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■特集 ニューロインフォマティクス:IT時代の脳・神経科学

●ニューロインフォマティクス研究の動向と展望
臼 井 支 朗,甘 利 俊 一
 脳神経系に関する研究成果が爆発的に蓄積されている一方で,内容の専門化・細分化が極度に進み,脳神経系全体としての機能を統合的に捉えることが著しく困難になりつつある今日,このままでは,「木を見て森を見ず」という危機的な状況に陥りかねない。現状を改善し,脳神経科学をさらに飛躍的に発展させるためには,情報の解析・処理・伝達・蓄積・統合・保存・利用等に関する情報科学技術「ニューロインフォマティクス」の導入が不可欠である。特に,脳研究に関連する諸分野の個別の知見を記述し統合する数理モデルは,脳をシステムとして捉えるための様々な仮説を検証する際に思考のプラットフォームとして,また,膨大な知見のデータベースとして,今後の脳神経科学における研究手法の中心的役割を担うものと期待される。本稿ではそうしたニューロインフォマティクスに関する海外の動向を展望し,数理モデルの意義および我が国のプロジェクトの現状を紹介する。
key words:neuroinformatics, vision science, internet, mathematical model, simulation, Visiome

●神経科学研究におけるモデリングとシミュレーション
池 野 英 利,臼 井 支 朗
 近年,計算論的神経科学を中心に,脳,神経科学の分野にモデルシミュレーション技術を適用した研究が積極的に進められようとしている。神経システムのシミュレーションにあたっては,対象となる部位,現象に関するモデル記述が必要となるが,実験的知見の豊富さ,定量性などによって様々な記述,ソフトウェアが利用されており,これらのツールの導入,活用のノウハウが新たな研究テーマの展開,研究効率の向上などの点で重要になってきている。本稿では,神経細胞モデルを中心に,シミュレーションを効果的に進めていくためのツール,環境を紹介するとともに,神経細胞シミュレータNEURONを例に,電気的特性と形態に基づくモデル構築において重要な要素となるイオン電流機構と形態情報のモデリング方法を概説する。
key words:data analysis, modeling, simulation, simulator, NEURON

●生化学反応モデリングツールA-Cellとシナプス可塑性のモデル
市 川 一 寿
 タンパクをコードするゲノム解析が大きく進展し,今後は各タンパクの機能とその修飾メカニズム,および相互作用メカニズムに研究の焦点が移行すると考えられている。神経細胞内に存在するタンパクは1万種とも2万種とも言われているが,神経細胞を物質間相互作用から理解しようとすると,少なくとも1万種以上の物質を扱わなければならない。本稿ではまず,NRVプロジェクトで開発されたA-Cellを紹介する。A-Cellは複雑なタンパク間相互作用をグラフィカルにモデル化し,シミュレーションプログラムを自動生成するシステムである。次に,A-Cellを用いてシナプス可塑性の生化学反応モデルを構築し,統一的見解の得られていなかった現象をモデルから説明できることを示す。
key words:biochemical reaction, biophysical process, modeling, graphicaluser interface, synaptic plasticity

●単一神経細胞の機能分析とニューロインフォマティクス
宮 川 博 義,井 上 雅 司
 神経系は極めて複雑なシステムであり,その働きの理解には神経細胞の働きの解明が必須である。神経細胞は複雑な形態を持ち,イオンチャネル,受容体,動的な細胞骨格,細胞内情報伝達系にかかわる機能分子群などから構成されており,それだけで既に極めて複雑なシステムである。このような複雑な系を理解するためには,(1)膨大な知見を統合し,(2)系の動作に関する仮説を検証し,(3)知見および仮説を共有することが必要である。ところが神経細胞の働きを理解するもととなる情報は主として様々な「現象」にかかわる知見であり,共通の基盤を得ることが難しい。1つの戦略はコンパートメントモデルシミュレータを用いて仮想神経細胞を作り上げる努力を集積することである。多くの細胞について実験的知見をもとに詳細なモデルが構築されつつある。皮質錐体細胞を例として,ニューロインフォマティクスがどのように単一神経細胞の機能の分析に役立つのかを紹介する。
key words:synaptic integration, compartment model, passive parameters, active dendrites, complex cell

●網膜神経回路のニューロインフォマティクス
神 山 斉 己,臼 井 支 朗
 視覚神経系の入口に位置する網膜は,優れた視覚情報処理システムであり,生理学,解剖学,工学等の対象として数多くの研究がなされてきた神経系研究の宝庫といえる神経組織である。現在,こうした網膜の情報処理メカニズムを解明するため,網膜神経回路に関してこれまで蓄積された膨大な研究成果を数理的に記述,統合し,網膜神経回路を計算機上に数理モデルとして再構成しながら解析するという新しい研究手法,すなわちニューロインフォマティクスの時代を迎えようとしている。本稿では,具体例を示しつつ,網膜研究のニューロインフォマティクスでどんなことが可能となるか,どんな意義があるかについて述べる。
key words:retina, neuroinformatics, ionic current model, computer simulation

●視覚高次機能のニューロインフォマティクス
大 澤 五 住
 高次視覚機能の数理モデルは多く試みられてきたが,生理学的データと突き合わせて検証可能なほど生物学的に忠実なものは多くはない。NRVプロジェクトでは,数理モデルと実験データを含むVisiome Platformと呼ばれる総合的な研究支援環境を開発中であるが,その一部である大脳における視覚のニューロインフォマティクスがどのように利用可能かについて,現状と展望を解説する。
key words:modeling, visual cortex, higher-order visual area

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