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■特集─いま「解離の臨床」を考える II
●うつ病における解離
阿部隆明
 うつ病において,遁走や健忘,昏迷,転換などのヒステリー症状がしばしば観察される。いずれも制止の軽い状態像が背景をなし,発生相や回復相で生じやすい。病前人格には軽い顕示的な傾向を認める一方で隠れた依存性が想定されるケースが多く,うつ状態になると自己不全感と高い自意識の間に葛藤を起こし,現状を潔しとしない無意識の対処行動としてのヒステリー症状が出現する。一方で,そのアピール性のため転換に見える現象が,うつ病に固有の身体症状や心気症状とみなせる偽ヒステリー症状の場合もある。明らかなヒステリー症状を呈するうつ病患者に対しては,うつ病としての治療を十分行うべきであるが,抑うつが軽くなった時点で現実への直面化を図ることが大切な症例もある。偽ヒステリー症状に対しては,本人の苦悩を真剣に受け止めて,十分な量の抗うつ薬や気分安定薬の投与,環境調整などを考慮する必要がある。
Key words:dissociation, depression, conversion, bipolar spectrum, hysteria

●解離と性同一性障害
古橋忠晃
 現在,典型的な性転換症(性同一性障害)は別にして,思春期以降に性別違和が生じる患者が臨床の場に増加している。その場合,性別違和の要因の一つとして,解離を考えることができる。また,解離性障害においても,明確に多重人格と位置づけられない症例が臨床の場に増加している。両者の増加は,互いに,何らかの関連性があるのではないだろうか。それは,行動ないしは体験の「同一性」の不在ではなく,それらを統合する「私」の不在ではないだろうか。このことを臨床例に即して考察した。
Key words:dissociation, gender identity disorder, transsexualism, perversion, trauma

●アスペルガー障害と解離
野邑健二
 解離を「意識や記憶の統合(連続性)の喪失」と考えたときに,アスペルガー障害児・者においては,解離様の症状がしばしば見られる。タイムスリップ現象やファンタジーへの没頭などと言われるものである。これらはアスペルガー障害児・者では一般的に見られることであり,彼らが解離しやすさを元来持っているのであろうと考えられる。また,アスペルガー障害児は虐待やいじめの被害を受けることが多い。つまり環境要因として外傷体験を受けやすいといえる。また高機能広汎性発達障害者の自伝でも解離体験についてはしばしば記載されている。しかしアスペルガー障害児・者で解離性障害を呈するものが多いとの報告はない。彼らにおける解離症状が,アスペルガー障害自体の特徴として捉えられている場合と,ADHD(注意欠陥/多動性障害)様症状として捉えられてしまっている場合とがあるのではないかと考えられる。
Key words:Asperger disorder, time slip, devotion to fantasy, abuse, dissociaion

●てんかんと解離
深尾憲二朗
 てんかんと解離の関係について,歴史的な概観と自験例の分析に基づいて論じた。まず解離をヒステリーの一型と捉えて,てんかんとヒステリーの関係について歴史的に概観した。次に現代てんかん学の枠組みの中での偽発作と解離の関係についての研究の動向を紹介した。続いててんかん発作と解離症状の鑑別が難しかった自験3例について分析し,問題点を論じた。最後に治療的観点から,誤診による離脱発作の誘発という問題を指摘した。
Key words:epilepsy, dissociation, hystero-epilepsie (hystero-epilepsy), withdrawal seizure

●外傷性記憶と解離
金 吉晴  栗山健一
 外傷性記憶は実体的な記憶内容が反復して想起されるという現象ではない。この記憶は,生存に関わる危機について,言語的処理をされない,扁桃体の興奮を介しての情動記憶の再生という個体の生存のための反応と,主観的な危機感の減弱のために自己意識の一部を切り離す解離という矛盾する反応が拮抗したものである。その結果,記憶の内容についても明瞭度についても,また想起の容易さについても,種々の程度が浮動性に混在し,記憶は断片化されている。どのような内容が想起されるかは状況に依存し,一定ではない。外傷性記憶のこのような性質から,自然寛解,慢性化,エクスポージャー法による治療可能性などが生じる。外傷性記憶の理解には神経精神医学的知見も踏まえた,記憶の情動的側面の検討が重要である。
Key words:trauma, memory, dissociation, emotion

●解離性の尺度化と質問票による把握
田辺 肇
 解離性について,尺度化の意義とこれまで開発されてきた質問票を概観した上で,尺度による解離性の把握の今後の方向性に言及した。加えて尺度得点の解釈やDES-Taxonなどの新しい手法の活用と留意点を検討した。
Key words:dissociation, scale construction, questionnaire, continuum, taxometry

●なぜフロイトは解離ではなく転換を選んだか
渡邉俊之
 フロイトが19世紀末,解離をその本質とするジャネのヒステリー理論の影響を受けつつも,彼が独自にみずからのヒステリー理論を開拓してゆくさま,その経緯をまず確認する。そこで明らかになったことは,解離が,生物学的なレベルに根拠をもつ,一種の変質であると考えられていたのに対し,フロイトは,心理学的次元ないし象徴的な次元に根拠をもつ抑圧および転換を,ヒステリー症状の本質的な機制であるとしたことである。解離と転換は,おたがいに排除し合う関係にあるものではなく,むしろ転換(および抑圧)こそが,ヒステリーにおける解離の諸症状の原因に位置するものである。このように,解離ではなく転換という防衛をプライマリーなものとして立てるという選択のなかにこそ,生物学に根拠をもつ神経科医から精神分析の創始者となったフロイトの,回心にも似た決断があったのではなかろうか。
Key words:dissociation, conversion, hysteria, defence, repression

