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■特集 脳の形成の分子生物学

●脳における神経核パターン形成のメカニズム
橋本 和枝
 脳の主要な構成様式として皮質構造と核構造(以後,混乱を避けるため,神経核構造と称す)が挙げられる。神経核構造は,構造の複雑さゆえ,解剖学的観察に基づいて各神経核を構成する細胞の生まれる場所,配置様式を知ることが難しかった。したがって,その形成機構は謎に包まれていた。しかし台頭著しいリアルタイムバイオイメージング技術によって,神経核細胞が出生場所から移動する様子が追跡できるようになった。このような技術を基盤にした研究から,皮質構造形成には,神経上皮から同時期に生まれる細胞が同様の移動性を持つことが重要であるのに対し,神経核構造形成に関しては,同時期に生まれた細胞が異なる移動性を有することによって,神経核構造特有のパターンがもたらされるモデルが立てられた。このような神経核細胞の移動性を含めた形質は,周辺組織からのシグナルが作用することによって,神経上皮上の特定の細胞において獲得される。
key words: brain nuclei, pattern formation, migration

●bHLH因子による神経分化制御
影山龍一郎
 神経発生過程は,(1)神経幹細胞の増殖,(2)神経幹細胞からニューロンの分化,(3)神経幹細胞からグリアの分化という3つの過程に分けることができる。これら3つの過程は,いずれもbHLH因子によって制御される。抑制型bHLH因子は神経幹細胞の維持やグリア細胞の分化を促進し,活性型bHLH因子はニューロンの分化を促進する。抑制型と活性型bHLH因子間の拮抗的作用によって,ニューロンやグリア細胞の分化のタイミングやその数が決まる。また,多様性に富んだニューロンの形成にはbHLH因子だけでは不十分で,ホメオボックス因子との組合せが重要である。今後,この転写因子の組合せと特定のニューロンの形成との関係が明らかになれば,再生医療に応用できるだろう。
key words: bHLH, gliogenesis, neural stem cell, neurogenesis

●中枢嗅覚神経系の発生機構
平田たつみ
 発生期,嗅球の神経細胞の軸索は,特定の経路を選んで伸長する。この軸索伸長経路は,道標とも呼ぶべき特殊な神経細胞の配置によって決められている。道標細胞の発生過程の解析から,より早い発生ステージには,これらの細胞がユニークな細胞移動をしている事が明らかとなった。脳のパターニング,細胞移動,軸索ガイダンス,神経発生学の複数のテーマにまたがる中枢嗅覚神経系の形成機構を概説したい。
key words: development, migration, axon guidance, central olfactory system

●RhoファミリーGTPaseを介した軸索誘導機構
粟崎 健  浜 千尋
 Rho,Rac,Cdc42などのメンバーから構成されるRhoファミリーGTPaseは,アクチン細胞骨格の調節を通して細胞の形態変化を制御することが知られている。このことから軸索誘導(axon guidance)においても,これらの分子が重要な役割を担っていることが予想されてきた。近年,RhoファミリーGTPaseとアクチン細胞骨格を結ぶシグナル伝達系が培養細胞を用いたin vitroの実験系で明らかにされるとともに,軸索誘導に働く細胞外シグナルとRhoファミリーGTPaseの活性化の関係が個体レベルで明らかにされるようになった。こうした最近のin vitroおよびin vivoの研究を通してRhoファミリーGTPaseを介した軸索誘導の制御メカニズムが明らかになりつつある。
key words: axon guidance, growth cone, Rho family GTPases, GEF, GAP

●脳機能形成メカニズムに関与する多様化した接着分子群
  シナプスに存在する接着分子の多様性と分子間相互作用について
武藤 哲司  八木 健
 発生過程においてニューロンは生まれ落ちた場所から自分の居場所までたどり着き,その後,シナプスを介して,他のニューロンと多様で複雑なネットワークを形成していく。他のニューロンと適切な結合を形成できないと死んでしまうことから,シナプスを形成することはニューロンの存続自体にも必須である。近年シナプスに局在し,その形成や活性に影響を与えていると思われる接着分子が多く見つかってきている。興味深いことにこれらの分子の多くは,遺伝子ファミリーの形成や多数のスプライスバリアントが存在するといった,分子内での多様化が観察されている。本稿では筆者らが解析を進めるCNRを中心に,シナプスに局在する接着分子の分子内多様性と,現在までに解析されているそれらの機能について概説する。
key words: synapse, adhesion molecules, CNR-protocadherin family, integrin family,
development, plasticity

●神経細胞の極性と神経の軸索形成に関わる分子CRMP-2
金児 貴子  中山 雅敬  貝淵 弘三
 ヒトの脳は,千数百億個もの神経細胞から構成されている。このおびただしい数の神経細胞は規則的で複雑なネットワークを形成する。神経細胞は一本の軸索と複数の樹状突起という形態的にも機能的にも異なる突起を持ち,この特徴的な極性を持つ形態が神経細胞のシグナルを受け取り,統合して他の細胞へ伝えるという基本機能に重要な役割を果している。最近,異なる2種類の突起の形成には,細胞膜輸送や細胞骨格の再構築が重要であることが明らかになりつつある。神経細胞の軸索と樹状突起形成における極性形成の分子メカニズムについて概説する。
key words: polarity, axon, dendrite, CRMP-2

●脳の形成異常をきたす遺伝子
水口 雅
 1990年代からヒトの脳形成異常の原因遺伝子が多数,同定された。脳胞形成異常である全前脳胞症ではSHH(sonic hedgehog),ZIC2,TGIFなどパターン形成に関わる信号分子,転写因子,homeoproteinの変異が,神経細胞移動障害である滑脳症(1型,2型)ではLIS1,doublecortin,fukutinなど神経細胞の移動の制御に特異的に関わる分子の欠陥が見いだされた。これに対し二分脊椎などの神経管欠損においては外因の関与の度合いがより強く,遺伝子変異の解明は遅れており,今後の研究成果に待つ部分が多い。
key words: brain malformation, neural tube defect, holoprosencephaly,
neuronal migration disorder

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