾患の関係
桂川修一
労災補償における精神障害の取り扱いは,業務と疾病との間に相当因果関係が必要との基本的認識から,器質性精神障害と心因性精神障害は業務上の疾病として補償される可能性があるとしか考えられてこなかった。また,自殺に業務起因性があるかどうかもほとんど問題にされてこなかったが,昨今いわゆる「過労自殺」が注目されるようになり,心の健康の問題が勤労者やその家族,職場や社会に与える影響が大きくなっていると認識されるようになった。従来,内因性精神障害として対象外とされてきたうつ病も旧労働省による判断指針が示されたことによって労災補償の対象となり,昨今はその請求件数が増加しているようにみえる。このような労災補償と精神疾患の関係について事例を挙げて論じることとした。
Key words:the industrial accident compensation insurance, job─related diseases, mental and behavioral di-s-orders, depression from overwork, duty of employer for occupational safety
●消防士,警察官,自衛官,海上保安官のストレスと精神科治療マネジメント
山本泰輔 野村総一郎
危険任務を有し,惨事状況下で救援者となり得る組織の構成員は,職務上,外傷性ストレッサーに曝されるリスクが高い。またストレスフルな任務環境の中で,燃え尽き症候群や再適応の問題といった様々なメンタルヘルスの危機に直面する。最近では組織の中でもストレスマネジメントやメンタルヘルスに対する意識が向上しつつあり,産業精神衛生の立場から様々な対策がとられている。精神科医として,こうした背景を持つ患者の治療に関わる場合には,組織や任務の特性に一定の理解と配慮をする必要がある。職場での配置や専門性から患者の職務能力に求められる水準が高く,治療過程や復帰に困難を伴うこともある。精神疾患そのものの治療を行うとともに,職場・家族と緊密な連携をとりながら,ケースワークにも十分な配慮をすることが非常に重要である。
Key words:critical incident stress, traumatic stress, burnout syndrome, stress management, case work
●職場ストレスが精神疾患に与える影響─大学病院に勤務する臨床教官のストレスに焦点をあてて─
佐野信也
医療現場で働く多職種スタッフの中で,チーム・リーダーである医師のストレスに関する調査研究は,看護師やソーシャル・ワーカーのそれらに比べると意外に少ない。とくに,臨床業務を兼務する医学部教官医師は,教育・臨床・研究と多岐にわたる大量の業務を課されながら,そのストレスの実態に言及した報告は少ない。小論では,大学病院をはじめとする医育機関に勤務する臨床教官がさらされやすいストレス特性を概観し,そのストレス下で発症した一事例を示し具体的に検討した。
Key words:work─related stress, hospital affiliated to a medical school, instructor of clinical medicine
●教師のメンタルへルス
真金薫子 中島一憲
教師という職業は,従来,業務関連ストレスの最も大きい職種の一つといわれている。こうしたストレス状況を契機に発症した精神障害による職能低下は,本人を職場不適応に陥らせるのみならず,児童生徒に対する教育活動に深刻な影響を及ぼすことにもなりかねない。したがって,教師のメンタルヘルスは,社会的にも重要な意義を有するものといえよう。さらに,社会情勢の変化に伴う教育環境の変化,相次いで行われる教育改革によって,学校現場も近年著しい変化を余儀なくされており,教師のストレスはより一層深刻さを増している。2004年に筆者らが行った教師についての外来調査結果でも,一般勤労者に比べ教師においては職場内ストレスの割合が高く,特に生徒指導を第一要因とする適応障害の症例が多かった。本論では,教師についての外来調査結果をもとに教師の業務関連ストレスについて考察を加えるとともに,メンタルヘルス対策についても言及した。
Key words:teachers, mental disorder, work related stress, human relations, mental health
●職種に関する精神医学的問題:IT産業
谷 将之 上島国利
IT産業就労者が罹患する精神疾患について,総合病院精神科受診者のICD─10診断,臨床症状,ライフイベントとストレス因子について調査し,検討を行った。その結果,IT産業群(N=92)は他業種群(N=525)に比べ気分障害の割合が有意に高く,ストレス因子として仕事の対人関係や仕事上のライフイベントよりも,仕事内容によるストレス因子が大きな比重を持つことが明らかになった。仕事内容に関するストレス因子は厳しい納期とシステムトラブルに伴う急激な多忙,他人の援助を受けにくい職場環境,常に要求される高い仕事水準といった背景のもとに出現しており,コンピュータ技術者を多く擁するIT産業に比較的特異的なものであると考えられた。精神疾患に罹患したIT産業就労者の治療と社会復帰はこのような職場環境を充分に考慮した上で,産業医との連携を密に取り,適切な治療計画を立てて行うことが重要であると思われた。
Key words:information technology, information and communication industry, technostress, work stress, system information manager