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■特集─いま「解離の臨床」を考える I
●解離と解離性障害─変遷と症候学─
船山道隆 濱田秀伯
DSM-Wの解離性障害には解離性健忘,解離性遁走,解離性同一性障害,離人症性障害,ガンザー症候群などの類型が分類されているが,これらの中に従来の解離ヒステリー,夢遊,全生活史健忘,憑依,二重人格,離人症,もうろう状態などが含まれている。19世紀末から20世紀初頭にかけてCharcot, J-M.のヒステリー研究をもとに,Janet, P.とFreud, S.の2人が神経症のメカニズムを無意識に関連づけて探求した。Janet, P.は心理自動症としての解離に注目し,Freud, S.は転換と抑圧から精神分析の基礎を築いた。Janet, P.の考えは忘れられていたが,戦争神経症の中から心的外傷の病理性が明らかにされると,1980年代から精神分析に代わるかたちで復活し,多重人格が解離性障害の中核として論じられるようになった。
Key words:dissociation, dissociative disorder, hysteria, automatism, conversion
●解離性障害の精神療法
木村宏之
解離性障害の精神療法について力動的な視点から概説し,各々の治療時期における特徴をできるだけ具体的に描写した。(1)治療初期には,解離について患者の代わりに周囲が困っていることが多く,患者自身の治療意欲は低い。まずは精神療法が行えるような環境を構築するため,精神療法の中にマネージメント的な要素が必要になる。(2)治療中期には,治療者との関係性が構築され,解離に受け身的であった患者は,徐々に面接で解離について自ら考えるようになる。そして治療者・患者関係を通じて解離を呈さざるを得なかった患者への理解が進むと,患者は解離を呈する必要がなくなっていく。(3)治療後期になると,社会との関わりが増えて医療との関わりが減り,ゆっくりと医療から離れていく。本稿では,解離と対峙しながらも解離に目を奪われすぎることなく,解離を呈さざるを得なかった患者のあり方(歴史)に着目することを強調した。
Key words:dissociation, psychotherapy, therapeutic process
●今日的な全生活史健忘
大矢 大
一般に,病的な解離の本質については,心的外傷およびその精神医学的後遺症との密接な関連性に注目して理解されている。解離性健忘は,比較的軽症と考えられており,重篤な解離性障害の初期症状ないしは部分症状として認識されても,それ自体が心的外傷との関連性から考察されることは少ない。最近,経験した2症例は,コミュニケーション能力が十分でないために,困っていても他者に助けを求められずに孤立を強めていた。仕事の能力が高いがゆえに,かなりの負荷のかかる業務でも一人でこなすことができたが,仕事量をコントロールできなくなり,結果として悪循環的に累積したストレスが恐怖心と化し,心的外傷として体験していた。提示した2症例は2類型(大矢: 1992)と類似性を示したが,経過中にはともに情緒の十分な安定化が得られなかった。2例は,これまでとは違って,課題を最後までやり遂げるという強迫性を有しており,新しいタイプの全生活史健忘を示唆した。
Key words:dissociation, amnesia, trauma, compulsivity, pathogenesis
●解離という言葉とその裾野─「リスカ」「OD」「プチ解離」─
兼本浩祐 多羅尾陽子
解離という言葉は,広く一般メディアに開かれている場合と精神科医用語として限定して用いられる場合で若干の乖離を生じつつある。解離性障害そのものではなく,解離の心性が強調される一般メディアで流布しているような解離(プチ解離)を体現する症例群に実際に外来でも遭遇する機会が増えており,本稿ではその臨床像をスケッチすることを試みた。我々は最近リストカット研究の自験例の因子分析から,リストカット(リスカ)や大量服薬(OD)を繰り返し,境界性人格障害の中核群とも異なる症例群が抽出されたことを報告したが,これは一部でプチ解離と強く関連していた。本稿においては,リスカ,OD,プチ解離を呈した2症例を提示し,その臨床像について論じた。
Key words:dissociation, wrist-cut, internet, subculture, overdose
●解離と“Imaginary Companion”─成人例について─
大饗広之 浅野久木
Imaginary companionは表象(空想)と知覚(幻覚)の中間にあり,また正常と病的との間にあるというファジーな現象であるが,これが成人に現れる場合には多かれ少なかれ病的なニュアンスを強くする。伝統的な精神病理学のなかでは,これは「偽幻覚」(Jaspers)に属するが,症状構成からみるとimaginary companionが解離現象の一つであることは疑いない。しかしそこには(その名称から)“imaginaryなもの”という先入観が拭えないこともあり,また健忘が必ずしも伴われないこともあって,これは解離スペクトラムからは除外されたままである。一方で今日の解離臨床においては,imaginary companionが児童ないしは成人を問わず,かなり頻繁に遭遇する現象であることを考えると,その位置づけを曖昧なままにしておくこともできない。筆者らはこれを「他者性を介する解離」の中心に位置づけており,青年に蔓延しつつある「現代型」解離を正しく捉えるうえで,見逃すわけにはいかない重要な現象であると考えている。
Key words:dissociation, imaginary companion, imaginary playmate
●解離と「霊体験」
千丈雅徳