●ジャネと解離
江口重幸
 Pierre Janet(1859〜1947)は,解離と心的外傷理論を定式化した研究者として,とりわけ1980年代以降著しい再評価を受けている。小論ではJanetの呈示した解離モデルと,その際に彼自身が使用したdsagrgationとdissociationという用語について検討した。通常前者がMoreau de Tours経由でJanetに取り入れられ,今日の解離(dissociation)概念に至ったとされるが,それはもっと広い概念であることを示した。それは20世紀初頭の北米での翻訳に逆に影響を受けながらも,その後のJanetの,言語と結びついた階層構造を持った人格モデルや「ふるまいの心理学」をめぐる議論への重要な分岐点を形成する。つまりはJanetの「心理哲学」の全体像を把握する際にキーとなる部分であることを示した。
Key words:Pierre Janet (1859〜1947), dissociation, desagregation, traumatic memory, psychology of conduct

●解離性同一性障害の解離性障害における位置づけ─解離現象の連続体モデルと類型学的モデル─
岩井圭司  小田麻実
 解離性障害における解離性同一性障害(DID)の位置づけについて総括した。連続体仮説においては,正常人や非解離性障害患者と解離性障害患者のスコアの間には連続性があり,その最も重症の極にDID患者が位置するとされる。それに対してタクソン測定統計分析によってもたらされた類型学的モデルでは,解離現象が病的解離群と正常解離群の2群に分けられるとされる。後者におけるDIDの位置づけは明らかではない。筆者は構造論的な症候学の視点から,連続体仮説と類型学的モデルは必ずしも相互排除的なものではないとして折衷モデルを提案した。
Key words:dissociative continuum, taxometric model, hypnotic susceptibility, Dissociation Experience Scale

■研究報告
●境界性人格障害患者に対する精神療法の2例─漠然とした認知・コミュニケーション様式の改善に注目して─
小羽俊士  濱田馨史  上村 綾
 境界性人格障害に対する精神分析的精神療法1例,認知行動療法1例の2年間の治療経過として,臨床的・症状レベルでの改善傾向に伴い,境界性人格障害患者に見られる漠然とした認知・コミュニケーション様式の問題が改善したことを示唆する症例報告である。これは精神分析的精神療法でも認知行動療法でも治療により認知行動療法でいうmindfulnessスキル,精神分析的精神療法でいうmentalization機能が実際に改善することを示唆するものと考えられる。
Key words:borderline personality disorder, psychotherapy, mindfulness, mentalization, communication de-viance

■臨床経験
●急速に感染症が重症化し,救命救急センターとの連携により救命した神経性無食欲症の2症例
三宅典恵  高畑紳一  斎藤 浩  宮坂国光  白尾直子  馬場麻好  古庄立弥  山脇成人
 摂食障害は近年増加傾向であり,時に死の転帰をとることが知られている。神経性無食欲症(AN)の死亡率は5〜20%と報告されており,特に標準体重の60%以下の低体重が死亡の転帰と関連があるといわれている。今回われわれは,標準体重の50%以下の低体重のAN患者で,急速に感染症が重症化し,生命的危機を呈するも,その徴候に速やかに対応して救命救急センターと連携することにより救命した症例を2例経験した。そのうち1例は標準体重の35%であり,著明なるいそうを認め,重症肺炎,真菌血症,腓骨神経麻痺を合併し,呼吸筋萎縮にて人工呼吸器管理をも要した。救命救急センターと連携し,集中的な身体管理により危機的状況を脱した後に精神的治療を行い,退院した。臨床経過を中心に報告する。
Key words:anorexia nervosa, severe infection, collaboration, critical care center

■総説
●社会不安障害に対する有効な治療法の展望─脳画像研究の観点から─
岡島 義  金井嘉宏  金澤潤一郎  坂野雄二
 本稿の目的は,社会不安障害(SAD)に対する治療法として有効性が明らかにされている薬物療法(SSRI)と認知行動療法(CBT)について,脳画像研究の観点から治療効果のメカニズムを論じ,SADに対するより有効な治療法について展望することであった。SADの脳画像研究から得られた成果を概観した結果,第1に,SAD症状には,扁桃体,海馬,前頭前野の働きが関連していることが明らかとなった。第2に,SADに対するこれまでの治療法として,SSRIは扁桃体の改善をもたらすボトムアップ的治療であり,CBTは前頭前野の改善をもたらすトップダウン的治療であることが示された。第3に,記憶・学習の働きを促進し,CBTの治療効果を高める薬物療法的アプローチとしてD-cycloserine投与が有効であること,非薬物療法的アプローチとしてエクスポージャー中に他者の表情などに対する言語的ラベリングのような認知的評価を行うことが提案された。
Key words:social anxiety disorder (SAD), amygdala, Cognitive Behavioral Therapy (CBT), selective sero-tonin reuptake inhibitor (SSRI), D-cycloserine


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