詳細目次ページに戻る
■特集 うつ病—新たな治療法の開発

●うつ病の脳科学 オーバービュー
樋口輝彦
 うつ病の生化学的研究の出発点は抗うつ薬の薬理機序の研究にあった。治療薬の機序の中にうつ病解明の突破口があるものと考えられたからである。これら薬理機序の研究からうつ病の病因・病態に脳の神経伝達物質とその受容体が深く関与していることが推察され,セロトニン仮説が提示された。この仮説を検証するために様々な検討がなされたが,直接中枢での出来事を知る技術のない時代では末梢情報には限界があり,これらの仮説は検証されるに至らなかった。一方,うつ病の病態における視床下部 - 下垂体 - 副腎皮質系(HPA系)の関与に関する研究が進み,さらにセロトニン神経系とHPA系が相互に影響し合っていることも明らかにされた。今日では非侵襲的脳機能画像研究の方法が急速に進歩しており,これまでの仮説は直接脳を調べることで検証されようとしている。一方,ゲノム研究も進歩を遂げており,新薬の開発もゲノム創薬の手法で進められつつあり,今後の成果が大いに期待される。
key words: serotonin, serotonin receptor, HPA-axis, hippocampus, neurogenesis

●気分障害治療のための合理的薬物選択アルゴリズムの開発
田中和秀 森信繁 大川匡子 山脇成人
 気分障害の治療水準の向上のために開発された代表的なアルゴリズムを,双極性障害を対象とした成果が既に報告されているTexas Medical Algorithm Project(TMAP)を中心に紹介した。気分障害の合理的薬物選択のためのアルゴリズムの開発に関して,現在の臨床症状評価のみから薬物を選択していくシステムに,ストレスの評価を加味したうつ病治療のための薬物選択の可能性などを議論した。
key words: antidepressant, bipolar disorder, major depression, Texas Medical Algorithm Project (TMAP), treatment algorithm

●新規抗うつ薬,気分安定薬の開発動向
久住一郎 小山司
 現在までわが国で臨床試験が着手された新規抗うつ薬として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬,可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬,選択的ノルアドレナリン再取り込み阻害薬,ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬などがあげられるが,一部は開発が中断または中止されているものもある。新たな作用機序に基づく抗うつ薬の候補には,視床下部・下垂体・副腎皮質系あるいはグルタミン酸系に作用する薬物,サブスタンスP受容体拮抗薬,神経栄養因子を増強する薬物などがある。また,新たな気分安定薬候補として種々の抗てんかん薬が検討されているが,躁うつ病相予防効果やrapid cyclerに対する有効性に加えて,双極性うつ病に有用とされるlamotrigineが注目される。
key words: antidepressant, HPA axis, neurotrophin, glutamate, mood stabilizer

●動物モデルによる抗うつ薬の創薬—オピオイドδ受容体作動薬による抗うつ作用—
斎藤顕宜 亀井淳三
 最近のSSRIやSNRIの登場によりうつ病に対する薬物治療の選択肢が広がりつつある。しかし,今なお既存の抗うつ薬によって著明な改善効果を示す患者は全体の約6割程度にすぎず,現在新しいタイプの治療薬開発が望まれている。新規抗うつ薬に求められる条件として,(1)治療開始早期に高い抗うつ効果を発現する即効性薬物,および(2)治療抵抗性とされる患者に対し有効性を示す薬物が挙げられる。しかし,このような抗うつ薬の創薬には,強制水泳試験などの従来から行われてきたモデルに加え,幾つかの動物モデルを組み合わせた薬物探索が重要である。著者らは,異なるタイプの3つの動物モデル(強制水泳試験・恐怖条件付けストレスモデル・嗅球摘出モデル)を抗うつ薬の薬理評価に取り入れ,探索を行っている。電気ショック負荷(1.3mA,4分間)したマウスを,翌日同じ実験装置内に置くと,電気ショックが負荷されていないにもかかわらず,そのマウスはすくみ行動を誘発する。このすくみ行動は三環系抗うつ薬の処置では緩解しにくく,セロトニン再取り込み阻害作用の強い薬物により緩解され易い。一方で,Porsoltらの考案した強制水泳試験はセロトニン再取り込み阻害薬よりも三環系抗うつ薬の検出に感度が優れている。また,ラット嗅球を摘出すると過度の情動反応(攻撃性・不安症状)を示すようになるが,この反応は既存抗うつ薬の慢性処置によって改善することが報告されている。そこで著者らはこのモデルを抗うつ薬の効果発現時期を評価するモデルとして捉える試みを行っている。本報告では,うつ病治療を目的とした創薬研究の一例として,これらのモデルにおいて有効性を示す薬物の実験データを含めながら,各種情動障害モデルを用いた新規抗うつ薬探索のアプローチについて述べる。
key words: opioid δ receptor agonists, antidepressants, olfactory bulbectomy model, conditioned fear stress model, Forced swim test