無意識に備蓄され独自の発展を遂げた霊的な交代人格が通常の自己にとって代わり独自性を持つに至ると,これは解離性同一性障害である。その境界の曖昧性が強い場合は憑依状態といえるが,なぜ,独自性を持つに至るのかについての詳細は不明である。“霊体験”との関連で解離が問題となるのは,第一に解離と憑依の異同であり,第二に解離性同一性障害の交代人格における守護霊のような存在である。ここでは,2つの症例を提示して,そのことを考えた。解離性同一性障害(多重人格)および憑依状態はそれぞれ互いに類似した人格変換体験であり,鑑別は困難であることが多い。また,憑依状態における霊的な様態については一般によく知られているが,解離性同一性障害においても霊的人格は存在することを示した。
Key words:dissociation, spiritual experience, possession
●サイバースペースと解離
澤たか子
これまでサイバースペースと精神疾患との関連が示唆されながらも,具体的な議論はされてこなかった。本稿では,解離に焦点を絞ってサイバースペースとの関連性を検討した。一般にサイバースペースによって提示される世界は実体的ではないが,主観的にはそれを活き活きと体験することができ,他者と共有することも可能である。このようにサイバースペースは架空性と現実性の双方を有した世界であると認識される。しかしこれに没頭することによって,サイバースペースの現実感が増し,一方で日常世界の現実感が希薄になることがある。このときサイバースペースは,その架空性が認識されながらも実体的に感じられており,同様の体験様式であるimaginary companionと関連することもある。また,ここから発展して解離性同一性障害の状態に至ることもある。
Key words:dissociation, cyberspace, imaginary companion, dissociative identity disorder, absorption
●解離と攻撃性
大饗広之
突発的で予見できない暴力が解離によっていかにして引き起こされるのかということは,青年期の患者を扱う上で避けて通ることができないテーマとなっている。解離はそれ自体としては「攻撃的」とはいえないが,その防衛としての機能が破綻する局面では,(その切断面において)危険な暴力発動を触発すると考えられる。すなわち,解離はもともと危機的な状況を回避するための防衛メカニズムであるにもかかわらず,その一方で,危険な攻撃性を媒介するという相反する側面を持つといえる。そのことは軽い形の解離が蔓延している現代的状況のなかでは,無視できない重要性を帯びてくる。今日的な生活環境のなかでは,現実的な対人関係のなかでの攻撃性の発露が制限され,ひきこもりに象徴される希薄化した関係のなかで,攻撃性が内向する傾向を強めている。そこに不完全な形での解離が増殖するに伴い(防衛の破綻の機会が増えることによって),攻撃性が突出する機会も高まる可能性があるからである。
Key words:dissociation, aggressive behavior, violence
●離人症と解離
大東祥孝
離人症と解離は,本来,異なった文脈のもとに記載されていた症状であったが,とりわけPTSD関連病態における過程症状として離人症が認められることから,両者の関連が注目されるようになってきたようである。離人症は,単独でみられる場合もあるが,統合失調症,うつ病,器質性疾患,てんかん,PTSDなどでも出現する病態である。それらに共通してみられる症状としての中核は「現実感喪失」であるが,それだけではなく,「疎隔」と「二重意識」が,離人症であるための重要な要件であることを指摘した。離人症においては,ふつう解離においてみられる「体験記憶」の障害が顕在的には認められないけれども,離人症を特徴づける「二重意識」を生じる基盤には,「意識それ自体の解離」があると考えられることを述べた。そしてその発現を支える神経機構として,Edelman(2004)の考える「一次意識」の成立過程における「再入力」の不全状態が想定されることを論じた。
Key words:depersonalization, dissociation, derealization, alienation, uncoupling of consciousness
●境界人格障害と解離
岡野憲一郎
境界人格障害において解離症状がしばしば見られることは,近年広く認識されてきている。従来同障害において記述されてきた精神病症状は,DSM-Wにより,「ストレスに関連した被害念慮および解離性の症状」として読み替えられることとなった。このことは同障害が外傷性の生育歴または体験を基盤として生じる可能性を表し,それは同障害の持つスティグマ性を軽減することに繋がった。しかし解離性の症状の表れ方は,同障害に典型的なスプリッティングと多くの面で対照的であり,これらの共存が同障害の臨床像をきわめて複雑なものにしている。
Key words:borderline personality disorder, dissociation, psychotic symptoms, splitting
●解離をめぐる青年期症例の治療─解離性自傷患者の理解と対応─
松本俊彦
解離と自傷行為は,いずれも近年になって精神科臨床現場で目立ってきた病態であるが,両者の間には密接な関係があり,併存例も少なくない。特に解離を伴う青年期患者の場合には,しばしば自傷行為の併発が認められる。本稿では,まず自傷行為を解離という病理との関係から分類を試み,それぞれの類型について概説した。そのうえで重篤な解離症状を伴う自傷患者(解離促進性・重症型)の治療で配慮すべき点ついて私見を述べ,さらに筆者の解離性自傷患者の自験例を提示して,解離性同一性障害が潜在する可能性をふまえた対応の必要性を強調した。解離と自傷行為といういかにも流行病的な組み合わせは,治療者にある種の胡散臭さを抱かせるが,きわめて致死的な自殺行動を呈しやすい一群であることを理解しておく必要がある。
