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■特集 前頭葉 ―ワーキングメモリーを越えて―

●情動と前頭葉眼窩野
加藤元一郎
 ヒトの前頭葉眼窩野(BA 10, 11, 12)の機能に関しては、現在のところ3つの見解がある。すなわち、ソマティック・マーカー仮説、刺激や反応の報酬価の評価に関する見解、および心の理論に関連した説明である。これらの仮説は、いずれも行為の選択や意思決定に関与する情動、すなわち行動を制御する情動的な信号と強い関連をもっている。本稿では、近年Damasioらによって提唱されているソマティック・マーカー仮説を紹介した。ソマティック・マーカーは、我々の意思決定を援助する重み付け信号(情動反応・自律神経系反応)であり、前頭葉腹内側部は、このマーカーと外部環境の認知とを結びつける記憶装置であるとされる。この仮説を実証する検査として、ギャンブリング課題が考案されている。この検査による自験例での検討では、重篤な社会的な行動障害をもつ前頭葉眼窩部損傷例において成績の異常が検出された。この所見はソマティック・マーカー仮説を支持しているが、今後、この仮説と上記の他の2つの見解との関係についての検討が必要である。
key words: orbitofrontal cortex emotion decision making somatic marker hypothesis gambling task

●エピソード記憶と前脳基底部
藤 井 俊 勝
 エピソード記憶とは個人が経験した具体的な個々の出来事の記憶である。このエピソード記憶の障害は健忘と呼ばれ、内側側頭葉や間脳の両側病変でみられることが多い。しかし、前脳基底部損傷患者における健忘の報告が蓄積され、この領域もエピソード記憶に重要な関わりを持つことが明らかとなった。本稿では、まず前脳基底部の機能解剖を述べ、次に前脳基底部健忘の自験例を紹介し、さらに病巣が比較的限局している過去の報告例について述べた。最後にポジトロンCTを用いた研究を紹介した。前脳基底部健忘症例の研究とポジトロンCTを用いた研究から、ヒトの前脳基底部はエピソード記憶の記銘よりもむしろ記憶内容の再生(回収)過程に関与し、特にある特定の時間文脈に適合するような記憶内容の再生に関与する可能性が示唆された。
key words: episodic memory、amnesia、memory retrieval、basal forebrain、positron emission tomography

●前頭前皮質の選択的注意過程
射場美智代 澤口俊之
 前頭前皮質の重要な機能にワーキングメモリーがある。この機能は「意味のある情報を一時的に保持・操作し、次の行動に結びつける働き」とされている。これまで情報の一時的な保持に関しては多くの研究がなされてきたが、意味のある情報を選択する過程についてはほとんど調べられていない。筆者らはワーキングメモリーに貯えられる前の「意味のある情報の選択」すなわち「選択的注意」について、局所機能脱落法や単一ニューロン活動記録法を用いてサルを被験体としてアプローチした。その結果、前頭前皮質が意味のある情報の選択に関与し、さらに、ニューロンレベルでは選択的注意と結びついた記憶過程が存在するらしいことがわかった。
key words: prefrontal cortex、selective attention、attention memory system、working memory

●報酬と期待 前頭眼窩野
彦 坂 和 雄
 前頭眼窩野は前頭連合野の腹側部に広がる領野であり、情動や動機付けに関与している。前頭眼窩野における情動や動機付けに関係する機能を調べるため、サル前頭眼窩野からニューロン活動を記録し、報酬期待活動の性質を調べた。用いた課題は3種類の異なる報酬と無報酬を一定の順序で与える課題である。報酬として液体報酬や固形報酬を用いた。遅延期間中に見られる前頭眼窩野ニューロンの報酬期待活動には3種類のタイプが見出された。(1)報酬と無報酬の違いに関係する報酬期待活動、(2)特定の報酬に関係する報酬期待活動、(3)好む報酬と好まない報酬の違いに関係する報酬期待活動である。また、動物が特定の報酬を食べた試行と食べない試行で報酬期待活動が変化した。これらのことから、前頭眼窩野ニューロンの報酬期待活動は報酬に対する動物の動機付けに依存し、報酬に対する動物の好みを反映していると考えられた。
key words: reward expectation preference motivation orbitofrontal cortex

●簡単な前頭葉機能テスト
小 野  剛
 ヒトの前頭葉損傷後の精神症状を調べる神経心理学的テストは数多く存在するが、機能障害の脳局在を同定できるテストはまだない。そこで、いくつかのテストを組み合わせて実施し、結果を統合解釈する手法がとられるが、現存する前頭葉のテストはどれも特別な検査器具を必要としたり、検査に長時間かかったりと臨床の場面で用いるには問題が多い。対して、本稿で紹介したDuboisらのFrontal Assessment Battery (FAB)は前頭葉障害のスクリーニングテストとして、非常に簡便でかつ妥当性、信頼性とも高いテストバッテリーである。特別な器具を必要としない簡単な6つのサブテストからなるFABは、臨床での実用に十分耐え、広く普及するだけの価値があると思われる。
key words: frontal lobe function test FAB frontal assessment battery GO NO GO

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