●抗うつ薬の新規ターゲットタンパク質の探索
山田光彦
 抗うつ薬の作用機序はこれまで主にモノアミン神経伝達に基づいて研究されてきた。新規抗うつ薬の開発は神経伝達物質の薬理学に基づいて行われており,これまでに一定の成果を上げている。しかし,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)を含めて我々が日常臨床で用いている抗うつ薬は50年前に偶然発見された「モノアミン仮説」の範囲を超えるものではない。実際,抗うつ薬の臨床効果は長期間の服薬継続によって初めて生じるのであり,抗うつ薬の真の作用機序を理解するためにはこれまでの作業仮説にとらわれない新しい創薬戦略が用いられなければならない。近年,抗うつ薬長期投与により間接的に引き起こされた神経化学的変化を遺伝子転写機構の調節を伴う量的変化・タンパク質の発現変化として捉えることが可能となってきている。我々は,「真の抗うつ薬作用機序とは機能タンパク質の発現を介した脳システムの神経可塑的変化・神経回路の再構築である」という新しい作業仮説の検証を進めている。偶然の発見に頼ることのない「抗うつ薬新規ターゲット分子の探索」は我々に画期的な作業仮説を提言するものであり,将来は新しい作用機序を持つ医薬品の開発という具体的成果につながるものであると考えられる。
key words: drug development, gene expression, antidepressant, pharmacogenomics, neural plasticity

●ヒト神経幹細胞を用いたうつ病の治療
鵜飼渉 小澤寛樹 館農勝 紺野雅人 齋藤利和
 うつ病の病態仮説は,神経伝達物質の量的な異常から,脳情報伝達系の異常へ,そして神経可塑性異常へと変遷してきた。このうち,神経可塑性の変化に関しては,神経シナプスの機能的・量的変化に加え,神経ネットワークの構成要素である神経細胞そのものの数の変化(神経新生)を含めた,よりダイナミックな変動である可能性が明らかとなってきており,神経ネットワークの改善・修復に直接的に関わる神経新生異常と病態との関連が注目を集めている。すでに神経新生はストレスなどによって抑制され,多種類の抗うつ薬や気分安定薬によって増強されることが報告されている。神経新生研究は,今後病態との関連性研究を軸に,神経幹細胞の増殖能から,細胞移動・神経細胞への分化のメカニズム解明へと進展することが予想される。加えて,再発・再燃を繰り返すうつ病のような難治性の精神疾患に対する新しい治療戦略として,神経幹細胞や間葉系幹細胞を用いた細胞移植療法の可能性検証の進展が期待される。
key words:

●高頻度経頭蓋磁気刺激のうつ病治療への応用
藤田憲一 古賀良彦
 難治性うつ病の抗うつ薬以外の治療法として,電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)および経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)が選択肢となり得る。ECTと比較して,TMSはまだ研究段階のことが多いが,侵襲が少なく,けいれん発作を生じることなく,抗うつ効果を有することがこれまでの報告より徐々に明らかとされてきている。TMSは,麻酔も必要とせず,治療後の認知機能にもほとんど影響を及ぼさないため,外来でも容易に行うことが可能である。本稿では新たな治療法であるTMSの歴史・機序・特徴・治療効果・副作用等につき触れ,これまでのTMSの研究の流れについて簡単に述べた。また,最後には著者らの研究の一部を紹介し,難治性うつ病に対する治療法としの可能性を示した。
key words: transcranial magnetic stimulation (TMS), major depressive disorder, electroconvulsive therapy (ECT), antidepressive effects

●光療法によるうつ病の治療
北野雅史 山田尚登
 うつ病に対する新しい治療である高照度光療法に関して概説した。季節性感情障害に対して従来の抗うつ薬は無効であり,高照度光療法が著効したことから新しい治療法として注目された。非季節性の気分障害に対する有用性は十分検討されていないが,この治療法が非侵襲的であることから気分障害の一般的な治療法の一つになることが期待されている。また,薬物療法が使用できない妊娠期や産褥期のうつ病,副作用を生じやすい高齢者のうつ病に対しても高照度光療法は有用である可能性が高く,今後の検討が期待される。
key words: phototherapy, seasonal affective disorder, light, treatment


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.