Key words:dissociation, dissociative identity disorder, self-injury, adolescents
■研究報告
●老年期の不安・焦燥型うつ病にみられる演技的,退行的行動について
上田 諭 小山恵子 黒田裕子 杉山 久 高橋正彦
老年期のうつ病は,精神運動制止の強い「制止型」と,不安,焦燥,心気の症状が前景に立つ「不安・焦燥型」に分けられ,後者の症状は老年期うつ病の特徴とも指摘される。この不安・焦燥型うつ病において,焦燥感や心気的訴えの増強とともに,演技的,退行的な行動がみられることが少なくない。従来,うつ病と神経症症状やヒステリー現象との関連については数多く論じられているが,老年期の病相増悪期に一過性にみられるこのような行動についての検討はほとんどみられない。今回筆者らは,不安・焦燥型うつ病の3症例に顕著に認められた演技的,退行的行動について,その診断,評価,治療について臨床的に考察した。これらの行動は,うつ病の生命性の低下による強い不安・焦燥感,不能感が,老年期の心身の脆弱性によって増幅,固定化され,現実対処能力や葛藤耐性が顕著に低下したことが大きな要因と考えられた。医療者に陰性的感情を生じさせやすく,治療方針さえも混乱させる危険をはらむものであるが,老年期の不安・焦燥型うつ病を特徴づける症状の一つと考えられ,うつ病として十分な治療が重要である。対応には,受容的,支持的態度が求められるとともに,薬物療法においては,不安・焦燥型うつ病の症状が躁性要素をもつことから,気分安定薬の有効性が考慮されるべきであることを述べた。
Key words:anxiety-agitation type of senile depression, theatric and regressive behavior, hypochondriacal symptom, electroconvulsive therapy, lithium carbonate
■臨床経験
●統合失調症患者にみられる「逃げ」─「その場性」に基づく理解の試み─
中嶋 聡
筆者は,統合失調症患者にしばしば「逃げ」と呼べるような態度がみられることに注目し,デイケア通院中の患者を対象として,その類型化,精神病理学的理解,および治療的考察を試みた。類型としては,「了解可能な調子の悪さ」型,「了解不能な調子の悪さ」型,心気症状型,相手への攻撃型の四類型に分類された。精神病理学的には,「その場性」(中嶋)の概念がかなりの程度うまく説明するように思われた。統合失調症患者では「いま」のパースペクティブ的構成が障害されて,体験がその場その場の連続になっており,また反省が困難で他者の視点を取り入れることが困難になっている。「逃げ」の多くはそのために起こっている精神病理学的現象であると考えられた。治療的関与については,患者の「逃げ」に対する固執性や,「負け組」に陥りやすい傾向に対する自己防衛の意味があることを考慮すると,筆者には支持的な関わりが一番現実的な選択であるように思われた。
Key words:avoidance, schizophrenia, rehabilitation, daycare, extemporaneousness
●抗精神病薬によるQT延長のため投薬調整を余儀なくされた統合失調感情障害の一例
吉澤 一 白川 治 竹内克吏 前田 潔
QT延長は,torsade de pointes型の心室頻拍による不整脈死をきたす可能性がある抗精神病薬の副作用である。QT延長により投薬調整に工夫を要した統合失調感情障害の一例を報告する。症例は統合失調感情障害の33歳女性である。Lithiumおよびfluphenazineにて寛解状態を維持していたが,服薬自己中断を契機に幻覚妄想状態を呈した。Fluphenazineを15mgまで増量するも,QTc時間549msと著明に延長した。Fluphenazineを12mgとするとQTc時間は426msと正常化した。Fluphenazineからrisperidoneへの切換をはかると,常用量のrisperidoneではQTc時間は正常値であったが,risperidone 15mgにて再びQTc時間541msと著しい延長をきたした。次にolanzapineへ置き換え,olanzapine 30mg,risperidone 4mg投与の時点でQTc時間419msと正常化した。以上より,olanzapineは30mg以下の投与量であればQT延長をきたしにくい可能性が示され,少なくとも本症例では,抗精神病薬によるQT延長に臨界用量が存在する可能性が示唆された。
Key words:QT prolongation, antipsychotic drug, high dose, critical dose, olanzapine
■資料
●最近の過量服薬者の傾向について─国立国際医療センターのデータより,5年前のものと比べて─
三澤 仁 加藤 温
今回我々は,過量服薬者の最近の実態を知るために,国立国際医療センター精神科を受診した過量服薬者を調査した。またそのデータを5年前のものと適宜比較して種々の変化を調べた。その結果,深刻な希死念慮が乏しい若い女性が再企図を繰り返すことが多いということがわかり,これは5年前の結果と同様であった。その一方で,精神科診療所に通院している人格障害者がSerotonine Selective Reuptake Inbihitor(以下SSRI)を過量服薬しているケースが5年前と比べて増加していることがわかった。
Key words:overdose, suicidal attempt, SSRI, 5 years
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